藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~   作:月影 流詩亜

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第十四話:卒業の足音と伝説の樹の呪い

 

あの忌まわしきバレンタイン甘味テロと、その後のホワイトデーお返し地獄(一人一人に当たり障りのない品を選ぶのに、俺のなけなしの小遣いと精神力がゴリゴリ削られた)から、あっという間に時は過ぎ去った。

 

校庭の桜の蕾もほころび始め、きらめき高校には、どこか浮き足立ったような、そして一抹の寂しさが入り混じったような、独特の空気が漂い始めている。そう、卒業シーズンだ。

 

「(やっと…やっとこの地獄のような高校生活から解放される…!

長かった…本当に長かったぞ、この三年間(俺にとっては実質一年半くらいだが)…! )」

 

教室の窓から春霞の空を眺めながら、俺、藤崎詩織(中身・山田一郎45歳、もはや悟りの境地に達しそうなほど達観)は、万感の思い(主に疲労感と安堵感)に浸っていた。

 

この忌まわしき美少女の身体に転生してからというもの、体育祭で無理やりリレーのアンカーをやらされたり、文化祭で柄にもなく賢者役を演じさせられたり、修学旅行では枕投げで無双した挙げ句に深夜の恋バナ地獄に突き落とされたり…思い出すだけでも胃がキリキリと痛むような、ロクでもないイベントの連続だった。

 

だが、それももうすぐ終わりだ。卒業さえしてしまえば、俺はこのきらめき高校という名の鳥籠から、ようやく自由の身となれるのだ!

 

「(卒業したら、まずはこの藤崎詩織という名前と戸籍をどうにかして…いや、それはさすがに無理か。

ならば、人里離れた山奥にでも庵を結び、誰にも干渉されない静かで平穏な隠居生活を送るのだ…! そうだ、それがいい! )」

 

そんな輝かしい未来(という名の、ただのオッサンの願望)に胸を膨ませていた俺の耳に、最近やたらと飛び込んでくる、ある不吉な噂があった。

 

「ねえねえ、知ってる? きらめき高校の伝説の樹の言い伝え」

 

「ああ、卒業式の日に、あの樹の下で女の子から告白されると、永遠に結ばれるっていうやつでしょ? 」

 

「キャー! ロマンチックー! 」

 

……勘弁してくれ。

 

きらめき高校の校庭の片隅に、一本の大きな古木が立っている。それが通称「伝説の樹」。

 

そのメルヘンチックな言い伝えは、この学校ではあまりにも有名で、卒業間近のこの時期になると、生徒たちの間で(特に女子の間で)頻繁に話題に上るのだ。

 

「(冗談じゃねえ! なんで俺が、そんな少女漫画のクライマックスみたいなイベントの当事者候補にならなきゃいけねえんだ!

あれは伝説なんかじゃねえ、呪いだ!

俺の平穏な未来を脅かす、忌まわしき呪いの樹だ! )」

 

最初は他人事のように聞き流していた俺だが、その噂が、なぜか俺、藤崎詩織と結びつけて語られるようになるにつれ、他人事では済まされなくなってきた。

 

「やっぱり、伝説の樹の下で告白するなら、藤崎詩織さんみたいな完璧な人にしたいよねー」

 

「もし詩織様から告白されたら、どんな男でもイチコロですわ! 」

 

「フン、あの樹の下で、あの女(藤崎詩織のこと)を巡って、男たちが醜い争いを繰り広げるのかしらね。 見ものだわ」

 

…おい、最後のやつ、完全に性格悪いぞ。

 

そんな感じで、俺の周囲は日に日にきな臭い雰囲気に包まれていく。

特に、あの御門武史や虹野沙希、古式ゆかり、鏡魅羅といった主要メンバーたちのソワソワっぷりは、もはや見て見ぬフリができないレベルに達していた。

 

休み時間になれば、誰かしらが俺の席にやってきて、

 

「藤崎さん(詩織ちゃん/様)、卒業後の進路はもう決まったの? 」

 

などと、やたらと探りを入れてくる。

下校時には、校門のあたりで「偶然を装って」待ち伏せされ、

 

「一緒に帰らないか(帰りましょう/帰りなさいよ)?」と声をかけられる。

 

手紙や小さなプレゼント(もはや受け取るのも断るのも面倒くさい)を渡されそうになることも日常茶飯事だ。

極めつけは、俺が他のヒロインと話していると、まるで示し合わせたかのように別のヒロインが割って入ってきて、「詩織(さん/様)、ちょっとこちらでお話が…」と、俺を連れ去ろうとするのだ。

 

その際の、ヒロイン同士の目に見えない火花や、バチバチとした牽制合戦たるや、もはや昼ドラも真っ青のドロドロ具合だ。

 

「(やめろおおおおお! お前ら全員、俺に関わるなあああああ!

俺は誰とも特別な関係になるつもりはねえんだ!

俺はただ、一人で静かに、穏やかに卒業したいだけなんだよおおおお! )」

 

そんな俺の心の叫びも虚しく、周囲の状況は刻一刻と、俺にとって最悪のシナリオへと突き進んでいるように思えた。

 

プレッシャーから逃れるため、俺は来るべき卒業後の「完璧なぼっちライフ」について、より具体的な妄想を膨らませることにした。

 

「(よし、まずは人里離れた一軒家を手に入れる。 交通の便? 知るかそんなもん。

むしろ不便な方が好都合だ。固定電話も引かない。 携帯も解約だ。 これで、あのやかましい連中からの連絡は完全にシャットアウトできる)」

 

「(次に、生活手段だが…まあ、藤崎詩織の学力なら、在宅でできる翻訳の仕事でも見つかるだろう。それで最低限の生活費を稼ぎつつ、余った時間は全て自分のためだけに使うのだ! )」

 

「(庭で家庭菜園でもやるか?

いや、面倒くせえな。それより、近所の川で釣りでもして、釣った魚を肴に一杯…あ、詩織の体じゃ酒は飲めねえんだった…ちっ、最大の欠点だな、この身体は。 まあいい、ノンアルコールビールで我慢するか……)」

 

「(休日は、一日中パジャマのまま、誰にも気兼ねなく競馬新聞を読みふける。 もちろん、馬券はネット投票だ。 そして、レースが始まったら、テレビの前で一人、大声で応援するのだ! 「行けー! 差せー! 」ってな!

ああ、なんて素晴らしい人生なんだ! )」

 

「(いっそのこと、戸籍から藤崎詩織の名前を消し去り、山田一郎として生き直す方法はねえもんか…いや、それはさすがにファンタジーがすぎるか。

ならば、海外にでも高飛びして、名前を変えて別人として生きる…? いやいや、パスポートとかどうすんだよ…)」

 

そんな、現実逃避にも程がある妄想を延々と繰り広げていると、ほんの少しだけ、心が軽くなるような気がした。 まあ、しょせんは妄想だがな。

 

そして、ついに卒業式の前日を迎えた。

俺の心は、もはや期待と不安と諦観がごちゃ混ぜになった、カオスな状態だった。

 

「(よし…明日は何があろうと、絶対にあの伝説の樹には近づかんぞ!

卒業証書を受け取ったら、誰よりも早く校門を駆け抜け、一目散に家に帰る!

誰にも捕まるものか!

これが俺の、最後の戦いだ! )」

 

俺は、完璧な(と自分では思っている)脱出計画を練り上げ、鞄の中身も筆記用具とハンカチ程度に最小限に抑え、逃走経路のシミュレーションも脳内で完璧に行った。

気分はさながら、難攻不落の要塞から脱出を図るレジスタンスの闘士だ。

 

決戦の朝。 俺は、いつもより少しだけ早く家を出た。

 

校門が見えてくる。

俺の心臓が、早鐘のように高鳴る。

 

「(大丈夫だ…俺ならできる…!

俺は、平穏な独身ライフを勝ち取るんだ…! )」

 

そう自分に言い聞かせ、固い決意で校門をくぐろうとした、その時だった。

 

校門の脇に、見慣れた人影が立っているのが目に入った。

 

すらりとした長身、爽やかな笑顔。それは紛れもなく、御門武史だった。

 

そして、彼は俺の姿を認めると、いつものように屈託なく、しかしどこか真剣な眼差しで、こう言ったのだ。

 

「おはよう、詩織。…少し、話があるんだ」

 

「(…終わった…)」

 

俺の脳裏に、その二文字がくっきりと浮かび上がった。

俺の完璧なはずだった脱出計画は、開始0秒で早くも崩壊の危機に瀕していた。

 

俺の明日は、一体どっちなんだ……!

 

 

 

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