別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
意味が全く違うキャッチボールを始めて数分後。
連続で鳴り響いていた衝撃音がようやく収まるも、周囲にある建物は悲惨な状態になっていた。
壁が貫通したように穴だらけになったり、衝撃に耐えきれず一部が崩壊したり等々、まるで戦場跡のような光景だ。地面にも無数の亀裂が走り、砕けた石材や瓦礫が辺りに散乱している。
そうなった元凶の二人だが――
「そ、想像以上だ……。下手に直撃していれば、確実に意識を失っていたところだった……」
「ああ、そうかい。そりゃ悪かったな」
ダメージを受け過ぎて今にも膝を折りそうになっているザルドに対し、『仮面の狩人』こと隆誠は全くの無傷だった。
息一つ乱れておらず、本当に同じ遊びをしていたのか疑いたくなるほどである。
二人は石を思い切り投げ合っていた。
どちらも第一級冒険者ですら容易に受け止められない速度を出していたが、一方的にダメージを受けているのはザルドだけだった。
投げ込まれる石の一つ一つが砲弾じみた威力を持ち、それを受け止める度に両腕へ衝撃が蓄積していたのだ。
『Lv.7』のザルドと『Lv.10』以上の隆誠では、埋め難い実力差がある。故に、どちらが押される側になるのかは最初から分かり切っていた。
「しかし、アレだな。神々から聞いた『きゃっちぼぉる』とは、少し違っていた気がするな……」
「だから言っただろう。キャッチボールの範疇を超えているって」
自分が想像していたキャッチボールと違っていたことに今更気付くザルドへ、隆誠は思わず突っ込みを返した。
むしろ何故ここまで気付かなかったのか。
(何か、オッタルと共通している点があるな)
隆誠は思わずそんなことを考えてしまう。
ザルドは今でも超えるべき目標と語っていたオッタルも、時折見当違いな発言をしていたことがあった。
背中を追う余り、そういうところまで似てしまうのはどうかと、思わず呆れてしまいそうになる。
流石に少しやり過ぎたと思ったのか、隆誠はゆっくりとザルドへ近付きながら、片手を前に突き出して光弾を生み出した。
「!」
瞬時にザルドの表情が引き締まる。
満身創痍に近い状態でありながら、戦士としての警戒心は失われていない。
「慌てるな。これは攻撃するモノじゃない」
隆誠がそう言いながら光弾を放ち、ザルドは避ける暇もなく直撃を受けた。
「……ッ。これは……!」
身構えていたザルドだったが、自身の身体に起きた変化に目を見開く。
先程までキャッチボールによって受けていた鈍痛が急激に引いていく。それどころか、傷そのものも見る見るうちに癒えていった。張り詰めていた筋肉の痛みが解れ、軋んでいた関節も元の状態へ戻っていく。
流石にベヒーモスの猛毒まで打ち消せるほどの効力は無いにしても、身体は先程までとは比べ物にならないほど軽くなっていた。
「キャッチボールで受けた分の傷だけ治癒しておいた。これで次の戦いでの言い訳にはさせないぞ」
「……遊ぼうと言い出した俺が言うのもなんだが、こんなことをしても良いのか?」
ザルドは僅かに眉を顰める。
戦う相手の傷を癒すなど、普通なら有り得ない話だった。
「問題無い。というか、後でオッタルに知られたら面倒になるからな」
武人気質な
例えば片腕を負傷していると知れば、オッタルは同じ条件で相対するため、自らも片腕を封じて戦うだろう。
勝つこと以上に、真正面から全力でぶつかり合うことを重視する男なのだ。故にキャッチボールで負わせた傷を癒そうと、隆誠は回復術を使ったのである。
本当ならライラの時に使った『
「成程な。確かに、あのクソガキが黙っていなさそうだ」
オッタルの反応を容易に想像出来たのか、ザルドは苦笑しながら嘆息する。恐らく本人がその場にいたなら、真っ先に抗議していたことだろう。
「ならば俺も傷を治した礼として、飯を御馳走しよう」
「ほぅ、それは楽しみだ」
借りはすぐに返したかったのか、ザルドは食事を振る舞おうと場所を変えることにした。
いきなりの申し出に隆誠が少々目を見開くも、一切疑うことなく後を追う。
先程まで石を投げ合い建物を半壊させていたとは思えないほど、二人の足取りは気楽なものだった。
ザルドが案内したのは、どこにでもある民家だった。 豪奢な屋敷でもなければ、冒険者向けの拠点という訳でもない。ごく平凡な家屋だが、人の気配だけが不自然なほど存在しない。
言われたまま家へ入り、椅子に腰掛けた隆誠は、調理中のザルドへ疑問を投げかける。
「良いのか? 勝手に調理器具を使って」
「問題無い。この家は俺が来た時から既に誰もいないからな」
彼の言う通り、今いる民家は無人状態だった。
一向に家主が戻ってくる気配が無いため、
隆誠としては他人の家へ土足で踏み込んでいるようで多少の罪悪感を覚えたが、現在の情勢を考えれば、家主が戻って来る可能性は限りなく低いだろうと割り切ることにした。
むしろ問題は別にある。視線の先では、先程まで砲弾じみた石を投げていた男が、手際よく食材を捌いていた。
包丁捌きに一切の無駄がない。その姿は熟練の料理人そのもので、とても元英雄と呼ばれる冒険者には見えなかった。
「出来たぞ」
「これは……」
調理が完成したのか、ザルドが料理をテーブルへ並べていく。その出来栄えは、隆誠が思わず言葉を失うほどだった。
焼き加減が絶妙な肉料理。彩り豊かな野菜料理。食欲を刺激する香りと、洗練された盛り付け。
まるで高級レストランのシェフが腕を振るったような完成度だった。漂ってくる香りだけで空腹を刺激される。
「どれも美味しそうな一品ばかりだ。とても即興で作ったとは思えない」
「本来なら数日は仕込みに時間を掛けたかったが仕方ない。有り合わせだが、食えはする出来だろう」
「これで有り合わせって……」
本当に先程まで見当違いなキャッチボールをしていた元英雄なのかと、少々失礼なことを考えてしまう。
目の前にいる男がどこかで料理屋を開けば、間違いなく行列が出来るだろう。そう思わせるだけの説得力が、この料理にはあった。
「『悪食』を極めるなら、『美食』も齧っておかねばならない。それだけのことだ」
「成程……」
【アストレア・ファミリア】へ料理を振る舞うことがある隆誠は、その言葉に納得した。何かを極めるのであれば、その対極や周辺にある知識も必要になる。食を追求するのであれば尚更だろう。
「飯は見るものじゃない。その仮面を取って、さっさと食え。安心しろ、お前の素顔は見ないでおく」
ザルドは気を遣っているのか、椅子へ腰掛けたまま後ろを向いていた。
そこまでしなくても良いのにと思いながらも、隆誠は白般若の面を外して素顔を晒し、「いただきます」と一言告げてから料理へ手を伸ばす。
「……美味い」
前菜と思われる料理を口へ運んだ瞬間、優しい味わいが口の中へ広がった。
決して派手ではない。だが素材の味を最大限に活かした味付けは、思わず何度も口へ運びたくなる完成度だった。
料理に自信のある隆誠であっても、これだけの味を即興で作るのは難しいと思わせるほどである。
前菜だけなく、メインの肉料理も絶品だった。噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出し、しっかりとした弾力を残しながらも驚くほど柔らかい。
火加減から下処理まで、全てが計算され尽くしていた。戦士としてだけでなく、料理人としても規格外なのではないかと思えてくる。
もし此処に、隆誠が元の世界で色々と世話になっていた心優しい巨漢のオカマがいたなら、間違いなくザルドの料理を称賛しただろう。そう確信してしまうほど、目の前の料理は美味だった。
「ザルドさん。貴方は冒険者じゃなく、シェフになるべきだったのでは?」
「懐かしい台詞だ。昔の仲間から何度もそう言われた」
そう言ってザルドは僅かに口元を緩める。
一瞬だけ見せた表情には、遠い昔を思い出しているような懐かしさが滲んでいた。
「だろうな」
これほど美味な料理を作れるのであれば、彼の仲間――【ゼウス・ファミリア】も絶賛していただろう。
食卓を囲みながら騒ぐ彼らの姿を、隆誠は見たこともないのに何となく想像してしまう。
だからこそ、ザルドがいずれオッタルに倒される未来を知っている隆誠としては、少しだけ複雑な気持ちになった。
素晴らしい料理を作れる男が歴史の表舞台から消えることを惜しいと思ってしまう。そんな感情を胸の内へ押し込みながら、隆誠は目の前の料理を最後まで味わい、静かに完食するのだった。
「ご馳走様でした」
「ほう、全て完食したか。良い心がけだ」
完食後に仮面を付け直した隆誠が両手を合わせて感謝の挨拶をすると、食器を片付けていたザルドは振り返り、綺麗に空になった皿を見て満足そうに笑みを浮かべた。無理に詰め込んだ様子は無く、最後までしっかり味わって食べた事が伝わってくる食べ方だっただけに、料理人として喜ばしく思うのも当然だった。
「美味しい料理を残すなんて勿体無いから、な」
「それは重畳」
隆誠の返答にザルドは機嫌良さそうに頷く。その様子を見ながら、彼は胸の奥に僅かな感傷が浮かぶのを感じていた。
アルフィアを圧倒するほどの実力を持つ男。もしこの男が八年前にオラリオへ現れていたなら、自分達が辿った結末も違うものになっていたのではないか。そんな考えが脳裏を過ったのである。
だが、それは本当に一瞬だけだった。過去に別の可能性を見出したところで、失われたものは戻らない。今更もしもの話を積み重ねても、それは未練がましい願望にしかならず、自分達に許された役割は未来を切り拓く事ではなく、今を必死に生きる若者達の壁となり、礎となり、その先へ押し上げる事なのだから、ザルドは浮かびかけた感傷を静かに飲み込んだ。
「んで、貴方は一体何を訊きたいんだ? 今の俺は美味しい料理を食べ切ったからか、非常に口が軽くなっている」
背もたれへ身体を預けながらそう告げる隆誠の声音には冗談めいた軽さが含まれていたが、それが完全な冗談ではない事もザルドには分かっていた。
「やはり気付いていたか」
ザルドが料理を振る舞った理由は礼だけではない。可能ならば情報を引き出したいという打算も確かにあった。
しかし隆誠は最初からその意図に気付いていたらしく、それでも席に着いたのは料理の出来次第で話に付き合う気があったからだろう。
そして結果として、その料理は想像以上だった。正直なところ、隆誠自身も驚いている。これほどの料理が出てくるとは思っていなかったのだ。
だからこそ今の彼は気分が良かった。答えられる範囲であれば質問にも応じるつもりでいる。尤も、それはあくまで答えられる範囲での話だ。
【アストレア・ファミリア】を含めたオラリオ冒険者達の内情や未来に関わる情報だけは別であり、そこだけはどれほど料理が美味かろうと口を割る気はなかった。
「ならば問おう。アルフィアから聞いたのだが、お前は何故『俺達の息子』――ベル・クラネルの存在を知っている?」
「………え?」
あまりにも予想外の問いだった。
仮面に隠れて見えないだけで、隆誠の表情は完全に固まっている。
脳内で『俺達の息子』という言葉を反芻した彼は、瞬く間に一つの結論へ辿り着いてしまった。
(は? え? 俺達の息子って……まさかベルは、ザルドとアルフィアの間に出来た子供だったのか?)
冷静に考えれば有り得ない。
有り得ないのだが、ベルが持つ異常な成長速度や規格外の才能を思い返すと妙に説得力がある気がしてしまう辺りが恐ろしい。
そんな馬鹿げた推論が脳内で完成しかけた瞬間――
「俺とアルフィアの息子じゃない! 言っておくが、もしアルフィアに会っても絶対そんな質問はするなよ! 良いな!?」
と、ザルドが反射的に否定した。
その反応速度たるや、まるで心を読んだとしか思えないほどである。
「あ、はい」
隆誠は素直に頷いた。余りにも真剣だったからだ。
ここまで必死な表情は見た事が無いと思えるほど真剣であり、その様子だけで『それだけは聞いてはいけない話題なのだ』と理解できてしまったのである。
もし勘違いしたままアルフィア本人に尋ねたりすれば、ザルドは決戦の日を迎える前に人生を終える事になるだろう。
それも英雄らしい最期とは程遠い、極めて情けない理由で。そんな死に方だけは絶対に御免だった。
「ンンッ! すまん、少し取り乱してしまった。それで、教えて貰えるか?」
「……教えたところで滑稽極まりない内容だぞ」
「構わん。どんな内容でも俺は受け止める」
ザルドは即答した。
ベル・クラネルの存在を知る者は限られている。自分やアルフィア、そして主神であるゼウスとヘラを含めても極少数しかおらず、そのどの派閥とも無関係な筈の『仮面の狩人』がベルの存在を認識している時点で異常だった。だからこそ彼がどのような経緯でベルを知ったのか、その理由だけはどうしても確認したかったのである。
「……はぁっ。分かった、教えよう」
ここまで真顔で迫られると流石に誤魔化し切れない。
隆誠は諦めたように溜め息を吐きながら背もたれへ深く身体を預けた。
「ベルを知っているのは――訳あって【フレイヤ・ファミリア】で世話をする事になったからだ」
「……は?」
その時点で既に意外だった。
ザルドの眉が僅かに動く。
しかし、それはまだ序章に過ぎない。
「ついでに俺は七年後のオラリオ、謂わば未来から来た【フレイヤ・ファミリア】の元眷族だ」
さらりと告げられた言葉に、ザルドの思考は一瞬停止した。
未来。
七年後のオラリオ。
時間移動。
【フレイヤ・ファミリア】の元眷族。
どれか一つだけでも常識外れな情報である。それらを纏めて投げ付けられたのだから理解が追い付くはずもなく、今までアストレア以外には明かしてこなかった秘密を平然と暴露した隆誠とは対照的に、ザルドは完全に言葉を失っていた。
歴戦の英雄として数々の修羅場を潜り抜けてきた男でありながら、その顔に浮かんでいた表情は実に分かりやすい。
何かを言おうとして口を開き、理解が追い付かず閉じ、再び開きかけては止まる。その様子はまるで宇宙の真理を突然叩き付けられた猫そのものであり、流石の隆誠も少しだけ申し訳ない気分になった。
尤も、自分だって逆の立場なら同じ顔をしていただろうと内心で付け加えながら。
ザルドに自分の正体を暴露する隆誠でした。
感想お待ちしています。