別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
隆誠がアイズとシル(ヘルン)に絡まれ、身動きが取れなくなっているその光景を、少し離れた場所から見ている者たちがいた。
「あっ! リューセーがチビッ子ちゃんに抱き着かれてる上に、店員さんにも迫られてるわ! しかも店員さんの方は片手にナイフまで持ってるし! これは……痴情のもつれね!!」
誰よりも早くその状況に気付いたアリーゼが、目を輝かせながらそう叫んだ。
普通の人間なら危険な場面と判断するだろうが、彼女の頭の中ではすでに恋愛劇場が開幕していたらしい。その声音には心配の色など欠片もなく、むしろ面白い見世物を発見したかのような楽しさが滲んでいた。
「そんな……!」
隣でその光景を目撃したアーディが、小さく息を呑む。
つい昨日まで一緒に行動していたというのに、自分が目を離している間に見覚えのある女性たちが隆誠へ詰め寄っている。しかも片方は抱きつき、もう片方は異様な圧を放ちながら迫っているのだ。
何とも言えない胸のざわつきを覚え、アーディは複雑そうな表情を浮かべた。
「あの野郎……。アタシらがいない間に女作ってたのかよ。それにあの幼女、やっぱり諦めてなかったみたいだな」
呆れ半分、苛立ち半分といった様子でライラが呟く。
修行中の隆誠は、まさしく鬼教官だった。
どれほど苦痛を訴えようが容赦なく鍛え上げられ、その厳しさには何度も涙を見せられた。それだけに、そんな男がいつの間にか女性たちと親しい関係になっていたらしい事実に、妙な居心地の悪さを感じていた。
もちろん、彼女自身が隆誠に恋愛感情を抱いている訳ではない。
だが、自分たちを含む美少女揃いの【アストレア・ファミリア】の面々や、美貌の女神アストレアと共同生活を送っておきながら、一切手を出そうとしなかった男が、外では別の女たちとよろしくやっていたらしい。
そう考えると、何故だか無性に腹が立った。
「なるほど。ある意味、奴も絶対悪かもしれんな」
腕を組みながら輝夜が呆れ顔で呟く。その言葉には感心と皮肉が半々に混ざっていた。
彼女も修行によって強くなれたことには感謝している。しかしその一方で、何度も何度も容赦のない攻撃を叩き込まれた恨みも忘れていない。
だからこそ輝夜は密かに誓っていた。いつの日か必ず、あの男を正面から叩きのめしてやると。
もっとも、その目標が達成される日はまだまだ遠そうだったが。
「馬鹿なことを言っていないで、早く鎮圧しなくては!」
唯一まともな反応を示したのはリューだった。
しかし彼女が心配しているのは隆誠ではない。むしろ逆だった。
今のところ隆誠は辛うじて理性と忍耐で耐えている。しかし、もし彼の堪忍袋の緒が切れれば話は別だった。
彼が本気を出せば、アイズもシルも簡単に振り払える。
下手をすれば二人が怪我を負う可能性すらある。
その危険性を理解しているからこそ、リューは一刻も早く介入しなければならないと判断していた。
そんな中、不意に隆誠がこちらへ視線を向ける。
そして、自分たちの存在に気付いた瞬間、まるで遭難者が救助船を発見したかのような表情になった。
「おい、アリーゼ達! 見てないで早く何とかしてくれ!」
切実な叫びが響き渡る。
その声には助けを求める必死さが滲んでいた。
だが――
「「「「……」」」」
アリーゼ、ライラ、輝夜の三人は面白い見世物を見るような目で眺め続け、リューだけが額に手を当てて深々とため息を吐くのだった。
アイズとシル(ヘルン)を何とか引き離した後、隆誠はアリーゼ達を連れて
途中、アリーゼ達は『絶対修羅場だったわよね』『あの店員、滅茶苦茶怖かったぞ』などと面白半分に騒いでいたが、当の隆誠は終始無言だった。その背中から漂う不機嫌な空気を察したのか、流石の彼女達もそれ以上は深く追及しようとはしなかった。
それからしばらくして夕食の時間となり、食堂にはいつものように賑やかな空気が流れていた。激しい戦闘を終えたばかりの団員達にとって、隆誠の作る料理は戦いの疲れを癒してくれる何よりの楽しみであり、今日も皆が笑顔で食事を進めていた。そして夕食が終盤に差し掛かった頃、団員達が密かに待ち望んでいたデザートが運ばれてくる。
今日のデザートはクッキーシュークリームだった。
香ばしく焼き上げられたクッキー生地を纏ったシュー生地の中には、たっぷりと詰め込まれたカスタードクリーム。テーブルに並べられた瞬間、甘い香りが食堂中に広がり、団員達の顔が自然と綻ぶ。
「おおっ!」
「今日はクッキーシューか!」
「しかも焼きたてだ!」
「やったー!」
歓声まで上がる始末だった。
今や隆誠の作るデザートは、【アストレア・ファミリア】にとって欠かせない楽しみの一つとなっている。毎日のように死線を潜り抜ける彼女達にとって、食後に味わう甘味は何よりの癒しであり、明日への活力でもあった。
しかし――
「リューセー! 私達が悪かったからもう許して!」
「いくら何でもこれはないだろうが!」
「アタシ等は最前線で頑張ってんだぞ!」
三人の悲痛な叫びが食堂に響き渡る。
アリーゼ、輝夜、ライラの三名だけ、目の前に皿が置かれていなかったからだ。
理由は言うまでもない。
数時間前、酒場でアイズとシルに挟まれた隆誠が助けを求めた際、この三人は誰一人として助けようとせず、それどころか面白そうに眺めながら好き勝手な感想を口にしていたのである。
『痴情のもつれね!!』
『女作ってたのかよ』
『ある意味、絶対悪かもしれんな』
そんな言葉を聞かされた本人が根に持たない訳が無かった。
結果として下された罰が、今日限定のデザート抜きである。もっとも、彼女達にとっては死刑宣告にも等しかったが。
「そんなに食べたいなら条件があるぞ」
隆誠の言葉に三人が同時に顔を上げる。
「本当!?」
「話せば分かるじゃねぇか!」
「それで条件は何だ!」
「今から俺と修行するなら用意する」
その瞬間――
「無理ね」
「無理だな」
「
三人は一秒で諦めた。
つい先程まで最前線で戦っていたのだ。心身共に疲労困憊の状態で隆誠との修行を受ければ、確実に甘味どころでは済まなくなる。
その危険性を、三人は嫌というほど理解していた。何せ過去に何度も経験済みなのだ。
「「「ぐぬぬ……」」」
悔しそうに唸るアリーゼ達だったが、条件を飲む勇気は無かった。
そんな彼女達の視線の先では、
「…………すまない。私は無力だ」
リューがクッキーシュークリームを頬張りながら申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
もちろん彼女もあの場には居た。しかし彼女だけは止めようとしていた事を隆誠は知ってるから、普通にデザートを食べる事を許されていた。
「食べながら言わないでよ!」
「全然無力ではないだろ!」
「口にクリーム付いてるじゃねぇか!」
三人の抗議が飛ぶ。
だがリューは僅かに視線を逸らすのみで、手に持ったシュークリームを置こうとはしなかった。どうやら多少の後ろめたさはあるらしい。
一方、ネーゼ達も内心では同情していた。
していたのだが、下手にフォローへ回れば自分達まで巻き添えになりかねない。
誰もがそれを理解しているため、余計な口を出す者はいない。
結果として食堂には、シュークリームを美味しそうに食べる音だけが虚しく響き渡っていた。
「……ねぇリューセー、もう許してあげたら?」
流石に不憫に思ったのか、アストレアが苦笑しながら助け舟を出す。女神としては眷族達がこうして涙目になっているのを見過ごせなかったのだろう。
しかし、
「いくら貴女でも、こればかりは駄目だ」
隆誠は即答した。
珍しく本気で根に持っているらしい。
「うーん……」
アストレアも困ったように頬を掻くしかない。
今の【アストレア・ファミリア】にとって、隆誠のデザートは至福のひと時そのものだ。それを抜きにされれば士気に影響すると言っても決して大袈裟ではない。端から聞けば馬鹿らしい話かもしれないが、それほどまでに彼の作る菓子は彼女達の日常に深く浸透していた。
(まぁ、明日の朝飯でイチゴのフルーツサンドでも作っとくか)
そんな事を考えながら、隆誠は表情一つ変えずにクッキーシューを口へ運ぶ。
もちろん本気で苛めるつもりは無い。
せいぜい明日の朝まで我慢してもらおう。
「ね、ねぇリューセーさん。本当に私が食べちゃっていいの? これ、アリーゼ達の分なんじゃ……」
遠慮がちにそう尋ねたのはアーディだった。
本来なら彼女は自分の
何しろ自分の隣では三人が涙目になっているのである。流石に罪悪感を覚えてしまうのも無理はなかった。
「良いの良いの。アーディは気にせず食べて構わないから」
アリーゼ達の抗議などまるで聞いていないかのように、隆誠はあっさりと言い切る。
「で、でも……」
「残す方が勿体無いだろ」
「そ、それはそうだけど……」
「遠慮しなくていい」
そこまで言われれば断る訳にもいかない。
アーディは恐る恐るクッキーシューを口に運んだ。
サクッという軽快な音と共にシュー生地が割れ、濃厚なカスタードクリームの甘さが口いっぱいに広がっていく。
「あ、美味しい……」
思わず感嘆の声が漏れる。
すると、
「でしょう!?」
「美味いだろ!?」
「だから食わせろぉっ!!」
三人の悲鳴にも似た叫びが食堂中に響き渡った。
だが、その願いが聞き入れられる事は最後まで無く、アリーゼ達は皆が幸せそうにクッキーシュークリームを味わう姿を眺めながら、屈辱の時間を過ごすのだった。
感想お待ちしています。