彼女は愛する…世界為に。俺は愛する1人のために…。   作:梛木

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始まりの兆し
はじまりの日


 

 

 村の朝は早い。日の出と共に人々は動き始める。かく言う俺も朝は起きたら日課の鍛錬を行い、親代わりのおじさんと2人暮らしなので、当番で朝食を用意する。

 

 今日は俺の番なので簡単に調理をして食事の用意を進めていく。もう何年も行っている事なので手早く用意が出来る。おじさんは朝に弱く朝食当番では無い時は起こしに行くのも日課の一つだ。

 

 おじさんの私室にノックをして、部屋の中に入る。自警団に務めるおじさんの部屋は質素というか、最低限の生活空間といった印象を毎回与えてくる。本当の関係性を思えば少しくらい趣味を持ってくれてもと思うが、押し付けるのも良くないと思い直し、布団を被ったままのおじさんの肩を揺すり起こす。

 

 

『おじさん……朝食の用意が出来たよ。今日はこの間狩ってきた鹿肉のスープと隣のおばさんが分けてくれた野菜のサラダにパンだから、冷めないうちに来てくれよ』

 

 

 そうして食卓に戻って用意を進めているとおじさんが部屋から出てくる。

 目立った寝癖も無いのずるいよな……なんというか大人のカッコ良さを感じる。

 村のご婦人方が見たら黄色い悲鳴でも出すのだろうか……おじさん村の人達特にご婦人方からの人気高いからなとろくでもない事を考えていると、朝食に気がついたのかおじさんはやや嫌そうな表情で挨拶をしてくる。

 

「おはよう。今日は鹿肉のスープか……」

 

 

『なに、おじさん鹿肉苦手だったっけ?』

 

 

 いや……と言葉を零すとおじさんは食卓につく。それに合わせて俺も食卓につき食事の前の祈りの言葉を唱える。

 

『……大神の加護に日々の生きる糧を今日も感謝致します』

 

 小さな頃からの日課でもう何度も言っている言葉だ。澱みなく唱える祈りの言葉の後には食事を済ませるだけだ。

 

 

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 朝食を済ませ支度を終え自宅の外に出る。家の外に広がる景色は何も無い田舎の村といった印象を見る人に与えるだろうが、俺はこの景色を気に入っている。木造の家々に村の外周を覆うのは木造の壁。村の中心には小さな広場と住民の生活を支える井戸が点在している。

 

 俺が向かうのは同じく村の外れに建つ教会だ。この村で唯一と言ってもいい石造りのそこに住んでいるのは、司教もいない田舎の村の聖女……と村の人が勝手に言っている幼馴染みの少女、フィーネ・ノアリアだ。

 

 なんの為に向かってるって? 教会に一人住んでいるフィーネの為に力仕事を手伝いに行くのがココ最近の日課となっている。何故そうなったかと言えば、おじさんが鍛錬の一貫だと言って行くように言い始めたのがきっかけだ。

 

 教会は正面の壁に”白い十字に翼”を象った紋章が見える。この国の国教でもある白の聖堂がその昔この村にも教会を建てたのだろう。そんな事を思いつつも、教会の入口ではなくその裏手に回り、離れの玄関となっているドアをノックする。

 はーい、と鈴を鳴らしたような可憐な声とともにフィーネが現れる。

 扉が開く。その一瞬で、朝の光が少しだけ柔らかく感じられる気がする。

 

「アルス! おはよう。今日はちょっと早かったわね」

 

 

『おはよう、フィーネ。あぁ、なんか何時もより早くに目が覚めちゃって……』

 

 

 

 早起きは良いことよ聖女ノアリアも早起きは3銅貨の徳って言葉を残したくらいですもの。さぁ入って。そうフィーネは言い日課となっている薪割りや掃除の手伝いに来た俺を招き入れる。

 

 今日は月一の祈りの日なので、教会の礼拝堂の準備も必要だ。人手はいくらあっても困らないが村の人間に暇をしている人は基本的に存在しない。

 みんな何かしらこの村が生きていく為に必要なことをしている。

 

 

『今日は祈りの日だったろ? 薪割りとかすぐ済ませるからそっちも手伝うよ』

 

 

「ありがとう、アルス。そうね月に一度とはいえ世界を救った英雄様への祈りを捧げる日、ちゃんと準備をしなくちゃ!」

 

 頑張るわよ! と笑みを浮かべるその姿は上手く言葉に出来ないけど、村の人がフィーネの事を聖女と呼ぶ事を心から否定出来て居ない事に納得してしまった。

 つまりはフィーネのふわりと笑ったその顔に、俺は言葉を返すより前に見とれていた。

 

 

「……あぁ! 勿論!」

 

 

 

 

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 礼拝堂での準備も進み村の人達も合流し始めた頃。ギィ……と礼拝堂のドアが空いたかと思うと、村でもかなり高齢な元自警団隊長の爺さんがやってきた。

 

「すまん! アルスはいるか!」

 

 

 爺さんは俺に用がある様でもうだいぶ目が見えていないにもかかわらずしっかりとした足取りでこちらに向かってきた。

 

『爺さんどうしたんだよ。普段なら自警団の方に顔を出してるだろ?』

 

 

「いや、実はお前さんに頼みたいことがあってな。最初は自警団の連中か狩人の倅に頼もうかと思ったが、どちらもついこの間村の近くで現れたという魔獣の調査でおらんのじゃ」

 

 

 何、そう危ない事をさせようって訳じゃないと爺さんは話を続けた。

 視界の端でフィーネがこちらに気がついたのか近づいてくる。

 

 

「頼みたい事というのがな、儂の傷の治療に使う薬草を取ってきて欲しいんじゃ。群生地は魔獣の目撃された場所の真反対側じゃし、あの辺は街道沿いだから危険も多くは無い。お前の叔父、ローウェンにも許可は取ってある」

 

 

 ほれ、ローウェンから預かってる装備じゃ。そう言うと爺さんは俺に装備として採取用の道具と護身用の剣を渡してくる。

 

 

「ヘクターさんこんにちは、何のお話されてたんですか?」

 

 声をかけられ爺さん……ヘクターさんがフィーネに訳を話した。

 この爺さん絶対気がついてて大きな声で俺に話しかけてだろ……。

 

「あぁ、フィーネか。元気にしとったか? 困ったことがあったら儂に相談するんじゃぞ。例えば力仕事とかな!」

 

 

 さっきまでと打って変わって、快活に笑いまるで孫娘を相手するかのように接する爺さんの豹変ぶりについ呆れてしまう。それに爺さんは古傷で力仕事がもうろくに出来ないはずなのにと心の中でモヤモヤしたものが湧き上がりつい口を挟んでしまう。

 

 

『ッ! 爺さん、力仕事なら俺で間に合ってるし、何より古傷でもうろくに働けないだろ!』

 

 

 口を挟んでから少し後悔した。礼拝堂は天井が高く声がよく通りやすい。咄嗟に口にしたせいで声量も大きく結果としてどうなったかと言うと……。

 思ったより響いたのか周囲の目がこちらに集まった。一瞬の静寂が羞恥心をより一層煽る。

 

「ホッホッ! そうじゃったな。お主が! おるからフィーネには余計な心配じゃったな!!」

 

 その爺さんの言葉で大体を察したのか周りの村人も何か微笑ましいものを見るような目付きをし始める。クソっ……なんか凄いムカつく。

 

「アル……」「アルスにーちゃんなんか赤くなってない?」

 

 礼拝堂に来ていたこの村で最年少の子供のレオがそう指摘をしてくる。

 うるせっ! 赤くなってねーし! 何故か熱い顔をフィーネから隠すようにして、礼拝堂から外へ駆け出す。

 

 

『薬草も早い方が良いだろうから! 俺が!! 取ってくるから!!』

 

 

「あ、アルス……ちょっと待っ……」

 

 

 背後でフィーネの呼び止める声がしたような気がするが、今は足を止めることが出来なかった。

 

 

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