別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ   作:さすらいの旅人

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ちょっとした予防策

 先日に起きた広場での襲撃は、オラリオの空気を一瞬で塗り替えた。市民達の心には再び恐怖と不安が染み込み、まるで暗黒期の残滓が蘇ったかのように、都市全体が重く沈んだ気配を纏っている。通りを行き交う人々は肩をすぼめ、周囲を警戒するように視線を彷徨わせ、普段の喧騒は影を潜めていた。

 

 その中には、闇派閥(イヴィルス)の襲撃を阻止できなかった冒険者達を批判する者も少なくなかった。信頼していた存在に裏切られたかのような感情が、彼らの言葉を荒くし、広場の片隅では冒険者を罵る声が小さく渦を巻いている。

 

 守り切れなかったのは事実であり、冒険者達はその非難を黙って受け止めていた。しかし、胸の奥では燻るものがある。必死に戦い、命を賭して守っているというのに、何て言い草だ。そう思う者も少なくない。

 

 もしこれが【フレイヤ・ファミリア】の副団長であれば、罵った相手を容赦なく吹き飛ばしていたかもしれない。それほどまでに、冒険者達の疲労と苛立ちは限界に近づいていた。

 

 そんな中、ギルド本部では各【ファミリア】の代表者を集め、定例の闇派閥(イヴィルス)対策会議が開かれていた。会議室には重苦しい空気が張り詰め、参加者達の表情には緊張と焦燥が滲んでいる。【アストレア・ファミリア】も当然その場におり、アリーゼ達は真剣な面持ちで議論の行方を見守っていた。

 

 しかし、状況の逼迫が二つの派閥――【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の言葉に棘を生ませていた。些細な指摘が剣呑な雰囲気へと変わり、会議室の空気は徐々に険悪へ傾いていく。

 

 その瞬間、アリーゼが静かに口を開いた。芯の通った声が、荒れかけた空気を一気に鎮める。責任の追及ではなく、市民を守るために何をすべきか。その一点に焦点を戻す彼女の言葉は、場の熱を冷ますには十分だった。

 

 崩れかけた会議は再び軌道を取り戻し、闇派閥(イヴィルス)への対策は順調に進み始めた。

 

 

 

 

 

「さて、解散したいところだけど確認しておきたい事がある」

 

 会議が終わり、三日後に闇派閥(イヴィルス)の三拠点を同時制圧する方針が固まり、誰もが席を立とうとしていた矢先。司会役のフィンが静かに声を上げたことで、緩みかけていた空気が再び張り詰めた。

 

「いきなり何だ。下らねぇことじゃないだろうな」

 

 【フレイヤ・ファミリア】副団長アレン・フローメルが、露骨に不機嫌な視線をフィンへ向ける。彼は会議の最初から終わりまで、ずっと剣呑な雰囲気を撒き散らしていた張本人であり、その苛立ちは今にも爆発しそうだった。

 

 フィンはその視線を受けても、まるで気にした様子を見せず淡々と続ける。

 

「【アストレア・ファミリア】。今回の作戦に彼も参加するのかい?」

 

「え? 彼って――」

 

 アリーゼが反応しかけた瞬間、輝夜が即座に遮った。

 

「一体誰の事を指しているのでしょうか? 私達の派閥には女性しかおりませんので」

 

 余計なことを言わせまいとする鋭い防御。だがフィンはその返しを予測していたかのように、落ち着いたまま言葉を修正する。

 

「ああ、すまない。訊き方が悪かった。現在そちらの本拠地(ホーム)にいる彼――確かリューセーだったかな。今回の作戦に参加するのかを確認したくてね」

 

「「……!」」

 

 アレンと団長オッタルが同時に反応した。

 

 二人は隆誠の存在を知っている。ただし、【フレイヤ・ファミリア】の団服を着ていた正体不明の男という程度であり、詳細は何も掴めていない。

 

 もし本当に自派閥の眷族であれば、主神フレイヤを裏切った制裁を下す。その確信があるからこそ、二人は【アストレア・ファミリア】の返答に強い関心を寄せていた。僅かでも情報が得られれば、フレイヤへ報告するつもりなのだろう。

 

(あの男か……)

 

 他派閥もまた、隆誠の存在を知っていた。特に【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティ・ヴァルマは、彼を『非常に厄介な男』と認識している。

 

 妹アーディが巡回の度に声を掛け、仲良さげに会話している。それだけでも姉としては面白くないのが実情だ。

 

 更に隆誠は英雄譚に詳しく、それが大好きな妹は彼から未知の内容を聞くのが日課となっている。その度にアーディは『星屑の庭』へ足を運び、続きを催促するほどだった。

 

 もし妹が恋仲にでもなれば、姉として見極めねばならない。どれほど強かろうと、素性の知れない男に妹を任せる気は毛頭ないと、シャクティはそう固く誓っている。

 

 そんな複雑な思惑が渦巻く中、フィンの問いに対し【アストレア・ファミリア】は返答に困っていた。

 

「参加するも何も、あの者は冒険者ではなく単なる居候に過ぎません。この前、其方が以前お伺いした時に聞いたでしょうに」

 

 輝夜が淡々と返す。その声音には、『これ以上詮索するな』という釘がしっかりと込められていた。

 

「ああ、それは勿論分かっている」

 

 フィンは頷く。だが、その目はわずかに鋭く光っていた。

 

 アイズが暴走し、単身『星屑の庭』へ突撃したあの日。

 

 謝罪に訪れたフィンは、隆誠の姿を一度目にしている。女性だけの派閥に男がいると言う違和感を抱くのは当然だった。だがアストレアから『色々あって保護した』と最低限の情報しか与えられず、彼はアイズの件があって詮索を控えるしかなかった。

 

 今回の会議でも、輝夜は暗に『詮索するな』と釘を刺した。それでもフィンは、どうしても確認しておきたいのだ。

 

「だけど、その居候の彼が作戦中に何らかの事態に巻き込まれた場合、僕達はどうすれば良いのかを事前に確認したくてね」

 

(やはり気付いているようだな……)

 

 輝夜は内心で舌打ちする。卓越した頭脳と洞察力を持つフィン・ディムナなら、既に答えに辿り着いているだろう。自分達がランクアップできた理由が隆誠であることに。

 

 勿論、その事実を正直に答える訳にはいかない。そうなれば【ロキ・ファミリア】を筆頭に、他派閥も一斉に訊き出そうとするのは目に見えている。あの地獄の修行に耐える覚悟があるなら教えても構わないが、問題が多すぎて却下せざるを得ない。

 

「御心配には及びません。あの者には本拠地(ホーム)から絶対出ないよう言っておきますので」

 

「そうそう。例え襲撃されても――」

 

「団長?」

 

「――アストレア様が守ってくれるから大丈夫よ!」

 

 余計な発言をしようとする団長(アホ)に、輝夜がにっこりと笑みを浮かべて牽制する。その笑顔は柔らかいが、背後に『黙れ』という圧が滲んでいた。

 

「……分かった。それを聞いて安心したよ」

 

 これ以上の情報は得られないと判断したのか、フィンは苦笑しながら引き下がった。

 

 その直後、アレンが舌打ちをしながらオッタルと共に会議場を後にする。

 

 

 

 

 

 

闇派閥(イヴィルス)と決着を付ける、か)

 

 アリーゼと輝夜から会議の内容を一通り聞き終えた隆誠は、長く続いたイタチごっこが漸く終わりを迎えるかもしれない。そんな淡い期待を抱き、静かに息を吐いた。

 

 尤も、それで本当に決着が付くとは思っていない。彼がいた七年後のオラリオでは、闇派閥(イヴィルス)の残党がしぶとく潜伏し続けていた。

 

 今回の戦いで主力部隊を多く失い敗退する程度の未来しか見えない。完全な終わりなど、望むだけ無駄だと理解していた。

 

 それでも、彼らの負担を少しでも減らしたい。隆誠は作戦前に敵の数を削っておこうと、『仮面の狩人』として動くことを決めた。

 

 分身拳を使ってアストレアだけに伝えた後、隆誠は静かに準備を整えた。

 

 黒衣を纏い、仮面を手に取り、変装のための細かな調整を施す。夜の帳が降りる頃には、彼の姿は完全に『仮面の狩人』へと変わっていた。

 

 真夜中のオラリオは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。石畳を踏む音すら吸い込むような夜気の中、隆誠は影のように街を駆けた。

 

闇派閥(イヴィルス)の拠点周辺を探って、動きがあれば潰す……それだけだ)

 

 そう自分に言い聞かせながら、彼は暗がりへと消えていった。

 

 

 

 

 

闇派閥(イヴィルス)の動きが全く無い。何故だ?)

 

 夕方のオラリオ。街路に伸びる影が長くなり、昼の喧騒がゆっくりと静寂へと溶けていく時間帯。

 

 変装もせず、ただ街を歩いていた隆誠は、ふと足を止めて空を仰いだ。胸の奥に、重たい疑問が沈殿している。

 

 二日経っても闇派閥(イヴィルス)はどこにも襲撃を仕掛けてこない。それどころか、小規模な騒ぎすらない。まるで組織そのものが息を潜めたかのように、都市は不気味な静けさを保っていた。

 

 広場での襲撃が成功したのなら、奴らは必ず調子に乗る。別の場所で同じことを繰り返す。それが闇派閥(イヴィルス)の常套手段であり、愚かしいほど単純な行動パターンだ。

 

 だが今回はいつもと違って静かすぎる。どう考えても、おかしいとしか言いようがない。

 

(どういう事だ? もしかして奴等は……既に情報を得ているのか?)

 

 その可能性を考えた瞬間、隆誠の背筋に冷たいものが走った。

 

 普段から好き勝手に襲撃を繰り返す連中が、こうも大人しくなる理由は一つしかない。冒険者達の行動に合わせている、という答えを。

 

 情報が漏れたとすれば、先日の会議を行ったギルド本部しか考えられない。職員の中に内通者がいて、会議で聞いた内容をそのまま闇派閥(イヴィルス)へ流した。そう推理するのは自然だった。

 

 だが、事実だとしても今さらどうしようもない。各【ファミリア】は既に明日の作戦に向けて最終準備に入っており、中止など不可能だ。

 

 闇派閥(イヴィルス)も同じく迎撃の準備をしているだろう。もしかしたら、冒険者達を倒すための切り札すら用意しているかもしれない。

 

(となれば――)

 

 隆誠は、最悪の展開を思い描いてしまう。

 

 明日の作戦で冒険者達が敗北するかもしれない。そんな未来が脳裏をよぎった。

 

「……くそっ。こんな事になるなら、(未来のオラリオで世話になった)フレイヤ(アイツ)から詳しく聞くべきだった」

 

 自嘲気味に吐き捨てる隆誠の声は、夕暮れの街路に溶けていく。その独り言を拾ったのは、思いもよらない人物だった。

 

「何を聞くつもりだったの?」

 

「そんなの闇派閥(イヴィルス)の情報に決まって……ん?」

 

 答えかけた隆誠は、途中で違和感に気付いた。声がした方へ振り向くと――不思議そうな表情で彼を見つめるアーディが立っていた。

 

 夕陽を背にした彼女の姿は、巡回帰りなのか少し埃っぽい。だが、その頬はぷくりと膨れ、怒っているのが一目で分かった。

 

「アーディじゃないか。こんな所で何してるんだ?」

 

「それはこっちの台詞!」

 

 アーディは腰に手を当て、如何にも『怒ってます!』と言わんばかりにプンスカしていた。その反応に、隆誠は思わず苦笑する。

 

「リオンから聞いたよ! この前あった炊き出しの日に闇派閥(イヴィルス)が襲って来たって! また来るかもしれないのに、一人で出歩くなんて危険だよ!」

 

 アーディ――【ガネーシャ・ファミリア】は炊き出しに参加していなかった。【勇者(ブレイバー)】 フィン・ディムナの指示で、闇派閥(イヴィルス)の別動隊を叩いていたからだ。

 

 民衆を守る憲兵の派閥がその場にいなかった理由に疑問を抱いた隆誠も、事情を聞いて納得している。

 

「大丈夫だって。俺はこう見えて逃げ足は速いから」

 

「そういう問題じゃ――」

 

 アーディが更に詰め寄ろうとした瞬間、隆誠は話題を変えるように言った。

 

「ところで、今日は聞かないのかい? この前教えた英雄譚の続きを知りたがっていたのに」

 

「――あっ!」

 

 アーディは、肝心な事を忘れていたと言わんばかりに大きな声を上げた。

 

 隆誠の語る『英雄譚』とは、元の世界で読んでいたライトノベルの物語だ。

 

 何の力も持たない主人公が突然死んで異世界転生し、神から力を授かって無双する物語。

 

 魔王が勇者に討たれた後、時間が逆行して二度目の人生をやり直す物語。

 

 そして、隆誠が制作に協力した特撮ヒーロー物語『拳龍帝(ファイタードラゴン)』など。

 

 初めて内容を聞いたアーディは、今まで読んでいた英雄譚と全く違う事にカルチャーショックを受けていた。興味津々だった彼女は巡回を放り出して『星屑の庭』へ行き、続きを催促するほどに。当然その後、姉シャクティに怒られていたが。

 

「うう~~~……このところ忙しくて全然そんな暇なかった~……! 今聞きたいけど、明日は大事な仕事があるから……!」

 

「そうか、それは大変だな」

 

 アーディの言う仕事とは、三か所にある闇派閥(イヴィルス)拠点を同時に掃討する作戦のことだ。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】は【アストレア・ファミリア】と連携して拠点を叩く予定になっている。アリーゼ達と一緒に行動するなら、末端の構成員程度なら簡単に倒せるだろう。ディース姉妹のような幹部クラスがいれば話は別だが。

 

 夕暮れの街路に吹く風が、アーディの髪を揺らす。その横顔を見つめながら、隆誠は胸の奥に小さな不安を覚えた。

 

(……一応この子にはアレを渡しておくか)

 

 アーディは『Lv.3』だが、修行で強くなったアリーゼ達と比べれば実力差は歴然だ。

 

 本来なら彼女も修行に加えるべきかと悩んだが、他派閥である以上叶わない。そして何より、リューが断固阻止するだろう。『彼女にあんな地獄を味わわせるな』と。

 

 だから隆誠は、万が一の場合に備えて、懐からある物を取り出した。

 

「アーディ、ちょっとの間だけで良いから目を瞑ってくれないか?」

 

「目を瞑るって……まさかリューセーさん――」

 

「違うから」

 

 アーディはジト目になるが、隆誠は即座に否定する。勿論、そんな事をしないのは彼女も分かっていた。

 

 彼と出会って三ヵ月、一度も不埒な行為などしていない。強いて言うなら、頭を軽く撫でた程度だ。

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

 未知の英雄譚を教えてくれる信頼もあってか、アーディは素直に目を瞑った。

 

 隆誠は懐から取り出した物を、そっと彼女の首にかける。

 

「もう開けていいよ」

 

 アーディが目を開けると、胸元で何かが光った。

 

 それは――大粒の青い宝石(サファイア)のペンダント。

 

 夕陽を受けて淡く輝く青が、アーディの瞳にも映り込む。その美しさに、彼女は一瞬言葉を失った。

 

「え……えぇぇぇぇぇぇ!? リュ、リュ、リューセーさん、コレって……!?」

 

 宝石の装飾品だと理解した瞬間、アーディの顔は真っ赤になった。更には耳まで赤く染まり、慌てて胸元を押さえる。

 

「だ、ダメだよ! 男の人からプレゼントを貰ったら、お姉ちゃんに怒られ――」

 

「アーディ、悪いが今は真面目な話をさせてくれ」

 

「え?」

 

 返そうとするアーディに、隆誠は真剣な表情で告げた。その声音は、いつもの柔らかさとは違う。

 

「明日の仕事が始まる前には必ずつけてくれ。その宝石が君を守ってくれるから。良いな?」

 

 アーディは一瞬だけ息を呑んだ。隆誠の目が、本気で心配している時のそれだと分かったからだ。

 

「……う、うん、わかった」

 

 有無を言わせない雰囲気に、アーディは頷くしかなかった。

 

「結構。その後は捨てても構わない。それじゃ」

 

「あ、ちょ、リューセーさん!」

 

 理由を尋ねようとするアーディを置き去りにして、隆誠は素早く立ち去っていく。その背中は、どこか急いでいるようにも見えた。

 

「……ど、どうしよう」

 

 残されたアーディは、胸元のサファイアをそっと握りしめた。その温もりが、妙に心臓の鼓動を早める。

 

 そして、姉シャクティに問い詰められる未来を容易に想像し、本拠地(ホーム)へ戻るのを躊躇っていた。




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