別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
兵藤隆誠が過去のオラリオへ迷い込んでから、すでに三ヵ月が経過していた。その間に彼は【アストレア・ファミリア】の生活へ完全に溶け込み、今では眷族達の誰もが彼の存在を日常の一部として受け入れている。
尤も、最初からそうだったわけではない。
彼が初めて
だが、その認識はあっと言う間に粉砕された。
最初に挑んだ輝夜が手も足も出ずに敗北し、続いて団長アリーゼまでもが軽くあしらわれた事で、眷族達はとんでもない実力者が来たのだと理解するしかなかった。そして理解した瞬間から地獄が始まる。
隆誠によるスパルタ特訓。それは、眷族達が想像していた鍛錬という言葉を根本から否定する代物だった。
「死ぬ……私、死んじゃうかも……」
「あの男、これで二度と癒えない傷物になったら絶対ブチ殺す……!」
「まだだ。私はまだ終わってない……!」
「クソが、あの野郎……!」
(やれやれ。以前にやったベルの特訓に比べれば優しい方なんだが、な)
悲鳴と呻きが絶えない広場で、隆誠は内心呆れながらも涼しい顔で指導を続けていた。
挑発めいた言葉でやる気を引き出し、限界を越えた後には絶品の食事と甘いデザートを提供する。その飴と鞭の落差があまりに極端で、眷族達は泣きながら特訓を続けるしかなかったのだ。
特にデザートは眷族達の心を完全に掌握されていた。「特訓を辞めるなら、もう二度と出さない」と言われた所為で誰も逃げられなくなった為に。
そんな折、長期の
そして目にしたのは、見慣れぬ男がアリーゼ達を鍛え上げている光景。
「……誰?」
「え、団長達ランクアップしてる?」
「ていうか、あの悲鳴なに?」
驚愕し、困惑し、警戒する七名。アストレアが事情を説明しても、すぐに警戒が解けるはずもなかった。
のだが、隆誠の料理とデザートがすべてをひっくり返ってしまう。
「……美味しい……」
「負けた……料理で負けた……」
「悔しい……でも美味しい……!」
料理人として自信を持っていた者ほど、敗北のショックで涙を流すほどだった。
そして当然の流れとして七名も特訓に参加することになり、それが大きな間違いだったと全員が即座に悟る。
両手足に常識外れの重りを付けられ、何周も全力疾走させられ、実戦さながらの模擬戦を叩き込まれる。『Lv.3』の彼女達ですら一日で音を上げるほどの過酷さで、初日からギブアップ寸前だった。
それでも、アリーゼ達四人が果敢に隆誠へ挑む姿を見て、七名は踏み止まった。
「団長がやってるのに、私達が逃げられるわけない!」
「くっ……やってやる……!」
その気迫が実を結び、数週間後には七名もランクアップを果たす。
☆
場所は変わって【ロキ・ファミリア】の執務室。
分厚い書類の山が積み上がり、窓から差し込む午後の陽光がそれらを淡く照らしている。
しかし室内の空気は穏やかとは程遠い。
まるで緊急会議でも始まるかのように、主神ロキと三首領――フィン、リヴェリア、ガレスが揃っていた。
ロキは机に腰掛けながらも急に叫んだ。
「一体どういうことや!? アストレアんとこの眷族全員ランクアップなんて、いくら何でもあり得んやろうが!」
その絶叫は執務室の天井を震わせるほどの勢いで響き渡り、壁に掛けられた地図がわずかに揺れた。怒りというより、理解不能な現実を前にした悲鳴に近い。
しかし、そんな主神の大騒ぎにも慣れきっている三人は、揃って深い嘆息を漏らした。ロキの叫びは日常の一部と言わんばかりの落ち着きだ。
フィンは手元の書類を静かに閉じ、ロキへ視線を向ける。その表情は冷静そのものだが、瞳の奥にはわずかな興味が宿っていた。
「ロキの言うことは確かに分からなくもない。でも……
穏やかな声音。だがその言葉の奥には、指揮官としての本音が確かに存在している。
【アストレア・ファミリア】が強くなることは、オラリオ全体の防衛力が上がるということ。
フィンの言葉に続くように、リヴェリアが静かに口を開く。その表情は冷静そのものだが、ロキの騒ぎに対する呆れがわずかに滲んでいた。
「同感だ。疑問はあっても、ここは彼女達の努力を賞賛すべきだ。それに、嫉妬で叫ぶのはみっともないにも程があるぞ、ロキ」
リヴェリアの冷ややかな視線がロキへ突き刺さる。ロキは「うぐっ」と言葉に詰まって頬を膨らませるも、まるで叱られた子供のようだった。
「べ、別に嫉妬なんかしてへんわ! ただ、なんか悔しいだけや!」
その反応に、ガレスが豪快に笑い声を上げた。執務室の重い空気が一気に吹き飛ぶほどの力強い笑いだ。
「そうじゃの。あの娘っ子達が強くなっとると言うのにヤジを飛ばすなど、みっともないにも程があるわい。素直に祝福してやればいいんじゃ」
ガレスの言葉は豪放磊落でありながら、どこか温かい。ロキの性格をよく理解しているからこその言葉だった。
三人からの指摘に、ロキはぶつぶつと文句を言い始める。
「うちの子らも頑張っとるのに……なんであそこまで一気に強くなれるんや……」
フィンは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。その表情には、ロキの気持ちを理解している優しさが滲んでいる。
「僕達も多少は交流があるからね。神アストレアの眷族達が真面目で努力家なのは知っている」
リヴェリアも静かに頷いた。彼女の横顔は、まるで優秀な生徒を思い浮かべる教師のような穏やかさを帯びていた。
「神アストレアは嘘をつく神ではない。彼女が認めるほどの弛まぬ努力があったのだろう。」
ガレスが腕を組み、思い出すように唸った。その仕草は、まるで遠い昔の戦場を思い返しているかのようだ。
「一体どんな努力をしておるのかは知らぬが、結果が出ておるなら文句はないわい」
ロキはようやく顔を上げ、三首領を見回した後にこう言った。
「けどなぁ……もう一つ気になる事があるんや」
その声音は、先ほどの絶叫とは違い、どこか探るような低さを帯びていた。
「と言うと?」
「フィンも聞いとるやろ? 男子禁制な筈のアストレアんとこに男がおるって」
その瞬間、三人の表情がわずかに変わった。目を細め、互いに視線を交わす。
軽い噂話では済まされない異物の存在を、彼らもすでに把握していたからだ。
【アストレア・ファミリア】の
男は【フレイヤ・ファミリア】の団服を身に纏っていたため、『脱走した眷族ではないか』という噂が広まり、街をざわつかせた。
しかし、当の【フレイヤ・ファミリア】は未だに沈黙を貫いている。主神フレイヤも眷族達も、まるで何も知らないかのように動く気配がない。
そのため、噂は自然と消え、『デマだったのだろう』と人々は結論づけた。
だが、ロキは違う。
アリーゼ達が突然ランクアップした時期と、男が現れた時期はほぼ同じ。偶然と言い切るには、あまりにも出来すぎている。
そう考えているロキは低く呟いた。
「やっぱり、その男が関わっとるんやないかとウチは睨んでる……」
フィンは静かに首を横に振った。
「確かに僕もそう考えていた。けど、それが事実だったとしても、僕達が調べる理由にはならないよ」
淡々とした言葉だが、そこには現状の厳しさが滲んでいた。
しかし今は、どの派閥も闇派閥の影響で行動が大きく制限されている。余計なことに人員を割く余裕など、どこにもない。
ロキは唇を尖らせながらも、諦めきれない様子で続けた。
「せやから今度やる予定の報告会で、うちがアストレアに問い質そうと――」
ロキが探りを入れる算段を語ろうとした瞬間――
バンッ!
執務室の扉が勢いよく開いた。
「団長、大変っす!」
突然の乱入に、ロキ達は一斉に振り返る。
入ってきたのは黒髪が逆立った少年――ラウル・ノールド。
最近入団したばかりの新米団員だが、フィンは密かに将来有望な少年と見ている。
故にフィンは落ち着いた声で促す。
「どうしたんだい、ラウル。先ずは落ち着くんだ」
しかしラウルは肩で息をしながら、必死に言葉を絞り出した。
「も、申し訳ないっす! でもアイズさんが、一人で【アストレア・ファミリア】の
『!』
執務室の空気が一瞬で凍りついた。
ラウルより年下である金髪金眼の幼女――アイズ・ヴァレンシュタイン。普段は冷静で無口な彼女が、まさかの単独突撃という予想外の行動を取ったことに、ロキ達は揃って驚愕した。
「何しとんねんアイズたぁぁぁんッッ!!」
「リヴェリア、すぐに行くよ!」
「ええい! あの利かん坊めッ!」
悲鳴を上げるロキとは別に、団長のフィンが母親役であるリヴェリアと一緒に動き出した。
そして――【アストレア・ファミリア】の
その後、団長フィンと副団長リヴェリアは菓子折りを用意し、主神アストレアへ深々と頭を下げて謝罪したのは言うまでもない。
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