藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~ 作:月影 流詩亜
あの忌まわしき「女子会という名の持ち物検査(あわやオッサン趣味露見の大惨事)」から数日。
ついに、俺、藤崎詩織(中身・山田一郎45歳、胃薬が手放せない今日この頃)にとって、高校生活最大の試練とも言うべきイベント、京都・奈良への二泊三日の修学旅行が幕を開けた。
早朝、眠い目をこすりながら集合場所の駅へ向かう。 もちろん、心は少しも躍っていない。 むしろ、これから始まるであろう三日間の苦行を思うと、鉛のように重い。
新幹線のホームは、修学旅行の生徒たちでごった返していた。
俺の所属する1年A組の面々も、皆一様に浮かれた様子で、これから始まる旅への期待に胸を膨ませている。…俺を除いて、だが。
「詩織! こっちこっち! 」
俺を見つけた御門武史が、満面の笑みで手招きしている。
ちっ、朝から爽やかすぎるぜ、この朴念仁主人公め。
指定された車両に乗り込むと、早速始まったのが席決めという名の暗闘だ。
特に俺の隣の席は、なぜかプラチナチケット扱いらしく、虹野沙希、古式ゆかり、鏡魅羅らが、火花バチバチの視線を交わしながら牽制し合っている。
「(やめてくれ…! 俺の隣になんの価値があるってんだよ…!
むしろ、オッサンの加齢臭(詩織の身体だから大丈夫なはずだが、魂レベルで染み付いている)が移るぞ!)」
結局、ジャンケンだかクジ引きだか知らねえが、俺の隣の席をゲットしたのは、やはりというか、あの御門だった。
そして、その御門を挟んで反対側の席には虹野が座り、俺たちの前の席には古式と鏡が陣取るという、まさに四面楚歌、逃げ場なしの布陣が完成してしまった。
俺の胃が、出発前からキリリと悲鳴を上げている。
ガタンゴトン、と新幹線は滑るように走り出す。車窓からは、見慣れた街並みがみるみる遠ざかっていく。
「(ああ…これが仕事の出張だったら、帰りの新幹線で駅弁つまみに一杯ひっかけられるんだがな……あの、カチカチのアイスクリームを溶かしながら飲む缶ビールがまた格別なんだよな……)」
そんな、叶わぬオッサン的夢想に耽っていると、隣の御門が話しかけてきた。
「詩織、楽しみだな、京都 !」
「(ああ、楽しみだよ。お前らと離れて一人で行動できる時間がな…まあ、そんな時間は万に一つもねえだろうがな !)」
「ええ、本当に…歴史と文化の薫りに触れるのが、今から待ち遠しいですわ(大嘘)」
俺は、完璧な優等生スマイルを貼り付けて応対する。我ながら、この演技力だけは日増しに上達している気がするぜ。
数時間の移動の後、ようやく俺たちを乗せた新幹線は京都駅に到着した。ホームに降り立った瞬間、むわっとした人の熱気と、独特の喧騒が俺たちを包み込む。
最初の観光地は、修学旅行のド定番、清水寺だ。バスで移動し、参道を登っていく。道の両脇には土産物屋が軒を連ね、観光客でごった返している。
「わあ、すごい人! 」
「八つ橋美味しそう! 」
「藤崎様、あちらのお店の扇子、素敵ですわ! 」
ヒロインたちは、早くもテンションMAXだ。
俺だけが一人、
「(ああ…人混み疲れる…早くどこかで座りたい…)」と、心の中でグッタリしている。
そして、ついに到着した清水の舞台。眼下に広がる京都市内の絶景に、一同から感嘆の声が上がる。
「すごいね、詩織 ! まるで空中に浮いているみたいだ! 」(御門)
「素晴らしい眺めですわ、藤崎様! これぞ日本の美ですわね! 」(古式)
「フン、まあまあ悪くない景色じゃない」(鏡)
「(ふむ、確かに大したもんだが…俺なら、この舞台の強度を計算して、ここでビアガーデンでも開催するがな…いやいや、不謹慎か。 それにしても、この木材、全部ヒノキだとしたら、一体総工費いくらかかってんだ…維持費も馬鹿にならんだろうな…)」
そんな、どこまでも即物的かつ現実的な感想を抱きながら、俺は当たり障りのない言葉を口にする。
「ええ、まさに圧巻の光景ですわね。
古の都人の心意気が伝わってくるようですわ(適当)」
舞台の端の方で、少し足がすくむような素振りをしてしまった俺を見て、虹野が心配そうに声をかけてきた。
「藤崎さん、大丈夫? もしかして、高いところ苦手なの? 」
「(しまった! オッサンの三半規管の衰えが、こんなところで露見するとは! )」
「い、いえ、そういうわけでは…ただ、これほどの高さですと、もし高所恐怖症の方がいらしたら、さぞかし大変だろうと思いまして…」
苦し紛れにそう言うと虹野は、
「藤崎さんは、本当に優しいのね…!
いつも自分のことより、他人のことを心配して…! 」と、なぜか感激したように目を潤ませている。
近くにいた担任の教師までもが、
「藤崎は、本当に他者への配慮と思いやりに溢れた生徒だな…感心感心」と頷いている。
「(だから違うんだって! ただ単に、俺がちょっとビビっただけだっての! )」
その後、音羽の滝では「学問成就」「恋愛成就」「延命長寿」の三つの清水をどれを飲むかでキャッキャウフフと盛り上がるヒロインたち。俺は、
「(どれ飲んでもただの水だろ…それより、この名水で淹れたキリッと冷えたアイスコーヒーが飲みたいぜ…)」と、一人冷めた目で見守るしかなかった。
次に訪れたのは、金閣寺。
池に映る金色の舎利殿は、確かに息をのむほど美しい。
「うわあ…キンキラキンだ…! 」(御門、語彙力)
「なんと雅やかな輝きでしょう…! 」(古式、うっとり)
「フン、派手なだけじゃない。 計算され尽くした美しさがあるわね」(鏡、なぜか分析的)
「(金か…もしこれが全部純金だったら、一体総重量何トンで、時価総額いくらになるんだ…?
それだけありゃあ、俺の残りの人生、毎日豪遊しても使い切れねえだろうな…ハワイに別荘買って、自家用ジェットで世界中の競馬場を巡る生活…ああ、夢が広がりんぐだぜ…! )」
そんな煩悩丸出しの妄想に耽っていた俺の、どこか虚ろで遠い目つきが、周囲には「金閣の美しさに見惚れ、言葉を失っている」とでも映ったらしい。
特に古式からは、
「藤崎様は、どんな時も冷静沈着で、物事の本質を見抜く力がおありですのね…その落ち着き払ったご様子、わたくしも見習わなければ…」と、またもや盛大な勘違いに基づく尊敬の眼差しを向けられてしまった。
班での自由時間。俺は、
「(よし、ここでヒロインたちのガードを振り切り、一人でどこか渋い立ち飲み屋でも探すか…無理だろうな、どう考えても)」と、万に一つの可能性に賭けて逃走を試みた。
しかし、俺の前後左右は御門とヒロインたちによって鉄壁の布陣で固められており、脱出は不可能だった。
結局、俺は抹茶パフェだの、あんみつだの、わらび餅だの、甘味処をハシゴさせられるという苦行を強いられた。
「(こんな甘ったるいもん、立て続けに食えるか!
俺はもっとこう、塩辛とか、エイヒレとか、そういうしょっぱいもんで日本酒をチビチビやりたいんだよおおお! )」
土産物屋では、八つ橋や京漬物といった定番の品々を買い求めるヒロインたち。
俺が唯一興味を示したのは、なぜか「舞妓はんひぃ~ひぃ~」とかいう、ふざけた名前の激辛七味唐辛子と、棚の奥にひっそりと置かれていた地酒のミニチュアボトル(もちろん買えるはずもない)だった。
「あら、藤崎様は、そのような刺激的なものもお好きでしたのね。なんだか意外ですわ」
古式が、俺の視線の先にある激辛七味を見て、少し驚いたように言う。
「(いや、辛いものは別に得意じゃねえんだが…ただ、このネーミングセンスが、一周回って俺のオッサン心をくすぐっただけで…)」
「ええ、まあ…たまには、こういうのも一興かと…(適当)」
俺の適当な返事に、なぜか鏡が……
「フン、あんたもなかなか通な好みをしてるじゃない。
その七味、わたくしも一つ買っておきましょうか」と、妙な対抗心を燃やし始めた。…もう、わけがわからん。
一日中歩き回り、気も使いまくりで、俺の体力と精神力はとっくに限界を超えていた。
ようやく今夜の宿である旅館に到着した時には、俺はもはや抜け殻寸前だった。
旅館の部屋割りは、もちろんヒロインたちと同じ大部屋。…悪夢だ。夕食の豪華な京料理も、量が上品すぎて俺のオッサン腹には全く足りず、むしろ空腹感が増しただけだった。
そして、食後のくつろぎタイム(という名の、新たな戦いのゴングが鳴り響く時間)。
女子部屋では、俺を囲んで、再びあの忌まわしき恋バナ(主に俺と御門の関係について)が再燃しそうな、不穏な空気が漂い始めている。
「(ああ…今夜は枕を高くして、ぐっすり眠りたい…無理だろうな…どうせこの後、枕投げとかいう名の仁義なき戦いが始まるんだろうしな…)」
俺は遠い目をしながら、部屋の天井の木目を数える。
果たして俺は、この三日間を無事に生き延びることができるのだろうか……