別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
隆誠の特訓は苛烈を極めるが、彼は決して眷族達を酷使しているわけではない。鍛錬の合間には必ず休日を設け、心身の休息を義務として与えていた。
「部屋でゆっくりしてもいいし、趣味に没頭しても構わないぞ」
そう言われたにも拘わらず、アリーゼ達は揃って巡回へ出ていった。勿論、修行用の重りバンドは外していない。緊急事態が起きれば外してよいと許可は出しているが、彼女達は『せっかく鍛えてもらっているのだから』と、当然のように装着したまま職務へ向かった。
その為、【アストレア・ファミリア】の
美の女神にも匹敵する容姿を持つアストレアと二人きりなど、普通の男性ならば緊張し、視線の置き場に困るだろう。邪な心を抱く者でさえ、神に対して不敬な振る舞いは出来ないと本能的に理解している。
だが、隆誠は違った。
嘗て彼は神だった頃、多くの女神や絶世の美女を見慣れていた。さらに、つい最近まで
その距離感は、正義の女神にとって新鮮だった。
「……不思議な人ね、隆誠は」
彼女はふと、そんな言葉を漏らす。神として崇められるのではなく、女性として扱われる。その事実は、彼女にとって心地よいものだった。
しかし、そんな彼女にも一つだけ不満があった。隆誠が、自分に対して一切情欲を抱いていないことを。
神に対して不埒な行為をすればアリーゼ達が容赦なく叩きのめすだろう。だが、この三ヵ月の間にそういった気配が一切ない。普通なら問題ないはずなのに、あまりにも無さ過ぎて逆に気になってしまう。
理由はいくつかあった。
先ず、彼は眷族達の洗濯を担当する際、汗や砂で汚れた女性服――主に下着類――を見ても一切動じず、淡々と魔法らしき技術で清潔にしていく。最初は輝夜だけだったが、あまりにも綺麗になる為、今ではアリーゼ達も当然のように隆誠へ頼むようになっていた。因みにリューやセルティだけは未だに拒否しており、エルフとしての貞操観念が強いからと補足しておく。
そして、つい先日。アストレアが風呂から上がろうとした時、隆誠と鉢合わせてしまった。しかも、互いに全裸の状態で。アストレアは驚愕し、反射的に身を隠そうとした。
だと言うのに、隆誠は――
『悪い、アストレアが入っていたのは知らなかった。出直すとしよう』
まるで何事もなかったかのように冷静なまま謝罪し、一瞬で服を纏って立ち去った。その背中は、まるで風のように自然で動揺の欠片もなかった。
「……もしかして私、女として魅力が無いのかしら?」
アストレアは生まれて初めての感情に戸惑っていた。美の女神に劣らぬ容姿を持つ自分の裸を見ても、隆誠は一切反応しない。その事実は、彼女の胸に小さな棘となって刺さった。
ちなみに、同じ経験をしたフレイヤはプライドを深く傷つけ、怒りと羞恥のあまり、就寝しようとしていた隆誠の部屋へ全裸で突撃しようとした。それは当然眷族達が激怒して襲撃したが、隆誠は問答無用で全員を叩き伏せたという。
アストレアはその話を思い出し、溜息を吐いた。
「……どうして、隆誠はああも平然としていられるのかしら」
隆誠は本拠地の庭で、精神統一をする為に座禅を組んで瞑想をしている。
その姿は、神であった頃の威厳と、人としての穏やかさが奇妙に混ざり合っていた。
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巡回に出ていたアリーゼ達が不在の本拠地は、普段より静かだった。
その静けさの中で、アストレアは庭で座禅を組んでいる隆誠の背中を見つめながら、胸の奥に引っかかっていた疑問をどう切り出すべきか迷っていた。
けれど、迷いはそんなに長く続かなかった。彼と向き合う時に余計な遠慮は必要ないと、そう思わせる何かが隆誠にはあった。
「リューセー、ちょっと良いかしら?」
声をかけた瞬間、隆誠は瞑想を止めて静かに目を開き、振り向いた。その動作は驚くほど自然で、まるで風が流れを変えた程度のささやかな変化にしか見えない。
「ん? どうした、アストレア」
その穏やかな声に、アストレアは少しだけ胸が軽くなる。彼と話す時、肩肘張る必要がない感覚が心地よかった。
「前から気になっていたのだけど、貴方はいつも清潔よね」
隆誠は一瞬だけ目を瞬かせ、すぐに苦笑を浮かべた。
「そりゃまぁ、身嗜みを整えるのは当然だろう。益してや女性だけの家に男は俺一人だけだから余計に、な」
その言葉は冗談めいているのに、妙に誠実だった。アストレアは思わず微笑む。
「私はそこまで気にしないけど、それでも……やっぱり綺麗ね」
「綺麗って……男の俺に言う台詞じゃないんだけど」
隆誠は肩をすくめるが、アストレアは首を横に振った。
「そうじゃなくて、服だけでなく、貴方の肌や髪がとても綺麗なのよ。女性みたいにきめ細やかな白い肌をして、髪もとてもサラサラしてて、女の私からすれば羨ましいわ」
その言葉に、隆誠は少しだけ視線を逸らした。
別に照れているわけではない。ただ、どう反応すべきか迷っているような、そんな微妙な表情だった。
「そうか? 俺は全然気にしてないが……」
小さく呟いた後、彼は心の中で思い返す。
(そう言えば以前にフレイヤ達からも言われたな)
あの時も、フレイヤは妙に悔しそうな顔をしていた。後に彼女だけでなく、ヘイズも含めた『
喧しい日々だったが、今となっては奇妙に懐かしい思い出の一つだ。隆誠は内心複雑な気持ちになりながら、過去の記憶をそっと胸の奥へ戻す。
そんな彼の様子を見ていたアストレアは、思い切ったように口を開いた。
「もし良かったら教えて欲しいんだけど、隆誠は身嗜みを整えてる際に何か特別な事をしてるの?」
彼女の問いは純粋な興味から来るものだった。隆誠は少し考え、正直に答える。
「別に何にも。ただ風呂に入る時――」
そこで言葉を区切り、少しだけ声を落とす。
「(天使達から貰った特別製の)お風呂セットで念入りに身体を洗ってるぐらいしか」
「ふーん」
アストレアは興味深そうに頷いている。
その反応を見て、隆誠は既に察した。アストレアが自分の言ったお風呂セットを使ってみたい欲求に駆られている事を。
「………アストレアが嫌じゃなければ、良かったら使ってみるか? 石鹸とシャンプーには、女性が好む美容効果もあるらしいし」
その言葉を聞いた瞬間、アストレアの表情がぱっと明るくなった。
「是非とも使ってみたいわ!」
予想通りの即答。
隆誠は少し驚いたが、『収納用異空間』からお風呂セットを取り出し、アストレアへ手渡した。
「これが普段使ってるお風呂セットだよ」
「ありがとう。それじゃあ早速――!」
「お、おい! 今から入るのか!?」
いつもはアリーゼ達が帰って来てから入浴するアストレアが、こんな真昼間から入ろうとするなど完全に予想外だった。
隆誠が引き留めようとするも、彼女はすでに軽やかな足取りで浴場へ向かってしまった。
「……ま、いっか」
アストレアは別に
敢えて言えば、今の時間帯では湯が沸いていないため、シャワーだけになるだろう。そこは彼女も理解しているはずだ。
隆誠はそう判断すると、再び座禅を組み、静かに瞑想へ戻っていった。
夕方の柔らかな橙色が
玄関の扉が開き、いつものように明るい声が響く。
「おかえりなさい、みんな」
アストレアが穏やかな笑顔で迎えた瞬間――
『………………………』
眷族達は、揃って固まった。
まるで時間が止まったかのように、誰一人として言葉を発しない。ただ呆然とアストレアを見つめていた。
見た目は確かにいつもの主神なのだが、何かが決定的に違う。
肌は夕陽を受けて淡く輝き、艶やかさが増している。背中に流れる胡桃色の長髪は、まるで絹糸の束のように滑らかで、光を受けてさらさらと揺れた。そして香水とは異なる、自然で柔らかな香りがふわりと漂う。
同性であるはずの眷族達でさえ、胸が高鳴るほどの美しさだった。
「どうしたの? みんな急に固まってるけど、私の顔に何か付いてるかしら?」
アストレアが首を傾げると、ようやく輝夜が口を開いた。
「あ、いえ……。アストレア様が急に一段とお美しくなった事に少々驚きまして……」
輝夜は真面目な顔で答えたが、声がわずかに震えていた。
団長のアリーゼを含め、他の団員達は未だに視線を固定したまま、まるで【魅了】を受けたかのように動けずにいる。
アストレアは困ったように微笑んだ。
「そんなに変わったかしら……?」
その柔らかな声すらも眷族達の胸を打つ。
美の女神とは異なる、清廉で神秘的な美しさが今のアストレアには宿っていた。
だが、その静寂を破ったのは、夕食の準備を終えた隆誠だった。
「お前等、何してるんだ。いつまでもそこで突っ立ってないで、ご飯か風呂のどっちにするか早く決めてくれ」
『ッ!』
エプロン姿の鬼教官、もとい隆誠の声が響いた瞬間、眷族達は一斉に正気へ戻った。
まるで冷水を浴びせられたかのように、背筋を伸ばし、慌てて動き始める。
「ご、ご飯でお願いします!」
「私は風呂を!」
「え、どうしよう……!」
いつもなら多数決で決めた後に全員同じ行動を取るのだが、まるで蜘蛛の子を散らすようにバラバラに動いていた。
慌てる姿を見せる
隆誠は彼女達のらしくない行動を呆れたように溜息をつきながらも、夕食の皿を並べていく。
アストレアが急に美しくなった理由についてアリーゼ達が知るのは、もう少し先の話となる。
女性ならではの考えと言う内容でした。
感想お待ちしています。