別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
(あれだけ釘を刺しておけば、流石に愚かな真似はしないだろう……な)
密談を終えた隆誠は、静かに【ヘルメス・ファミリア】の
夜明け前の薄い光が差し込む住宅街を歩くと、昨日の襲撃の爪痕が否応なく目に入る。建物の壁はほぼ全て罅割れ、崩落寸前の家屋も少なくない。応急処置を施せば倒壊は防げるだろうが、今のオラリオにそんな余裕はない。
隆誠としては、一刻も早く決着を付けたい。自分が動けば、敵の中枢を潰す事など造作もない。しかし先ほどの密談でヘルメスから釘を刺された以上、それは出来ない。今も必死に抗っている冒険者達の役目を奪ってはならないと。
(この歯痒い状況は、いつまで続くのやら……)
冒険者達の心が折れていないとはいえ、劣勢である事に変わりはない。これが長期化すれば、いくら彼等でも心が擦り切れ、先に参ってしまうだろう。精神の限界は、肉体よりも早く訪れる。
それは当然、【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナも理解しているはずだ。次の決戦に勝てなければ、オラリオの未来はない。彼の冷静な判断力と戦略眼をもってしても、今の状況は決して楽観できるものではない。
隆誠は歩きながら、瓦礫の山の向こうに見える冒険者達の姿を思い浮かべる。疲労困憊しながらも前線に立ち続ける者達。仲間を失いながらも剣を握り続ける者達。彼等の背中を思うと、胸の奥が重く沈む。
自分が動けば救える命は確かに増えるだろう。だが、それは彼等の戦いを奪う事になる。英雄譚の主役を横取りするような真似は、隆誠自身が最も嫌う行為だった。
だからこそ、この歯痒さを抱えたまま見守るしかない。
「リューセーさん!」
崩れた石畳の上を、軽い足音が弾むように近づいてくる。
隆誠は思索に沈んだまま歩いていたが、その声を聞いた瞬間、胸の奥で何かがほどけるような感覚を覚えた。呼ばれた名に込められた温度で、誰なのかはもう分かっている彼はゆっくりと振り返った。
「アーディ。もしかして、待っていたのか?」
息を弾ませながら駆け寄ってきた少女は、ぱっと花が咲くように笑った。
「そうだよっ。貴方が戻って来るの、待ってたんだ」
その表情には、安堵と嬉しさが混じり合った柔らかい色が宿っている。隆誠は思わず、彼女の頭へそっと手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、アーディの肩が小さく震えた。撫でられる感触を確かめるように、彼女は目を細める。
だが数秒後、隆誠はハッとしたように手を離した。
「おっと、これは確かセクハラになるんだったな」
「べ、別に私は……嫌じゃないけど」
アーディは頬を赤く染め、視線を泳がせながら呟いた。
以前なら『子供扱いしないで』と照れながら抗議していたはずなのに、今は違う。撫でられた場所を名残惜しそうに押さえ、寧ろもう一度触れてほしいと願っているような仕草だった。
その変化に隆誠は少しだけ首を傾げる。だが、彼女が無事であることの方が何よりも大事だと考え直して歩き出す。
アーディは隆誠の横に並び、歩幅を合わせるように小走りでついてくる。住宅街の奥へ進むほど、暗黒期特有の静けさが濃くなり、遠くで崩れた建物の影が不気味に伸びていた。
それでもアーディは、隆誠の隣にいるだけで安心しているようだった。時折、彼の横顔を盗み見る視線が揺れ、胸の内に秘めた感情が言葉にならずに滲み出ている。
「俺を監視しながら
隆誠が眉をひそめると、アーディは気まずそうに肩をすくめた。
「えっとね。私はもう動けるんだけど、しっかり重傷者だったお前には、まだ危険な仕事は任せられない! って、お姉ちゃん達が……」
言いながらアーディは頬を指でつつき、視線を泳がせる。その仕草には、彼女自身も納得していない複雑さが滲んでいた。
姉のシャクティだけでなく、アリーゼ達もアーディを前線から外すよう言ったらしい。判断としては当然と言えよう。サファイアのペンダントに施した『守護の加護』で死を免れたとはいえ、シャクティ達からすれば気が気でない。死んでもおかしくなかった状況で奇跡的に助かった者を再び前線へ送るなど、常識的にあり得ない。
「だから、勝手にいなくならないようリューセーさんを監視するって名目で、比較的安全な市内を
アーディは胸を張って言うが、隆誠は思わず半眼になる。
「……あ、そう。んで、アリーゼ達は今どうしてる?」
突っ込みたい点は山ほどある。だが隆誠は、自分の扱いよりも仲間の状況を優先した。
アーディはその真剣さに気圧されたのか、表情を少し曇らせて答える。
「最前線で
言葉の端々に、暗黒期特有の重苦しさが滲む。遠くで崩れた建物の影が伸び、風が吹くたびに瓦礫が小さく軋む音がした。
「成程。因みにオラリオの被害は?」
隆誠は覚悟していた。
昨日、『仮面の狩人』として可能な限り命を救ったとはいえ、都市全体の襲撃で死傷者ゼロなど絶対にあり得ない。
「死傷者は……約二〇〇〇人。まだ増えるかもしれないって、お姉ちゃんは言ってた……」
(二〇〇〇人、か。本来の歴史も相当な死者が出ていたかもしれないが……)
隆誠は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
だが、彼は知らない。本来の歴史では今の十倍以上の死者が出ていたことを。
隆誠が来たことで、死者の数は大きく変動している事実を、当の本人だけが理解していない。
その時だった。コロッと何かが落ちる音がして、石畳の上を転がる。それは赤い林檎だった。
隆誠は拾い上げ、持ち主と思われる方へ視線を向ける。
「これ落としましたが、貴女の――――って」
言いかけた瞬間、隆誠の目が大きく見開かれた。
そこに立っていた少女は――シル・フローヴァだった。
(何でよりにもよってシルなんだよ!? しかもアイツの方だし!)
この時代では初対面だが、彼女の正体を知っている隆誠は内心で悲鳴を上げた。
目の前の少女は、間違いなく人間に扮しているフレイヤだ。一年以上も傍にいた経験から、隆誠はフレイヤの気配を完全に理解している。だからこそ、今は非常に不味い。
「………………………」
シルは無言のまま、隆誠を凝視していた。その瞳は、獲物を見つけた女神のそれだ。
アーディはその異様な沈黙に首を傾げる。
「リューセーさん、この人は? 『青天の霹靂』! みたいな感じで固まっちゃってるけど……知ってる人?」
「いいや、(この時代では)知らないな」
隆誠は即答した。
だが――
「貴方が好きです! 一目惚れです!!!」
「ええええええええええええ!?」
(やっぱりこうなったか!)
シルの突然の愛の告白にアーディは素っ頓狂な声を上げ、隆誠は面倒事の塊が来たと心の底から嘆くのであった。
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