別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ   作:さすらいの旅人

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作戦開始前

 アーディにペンダントを渡した翌日の夕方。

 

 オラリオは、まるで都市全体が何かに怯えているかのように沈黙していた。普段なら夕刻の喧騒が街路を満たすはずなのに、今日はその気配がどこにもない。

 

 空気は重く、湿った冷気が肌にまとわりつく。まるで嵐の前の静けさ、と言うより暗黒期特有の『何かが迫っている気配』そのものだった。

 

 今日は闇派閥(イヴィルス)の三拠点を同時に叩く作戦日。この戦いで、都市の命運が決まる。冒険者達はその重さを理解しているからこそ、刻限が近づくほどに緊張が高まり、街の空気にまで染み出していた。

 

 市民達は作戦の存在を知らない。だが暗黒期を生きる者達は、説明されずとも危機の匂いを嗅ぎ分ける。いつもより早く家に籠り、扉を閉ざし、窓の鍵を確かめ、祈るように静かに夜を待っていた。

 

 祈りの内容はただ一つだった。『闇派閥(イヴィルス)との決着が、今日こそつきますように』と。

 

 そんな中、事情を知る隆誠とアストレアは、いつものように『星屑の庭』でアリーゼ達の帰りを待っていた。

 

 普段なら巡回から戻る彼女達を労うために、食事や風呂の準備をしているところだが、それはもう済ませてある。今はリビングの大窓の前に立ち、薄暗い外の景色を静かに見つめていた。

 

 街灯の光は弱々しく、霧のような薄闇に飲まれている。遠くで扉が閉まる音が響くたび、隆誠の胸の奥にある不安が少しずつ膨らんでいく。

 

(俺の取り越し苦労であって欲しいが、な)

 

 アストレアと並んで外を眺めながら、隆誠は昨日から続く胸のざわつきを抑えられずにいた。

 

 『仮面の狩人』として密かに動いていた二日間、闇派閥(イヴィルス)はまるで息を潜めたように活動を止めていた。その静けさが逆に不気味で、冒険者達の作戦を察知して迎撃の準備をしているのではないかと、そう考えずにはいられなかった。

 

(俺も作戦に参加すれば……いや、ダメだ)

 

 本来なら隆誠も、フレイヤ達に気付かれる覚悟で作戦に参加するつもりだった。だが会議を終えて戻ったアリーゼと輝夜から、本拠地(ホーム)で待機するよう厳命された。

 

 理由は一つ。【ロキ・ファミリア】のフィン・ディムナが、隆誠に目を付けているからだ。

 

 輝夜の話によれば、彼は【アストレア・ファミリア】の眷族達が一斉ランクアップした背景に隆誠が関わっていると勘付いているらしい。もしそれが事実だと確信されれば、フィンは必ず何かしらの理由を付けて接触を図るだろう、と。

 

 フィンをよく知らない隆誠でも、それは容易に想像できた。派閥を率いる団長であれば、被害を最小限にし、勝率を上げるために使える力を見逃すはずがない。

 

 だが、例えそうなったとしても、隆誠に協力する気は微塵もなかった。

 

 彼が強くすると決めたのは【アストレア・ファミリア】のみ。他派閥の面倒まで見るつもりはないし、暗黒期の混乱に巻き込まれる気もない。

 

(あの子だったら話は別だけど)

 

 隆誠の胸中に浮かんだその言葉は、決して軽いものではなかった。他派閥を鍛える気など本来は微塵もない。

 

 だが、【ガネーシャ・ファミリア】のアーディ・ヴァルマだけは例外だった。

 

 もし彼女が「強くなりたい」と懇願してきたなら、アリーゼ達と同じ修行に加えることを本気で考えている。

 

 この三ヵ月、隆誠が他派閥の中で最も深く交流したのはアーディだった。

 

 最初はただ明るく元気な女の子と言う印象だったが、会うたびに彼女の笑顔が隆誠の胸にある人物を呼び起こすようになった。

 

 義妹(いもうと)、アーシア・アルジェント。性格は違うが、裏表のない純真な笑顔は、あの子の面影を確かに宿していた。

 

 そのせいか、隆誠は自然と彼女と話す時間が増えていった。巡回の合間に立ち寄るアーディと軽く言葉を交わし、時には他愛もない雑談をする。

 

 偶然にも彼女が英雄譚好きだと知り、隆誠の口から思わず零れたのは、元の世界で読んでいたライトノベルの物語だった。

 

 異世界転生、逆行、特撮ヒーロー。オラリオの英雄譚とはまるで違う、奇想天外で刺激的な物語。

 

 アーディはそれに見事に食いついた。目を輝かせ、息を呑み、身を乗り出して続きを求める。その反応が嬉しくて、隆誠もつい語りすぎてしまう。

 

 そして今では時間があれば『星屑の庭』にいる隆誠のもとへ駆け込み、「続きを聞かせて!」と催促するのがすっかり日常になっている。

 

 そんな彼女だからこそ、隆誠は今回の作戦で死なせたくなかった。

 

 暗黒期のオラリオにおいて、アーディのような子は貴重な存在だ。純粋で、真っ直ぐで、曇りのない光。闇派閥(イヴィルス)が跋扈するこの時代において、その光はあまりにも脆く、そして尊い。

 

 だからこそ、隆誠はペンダントを渡した。大粒のサファイアに施されたのは、神の能力(ちから)――『守護の加護』。

 

 死に瀕する攻撃を受けた瞬間、対象の身体を守るオーラを纏わせて防ぐ、絶対防御の一撃限りの加護。命を繋ぐためだけに存在する、最後の盾。

 

 もちろん、そんなことを正直に言えるはずがない。だから隆誠は「必ず付けてくれ」と念押しするしかなかった。

 

 アーディの性格を考えれば、約束は守るだろう。だがその後、必ず面倒な事になる。シスコンのお姉様(シャクティ)が、絶対に問い詰めてくる未来が。

 

 妹にプレゼントをしたら怒るらしいが、それでも命を守るために必要だったと説得するしかない。それを言えば、流石のシャクティでも矛を収めてくれるだろう。

 

(もしあの子に彼氏とか出来たら……)

 

 そんな未来をふと想像してしまい、隆誠は自分でも驚くほど遠い先のことを考えていた。

 

 アーディの笑顔は、暗黒期の重苦しい空気の中で未来を感じさせる光。だからこそ、彼女の行く末を案じてしまうのは仕方のないことだった。

 

「リューセー」

 

 不意に隣から呼びかけられ、隆誠は思考を切り替える。

 

 アストレアの声はいつも通り穏やかだが、その表情は明らかに緊張を帯びていた。彼女が真剣な顔をする時は、決して軽い話ではない。

 

「アリーゼ達にもしもの事が起きた場合……頼めるかしら?」

 

 その言葉は、静かに、しかし重く落ちてきた。

 

 アストレアの頼みとは、隆誠に『仮面の狩人』で動いてほしいというもの。彼女もまた、今回の作戦に深い不安を抱えていた。

 

 闇派閥(イヴィルス)の三拠点同時襲撃は、成功すれば暗黒期の流れを変える大一番。だが失敗すれば、街はさらに深い闇へ沈む。

 

 そして何より、アリーゼ達はその渦中にいる。

 

 アストレアは主神として冷静であろうとしているが、眷族を想う気持ちが消えるわけではない。その瞳には、強さと同じだけの恐れが宿っていた。

 

 隆誠はその視線を受け止め、ゆっくりと息を吐く。

 

 彼女がこの言葉を口にするまで、どれほど迷い、どれほど葛藤したか。それを思えば、軽々しく返事などできるはずがなかった。

 

 だが、もしもの時に動けるのは自分しかいない。

 

 暗黒期の闇を切り裂くために生まれた『仮面の狩人』。その存在を知る者は少なく、信じる者はさらに少ないが、アストレアのみ隆誠の力を誰よりも理解している。

 

 だからこそ、頼んだのだ。愛しい眷族を守るために。自分では届かない場所に手を伸ばすために。

 

「ああ、勿論だよ」

 

 隆誠は静かに頷いた。その仕草だけで、アストレアの肩がわずかに緩む。緊張の中で、ほんの少しだけ安堵が滲んだ。

 

 外の空気は重く、街が息を潜めている。

 

 そして――作戦が開始された。




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