そういえばメインタイトルにパク……引用させていただいたSFコメディの金字塔ですが、本作にそれらしい要素はあんまりありません。(鉄面皮)
ご了承ください。
カルルラハル星: 無害
惑星中の水源が甘酸っぱく、疲労回復の効能がある液体に満たされている黄色い惑星。
住民たちは壊れた物体を修復したり複製する未解明の超能力を持っており、みな親切で、他者のために能力を活用することにためらいがない。
ただし、彼らがそういった能力と気質を持ちながら、これまでの歴史でただの一度たりとも恒星間戦争の引き金となった経験がないという事実には留意すべきである。
また、多くのマルチバースに存在する惑星と同じく、別次元の同一座標惑星との同一性保持権にまつわる紛争を抱えている。しかし、あなたが単なる旅行者である場合、特にそれを気に留める必要はない。
───ルクスティウム書房刊『オムニバース・トラベラー』第2^276709版より
◇ ◆ ◇ ◆
次元航行艇(何言ってんの?)のクロークは静かだ。
最初はアザラシくんの生々しい呼吸音が気になっていたけれど、気がついたら彼(?)のもふもふの毛並みにしがみついて居眠りしてしまっていた。ふわぁ……寮で飼いたい……、いやさすがにデカすぎるわ。檻とか動物園並みのが要るだろうし餌代もヤバそうだし却下。
やがて、再び訪れる大きな振動。慣性に全身が揺さぶられる感覚。
目的地・カルルラハル星に到着したようだが、さて───。
「フシュー! ご苦労さま、ミュミュミュネツォパリツァミュリュシェシェゴン。さぁ出てらっしゃい!」
ミュミュ……何? この子そんな名前なの? クソデカボイスにもかかわらず全然聞き取れなかった。
ケージが開けられ、タコマダムの四つの目が、ジロリとこちらを睨めつける。顔だけであたしの身長くらいあるアザラシくんが、さらに中型犬くらいに見えるサイズってことは……このタコマダム、果たして身長はいくつなのだろうか。
「……ん? アラ、何かしら……」
「ぎくっ……!」
ヤバっ、気づかれた……!?
って別に不思議でもねーわ。アザラシくんは顔だけであたしの身長くらいあるけど、逆に言えばあたしもアザラシくんの顔くらいあるんだから……!
「フシュー! ヤダあなた、どこから紛れ込んだの? よその子かしらねぇ……。ほら、こっちにおいでなさい。ご主人様、一緒に探してあげるワ〜!」
うえぇ、タコマダムの触手がっ……!!
で、デカいよー! 怖いよー!! やめろぉあたしに乱暴する気だな!? えっちな本みたいに! えっちな本みたいに!
「─────わふっ!!」
すると……なんと突然、隣のアザラシくんが動いた!
鼻をヒクヒクさせながら、タコマダムに突進して───。
「きゅー! きゅーっ!」
「キャア!! ちょっと……何っ!? どうしたのミュミュミュネツォパリツァミュリュシェシェゴン、この子ったら!」
タコマダムvsアザラシくん、格闘開始。
ペットと飼い主のじゃれ合いと聞けば微笑ましい光景に見えるだろうが、サイズがサイズ故に実態は完全に大怪獣バトルだ。
快適な宇宙旅行を提供してくれたふかふかのクッションも、ケージごと転倒すればたぶん役に立たない。と、とりあえずさっさと脱出しなきゃ……!
◇ ◆ ◇ ◆
───無我夢中で走ったからよく覚えてないけど、カルルラハル星の宇宙港の警備体制は、地球の空港に比べるといくらか素朴なものらしかった。
あのタコマダムはエイリアンの基準でもかなり巨大な部類のようで、出入国ゲートとか税関窓口はまぁ常識的なスケールだったと思う。それでも誰にも見咎められなかったのだから不思議だ……もしかして、おじいちゃんにもらったこの宝珠のおかげ?
「まぁ、過ぎたことはいいか」
手毬発祥、仲間内で一時期流行ったフレーズだ。これを口にすると大抵の出来事は流せる。
さて、辺りの様子は……。
「うわ〜……すっごい」
看板に書いてある変な文字、相変わらず読めないけど意味はわかる───『バースθ-1928・カルルラハル星』。
まず、空気が甘酸っぱい。ツンとした……柑橘系? だけど芳香剤って感じじゃない。もっと自然に香るような……、遠くに見えるのは川? それとも湖かな。薄黄色で……なんか、遠目にも泡立ってる。もしや……、レモネード……? いや、んなアホな。宇宙基準にしてもバカバカしすぎる。
それ以外は、特に不審なところはないかな。地面は白くてサラサラの砂、建物も推定レンガや粘土でできた角型のものが多い。強いて例えるならエジプトっぽい? 空気がレモネード味であることを除けば……。
「もしもし、プロデューサー?」
〈藤田さん。無事に到着したようですね〉
「うん、どうにか。それで、改めて確認ですけど……確か、ここの人に頼んで、手毬が食べちゃった分のワニャ……ワニャネ……」
〈ワニャガルネペンタです。通常の手段では再調達に時間がかかるため、今回はカルルラハル星人の物体修復能力を頼るそうです〉
再調達に時間……そうか、手毬───。
「プロデューサー、手毬の様子は? おじいちゃん、すぐにどうこうはならないって言ってたけど……」
〈えぇ、今は比較的落ち着いています。一晩経って入院の準備を進めていますが、その前にご主人が応急処置を……。地球では多元宇宙に関する知識は秘密にされていて、情報を漏らすわけにはいかないからと。未だに予断を許さない状況ではありますが、時間的には多少の余裕ができたと思っていいそうです〉
さすがおじいちゃん。『猟犬』との交渉ではどうなることかと思ったけど……離れていても、一緒に頑張ってくれてるんだ。
───ワニャなんとか、絶対に届けて帰らなきゃ!
◇ ◆ ◇ ◆
カルルラハル星の空気はレモネードの匂いがした。
周りの観光客を何人か捕まえて話を聞いてみたところ、カルルラハル星の水はどれも甘酸っぱくて疲労回復の効能があるのだという。やっぱレモネードじゃん……。
あと、生息する動植物はこの環境に完全に適応進化していて、いわゆる真水が手に入るのはよその星からの旅行客がやってくる宇宙港や、繊細な栄養管理が求められる病院だけらしい。
着の身着のままで宇宙に飛び出してきたので財布の中には日本円しか無く、宇宙港の売店は利用できそうになかった。つまり……あたしは当面、レモネードしか飲めない可能性が高い。
あたしゃ確かに黄色担当だけどそこまでじゃねーよ!
「……意外とうまいなこれ」
仕方なく、道行く観光客から譲り受けた空のペットボトル(宇宙にもこの手の発明品はあるらしい)に川の水……もとい川のレモネードを汲み取って飲みながら歩く。
いや……いやね? あたしも正直どうかとは思ったのよ。けど、喉の渇きには勝てなかったわけさ。しょーがないじゃん、生き物だもん。
ちなみに、同じ水でも場所によって若干味が違うんだって。本当にレモネードが天然水なのか……。
「う〜ん……しかし、レモネードじゃお腹膨れねーぞ。バイト探さなきゃかぁ……?」
手毬の容体は多少落ち着いていると聞いた。つまり、旅費を稼ぐ暇くらいはあると思っていいはず。
エイリアンの文化については詳しくないけど、日雇いの軽作業くらいならどこの世界にもあるだろう。
地面はちょっと粗めの砂みたいで、歩くたびにシャリシャリ音がする。
Youtubeみたいな動画サイトとかあったらそれで投げ銭稼げたりしねーかな、なんて適当なことを考えながら歩いていると……着いた。
角型の建物が立ち並ぶ集落、カルルラハル星人の町だ。
カルルラハル星人は平均して地球人よりもやや背の高い二足歩行種族で、特に手脚が長い。
肌は青く、顔には鋭い牙と3つの目。髪の毛はなくて、代わりに魔人ブウみたいな触手がみょんと生えている。背中には、青い体色に映える小さな白い翼……なんかあのパーツだけ妙にメルヘンだな。
とにかく、地球じゃ絶対見ないタイプの生き物だ。
それではさっそく、第1町人に話しかけてみよう。
正直めちゃくちゃ不安だが何でもやってみなくては始まらない。
「あのぅ、すみませ〜ん。いまちょっとお時間よろしいですかぁ?」
第1町人、3つの目でこちらをギロリ。
やべ、ちょっと言い方マズったかな。今の感じだと宗教勧誘の常套句じゃん。
「あ、怪しい者じゃないんです! あたし初星学園の……違う、地球って星から来た、藤田ことねって言います! この……えっと、ワニャ……ワニャガ、ル……ネコヒロシ? を、直してくれる人、探してまして……」
反応変わらず。お相手は怪訝な表情のまま。
てか……この人、他のカルルラハル星人と比べると、なんか雰囲気違う?
言い方は悪いけど、こう……ヤンキーっぽいっていうか。道端で一人黄昏れてたし。
「……ワニャガルネペンタか。チキュウ……聞いたことのねぇ星だが、それなりに金持ちなんだろうな」
「そう……なんですか? すみません、あたしも宇宙は初めてで。うちの星って田舎なんですかねぇ」
「フン。生憎だが他を当たれ。俺は他人のために力を使う気はない」
「え」
あちゃあ、空振りか……。
一筋縄ではいかないだろうとは思ってたけど、いざ現実を突きつけられるとなかなかに堪える。
「そーですか……すみません、失礼しました。───ただ、こっちも至急のお仕事でして。他に協力してくれそうな人に、心当たりありませんか?」
「あ? 知らねーよ。そもそも、そのへん歩いてる連中に頼めば……、……」
おろ?
「いや……いいぜ。どうしてもってんなら、取引だ。その首に下げてる玉、俺に寄越しな」
ほほう……。良い度胸だ。
こっちが何も知らない田舎っぺだと思って足元見てきたな? そうはさせるもんか。
「玉? あぁ……、うーん……。ごめんなさい、これだけはちょっと。おじいちゃん……他人から預かってる大事なもので、それに、仲間と連絡取るのにも必要なんです」
「なんだ、そうかよ。するってぇと……そうだな」
第1町人、ニヤリと笑う。悪人面すぎる。
つーか、よく見るとこいつ……怪しくないか?
青い肌は他のカルルラハル星人より暗い色だし、小さな翼もボロボロで、まるでケンカ慣れしたチンピラみたい。おいおい日銭は稼がなきゃだけど闇バイトは勘弁だぜ。
「お前、俺の仕事を手伝え。難しい話じゃない、1日2日で済む。ここの軍警にしょっ引かれるような真似もナシだ」
「およ……そう? ちなみに、どんなお仕事ですか?」
「簡単に言やぁ、メシ作りだな」
なんだそんなことか。確かにしょっ引かれるような仕事ではなさそう。
地球にも居るよね、パッと見なんかヤバい人にしか見えないご飯屋さんの店主って。この人も顔で損するタイプだな。
「わかりました、やります! お店はどっちのほうに?」
「ククク……お前、面白いヤツだな。いいぜ、ついてこい」
◇ ◆ ◇ ◆
第1町人のお兄さんは『ニゲドゥ』と名乗った。上手く言えないが実にエイリアンらしい名前だ。
で、そのニゲドゥさんは『神殿』の下町で小さな……なんだっけ、ザ……ザナ……なんとかっていう料理のお店を構えており、その手伝いをして欲しいんだとか。
「コトネ、ここで『ザナカドゥス』の材料を揃える。ジグッタミットの生地、ボナトンの肉とノケチュヤ、チョセパの漬物、それからズミズラープだ。わかったか?」
というわけで、まずは買い出しだ。
カルルラハル星の市場は、地球の屋台街を何倍も派手にキラキラにした感じの雰囲気。
青い肌のカルルラハル星人たちが、背中の羽根をヒラヒラ動かしながら、色んな食材を売り捌いている。
特徴的な三つ目でこっちをチラチラ見てくるけど……ちゃんと敬語に聞こえる。というか、みんなほぼ敬語で話してる? やっぱりニゲドゥさんが変わってるのかな……。
「ジグ……、ボナ……なんですそれ?」
「何? 他はともかく、ボナトンを知らないのか? チキュウってのはとんだ僻地なんだな」
悪かったな田舎っぺで。
「まぁ、一度見れば大体のことはわかるだろう。今日は俺の買い物をよく見ておけ」
「はーい」
市場を歩きながら材料をチェック。
ジグッタミットはムキカカという、トウモロコシのような植物の粉から作られる生地のようだ。パリパリの薄いパンみたいで黄金色に輝いている。
ボナトンの肉は、ジューシーな豚ハムっぽいけど、なんかスパイスの香りが効いてる。産地や食べる餌で香りが変わってくるらしい。そしてそのノケチュヤというのは、要するにチーズのような乳製品だった。強烈かつ濃厚な匂いをまとっていて、ちょっと嗅いだだけで頭がクラクラしそう。
チョセパの漬物は、ズッキーニのピクルスに似てるけど、やたらキラキラ光っていてまるで紫色の宝石だ。
ズミズラープは何やら甘酸っぱいソース。この星の川や海と同じレモネードの匂いがする。これがザナカドゥスに個性を与える味の決め手なんだとか。
「………………、サブウェイのサンドイッチ……?」
「フン、お前の星のしょぼい食い物と一緒にすんな。ザナカドゥスはカルルラハル星の魂だぞ。それに……今度の届け先は、カルルラハル星の長老。つまり、この星で一番偉いヤツだ。俺の言いたいことはわかるな?」
「マジ? ちょ……、脅さないでくださいよ」
藤田ことね、メジャーアイドルデビューより先に宮廷料理人デビュー……ってコト!?
◇ ◆ ◇ ◆
続いてやってきたのはニゲドゥさんのお店。
外見こそお世辞にも立派な店構えとは言えなかったけど、中は意外と整ってる。壁一面にありとあらゆる調理器具がズラッと並んでて、地球のキッチンも100年後にはこうなってそうって感じ。
……ところでカルルラハル星、上下水道が全部レモネードなわけだが、これで料理して本当に大丈夫なんだろうか。
まずはニゲドゥさんがお手本を見せてくれるとのことで見学。ほほう……さすがの手際ですナー。
すると、ボナトンの肉を切りながら、ニゲドゥさんがこんなことを言ってきた。
「コトネ……お前、本当に料理ができるのか? ザナカドゥスはカルルラハル星の伝統、特に今回は相手が相手だ。半端なものを作られたら俺の評判も落ちる」
おっ、マエストロ的発言。やっぱプロとしてのプライドがあんのね。
しかしこの藤田ことね、ファミレスから屋台までありとあらゆる厨房を経験してきた女。負けないぞ〜。
「任せてくださいよ、こう見えてバイト経験豊富なんで! サンドイッチくらい目をつぶってでも作れます!」
マニュアルはすでに頭に叩き込んだ。材料の細かい数字は教えてもらえなかったので目分量だけど、まぁ見て盗めと言うなら望むところ。
さっそくジグッタミットの生地を焼いて、ボナトンの肉とチーズ……じゃない、ノケチュヤを挟む。チョセパの漬物は薄くスライスして食感のアクセントに。ズミズラープのソースは、たっぷりしっかり塗って、香りをガツンと立たせる───うん、完璧。
「できた! ほらニゲドゥさん、どう?」
ニゲドゥシェフ、3つの目でジロッとあたし謹製ザナカドゥスを睨む。
で、ちょっとかじって……急に目を見開いた。
「な───なんだ、これは!? こんな……こんな完璧なザナカドゥス、初めてだ! 生地の焼き加減、肉のジューシーさ、ソースのバランス……お前、どこでこんな腕を身に着けた!?」
「ふっふっふ……♪ いやぁ、お褒めに与り光栄です。ねぇ……ニゲドゥシェフ? 約束、忘れないでくださいネっ♡」
「あぁ、もちろんだ。……ククク……こいつは思わぬ拾い物だぜ……」
一時はどうなることかと思ったけど、なんか八方丸く収まりそう。
あたしは初星学園でいつも最短の近道を試みたが……『一番の近道は遠回りだった』。『遠回りこそがあたしの最短の道だった』。この宇宙を渡ってくる間ずっとそうだった……そしてアルバイトの日々があったから、究極のザナカドゥスを作れたんだ……!