別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
オラリオの住宅地は、まるで巨大な獣が通り抜けた後のように荒れていた。
瓦礫が散乱し、壁には衝撃で走った亀裂が刻まれ、地面には細かな粉塵が薄く積もっている。
しかしその破壊は戦闘の結果ではない。ただ、二人が向かい合って立っているだけだった。
『仮面の狩人』と【暴喰】ザルド。互いに距離を詰めるでもなく、攻撃の構えを取るでもなく、ただ静かに対峙している。
(どういう事だ……? 仕掛けてくる様子が無い)
隆誠は仮面の奥で目を細める。
ザルドは獰猛な笑みを浮かべ、拳を握りしめたまま、まるで時間が止まったかのように動かない。その姿は、戦場の中心に立つ者とは思えないほど静かだった。
膠着は一分以上続いていた。風が吹けば瓦礫が転がる音だけが響き、街は不気味なほど静まり返っている。まるで戦闘が起きるはずなのに起きないという矛盾が、空気そのものを歪ませているようだった。
「平静、余裕、闘志……そして己の勝利を疑わぬ絶対の自信。とんでもない
ザルドの声は、静寂を破るにはあまりにも落ち着いていた。その言葉は理解できる部分と理解不能な部分が混ざり合い、隆誠の思考をかき乱す。
(……後半から意味が分からん)
仮面の奥で眉を顰める。ザルドの言葉は、まるで自分の内側を覗き込むような不快感を伴っていた。
「来ないなら、此方から仕掛けて良いか?」
隆誠が一歩踏み込もうとした瞬間――
「何か勘違いしてるようだな。生憎だが、俺は
「――は?」
その言葉は、膠着していた空気をさらに重くした。隆誠は踏み込みの勢いを殺し、地面に靴底を押し付けて停止する。
ザルドはゆっくりと背を向ける。その背中は、武人としては致命的なほど無防備だった。
「俺は『遊んでもらう』と言った筈だ。ついてこい」
「……敵を前に背を見せても良いのか? 武人としてあるまじき行為だろうに」
隆誠の声は低く、警戒を含んでいた。本気を出せば、ザルドの背中を一瞬で叩き伏せられる。
闇派閥の戦力を削ぐ絶好の機会である事を、それは隆誠自身が誰より理解している。
だが、ザルドの背中には戦意が無かった。それどころか、まるで散歩に誘うかのような気軽さすら漂っている。
「今日の俺は
ザルドの声は、背を向けたまま淡々としていた。挑発でも虚勢でもなく、ただの事実を述べているような静けさ。
隆誠は沈黙する。瓦礫の上に落ちた影が、夕陽に伸びて揺れていた。
ザルドを倒せば、オラリオ側の勝率は跳ね上がる。アリーゼ達の負担も減る。『仮面の狩人』としての使命を考えれば、ここで戦闘不能にするのが最適解だ。
――だが。
「…………………はぁっ」
隆誠は嘆息した。その吐息は、諦めにも似ていたが、同時にどこか達観した静けさを帯びていた。
「……分かった。付き合おう」
隆誠は短く答え、瓦礫を踏みしめてザルドの背中を追った。
敵のど真ん中へ、あえて足を踏み入れるような感覚。それでも隆誠は迷わなかった。
(アルフィアと違って話が通じそうだし)
昨日戦った傲岸不遜な女とは大違いだと、内心で大変失礼なことを思いながら、ザルドとの遊びに興じることにしたのだ。
二人は爆音の余韻すらない静まり返った住宅地を離れ、ゆっくりと歩き出した。
「昨日倒したオッタルはどうだった?」
「ダメだな。未だに乳離れ出来てないクソガキのままで失望させられた」
「だったら始末すれば良かっただろうに。そうしなかったのは、何か理由でもあったりするのか?」
「失望のあまり、殺す気が失せただけのことだ。それ以外の理由などない」
「ほう、それはそれは。オッタルの事だから、また再戦を望むと思うぞ。あの
「随分理解しているようだな。まさかお前、【フレイヤ・ファミリア】の眷族なのか?」
「違う、とだけ言っておく」
住宅街を歩く二人は、とても敵同士とは思えないほど落ち着いた雰囲気で会話を続けていた。もしこの光景を
ザルドとは別に、隆誠もすでに戦う気が失せていた。短い会話の中でも、彼の人柄が妙に素直で、武人らしい筋の通った人物だと感じてしまったのだ。騙されていると言われればそれまでだが、会話の端々に裏の意図を感じさせるような不自然さはなく、この生粋の武人がそんな無粋な真似をするとは思えなかった。
「止まれ。そこだ」
ザルドが唐突にそう言った。
隆誠も足を止める。そこは住宅街の中にぽっかりと空いた、少し広めの空き地のような場所だった。
こんなところで何をするつもりなのかと疑問を抱いていると、ザルドは地面へ視線を向け、何かを探し始めた。
「何をしてるんだ?」
「待て。今、探している」
だから何をだよ、と突っ込みかけたその時――
「よし。こんなものでいいか」
ザルドが拾い上げたのは、何の変哲もないただの石だった。
「一応確認したいのだが、その石を使って遊ぶのか?」
空に向かって投げるのかと予想した隆誠だったが、返ってきた答えは予想外だった。
「その通りだ。では今から――『きゃっちぼぉる』をしようか」
「………は?」
隆誠はキャッチボールという単語を知っている。だが、この世界では絶対に聞かない言葉を耳にしたことで、思わず目が点になった。
そんな隆誠の心情などお構いなしに、ザルドは手にした石を振りかぶる。
「ぬううううううぅぅぅぅぅん!!!!!」
「いいっ!」
プロ野球選手のような全力投球。隆誠は反射的に身を翻し、石を躱した。
「避けるな! ちゃんと受け止めろ!」
「受け止めろって……明らかにキャッチボールの範疇を超えているんだが」
「ほう、お前も知っていたか!」
隆誠がキャッチボールを知っていることに、ザルドは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「次はそっちの番だ。投げてこい、『仮面の狩人』!」
「投げるも何も、既に木っ端微塵なのだが……?」
ザルドが投げた石は、隆誠が躱した瞬間に家の壁へ激突し、粉々に砕けて消えていた。
「細かい事は気にするな! 互いに投げ合ってこその『きゃっちぼぉる』! 来い!」
「……はいはい、分かった――よっ!」
隆誠はもう突っ込む気力がなくなったのか、言われた通りに従うことにした。
落ちている小石を拾い、自身のオーラを纏わせて思い切り投球する。
「ごっ!」
ザルドは片手で受け止めようとしたが、反応しきれず腹部に直撃して軽く吹っ飛んだ。
(しまった! ちょっとやり過ぎたか!)
アルフィアと戦った時の感覚で投げてしまったことに、隆誠は内心で後悔する。
その実力は『Lv.10』以上。『Lv.7』のザルドが防げるはずもない。
「ぐっ……やはり俺でも反応しきれないか。アルフィアがああなったのは無理もない……!」
よろめきながらも笑みを浮かべるザルド。鎧のおかげで致命傷は避けられたが、腹部に突き抜けるような衝撃はしっかり伝わっていた。
あの
「おい、そんな状態でも続けるのか?」
「当然だ!」
ザルドは隆誠が投げた石を拾い上げ、再び投球姿勢を取る。
「さぁ続けるぞぉぉぉぉ!」
「ああもう! こうなったら其方の気が済むまでやってやる!」
もはやキャッチボールとは大きくかけ離れているが、それでも隆誠はザルドに付き合うのであった。
ちなみに二人が投げ合いを始めたことで――
「うおらああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おらぁぁぁああああああああ!!」
爆発のような衝撃音が住宅街に響き渡り、オラリオの住民達が『戦闘が始まった!』と勘違いしたのは言うまでもない。
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