彼女は愛する…世界為に。俺は愛する1人のために…。   作:梛木

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覚醒

 

 私には一瞬の出来事だった。アルスは逃げろ! と言うやいなやあの化け物に向かって斬りかかって行った。走りながらの私は全てを見てはいなかった。

 

 それはきっと一瞬だったのに……。

 わかったのは、アルスが血にまみれて倒れているという、ただそれだけだった。

 

 

『……だ、だめ……やだ……アルス……、ッ死なないで……』

 

 

 逃げていた脚を止め、反転しアルスの元へ駆け寄る。倒れるアルスの肩を揺するも反応はない。まるで死んだ様に動かない姿がさっきの猪の子どもだったモノと一緒重なって見える。手に紅がベトりと着くがそんなものは気にしない……。

 

 

『……だ、ダメよ……まだ……まだ死なないで……おねがい……』

 

 

 私は視界が揺らぐ事に気がつく……。何かの声がする……。でもそんなことは関係ない……アルスが、アルスを助けなくては……なんでもいい……ヘクターさんでも、ローウェンさんでも、英雄様でも、聖女様でも……誰でも良いからアルスを…………私の大切な人を助けて!!! 

 

 

 心が破裂しそうだった。

 涙が止まらない……。息も出来ない……。先程まであった日常が暴力という名の非日常に壊されてしまった。そう、現実は非情なのだ……都合よく全てを解決してくれる存在なんて居ない。アルスを一撃で倒してしまう化け物に私ができることは無いのかもしれない。逃げろと言ってくれたアルスを裏切る事になるかもしれない……。

 

 

 それでも私は許せなかった……。

 

 無謀にも化け物に挑んだアルスに? ……違う。

 

 危険があるかもしれないのに、依頼をしたヘクターさん? ……違う。

 

 村の周りを見廻りしてるはずの自警団? ……違う。

 

 アルスを倒した化け物に? ……違う。

 

 

 何よりも……私は私が許せなかった。

 

 

 

 アルスの傍に落ちていた折れた剣を拾う。握り方なんてない剣を振ったことも無いただ持っているだけ。でも関係ない、ただ守られているだけの存在である事に甘えた自分を振り払う様に……。大切な人の様な真っ直ぐなその眼差しで、最後の最後まで私は抗う!! 

 

 

『私は負けない!! アルスを助けて! 村に帰るまで、アナタになんか負けないの!!』

 

 

 

 こちらを眺めていた化け物に向かい折れた剣を向ける。震えていた身体は今も震えたままだ。きっとアルスならこんな時でも身一つ震わせず、果敢に戦うのだろう……。負けないからね……アルス……私は生き残って貴方を助ける!! 

 

 視界がぐにゃりと歪む。次の瞬間、耳に届くはずの音もすべて消えた。

 まるで、世界が私一人のために反転したかのように。

 

 身体の中を何かが駆け巡る……。熱いそれは、世界を歪ませながら剣の先に集まっていき折れた剣を補う様な形を取った。眩いそれは私の身体から漏れ出ている様だった。身体はその熱のまま目の前の化け物を打ち倒せと訴えてくる。

 

 聞きなれない音が何処かから聞こえる。自然には聞くことの出来ないような不思議な音。声の聞こえるまま、私は口ずさむ。

 

 

『……限定解除、これなるはあらゆる外敵を討ち滅ぼす聖なる一撃』

 

 

白焔の刃(はくえんのやいば)】!!!! 

 

 

 折れた剣を補うそれは白く燃える炎の刃となり、化け物の首を切りつける。まるで世界が止まっているかのような中、私の一撃は化け物を捉える。

 

 アルスが斬りかかった時が嘘のように、白焔の刃は抵抗すら感じさせず、化け物の首をなぞるように落とした。

 

 

 ──ドサリ、と音を立てて、化け物はその場に崩れ落ちた。

 世界を包んでいた白い焔が、ゆっくりと空気に溶けて消えていく。

 

 冷たい風が頬をなぞる。耳に、木々のざわめきと、小鳥の鳴き声が戻ってくる。

 さっきまでの異常な静けさが、夢だったみたいに感じた。

 

『あ……あれ、私……』

 手が震えていた。足も立っていられないほどに力が抜けて、その場に膝をつく。

 折れた剣の残骸が、静かに土に落ちた。

 

 

『そ、そうだ! アルス!!』

 

 上手く立てずその場で転んでしまう。服が汚れたが気にしない。慌ててアルスの傍に戻る。変わらず倒れたままのアルスの肩を揺する。

 

『ねぇ……アルス……起きて! ……お願い……!』

 

 

 化け物は倒せた、それなのにアルスは起きない。嫌だ……。そんなのは認めない……。だってどんな物語だって最後はハッピーエンドなのだから。

 

 

『そ、そうだわ!』

 

 

 最近覚えた癒しの祈り、教会の倉庫にあった教典に書かれてたそれは、資格の持つものが唱える事で対象の傷を癒す。

 

 必死になり覚えた祈りを唱えていく……。どうか私にその資格がありますように……。またもや身体の中を何かが駆け巡るような感覚を味わった。

 慣れないそれに身動ぎするも、集中する。

 

『癒しを司る聖なる存在よ、どうかこの者に癒しの加護を──』

 

 そして祈りを唱え終わると柔らかな光がアルスの胸元から広がり、まるで春の日差しのように彼を包み込んだ。見る見るうちにアルスの傷は塞がり血濡れていた装いは何事も無かったかのように戻っていく。落ち着いた呼吸をするアルスに癒しの祈りが成功したことを確信する。

 

 

『やった!!』

 

 

 胸の奥に張り詰めていた糸が、ぷつりと音を立てて切れた気がした。

 何かを言いたかったけど、声はもう出なかった。

 

 

 あ、あれ? 安心からかその場に倒れ込んでしまう。

 

 緊張の糸が切れたように、私はアルスの傍で意識を失うのだった。

 

 

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 森の中には、討たれた竜の残骸と、木漏れ日に照らされる二人の眠る姿だけがあった。




一旦これで1章は完結です。
あとの予定としては、2章に入るか、幕間に少しアルスやフィーネの話を入れるかちょっと色々と考えています。
直ぐに続きを出せるか分かりませんが、また読んでくださると嬉しいです。感想とかあったらとても喜びます。
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