彼女は愛する…世界為に。俺は愛する1人のために…。 作:梛木
村のはずれにある一際大きい木の下にたどり着いていた。走ったおかげか幾らか落ち着いたような気がする。
落ち着いてきたことで自身がしでかした事に追い打ちのように羞恥心を感じる。
『あ"ぁ"ぁ"……。あんなことで取り乱すなんてまだまだな、俺』
わかっている爺さんはただからかって来ていただけで、それに俺が反応してしまったのが悪いのだ。自身の未熟さに少し焦りを感じる。なぜ焦りを感じるのかは言語化ができずモヤモヤとしたものを抱えてしまう。こうしてモヤモヤしていても、何かが良くなる事は無いのだからさっさと薬草を取りに行ってしまうか。
さあ、気を取り直すかと思い座り込んでいたところから、勢いよく立ち上がる。瞬間頭に衝撃と星が見えた。
『ッ!! ッた~!』
「っ~~……」
視界が戻ってきて視線を前に向けると、そこにはおでこを抑えたフィーネがいた。急いで追いかけてきたからなのか
肩で息をきっている。
『わ、悪い! 大丈夫か! でもなんで……礼拝堂での準備がまだあっただろ?』
「そ、それは村のみんながこっちは良いからアルスの手伝いをしてあげてって……」
……それに、私も……心配だったし。言い終わる前に一瞬目を逸らし、直後にはなんでもないように微笑んだフィーネは本当に俺の心配をしてくれているようだった。
痛みも引いたのか気を取り直したようにフィーネはこちらを向いた。
「それより! ヘクターさんの依頼私も手伝うわ。沢山持ち帰れば村のみんなにも分けれるしね」
あぁ……。なんでだろうフィーネは村のみんなから愛されまたこうして周囲を気にかける余裕まであるのに……それなのに俺は……。胸の奥にチクリとした痛みが走る。その痛みを振り払うように顔を上げフィーネの深紅の瞳を見つめる。
『……よし! それならさっさと済ませて、祈りの時間に間に合わせようぜ!!』
「ええ!! 勿論!」
採取場所まで競走だぞ! そう伝えるや否や俺は走り始める。俺だって負けてない。負けてなんかいられない! そう思いながら村の外へ駆け出す。
フィーネにどう思われてるかなんて分からない。でも日々の生活の中で少しでも助けになって力になれていればと思った。
「ちょっ…………ってよ~!」
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森の入口に俺とフィーネは居た。先程までと違うのはフィーネがとても不機嫌そうにしているという事だ。恐らく競走だと言って置いていってしまった事が原因だとは思う。
『なぁ……悪かったって……走って追いかけてきてくれたのにいきなり競走だとか言って』
不貞腐れてる様子のフィーネはとても手強い。以前もつい怒らせてしまって何日も口を聞いて貰えなかった。ムスッとした表情でそっぽを向いてしまうフィーネ。
『フィーネ……ほんとに心配して来てくれたのに、振り回してごめん。一緒に手伝ってくれるってのに俺が突っ走ったから』
「……わよ」
『え? なんて? ごめん聞き取れなくて』
「……今度、私のわがままに一つ付き合ってくれたらそれでいいわよ」
仕方ないわねとこぼすフィーネ。何故かその横顔は少し赤みがかってる様な気がした。
『ホントか! ありがとう! 俺に出来ることならなんでも言ってくれよな!!』
その言葉にフィーネは呆けた表情を一瞬だけ見せて、呆れた様な笑みを見せた。
気を取り直し、森の入口から奥へと2人で歩みを進める。森の中は野生動物も多い為、鳥のさえずりや小動物が草むらを移動する音が聞こえてくる。
基本的にはけもの道を歩いて進むだけだから危険もそうない。村のみんながフィーネに俺を追い掛けるように行ったのも、薬草が生えている場所までは基本的に危険が無いからだろう。
しばらく進むとフィーネが急に立ち止まる。何かを感じたのか周囲をしきりに見渡す。
「ねぇ……。変じゃない? さっきまで鳥のさえずりが聞こえていたのに今は聞こえない」
それに何処か嫌な空気だわ。そう言うフィーネは震える身体を抑えるように抱き込む。フィーネがそう伝えてくれる事でようやく周囲の異変に俺も気がつく。
ピタリと音が止んだ。耳の奥に残るのは、自分の鼓動とフィーネの息遣いだけ。それがどれだけ異常なのかそこまで山に詳しくなくても分かる。何かある。直感的にそう感じた俺は剣に手をかける。
それと同時に、フィーネを守れる様にすり足気味に移動する。その時森を風がサァーという音ともに駆け抜ける。その先程まで無音だった世界に響く音はなんとも言えない不快感を与えてきた。
ガサガサッ。
今度こそ来たかと剣を鞘から引き抜きフィーネを庇うように音のした方角を向く。フィーネも緊張か恐怖か声を出さない。どんどんと音が近くなり次の瞬間茂みから現れたのは、幼い猪の子どもだった。
その姿にフィーネはホッとしたのか胸を撫で下ろす。一転して俺は更に警戒レベルを上げた。この異常事態においてただの猪の子どもがそれも単独で現れるという異常が、先程から脳裏で警鐘を鳴らし続ける。
「ねぇ……アルス、ただの猪の子どもよ? そんなに警か……<<ビチャッ!!>>…………え?」
音もなく現れたソレは着地の際か潰れた猪の子どもだったものを掴み投げ棄てる。フィーネの傍を通り抜けたソレが彼女の綺麗な金髪に紅い化粧をつける。先程まで命だったモノがフィーネの金髪に紅く染み込んでいった。
ソレは大きな翼を持ち、猪の子どもを容易く潰して見せた脚、鱗に覆われた身体は大きく大人3人分位のサイズで爬虫類を思わせる顔つきとその鋭い瞳はこちらを捉えている。英雄の伝説に出てくる竜と呼ばれる存在に似たそれは、オマエタチヲ逃さないと見詰める眼差しにフィーネがたじろぐ。
何も……反応出来なかった……。あの竜があと少し投げ棄てる方向を変えていたらフィーネに直撃していた。この時の俺はかつて無いほどに落ち着いていた気がする。
『……いいか、フィーネ、背中を見せない様に、ゆっくりと後ずさるぞ……目線も出来たら逸らすな』
「あ、ある……す」
ゆっくりと後ずさる俺とフィーネ……。心臓の鼓動は凄まじい勢いで鳴っている。竜はただただこちらを見詰めている。まるで何かを見極める様に……。どちらが目的なのか探るような眼差しに、コイツはただの獣ではないと、直感が告げる。ただ今はその時間が少しでも長く続く事を祈りながら少しでも逃げる為の距離を稼ぐ……。
汗が止まらない。腕の震えも尋常ではなかった。それでも最悪の場合俺が彼女を……フィーネの逃げる為の時間稼ぎを行うという覚悟は決まっていた。守るなんて事は言わない。そんなことが出来る相手では無いと言うのが分かりきっていたからだ。せいぜい今の俺が稼げてどのくらいだろうか……下手したら1分と持たないかもしれない。
フィーネの様子を見る余裕すらない、ただ後ずさる気配はしているので問題ないと思うしかない。そんな事よりもコイツから今目を離す事の方が何よりも恐ろしかった。
何分たっただろうか、もう最初の頃よりだいぶ距離が開いた気がするがこれが錯覚なのかすら分からない。そして幸運というのは前触れもなく終わるのだ。
<<<ガァァアアア!!!>>>
竜は1度大きく吼えるとその脚を使いこちらに向かって走り出した。もうダメだ……。そう思うや否や俺はフィーネの方を向かずにただ一言大声で伝え、竜に向かい走り出す。
『フィーネ!!! 村へ逃げろ!!!』
敵の能力は未知数、むしろ今この瞬間駆けてくる姿を捉えられてる事こそ、竜がこちらを舐めているのか、油断しているのかは分からないが好機なのは間違いなかった。
剣を構えて竜への狙いをつける。鍛錬は積んできた、後はただその結果を振るうのみ。竜は変わらずこちらに駆けておりどうやら突進してくるようだ……。
止める……何としても……。フィーネだけは逃がす……!!!
その意思を込めて剣を上段に構えて竜の頭目掛けて一足に振り下ろす!
『ぉぉぉおぉぉおおおおッ!!!!! 止まれ! デカブツ!!』
ガァァ──ン!! という音ともに折れて中を舞う剣と、竜の突進に吹き飛ばされる俺は木にぶつかりその衝撃を逃す事も出来ず倒れふす。
身体が全身バラバラになりそうだった。その痛みに耐えきれず意識を失う寸前、俺の視界に、染まった金髪と、凍りついた瞳が映り意識が暗転した。