別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
(何かザルドに申し訳ない事をした気がする……)
真実を語った翌日、隆誠は一人で都市を歩いていた。昨日の事を思い返しながら、何となく重い溜息を吐く。
あの後、意識を失ったザルドを何とか目覚めさせ、話の続きを再開した。今度は隆誠から、彼が息子と言い切ったベルとの関係について語る番だった。
それを一通り聞き終えた後、二人は別れる事になった。
美味しい食事を御馳走してくれた事に礼を言い、どこか気分の晴れた様子で帰っていく隆誠。その一方でザルドは、憔悴しきった表情のまま、とぼとぼと何処かへ向かっていった。
事情を知らない者が見れば、実に奇妙な光景だっただろう。片や晴れやかに、片や今にも倒れそうなほど肩を落としている。どちらが深刻な話を聞かされた側なのか分からないほどだった。
もっとも、隆誠としても罪悪感が無い訳ではない。あれだけの真実を一度に聞かされたのだ。少なくとも昨夜のザルドは、自分以上に大変だっただろう。
互いに真実を語り合った事で、既に気の合う友人のような関係を築きつつある。だが、もし再会する時が来れば、その時は敵同士だ。冒険者達を援護する『仮面の狩人』として。
(そう言えばリオンの奴、何で昨日はあんなに怒っていたんだ?)
ふと、隆誠は昨夜の出来事を思い出した。
ザルドとの会合を終えて
自分達には厳しい修行をしなければスイーツを出さないと言っていたのに、アーディにだけ特別に用意するなど差別が過ぎる。自分達だって十分頑張っているのだから、ご褒美があって然るべきだ。
普段の冷静な姿からは想像もつかない勢いで捲し立てられ、隆誠は少々辟易したものだ。
それでも事情はちゃんと説明している。ちょっとした恩があったから、その礼代わりに御馳走しただけだと。しかし、リューは最後まで納得していない様子だった。結局のところ、『あんまり五月蠅いと君にだけ作らないぞ』と脅してようやく矛を収めてくれたのである。
とはいえ、リューが不満を抱くのも分からなくはない。本当ならスイーツを用意してやれば済む話なのだ。だが、それをやれば今も前線で頑張っているアリーゼ達に知られた時、間違いなく面倒な事になる。自分達が必死に戦っている間に甘味を振る舞っていたなどと知れれば、後々何を言われるか分かったものではない。
だからこそ彼は、アリーゼ達が戻って来た際には少し豪華なデザートを作ってやろうと密かに決めていた。
「ん? 此処は……」
考え事をしながら歩いていた隆誠は、不意に見覚えのある建物を目にして足を止めた。
そこは誰にも利用されていない廃教会。長らく手入れされていないのか、外壁には苔が張り付き、窓硝子は所々割れている。出入り口の扉も半ば崩れ落ち、今では誰でも自由に出入りできる有様だった。
元神である隆誠が教会を気にするのも当然と思われるかもしれない。
だが実際は違い、この世界の教会は自分と何の関係もない。それどころか、この世界にいる神々と同類扱いされる事自体、彼としてはあまり歓迎したくなかった。
彼がこの廃教会に意識を向けたのには、ちゃんと別の理由がある。此処は後にベル・クラネルが【ヘスティア・ファミリア】として活動を始めた際、最初の
以前、フレイヤと共にベルの成長を見守っていた頃、この廃教会で暮らす彼の姿を何度も目にしている。
最初の頃はベルとヘスティアが二人きりで生活している事に、フレイヤが露骨ではないものの軽く嫉妬していたのを覚えている。その度に隆誠は呆れながらも宥める羽目になったが。
もっとも、その生活は長く続かなかった。数ヵ月も経たない内に、この廃教会は完全に崩壊してしまう。【アポロン・ファミリア】の眷族達による襲撃によって建物そのものが破壊され、とても利用できる状態ではなくなってしまったからだ。
(俺がいるのは七年前のオラリオだから、残ってるのは当然か)
最初は何故この建物が存在しているのかと首を傾げた隆誠だったが、自分が過去の時代にいる事を改めて認識すると、その疑問はすぐに解消された。
同時に、七年後には利用出来なくなってしまう建物なのだと思うと、どこか不思議な感覚になる。
(どれ、ちょっとばかり……ん?)
ベルが七年後に利用する事になる
だが、その足は途中で止まる。廃教会の中から、人の気配を感じ取ったからだ。
この暗黒期のオラリオでは特に珍しい事ではない。
(この
だが、気配を探った隆誠はすぐに正体を察する。
廃教会にいるのは、つい先日出会ったばかりの人物。一度感じ取った気配を、彼が間違えるはずもなかった。
その直後、普段着姿だった隆誠は、パチンと指を鳴らす。すると次の瞬間には、その姿が『仮面の狩人』の装束へと変わっていた。
隆誠は静かに意識を研ぎ澄ませながら、廃教会へと視線を向けた。
そして彼が廃教会へと足を踏み入れると――
「早々に立ち去れ。さもなくば殺す」
背後から近付いて来た気配を感じ取ったのか、祭壇の方へ視線を向けたままでいたアルフィアが振り返る事もなくそう宣告した。
その声音は怒気を孕みながらも不思議なほど静かであり、単なる脅しではなく実力を伴った警告であると十分に理解させるだけの重みを帯びている。
「流石は元英雄。あれほど力の差を教えても、まだ虚勢を張れるとは恐れ入る」
「……………」
普段の隆誠であれば、出会い頭に殺すなどと言い放たれて少なからず戸惑いを覚えていた事だろう。しかし今この場で求められているのは隆誠という一人の青年ではなく、アルフィアすら寄せ付けなかった『仮面の狩人』だ。その為、怯む素振りを見せるどころか意図的に相手を挑発するような言葉を返した。
それを受けたアルフィアの頬が僅かに引き攣る。背後にいる男の態度は露骨な挑発以外の何物でもなかったが、それでも感情に任せて魔法を放たなかったのは、彼女自身が誰よりも両者の実力差を理解していたからに他ならない。
普段の彼女であれば、相手が誰であろうと容赦なく叩き潰していた。英雄であろうと冒険者であろうと怪物であろうと関係ない。敵と認識した者は悉く蹂躙し、その圧倒的な力によって黙らせてきた。
だが今回ばかりは相手が悪かった。何しろ先日の戦いでは、自身が誇る魔法も技量も何一つ通用せず、傷一つ付ける事すら叶わぬまま一方的に圧倒されていたのだから。あの時の光景を思い返す度に不快感が募るが、それ以上に現実は変わらない。
そしてもう一つ。今のアルフィアには戦う意思そのものが無かった。
この廃教会は彼女にとって単なる廃墟などではなく、過去の思い出が刻まれた数少ない場所の一つであり、失われた日々の残滓が未だ色濃く残る場所だった。
だからこそ戦闘によって傷付けたくない。それが彼女にとって最も大きな理由だった。
「貴女が此処にいたのは予想外だったが、まぁ却って好都合だ。俺としても少し話したい事もあったから、な」
「私は話す気など無い。疾く失せよ」
「そう邪険にするな。貴女の甥――ベル・クラネルについて軽く教えようと思ったのだが」
「!」
その瞬間だった。これまで背を向けたままだったアルフィアが反射的に振り返る。
長い灰髪が揺れ、見開いたオッドアイが僅かに見開かれた。それまで微塵も揺らがなかった表情に生じた変化はほんの僅かなものだったが、それでも彼女を知る者が見れば十分過ぎるほどの動揺だった。
ベル・クラネル。その名は彼女にとって決して聞き流せるものではない。
相変わらず目の前の男は不気味な仮面によって表情を隠している為、その素顔を窺う事は出来ない。
それでも何故だか分かった。今この男は間違いなく憎たらしい笑みを浮かべている。
そんな確信めいた感覚に、アルフィアは思わず得意の魔法でその顔面ごと消し飛ばしたい衝動へ駆られる。
しかし同時に、それを実行したところで結果が変わらない事も分かっていた。先日の戦いで思い知らされた圧倒的な力量差が、その衝動を理性によって押し留めていた。
「貴様、何故それを知っている?」
僅かな警戒と強い疑念を滲ませながら問い掛ける。
「ザルドから聞かせてもらったよ。貴女とベルの関係について」
その返答を聞いた瞬間、アルフィアは静かに決意した。次にザルドと顔を合わせた際は制裁を加えよう、と。
勿論、本気で命を奪う気は無い。だが少なくとも簡単には済ませない。余計な事を話した報いは受けてもらう必要がある。
そう内心で結論付けながらも、今は目の前の男へ意識を戻した。
「んで、どうする? 聞きたくないなら、俺はこのまま帰るが」
「……この場に留まる事を、特別に許す」
数秒ほどの沈黙の後、アルフィアは渋々と言った様子で言葉を返した。
未来を知る存在であるこの男が、自分の甥について語ろうとしている。その事実を前にして聞かないという選択肢は存在しなかった。
結果として、それまで周囲へ漏れ出していた刺々しい魔力も幾分か和らいでいく。
教会内を満たしていた緊張感は依然として消えてはいないものの、少なくとも先程までの一触即発の空気は薄れていた。
「そうかい。けど、話すにしても何処からだ?」
隆誠はそう言いながら軽く肩を竦める。
昨夜、自分は未来の出来事をザルドへある程度説明していた。であるならば、その内容がアルフィアへ伝わっていても不思議ではない。
既に知っている内容を最初から語り直したところで時間の無駄になるだけだろう。そう考えた彼は、何処まで話が伝わっているのかを確認する事にした。
「全て話せ」
間髪入れぬ即答だった。躊躇も遠慮も存在しない。
聞き漏らすつもりなど一切無いという強い意思がその短い言葉には込められていた。
「貴女はザルドから何も聞いてないのか?」
「貴様が未来から来たと言うのは聞いている。だがザルドが話した内容は、余りにも要領を得ないものばかりでな。断片的な話ばかりで何一つ把握し切れなかった。故に貴様から直接訊き出した方が手っ取り早い」
(そう言えば、ザルドが言ってたな。絶対に話してはいけない案件がいくつかあるって)
アルフィアの言葉を聞きながら、隆誠はふと別れ際の会話を思い出した。
それはザルドと別れる寸前の事だった。
『もしアルフィアと会って話す機会があった際、女神フレイヤに目を付けられた件と、女性と合体した件については絶対に言うなよ! 良いな!?』
あの時のザルドは異様だった。
憔悴し切っていた筈にも拘らず、その時だけは妙に血色を取り戻し、まるで命に関わる問題でも伝えるかのような真剣さと鬼気迫る勢いで念押ししてきたのである。あまりに必死だった為、今でもその表情は鮮明に記憶へ残っていた。
そして現在。
ベルの名前が出た途端に露骨な反応を示し、未来の情報を知ろうとするアルフィアを前にして、隆誠は漸くその理由を理解した。
あそこまで強く口止めしてきたという事は、つまりそれだけ目の前の女性にとってベル・クラネルという存在が大きいのだろう。
恐らく甥に関する厄介な女性事情など耳へ入れば、何をしでかすか分かったものではない。少なくとも、ザルドが本気で恐れるだけの理由はある。
そう結論付けた隆誠は、珍しく素直に忠告へ従う事を決意するのだった。
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