別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
(全く、まさかあそこまで物騒な性格だったとは思わなかった)
廃教会を後にした隆誠は、『仮面の狩人』として纏っていた装いを解き、見慣れた普段着の姿へと戻る。そして、そのまま『星屑の庭』への帰路についた。
石畳を踏みしめながら歩く彼の脳裏には、先程まで対峙していたアルフィアの姿が何度も浮かんでくる。
もし再び彼女と会ったとしても、もう話すつもりはなかった。
確かに彼女がベルの身を案じていることだけは理解できる。血を分けた身内として、その未来を守りたいという気持ち自体は否定するつもりもない。
だが、その結論が『危険の芽を全て潰す』という一点にしか向かわないのは、隆誠には到底受け入れられなかった。
周囲への被害も、関係のない人々の人生も、まるで視界に入っていない。
愛する者を守るためなら何を犠牲にしても構わない。そんな思考を当然のように語る彼女に、隆誠は強い違和感と嫌悪感を抱いていた。
(と言うより、ベルがあの暴君の身内なのが信じられない)
思わずそんな本音が漏れそうになる。
ベル・クラネルという少年を知る者ならば、誰もが同じことを考えるかもしれない。
誰に対しても分け隔てなく優しく接し、自分より他人を優先してしまうほどのお人好し。
そんなベルと、力で全てをねじ伏せようとするアルフィアの姿は、あまりにも結び付かなかった。
本当に血縁者なのかと疑いたくなるほどだ。もちろん、同じ家族であっても性格が違うことなど珍しくない。
だが、『家族愛』を何よりも重視している隆誠だからこそ、身内を理由に他者の犠牲を正当化するような考え方には共感できなかった。
守りたい存在がいるのは分かる。けれど、そのために無関係な人々を脅かしていい理由にはならない。少なくとも彼はそう信じている。
(もういい)
心の中でそう呟く。これ以上、言葉を交わしても平行線だろう。
互いに譲れないものが違い過ぎる。だからこそ、今後はもう語るつもりはない。
ザルドと同様に、次に会った時は敵として相対する。
必要ならば倒す。その覚悟を静かに胸の内で固めた。
結論を出したことで気持ちが少し軽くなり、隆誠はふぅと小さく息を吐く。
そして、夕暮れに染まり始めた空を見上げながら、今度は別のことを考え始めた。
(何を作ろうかな……)
先程までの重苦しい思考とは打って変わり、今度は穏やかな悩みだった。
大抗争が終わってからも、アリーゼ達は休む暇なく前線で活動を続けている。
相変わらず忙しく駆け回っており、
それでも今日は久しぶりに全員が帰って来ると聞いていた。
ならば、せめて少しでも労ってやりたい。そう考えるのは自然なことだった。
夕飯はもちろんだが、頑張っている彼女達のために食後のデザートも用意したい。
疲れた時に甘い物はよく効く。何より、皆が笑顔で食べている姿を見るのは嫌いではなかった。
(アリーゼ達なら、やっぱり甘い物の方が喜ぶかな)
頭の中でいくつか候補を並べてみる。
果物をふんだんに使ったタルト。濃厚なチーズケーキ。それとも、軽い口当たりのプリンやムースだろうか。
誰がどんな反応をするかを想像しているうちに、自然と頬が緩む。
先程までアルフィアに対して抱いていた苛立ちも、少しずつ薄れていった。
今日くらいは難しいことを忘れて、皆でゆっくり食卓を囲もう。
そのためにも、まずは腕によりをかけて最高のデザートを作らなければならない。
そう決意した彼は、小さく笑みを浮かべながら『星屑の庭』への道を進んでいった。
「――下界の汚物!! そこを動くな!!」
「は?」
突然浴びせられた罵声に、隆誠は思わず足を止めた。
先程まで夕食やデザートの献立について考えていた思考が吹き飛び、反射的に声のした方へと視線を向ける。
そこにいたのは、昨日突然『好きです』と告白してきた少女。豊かな銀髪を揺らしながら、怒りに顔を歪めるシル・フローヴァだった。
「誰かと思えば、昨日のお嬢さんか。それより、下界の汚物って俺の事か?」
困惑しながらも一応確認のために問い返す隆誠。
「他に誰がいる!?」
だが返って来たのは、当然と言わんばかりの怒声だった。
瞳には激しい敵意が宿り、その表情には昨日見せていた柔らかな雰囲気は一片も残っていない。
まるで別人だった。いや、別人と言った方が正しいかもしれない。
昨日は頬を赤らめながら好意を伝えてきたというのに、今は視線だけで人を刺し殺せそうな勢いで睨み付けている。
その殺気たるや尋常ではない。明確な敵意と、今にも襲い掛かって来そうな危険な気配。
普通ならば、この異様な豹変ぶりに動揺してもおかしくはなかった。
だが、隆誠は驚くどころか僅かに目を細めていた。
(コイツ、まさか……)
脳裏に一人の人物が浮かぶ。
昨日の出来事。シルの違和感。
そして【フレイヤ・ファミリア】に所属する、とある少女の存在。
バラバラだった情報が少しずつ繋がり始めていた。
「貴方の所為で崇高な女神がぁ……! 挙句私まで汚染してぇ……!」
シルは肩を震わせながら叫ぶ。その顔には憎悪と屈辱が入り混じった感情が張り付いていた。
「始末するッ! どれだけ罰されようと、貴方はここで殺すぅ!!」
そう叫ぶと同時に、彼女は片手に握っていた包丁を突き付ける。
ギラリと光を反射する刃先。往来のど真ん中で人に向けるにはあまりにも物騒な代物だった。
(やっぱりヘルンだ)
その瞬間、隆誠は確信する。目の前にいるのはシル・フローヴァではないと。
【フレイヤ・ファミリア】の眷族であり、女神フレイヤに異常なまでの忠誠を捧げる少女――ヘルン。
本来のヘルンは、顔の右半分を覆う仮面と、灰色のロングヘアが特徴的なヒューマンの少女である。
もちろん、今の姿とは全く異なる。しかし、それは不自然なことではない。彼女は魔法によって他者の姿へと変身できるのだ。
つまり今のシル・フローヴァという容姿そのものが、ヘルンの魔法による変装なのだ。だからこそ、昨日見たシルとの違和感にも説明が付く。
(面倒な奴に捕まったな)
隆誠は内心で小さく溜息を吐いた。
何故ここまで強烈な殺意を向けられているのか。その理由についても既に察しが付いている。
昨日、自分と接触したシルの正体はフレイヤだった。そしてフレイヤは、自身の感情や経験をヘルンと共有する特殊な繋がりを持っている。
恐らく、昨日自分と会った際の感情までもが、そのままヘルンに
フレイヤが抱いた感情。自分でも理解できなかった想い。
それらが一方的に流れ込んだ結果、敬愛する女神が変化してしまった原因を隆誠だと思い込んでいる。
だからこその激昂。だからこその殺意。
理屈としては理解できた。理解できたが、納得は出来ない。
何しろ本人の了承もなく、いきなり包丁片手に殺しに来られているのだから。
(アルフィアの次はヘルンか。今日はやたらと厄介事に縁があるな……)
隆誠は肩を竦めながらも、いつでも動けるように重心を僅かに落とした。
少なくとも、ただの痴話喧嘩で済む相手ではない。
そして何より、今の彼女には話し合いが通じそうになかった。
殺意を隠そうともしないその姿を見ながら、隆誠は静かに次の行動を考え始める。
「見つけた!」
「――おい、まさか」
またしても聞き覚えのある声が響いた。しかも次の瞬間、背後から小さな何かが勢いよく飛び付いてくる。
反射的に振り返った隆誠の視界に映ったのは、昨日会ったばかりの幼女。
金色の髪を揺らしながら彼にしがみついているアイズ・ヴァレンシュタインだった。
「はぁっ、また君か……。取り敢えず離れてくれない?」
思わず頭を抱えたくなる気持ちを堪えながら問い掛ける。
しかし、アイズは首を横にぶんぶん振った。
「
「本当にしつこいな」
しかも腕だけではない。まるで木にしがみつくコアラのように身体全体で抱き着いており、離れる気配が全くなかった。
ただでさえ面倒な女に絡まれているというのに、ここで更に別方向で面倒な幼女まで加わってきたのである。流石の隆誠も匙を投げたくなっていた。
(何なんだ今日は……。厄介事が向こうから歩いて来る日なのか?)
つい数分前までは平和にデザートの献立を考えていたはずなのに、どうしてこうなった。
そんな現実逃避気味の思考を始めた時だった。
「ふ……フザけるな、フザけるな、フザけるなぁぁぁッ!!」
怒りに震える絶叫が街路に響き渡る。
見ると、包丁を片手に持ったヘルンが顔を真っ赤にしながらこちらへ歩み寄って来ていた。
額には青筋が浮かび、今にも血管が切れそうな勢いである。
「その態度の違いは何なのですかぁ!? 私には冷たいのに、その小娘には普通に話しているじゃないですかぁぁぁ!!」
「いや、普通も何も勝手に抱き着かれてるだけなんだが?」
「黙りなさい!」
「理不尽だな!?」
事情を説明しようとするが即座に却下された。
どうやら今のヘルンに理性を期待するのは不可能らしい。
「私達にも頭を撫でなさい! そして私に抱かれて息絶えろ!」
「ツッコミどころ満載な台詞だが、取り敢えずどっちも断る!」
一瞬たりとも迷うことなく隆誠は即答した。
頭を撫でる要求と殺害予告が同時に飛んで来る状況など普通は存在しない。
恐らくフレイヤの感情が混ざっている影響なのだろうが、その結果として発言内容が大惨事になっていた。
「何故ですかぁぁぁ!!」
「むしろ何故受け入れられると思った!?」
包丁を振り回しながら泣き叫ぶヘルン。
端から見れば完全に不審者である。
「ねぇ、私を強くして?」
そんな騒ぎなど存在しないかのように、隆誠へ抱き着いているアイズが上目遣いで強請ってきた。空気を読むという概念が綺麗さっぱり欠落している。
「話を聞いてた?」
「聞いてた」
「聞いてて何でその発言になるの?」
「強くなりたいから」
真顔かつ余りにも真剣な返答だった。
だからこそ余計に困る。
「ねぇ」
「……」
「強くして?」
「今その話をしてる場合じゃないだろ」
「大事」
「そうだろうな」
本人の中では大事なのだろう。
だが、今は包丁を持った殺人未遂予備軍が目の前にいる。
出来れば優先順位というものを考えてほしかった。
「アイズ・ヴァレンシュタイン。君はもう少し場の空気を読んだほうが良いよ」
ようやく絞り出した言葉は、そんな至極真っ当な苦言だった。
しかし当の本人は小首を傾げるだけである。全く理解していない。
その姿に、隆誠のこめかみには青筋が一本浮かび上がった。
包丁を振り回すヘルン。絶対に離れようとしないアイズ。そして両者に挟まれている
(帰りたい……)
改めて状況を整理した隆誠は、心の底から切実にそう願うのだった。
感想お待ちしています。