別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
「………………すまん。お前の言葉を受け止めるのに少々時間が掛かってしまった」
「お気になさらず。そうなるだろうと分かっていたから、な」
真実を告げてから数分以上の時間が経った後、まるで思考そのものが停止していたザルドが、ようやく重い口を開いた。
無理もない話だった。隆誠が語った内容は、常識で考えれば到底信じられるものではない。だが同時に、神ですらない隆誠が、わざわざ自らの話を「滑稽極まりない内容」と前置きした上で語った以上、それを聞いた後になって頭ごなしに否定する方が愚かと言える。
少なくともザルドは、目の前の男がそのような冗談を口にする性格ではないと理解していた。
だからこそ受け入れるしかない。理解は追い付かなくとも、事実として受け止めるしかなかった。
とは言え、それでもなお理解できない部分は山ほど存在した。
自分達の息子とも呼ぶべきベルが、一体どのような経緯で【フレイヤ・ファミリア】に目を付けられたのか。そして何より、ベル自身が冒険者となってオラリオで活動しているという事実だ。
それはザルドの予想からあまりにも大きく外れていた。
ザルドが知る限り、ベル・クラネルの両親には冒険者として秀でた才能などなかった。
父親は【ゼウス・ファミリア】所属のサポーター。ファミリア最弱とまで言われ、唯一誇れるのは逃げ足の速さのみ。武勇伝よりも醜聞の方が圧倒的に多い、赤眼の男だった。
母親は【ヘラ・ファミリア】所属。アルフィアの妹という血筋を持ちながら、その才能は姉と比較するまでもなく平凡であり、姉からは半ば愛称のように『トロ子』と呼ばれていた。
そんな二人の間に生まれたベルが、冒険者として大成するなど誰が予想できただろうか。だからこそザルドは、ベルもまた冒険者の道には進まず、ゼウスのいる辺境の村で穏やかな人生を送っているものだと思っていた。
しかし、その予想は目の前にいる【フレイヤ・ファミリア】の元眷族によって、木端微塵に打ち砕かれたのである。
「……一先ず、状況を整理させてくれ。ベルがオラリオへ来て冒険者になった、で良いんだな?」
「ああ。本人から聞いた話だと、亡くなった祖父から聞かされた英雄譚が切っ掛けで、冒険者を目指そうと思ったらしい」
「ちょっと待て。亡くなったとはどう言う事だ?」
話の腰を折る行為が無粋であることは、ザルド自身重々承知していた。
だが、それでも聞かずにはいられなかった。
未来においてベルの祖父――主神ゼウスが死んだ。そんな話を、かつてその眷族だった自分が聞き流せるはずがない。
「悪いが、俺もあくまでベル本人から聞いただけだ。だからベルの祖父については詳しく知らない」
「……そう、か」
落胆を隠せず呟く。
ザルドとしては是非とも詳細を知りたいところだったが、これ以上追及しても無駄であると理解していた。
それに何より――。あの助平で図太く、しぶとさだけなら誰にも負けない主神が、本当に死ぬなど到底思えなかった。
何か事情があるのだろう。そう無理やり自分を納得させる。
再び話を聞く姿勢に戻ったザルドを見て、隆誠は頷きながら続きを語り始めた。
「ベルがオラリオに来て、何とか主神を見つけて冒険者になった。その後、必死に足掻きながら日々奮闘していた時に、美神が偶然見つけてしまった」
「その美神が、女神フレイヤか」
「ああ。フレイヤ曰く『見た事がないほど綺麗で透き通った魂』だったらしい。その瞬間から異常な執着を見せるようになってな。それ以降――」
そこから先、隆誠は自らが見届けてきたベル・クラネルの冒険譚を語っていく。
その内容を聞きながら、ザルドは最初こそ「厄介な女神に目を付けられたものだ」とベルに同情していた。
だが同時に、心の底から安堵していたことが一つある。アルフィアがこの場にいなくて本当に良かったと。
もし彼女がいたならば、ベルに執着し続けたフレイヤの話を聞いた瞬間、激昂した彼女が【フレイヤ・ファミリア】へ突撃し、そのまま壊滅させる未来が容易に想像できてしまったからだ。
そして何より驚いたのは、ベル自身である。
冒険者になってから僅か半年。たった半年しか経っていないにも拘らず、余りにも濃密で、余りにも常識外れな冒険を繰り返していた。
ミノタウロスとの死闘。
深層での生還。
数々の強敵との激突。
普通の冒険者なら一生に一度経験できるかどうかという出来事を、ベルは半年足らずの間に次々と乗り越えていた。あまりにも色々あり過ぎて、最早どこから突っ込めば良いのかすら分からない。
だが最後に聞かされた内容だけは、純粋に不快感を覚えた。フレイヤがベルを本気で手に入れるため、オラリオ全土へ『魅了』を施した件である。
ザルドですら眉を顰める程の暴挙だ。これをアルフィアが知れば、間違いなく激怒する。むしろ怒らない方が不自然だった。
そして隆誠が、それに反発する形でベルへ様々なことを教え、導いていたと聞いて、ザルドはようやく理解した。ベルが【フレイヤ・ファミリア】で世話になった本当の意味を。
単なる庇護ではない。そこには、フレイヤの思惑とは別の形でベルを支えようとした者達の存在があったのだ。
更に話は続く。
結果としてフレイヤの目論見は外れ、【フレイヤ・ファミリア】はオラリオ中の全ファミリアを敵に回して『派閥大戦』を引き起こした。その戦いでも、ベルは中心人物として大活躍したという。
オッタルだけではない。師として教え導いた隆誠さえも乗り越え、勝利を掴み取ったのだ。
その事実に、ザルドは驚きを隠せなかった。誇らしさすら感じていた。
しかし、それとは別に――。
「……なぁ、ベルがエルフの女と合体したとはどう言う事なんだ?」
「ああ、それは俺が用意した『タポラ』っていうイヤリング型の
「ぶほぉっ!?」
思わず盛大に吹き出した。ベルが女性と合体したという時点で待ったを掛けたかったのに、その先の説明がさらに意味不明だったのである。
しかも聞けば聞くほど、これまたアルフィアには絶対に聞かせられない内容だった。
息子同然の少年が女性と合体した。その事実だけでも充分危険だというのに、当人は真面目に話しているのだから尚更始末が悪い。
結果としてザルドは、新たに増えてしまった爆弾級の案件を抱え込みながら、心の底から思った。
――頼むから、この話だけはアルフィアの耳に入らないでくれ。
そう切実に願いながら頭を抱えるのだった。
「とまあ、俺が知る限りベルの冒険譚は以上だ。一通り話したけど、質問はあるか?」
「………………無理だ。俺の腹はもうこれ以上……何も入らない」
話を聞き終えたザルドは、完全に意気消沈していた。
これまで数々の苦難を乗り越えてきたと言えども、余りにも常軌を逸した内容の連続に、満腹を通り越して完全に破裂している。それどころか、どうか夢であって欲しいと願い、思わず現実逃避したくなる程だった。
質問したいことなら山ほどある。ベル・クラネルという少年が歩んだ軌跡の全てを知りたいと思う気持ちは確かにあった。
だが、それ以上に嫌な予感がしていた。これ以上深く掘り下げれば、更なる爆弾級の事実が飛び出してくるに違いない。そう思ったザルドは、浮かんだ疑問に蓋をすることを選んだ。
ただでさえアルフィアに聞かせられないような話が幾つも飛び出してきたのだ。ここで更にとんでもない事実が増えでもしたら、最早どう説明すれば良いのか分からなくなる。
「だがベルとは別に、【
『派閥大戦』で【フレイヤ・ファミリア】が敗北したことは勿論聞いている。
しかし、その敗北がどのような結末を迎えたのかまでは知らなかった。
「ファミリアは解体。資産も全て没収。何もかも失ったよ」
「だろうな」
オラリオ全体を敵に回した以上、敗北した【フレイヤ・ファミリア】の末路など容易に想像がついた。
むしろザルドとしては、その程度で済んだのかと訝しむ程だ。女神の魅了によって都市中を混乱に陥れた罪を考えれば、もっと苛烈な結末を迎えていても不思議ではない。
「因みに女神フレイヤは送還されたのか?」
「本来はそうなる予定だった。けど、ベルの主神がオラリオに留まることを許してくれてな」
「寛大な心を持った神に救われたか。あの美神は本当に悪運が強い」
もしヘラであれば容赦のない制裁を下していただろう。そんな光景を容易に想像しながら、ザルドは内心でそう呟いた。
そして、そこで新たな疑問が浮かぶ。
「もうついでに訊きたい。お前は未来から来たと言ったが、もしや『派閥大戦』で負けた後、この時代にやって来たのか?」
「ああ。だがその前に、フレイヤから
「…………その
ザルドの胸中を、何故か強烈な嫌な予感が過った。
目の前にいる『仮面の狩人』は、先程まで何度も常識を吹き飛ばすような爆弾を投げつけてきた。
だが今度は、それらと比較にならない程の何かを口にしようとしている気がしてならない。
どうか自分の考え過ぎであって欲しい。そう願うザルドだったが、その願いは無情にも打ち砕かれる。
「北の最果て『竜の谷』に封印されている『黒竜』の討伐だ。思っていた以上に楽しめたよ。久々に全力を出しても簡単には倒れなかったからな。今まで使えなかった技や魔法も思い切り使えたし、本当にスッキリした」
「――――――――――――」
ザルドの思考が停止した。理解を拒絶した、と言ってもいい。
今、目の前の男は何と言った?
黒竜を討伐した?
あの『隻眼の黒竜』を?
【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。その両陣営が総力を結集しても成し遂げられなかった、人類最大の悲願を?
「って、おいザルド! どうしたんだ!?」
隆誠の声が聞こえる。だが、それに応える者はいない。
【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が果たせなかった偉業を、目の前にいる男がたった一人で成し遂げた。
その事実を脳が処理し切れなかったのだ。
そして次の瞬間。英雄ザルドは、静かに意識を手放した。
ザルド(の脳)が死んだ!
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