あたし、藤田ことね!!
初星学園のアイドル候補生で、ただいま絶賛、宇宙旅行中で〜っす!!
……って、こんなテンションで誤魔化してるけど正直、頭ん中パニック状態なんだよね。
だってさ、さっきまで普通に学園でレッスンしてたのに、いまはワープゲートってやつに飛び込んで、なんかもう……地球からめっちゃ遠いところに来ちゃってるんだもんよ。海外旅行すらまともに行った覚えないのにいきなり宇宙だぜ?
手毬の命が懸かってるし、何も考えずに飛び出しちゃったけど、もう少し準備してくるべきだったかなぁ……。
「お……おじいちゃーん、大丈夫!? なんか、すっごい暗いんだけどー!」
ワープゲートの中は真っ暗で、身体がフワフワ浮いてるみたいだ。ブラックホールに吸い込まれたらこんな感覚なんだろうか。
目の前には……あっ、おじいちゃんの白いヒゲ。虚空にヒゲだけが浮かんで光ってるみたいに見える。シュールだ。
「ことねちゃん、慌てることはない。ワープは一瞬だ。すぐに宇宙港に着くから───」
……おじいちゃんの声、ちょっと震えてる?
いや、考えすぎかな。だっておじいちゃん、いつもニコニコしてるし、こういうガチファンタジーな出来事にも慣れてるっぽいよね。というか普通にこの人しか頼れる人いないし。
───でも、なんか嫌な予感……。
その瞬間、暗闇の中で、赤い光がチカッと閃いた。
「え……なに!?」
心臓が跳ねる───低くざらついた、まるで地獄から響くみたいな声が、あたしたちの周りを包んだ。
〈───丸。回廊。角度。通過者。薔薇ノ門ノ外。汝ラハ、何者ナリヤ〉
「ひっ───!! な、なに……!? おじいちゃんっ、これなに!?」
真っ暗闇の中、声の主は見えない。
けど……うっ、ひどい臭い……! 腐った生ゴミの何倍もひどい。腐乱死体ってこういう臭いなのかな? いや、それよりもっとずっとヤバい気がする……。
おじいちゃんが、あたしの前に立ちはだかるようにして言った。
「しまった、『猟犬』か……! 俺もヤキが回ったな……。ことねちゃん、下手に動かないように。見ればわかるだろうが、こいつらは危険だ……」
「り……猟犬?」
〈丸イ時間ノ者ドモ。此処ハ我ラノ角度デアル。知ラヌトハ言ワセヌ。差シ出セ。贄〉
目が暗闇に慣れてきたのか、うっすらと周りの様子をうかがえるようになってきた。
猟犬……犬? でも……うわ、なんだありゃ。変な煙の中に……トゲトゲ? なんか濡れてるような……臭いの原因はあの、粘液? とにかく、暗くてよく見えないけど、どう考えても犬じゃない。
あたしの前に立ったおじいちゃんが、苦しそうな顔で答えた。
「ことねちゃん、すまない。彼らはワープゲートの管理者『猟犬』だ。昔はもっと凶暴だったが、今は通行料を払えば通してくれるようになった。だが……、私のミスだ。持ち合わせがない……」
「通行料!? お金とるの、この感じで?」
う〜〜〜〜〜ん釈然としないけど宇宙は広いということか。
しかし、そういうことならばやりようはある。不肖この藤田ことね、寮室の鍵と財布だけはいつも肌身離さず持ち歩いているのです。お金、大事!
「あー、えっと……猟犬さん? お金ならあたし……ち、ちょっとぐらいなら払え……ます。いくらですか? いまちょっと小銭の在庫が心許ないんで、PayPayかSuicaいけると助かるんですけどぉ……」
「ハッハッハ。ことねちゃん、かわいいこと言うな。金じゃあないよ、こいつらが求めるのは……有機物だ」
電子マネーどころか何処の国の通貨もアウトだった。恥ず……。
「有機……? いや、有機物はわかるけど……」
「つまり食物、肉───あるいは、命さ」
「おふっ」
唐突すぎて変な声出た。いっ……命ぃ〜!? あぁなるほど、そういうタイプか〜……。
いやそういうタイプだから何だってんだよ。あ、あたしそんな安い女じゃないんですけどぉ……!
〈コレ以上ノ時ハ与エヌ。贄ヲ置イテ去レ。叶ワヌナラバ、汝ラノ線ヲ喰ラウ。我ラガ領域ニ踏ミ入リシ丸、例外ハ無イ。約定。努、忘レルナ〉
「くっ……。───ことねちゃん、すまん」
「え……」
「猟犬よ。私が……私の命で支払う」
───なんだって?
「ことねちゃん。私はもう老い先短い身だ。死ぬのが1日や2日早まったところで惜しくはない。それよりも、君には手毬ちゃんを助けて欲しい……」
「おじいちゃん!? だ……ダメ、ダメだって! そんなの、絶対ダメ……!」
あたしは叫んだ。けれど、おじいちゃんの目はとても真剣で、明らかに覚悟を決めている雰囲気だ。
……でも───嫌だ。こんなの嫌だよ! おじいちゃん、あたしのためにこんなこと……!
〈佳シ。4,176,222秒、必要十分。通レ〉
『猟犬』の声が、急に静かになった。
次の瞬間、暗闇がビュンって動いて、あたしの身体は何か固い床に叩きつけられた。
◇ ◆ ◇ ◆
「わ、ひゃ!? うぅっ……、いったぁ……!」
目を開けると、そこは─────。
「……。……知らない天井だ……」
……としか言いようがない。
全体的に白くてぴかぴかの壁と床はまるで病院のようだけれど、とにかく広くて道の先が見えない。
床には黒やら赤やら緑やらの線が無数に走っていて、幾何学的な模様を形作っていた。半透明の看板のようなものがぶら下がっているものの、どこにも支柱が立ってないように見える。
というか、
「───おじいちゃんっ!! どこ!?」
それどころじゃない。
周りを見回すけど、おじいちゃんの姿はどこにもない。
だけど代わりに、首に何か冷たいものが当たった。見ると、黒くて半透明の丸い宝石みたいなものが、組紐でネックレスみたいに吊り下がっている。
「こんなのいつの間に───わっ?」
とか何とか言ってたら、宝石が光った。
丸い、外殻……? の透けて見える内側に、白い星型の結晶みたいのが入ってるんだけど、それが今は赤く光っている。
〈……───ちゃん……、……ね──ちゃん……〉
「んん……? ……あ、まさか!」
〈……ことねちゃん、聞こえるかい?〉
おじいちゃんの声だ!
〈よかった……まだ使えたな。ことねちゃん……ろくに相談もなく、すまなかった。私が直接案内をするつもりだったが……そうも、いかなくなった。恐らく、いまの私の体力では、時空間跳躍に耐えられない……〉
……う、うそ。おじいちゃん、ほんとに───。
〈私は……地球に、帰るよ。だが……この『宝珠』で、プロデューサーくんや、咲季ちゃんと……連絡が取れる……〉
「そ───そんなの、ねぇ! おじいちゃん、平気なのっ!? あたし……!」
〈いいんだ、ことねちゃん。私はもう十分に生きた。友人に直接会えないのは残念だが……元より、自分で蒔いた種だ。最後に君たちの助けになれて、私は私なりに満足している。きっとワニャガルネペンタ───そのお菓子を届けて、手毬ちゃんの命を救ってくれ。頼んだよ……〉
思わず、涙が溢れそうになった。
けれど……おじいちゃんの弱っていても芯のある声を聞いて、グッと堪える。泣いてる場合じゃない。
「……わかった。おじいちゃん───この仕事、絶対やり遂げてみせるから!」
胸元の宝珠を握りしめて立ち上がる。
初星学園高等部アイドル科1年1組、藤田ことね───おじいちゃんと手毬のため、宇宙進出だっ!
◇ ◆ ◇ ◆
「……と、大見得を切ったはいいものの」
なんじゃあこの……マジでどこだここ?
ついさっき気づいたけど、ガラス張りの天井からは真っ黒な夜空とキラキラ光る星々が覗いている。
なんか色々浮いてるのは、ロボット? ルンバよりも数段性能が良さそうだ。寮室にも1台欲しいな、生きて帰れればの話ですが……。
まるで、SF映画のセットに迷い込んだみたいだ。
「カオスすぎるだろ」
───右を見れば緑色のスライムみたいなやつ、左を見れば10本くらい腕があるやつ、後ろを見れば目が20個くらいあるやつ、正面から歩いてきたおじさんは普通かと思いきやすれ違った瞬間に身体中がバチバチって電撃に包まれてどこかに消えた。まさかと思って上を見たら、バカでかいコウモリとウマの間の子みたいなやつが飛んでる。
エイリアンのバーゲンセールだ。お願いだから解説の篠澤さんを連れてきて欲しい。もしくは我らがチナ・クラモトでもいい。リアクションが見たい。
「どこ行きゃいいんだこれ〜……?」
とりあえず……おじいちゃんに託された『宝珠』を使って、プロデューサーに連絡してみよう。
これで地球と話せるって聞いたけど……、……んん? いや通信機ならスイッチとかあるっしょ。けどなぁ……宇宙のスゴイ技術で作られてるなら、こう、テレパシーとか……。
「あー、あー、テステス……んんっ。……ぷ……プロデューサー? えーっと、聞こえますか……? あたしです、ことねでーす。聞こえてたら返事───」
〈藤田さん、無事ですか!? よかった……!〉
うおっびっくりした!
……あ、でもちゃんと繋がった……! よかった〜、これだけで安心感マシマシですわ〜……!
「プロデューサー! いやぁ、こっちこそ心強いですっ。それで……」
〈はい。今、咲季さんと一緒に医務室にいます。月村さんは……実はあの後、倒れてしまって───まだ、意識が戻っていません。呼吸や脈拍が安定しているのは幸いですが、あまりにも未知の症状で。学園内の人員と設備だけでは、診察にも限界があり……〉
ま、虹色に光って電気撒き散らすコブ人間とか、ギャグ漫画にしか存在しないだろうしな……。
〈ことね。きっと心配だろうけど、あなたも無茶しないでね。手毬のことはわたしもプロデューサーもちゃんと見てる。絶対、無事に帰ってきなさいよ!〉
「咲季……、ありがとう。あたし頑張るよ……!」
なんと素晴らしい包容力だろう。姉キャラの面目躍如と言わざるを得ない。佑芽と結婚すれば合法的に咲季の妹になれるはずだから、地球に戻ったら告白しよう。
「それで、プロデューサー。これからどうすればいいんですか?」
〈まずは、月村さんがかじってしまったワニャガルネペンタ───例のお菓子を再び手に入れる必要があります。カルルラハル星という惑星の住人が、どんな物体でも修復したり複製したりできる能力を持っているそうなので、彼らを頼りましょう〉
「ワニャ……なんて?」
これそんな名前なの? あー、さっきおじいちゃんもそんな感じのこと言ってたような……。
〈事前にご主人───おじいさんが予約していた次元航行艇の便は、すでに出発してしまったようです。しかし……〉
……む。プロデューサー、やや歯切れ悪し。
「しかし?」
〈……別の方法がひとつ。カルルラハル星行きの便は他にも出ているので、時間を改めて乗り込みましょう。宇宙港の貨物エリアで、紫色のタコ型エイリアンが荷物を運んでいるはずです。その……荷物に、紛れてください〉
「ふーん……貨物エリアね。荷物に紛れて、って───」
つまり、
「……密航しろ、ってコト?」
〈……言葉を選ばず言うなら〉
言葉を選んだとしても密航以外の何物でもないだろ。
───とはいえ……。
うん、手毬の命が懸かっているのである。言葉も手段も選んでいる場合ではない。
「貨物エリア───どっちだ? あ、こっちか」
なぞのばしょ改め、空港ならぬ宇宙港。
案内板は……なんか変な文字で書いてある。そりゃ宇宙なんだから日本語じゃないわな。というか地球の言葉ですらないはずだ。
けど……この宝珠のおかげだろうか? なんとなく意味がわかる。読める、読めるぞ! 貨物エリアはあちらでございま〜す!
◇ ◆ ◇ ◆
到着した貨物エリアはハチャメチャに広く、クジラみたいな大きさのコンテナが山積み。
それで後は……お、居た! 紫色のタコ型エイリアン。
8本の触手で荷物を器用に運んでおり、また頭の四方に目がついている。何やら高級そうなドレス(?)まで着ていて、見るからに上流階級といったところ。
プロデューサー曰く、そのエイリアンの荷物の中に、アザラシ型のペットがいるらしいんだけど……。
「おー。なかなかカワイイ……かな?」
コンテナの隙間から覗くと……アザラシってか、ぬいぐるみが動いてるみたい。
大きな鼻と丸くて赤いほっぺが愛らしいけど、口がない。デフォルメが効きすぎている。どっからご飯食べんの?
───、というか……。
「なんか……デカくない?」
どう見ても、顔だけであたしの身長ほどはある。腹ばいでゴロゴロしてるから、全長はもっと大きいはずだ。だいたい5メートルくらい?
そして、そのアザラシが中型犬程度に見えるサイズ感だから、あのタコマダムなど想像を絶する大怪獣である。と、遠くから見た時は気づかなかった……!
「こんなのに紛れ込めって、どーすんだよぉ……」
途方に暮れながら宝珠を起動。スイッチも何もないのに起動というのも妙だが、なんか頭の中で念じたらプロデューサーのスマホに着信するらしい。どんなシステムやねん。
〈藤田さん。首尾はどうですか?〉
「とりあえず近くまで来ました。けど……本当にここで合ってますか? もしかして、ペットのフリして潜り込めってこと……?」
〈言葉を選ばずに言えばそういうことです〉
それはもう言葉を選んだとしても以下略。
〈落ち着いてください。ご主人曰く、マルチバースの基準から言えば、地球人の姿もかなり珍妙に見えるそうです。ペットに紛れての密航なら当局の追跡をかわすことができますし、客が所有する生きた財産という扱いなので過酷な環境に放置されることもありません。一石二鳥です〉
「あたしたち珍妙なんですか!? あのぬいぐるみアザラシと比べても!?」
〈お気持ちはわかりますが……乗り込む予定の便の荷物で、藤田さんが紛れられそうなものは他にありません。タコ型エイリアンがクロークに荷物を預ける前に、ケージに飛び込んでください〉
「バチクソ無茶言うじゃん……」
まぁここまで来たらやるしかないんだけどね!
ぐぬぬ……ええい、これも手毬のため……手毬のため……。
ペットアザラシくんのケージに近づくと、タコマダムがスーツケースを持ち上げているのが見えた。
アザラシくん用のケージは……、開いてる! 餌でもあげてたのかな。何にせよラッキー……!
「やってやろうじゃねぇかよこのやろー!!」
ダッシュダッシュダッシュダッシュ!
ふはははアタクシ藤田ことね、ダンスだけならあの花海咲季にも勝ったことのある女。運動神経はちょっとしたものだ。のりこめー!
「───っし、滑り込みセーフ……!」
ふー……。あー、心臓に悪い。明らかに急に走っただけじゃない疲労感。
ケージの中は……案外広い。おまけにふかふかのクッションつきだ。畜生の分際で快適な旅を約束されていやがる。
……、ただ……。
「───……」
「……あー……、どうも? 藤田ことねでーす……。短い間だけど、道中よろしくねー……」
やぁ、アザラシくん。君がゴロゴロしてるおかげでケージの中の圧迫感がすごいけど、まぁ勝手に間借りしといて文句言うのは筋が通らないよね。いいさ。いいともさ。
なんかじーっとこっち見てくるが……いいさ。いいとも。宇宙一かわいいことねちゃんをじっくり眺めるがいいさ。マジで宇宙出てきちゃったせいでちょっと自信なくなってきたけど、言うだけならタダだ。
「フシュー! まったくこの子ったら、いつも落ち着きがないんだから!」
といったところで、タコマダムが怒鳴った。ケージの中までビリビリ響いてくる。いや……これは怒鳴ってるというより、巨体相応の声量ってだけ? ごめんなさいね、落ち着きがなくて。
ケージの扉がバターンと閉まる。よし、潜入成功!
タコマダムの姿も遠ざかり、ガタゴト揺られることしばらく……一際大きな振動があって、ようやく静かになった。
「カルルラハル星……だっけ。どんなとこなんだろ……、───わ」
するとアザラシくん、大きな鼻を近づけてあたしの匂いを嗅いでくる。あらやだ、そういやレッスン途中で抜け出してきたしさっきも走ったところだ。アイドルとして、もとい女の子としては非常に気になる。
デカい動物に一方的に近づかれている状況だが、不思議と敵意や恐怖は感じない。口がないから?
まぁ、何にせよ……。
「こらこら、ことねちゃんはそんなに安いアイドルじゃないぞぅ。あたしのファンに嫉妬されても知らないからナー?」