別世界の元神がオラリオに来たのは間違ってるだろうか IFシリーズ 作:さすらいの旅人
大抗争から数日が経った今なお、冒険者達と
しかし、それは互いが激しくぶつかり合う拮抗状態というわけではない。むしろ、
自分達が未だ健在であり、なお優位に立っているのだと誇示したいのか。あるいは、オラリオの神経を少しずつ摩耗させる狙いがあるのか。末端の信者達が各地へ散発的に送り込まれ、都市の至る所で小規模な騒動や破壊工作を引き起こしていた。
規模だけを見れば決して大きな脅威ではない。だが、それ故に厄介だった。
放置すれば被害は拡大し、市民達の不安は募る。かといって対処しなければならない以上、前線に立つ冒険者達はその度に出動を余儀なくされる。小さな火種を消すために戦力を分散させられ、心身を休める時間すら削られていく。まるで、見えない場所から首を締め上げるような陰湿さだった。
この状況に、オラリオ側の首脳陣は強い疑問を抱いていた。最大の切り札であるはずのザルドとアルフィアを、なぜ今になっても戦場へ出さないのかと。
あの二人が大抗争の戦場へ現れた時、
特にザルドがオッタルを打ち破った瞬間は象徴的だった。絶対強者として知られるあの男が敗れた光景は、多くの信者達に勝利を確信させるには十分過ぎたのである。
その場にいた信者達の誰もが歓喜の声を上げ、まるで勝利が既に決まったかのように勝鬨を響かせていた。
だからこそ不可解だった。あれほどの存在を抱えながら、なぜその後に動かさないのか。
実際、あの戦い以降、ザルドとアルフィアの姿を目撃したという報告は一件たりとも上がっていない。まるで二人だけが戦場から姿を消したかのような異様さである。
その報告を受け続けている指揮官のフィン・ディムナが腑に落ちないと感じるのは当然だった。
ザルドとアルフィアという規格外の戦力を有する以上、正面から総攻撃を仕掛ける方が遥かに効果的なはずなのだ。にもかかわらず、
その代わりに時間をかけ、少しずつ冒険者達を消耗させ、不安と焦燥を植え付ける行動を繰り返している。まるで本格的な総攻撃の前段階として、獲物の神経を削り取るかのように。
その悪辣な手口には、フィンも覚えがあった。
相手の精神を疲弊させ、疑心暗鬼へ追い込み、最も効果的な瞬間に致命傷を与える。そうした陰湿で執念深い戦法は、まさに彼女が好んで用いるやり方そのものだった。
尤も、その『嫌がらせ』が完全に効果を発揮しているわけではない。
その理由は一人の存在にあった。『仮面の狩人』――隆誠。
彼は
人の目が少なくなる夜闇の中を駆け、敵が活動を開始するよりも早くその気配を察知し、容赦なく叩き潰す。まるで都市そのものを巡回する影の守護者のように。
その働きによって、ただでさえ疲弊している冒険者達の負担は大きく軽減されていた。彼がいなければ、各派閥は更なる人員を警備へ割かねばならず、前線の維持すら難しくなっていただろう。
だからこそオラリオの冒険者達は、表立って口にすることはなくとも彼に感謝していた。
一方で、
そんな膠着した状況が続く中。遂に、この長い停滞を破るかのように、
その一手が何をもたらすのか、未だ誰一人として知る者はいなかった。
(一体何時まで、こんな状況が続くのやら……)
夜風が石畳の路地を吹き抜ける中、隆誠は誰にも聞こえない胸中で小さく嘆息した。
大抗争から数日が経過しても、未だ都市は落ち着きを取り戻せていない。
表向きは冒険者と
アリーゼ達が再び前線で活動を再開している中、隆誠もまた『仮面の狩人』として密かに動き続けていた。
昼間は目立たぬよう行動し、夜になれば都市の闇へ溶け込む。冒険者達が警戒を緩める訳にはいかない深夜帯を中心に巡回し、
肉体的な疲労はそこまでではない。だが、終わりの見えない緊張状態というものは精神を少しずつ摩耗させていく。
何事も起こらない夜が続くことを願いながら、それでも何かが起こる事を前提として動かなければならないのだから。
ザルドやアルフィアと対面して以降、彼はこの数日の間、一度として二人と遭遇していなかった。
あれほどの存在だから、姿を現せば嫌でも目立つ。それにも拘わらず全く目撃情報が上がらないという事実は、逆に不気味さを感じさせる。
再び相対した時は敵として戦う事に異論はない。むしろ、必要とあらば戦う覚悟も出来ている。
だが心情的には、出来る限り自分ではなく、この時代を生きる冒険者達に決着をつけてほしいと思っていた。
自分は本来、この時代の人間ではない。偶然にも歴史の渦中へ放り込まれただけの存在だ。
本来ならこの時代の英雄達が乗り越えるべき壁を、自分が全て壊してしまうのは違うと考えている。
特にザルドはそうだった。彼を打ち倒すのはオッタルでなければならない。
既に自分の介入によって歴史は大きく変化してしまっている。それでもなお、未来においてオラリオの『頂天』へ至る男から成長の機会を奪う訳にはいかなかった。
ザルドという絶対強者を乗り越えること。それこそがオッタルにとって必要な試練なのだと、隆誠は考えている。
(そう言えばアルフィアは一体誰に倒されたんだ?)
ふと、そんな疑問が脳裏を過った。
深夜の暗い道中を歩きながら、隆誠は眉を寄せる。石畳を踏む足音だけが静かな夜道に響いていた。
ザルドについては知っている。オッタルが倒したと本人から直接聞いているからだ。
しかし、アルフィアについては驚くほど情報を持っていなかった。知っているのは卓越した戦闘技術と、規格外の威力を誇る魔法についてだけ。
誰と戦い、どのような結末を迎えたのか。肝心な部分をまるで知らない。
未来のフレイヤ達であれば当然知っているのだろう。大抗争は彼女達にとって歴史の一部であり、英雄譚であり、ある意味では教養の範疇ですらある。
だが、その頃の隆誠は過去のオラリオそのものに大した興味を持っていなかった。歴史上の出来事として認識していただけで、細部まで知ろうとは思わなかったのである。
誰がどこで戦い、誰がどのように散ったのか。興味を抱けば知る機会はいくらでもあっただろう。
それでも自分には関係のない昔話だと思っていたが、今になって少し後悔していた。こんな事になるのなら聞いておけば良かった、と。
もっとも、その当時の自分を責める気にはなれなかった。まさか自分自身が過去へ飛ばされ、その歴史の中心に立つことになるなど誰が予想できるだろうか。
そんな未来を想像しろという方が無理な話なので、今となっては詮無きことだ。そう頭では理解している。
理解しているのだが、それでも考えてしまう。もし未来の知識をもう少し持っていたなら。もし歴史の結末を知っていたなら。この混迷した状況において、何か別の選択肢が見えたのではないかと。
夜空を見上げた隆誠は小さく息を吐く。だが、知っていたとしても結局やるべきことは変わらない。
今は目の前の脅威に対処し、一人でも多くの命を守る。それだけだった。
だからこそ彼は思考を打ち切り、再び闇の中へ視線を向けた。『仮面の狩人』としての仕事は、まだ終わっていないのだから。
「この時間帯で活動しているのは知っていたが、運良く会えて良かった」
不意に掛けられた声に、隆誠は僅かに眉をひそめた。
聞き覚えのない声ではない。だが、この場で耳にするとは思っていなかった声音だ。
警戒を滲ませながら振り向くと、その先には見覚えのある男神の姿があった。
かつて大抗争の最中、高所から堂々と宣言を放っていた
周囲の喧騒から切り離されたかのように佇むその姿は、相変わらず飄々としており、どこか掴みどころがない。
「お前は……」
「やぁ、こうして会うのは二度目だな――リューセー」
「!」
思わぬ神物との遭遇に、隆誠は僅かに目を見開いた。
驚きが表情に出たのはほんの一瞬。しかし、その変化をエレボスは見逃さない。
当の本人は旧友に再会したかのような気軽さで微笑みながら、隆誠の名を口にした。
今の彼は『仮面の狩人』の装束を纏い、顔には白般若の面を付けている。正体を隠すための変装は完璧なはずだった。
それにもかかわらず、エレボスは何の躊躇もなく自身を「リューセー」と呼んだ。
なぜ分かったと、そんな疑問が胸中に湧き上がる。
「まさか君があの『仮面の狩人』だったとはね。只者じゃないのは分かっていたが、よもやあのザルドやアルフィアをも凌ぐ強者だったなんて、完全に俺の想定外だったよ」
感心したように肩を竦めるエレボス。その口調には本心からの驚きが混じっていた。
だが、今の隆誠にとって重要なのはそこではない。
「……何故、俺をリューセーだと断言できる?」
低い声で問い掛ける。
もし変装を看破する手段があるのなら、今後の行動にも支障が出る。
だが、エレボスはあっさりと答えた。
「会った時に言ったはずだぞ。『君は人間のはずなのに、人間とは違うモノを持っている気がする』ってな」
「ああ……」
その言葉を聞き、隆誠は思い出した。
確かに以前、エレンだった時のエレボスはそんなことを口にしていた。
恐らく目の前の邪神は、人では感知できない何か――隆誠の纏うオーラや本質を感じ取ったのだろう。そして、その感覚を頼りに『仮面の狩人』と兵藤隆誠を結び付けた。
人間相手ならば誤魔化せる。しかし、神が相手となれば話は別だ。
この世界の神々は、人間が吐く嘘や偽りに極めて敏感である。特にエレボスほどの神ともなれば、些細な違和感ですら見逃さない。
正体を看破された以上、下手に取り繕う意味はない。隆誠は小さく嘆息すると、観念したように顔へ手を伸ばした。
そして白般若の面を外し、その素顔を晒す。
「……そういえば前に会った時は、エレンとかいうヘタレ男神を演じていたな」
「おいおい。これでも一応は神なんだぜ? 少しくらい敬ってくれてもいいんじゃないか」
苦笑混じりに抗議するエレボス。だが、その態度には威厳も神々しさも欠片ほどしか感じられなかった。
むしろ、軽薄な旅人の方がまだ似合う。だからこそ隆誠も遠慮なく言い返す。
「生憎、人々の平穏を平気な顔でぶち壊す最低な
「…………………………………………」
容赦のない罵倒だった。しかも一切の躊躇がない。
真正面から放たれた本音に、エレボスは思わず頬を引き攣らせる。
言い返そうとしても言葉が出てこない。何せ否定できなかった。
現在の彼はオラリオを混乱へ陥れようと暗躍し、
恨まれて当然。憎まれて当然。頭では分かっている。
それでも、ここまで遠慮なく本音をぶつけられる機会は少ない。神々でさえ建前を使うことが多いというのに、隆誠は違った。
相手が神であろうが邪神であろうが関係ない。気に入らなければ堂々と口にする。それが兵藤隆誠という人間だった。
だからこそエレボスは苦笑するしかない。まるで鋭利な刃物で胸を突かれたような気分で、普通に傷付いていた。
「……まぁいい。リューセー・ヒョウドウ、君に用件がある」
浅くない心の傷を負いながらも、エレボスは意識を切り替えたように表情を引き締め、本題へと入った。
「出来れば――これ以上の介入はしないで欲しい。君に頑張られると、此方としては非常に困るんだ」
「
隆誠は間髪入れずに拒絶した。
たとえ
この世界の住人であれば、神からの下知に少なからず戸惑いを覚えたかもしれない。神意に逆らうことへの畏れや躊躇があっただろう。
だが、隆誠は違う。別世界から来た元神である彼にとって、目の前にいるエレボスもまた数多いる神の一柱に過ぎなかった。
そこに畏敬も恐怖もない。むしろ彼の脳裏には、今この場でエレボスを捕縛できないかという考えすら浮かんでいた。
「勘違いするな。俺が困ると言ったのは
「何だと?」
予想外の言葉を口にしたエレボスに、隆誠は思わず眉を顰めた。
オラリオを滅ぼそうと暗躍している元凶が、まるで
常識的に考えればあり得ない。長年に渡って積み上げてきた計画の中心にいるはずの存在が、自らの勢力に執着していないように見えるのだから。
「このまま君がオラリオ側の味方として活動すれば、
「ほう……」
その言葉に、隆誠は相槌を打ちながらも相手の真意を探る。
一方でエレボスは、既に確信していた。
ザルドやアルフィアでさえ圧倒する『仮面の狩人』。そんな規格外の戦力が存在している時点で、もはや
どれほど綿密な計画を用意しようと、戦力差が覆らない以上、結末は決まっている。
「だが、そんな勝利は駄目だ」
エレボスは静かに、しかし強い意志を宿した声で続けた。
「誰かの力に頼り切った勝利など、俺が望んだものではない。オラリオの冒険者達だけで苦難を乗り越え、勝利しなければならない。そうでなければ、オラリオにも、この世界にも『未来』は無い」
(コイツ、まさか……)
その台詞を聞いた瞬間、隆誠の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。以前、自分と接触してきた男神ヘルメスである。
あの神もまた、オラリオの冒険者達が自らの力で
言葉は違えど、その根底にある思想は驚くほどよく似ている。
(もしかするとヘルメスの奴、エレボスの神意を見抜いた上で俺にあんなことを言ったのかもしれないな。だとすれば、本当に食えない奴だ)
隆誠は内心で苦笑した。
あの胡散臭い男神が、純粋にオラリオの平和だけを望むのであれば、隆誠にエレボスを密かに捕らえるよう依頼していても不思議ではない。
実際、それが最も確実かつ効率的な解決法だろう。
しかしヘルメスはそうしなかった。あくまでもオラリオの冒険者達を支援し、彼らが自らの手で道を切り開くよう促していた。
つまりあの時点で既にヘルメスは、エレボスが本当に望んでいるものに気付いていたのだろう。
だからこそ直接的な解決ではなく、未来を担う冒険者達の成長を優先した。その先にある結末が、たとえ多くの犠牲と苦難を伴うものであったとしても。
「それに君は、未来のオラリオからやって来たそうだな。神の俺ですら、どんな方法で来たのかは流石に分からないが」
「ザルドやアルフィアから聞いたのか?」
「ああ。特にザルドの方は中々愉快だったぞ。アイツ等の息子が、今から七年後に面白い事をするそうじゃないか」
エレボスは僅かに口元を緩めながら言った。その様子には敵意よりも純粋な好奇心が色濃く滲んでおり、まるで未来の英雄譚を聞かされた観客のようですらあった。
「是非とも直接見たかった」
その言葉には偽りのない残念さが込められていた。恐らくエレボス自身、自分がその未来を見届ける事は出来ないと理解しているのだろう。こんな言い方をするのは、既に遠からず自分が下界から去る運命にある事を受け入れているからに違いなかった。
「だから頼む。既に結末が分かっているなら、これ以上の干渉はしないでくれ」
「……取り敢えず其方の言い分は理解した」
本心から介入しないよう切実に頼んでくるエレボスに、隆誠は小さく嘆息を漏らしながら答えた。
納得した訳ではない。しかし少なくとも、この男が
「確かにこれ以上活動を続ければ、オラリオ側は俺を戦力の一人として勝手に組み込むだろう、な」
そう口にしながら、隆誠はこれまでの行動を振り返る。
本来、自分が動いていた理由はアリーゼ達の負担を少しでも減らす為だった。だが気付けばオラリオのために戦い、オラリオのために敵を討ち、いつの間にか『仮面の狩人』は冒険者達にとって切り札のような存在になっていた。
エレボスの言う通り、隆誠は既に戦いの結末を知っている。未来を知る者が本格的に介入すれば勝利へ導く事は難しくないだろう。だが、それでは意味がない。例え今回の戦いに勝利したとしても、冒険者達の心のどこかに『いざとなれば「仮面の狩人」が何とかしてくれる』という甘えを植え付ける事になる。
そんな影の存在に頼り切るようになれば、自ら未来を切り拓く力を得る機会を失ってしまう。そしてそれは、血を流しながら必死に抗い続けているオラリオの冒険者達が積み重ねてきた努力や覚悟を無意味なものにしてしまうだろう。
「良いだろう。ここは敢えてお前の口車に乗ってやる」
しばしの沈黙の末、隆誠は静かにそう告げた。
「俺は戦いに参加しない事を約束しよう」
それはエレボスの前で、『仮面の狩人』としての活動を止める事を宣言したに等しかった。未来を知る異物として、これ以上この戦いに干渉しない。自らの力で未来を掴み取るべきなのはオラリオの冒険者達であり、自分ではない。その結論に至ったからこその決断だった。
その言葉を聞いたエレボスは何も言わなかったが、僅かに肩から力を抜いたように見えた。
そして翌日以降、今まで幾度となく窮地を救ってきた『仮面の狩人』は忽然と姿を消す事になる。頼れる切り札として密かに期待していた者達は当然ながら不安を覚えた。中には動揺する者もいた。しかしそれこそが、エレボスが望み、ヘルメスが期待していた未来への第一歩だった。
誰かに救われるのではなく、自らの力で苦難を乗り越えなければならない。本当の意味でオラリオの未来を決める戦いが、ここから始まるのだから。
感想お待ちしています。