【RTA】スカー救済ルート 【The Lion King: Pride of You】 作:野生のパチリス
オバシの群れに入って数か月たったある日、夕陽が傾き始めた草原には、淡い金色の光が長く影を引いていた。遠くでムファサの笑い声が聞こえる。だが、タザマの傍らにいるのはもう一頭──タカだった。
先ほどまで興奮気味にムファサと走っていたタカは、どこか沈んだ顔で俯いている。タザマは黙ってその様子を眺めていた。
「……ねえ、タザマ」
唐突に、タカが口を開いた。
「僕……また走るの、負けちゃった」
「そうか」
ムファサがオバシの群れの近くに置く条件としてタカとのレースを行ったあの日から二頭の間ではレースをするのが日課となっていた。
「……うん。でもさ、ムファサは途中で僕の足元にあった石をどけてくれたんだ。ああいうの、ズルいよ」
「ズルい、か?」
「だって、勝負なのに。相手を助けても意味ないじゃん」
タカの声には、怒りというよりもどこか寂しげな響きがあった。彼の視線は遠く、夕焼けに照らされた空を見つめていた。
「それでもムファサは、お前をちゃんと見ていた。だから助けた。それは、勝ち負けとは別の話だ」
タザマは、芝を噛むように静かに言った。
タカは小さくため息をついて、顔を伏せたまま呟いた。
「……僕、最近いつもムファサに負けてる気がする。僕は立派な王様にならなきゃいけないのに」
「……」
「ムファサと比べて、僕は……何もないんだ。ムファサは何でも知ってる.....狩りも花の名前だって.....」
小さな体が、風に揺れた。
タザマは、地面に腰を下ろした。少し間を置いてから、低い声で言う。
「……俺はお前を羨ましいと思っている」
「え?」
「兄弟がいる。家族がいる。頼る相手がいる。俺には……誰もいなかった」
タカは驚いたように目を見開いた。タザマは、その視線から逃げるように空を見上げる。
「俺はずっと、独りだった。仲間がいたこともあるが……そのほとんどは、背を向けていった。今でも夢に出る。追い払われたときのことが」
風が、二頭の間を吹き抜けた。
「だけど、お前にはムファサがいる。たとえ今、うまくいかなくても……あいつは、お前を見てる。ちゃんと見てる」
「……ほんとに、そう思う?」
タカの声が、少しだけ震えていた。
「俺の目は誤魔化せない。お前もまた、あいつを見てるからな。兄弟ってのは、そういうもんだ」
タザマが目を細めたとき、タカがぽつりと呟いた。
「……じゃあ、タザマも僕の兄弟になってくれる?」
「は?」
「さっきも言ったけど、僕ね、兄弟がもっと欲しいんだ。ムファサだけじゃ足りない」
子どもらしい無邪気な言葉だった。けれど、タザマの心には、妙に突き刺さった。
「お前な……俺は野良だぞ。家族も、血も、何も関係ない」
「それでもいい。僕が決めたんだ。タザマは僕のお兄ちゃん」
タザマは返事をしなかった。が、タカの瞳から目を逸らすことができなかった。
「ねえ、タザマ」
「なんだ」
「あのぐわああああってやるやつ、どうやるの?」
唐突な話題の転換に、タザマは思わず笑った。
「急だな、だがそれは俺にもわからない」
「なんで?」
「誰かを守りたいと思ったときに、いつのまにか使えるようになったからな」
「ふーん……じゃあ、僕もいつか出せる?」
「お前が何かを守りたいと、心の底から思った時にな」
「ふーん……じゃあ、タザマがピンチのときに出せるようにしておくよ」
その言葉に、タザマは目を見張った。
子どもだと思っていたタカの中にも、確かに何かがあるのだと感じた。
「……ま、せいぜい期待してるぜ、弟」
タカの顔がぱっと明るくなった。
「ほんとに!?やったー!」
「ただし、“兄貴”と呼べ。それなら認めてやる」
「わかった、タザマ"兄ちゃん"!」
「話聞いてたか?」
笑いながら跳ねるように走り出すタカ。その後ろ姿を見ながら、タザマもまた、かすかに笑みを浮かべた。
──こうして、“家族”と呼べるものが、また一つ増えていった。
風はやさしく吹き、草原の向こうでムファサの声が響いた。
「タカー!どこにいるのー!」
「わーっ、まってー!またね、タザマ兄ちゃん!」
走り去るタカのあとを目で追いながら、タザマは一人、呟いた。
「……これが、守りたいってやつかもな」
沈みゆく太陽が、一頭のライオンの背を長く照らしていた。
「タザマ.....最近かまってくれないな.....」
ぽつりと落ちた言葉は、草原の中にじわりと溶けていく。
その表情には、言葉にしきれない感情が浮かんでいた。嫉妬か、寂しさか、それとも不安か――本人にもわからない。ただ一つ、確かだったのは、自分があの場所にいないことへの戸惑いだった。
タザマは自分を助けてくれた。最初に手を伸ばしてくれたのも、名を呼んでくれたのも、タザマだった。なのに――
「……タザマは、タカの方が好きなのかな」
風がまた草を揺らす。ムファサはそっと顔を伏せ、地面に座り込んだ。遠くでタカの笑い声が弾け、タザマの落ち着いた声がそれに応えるのが聞こえた。
そのどちらも、自分に向けられているものではない。それが、妙にこたえた。
「僕……頑張らなきゃ」
ぽつりと、決意のように呟いた声。ムファサは立ち上がり、タカに声をかけ降りていく。その小さな足取りは、草を踏みしめながらも、どこかぎこちない。
それでも、進んでいた。自分の居場所を探すように、タザマの背に追いつこうとするように。
夕陽は、二頭のライオンの行く先を、長い影で包んでいた。
タザマ君はなんやかんや優しいライオンです。
追記
エシェさんの名前くそ間違えてました