藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~   作:月影 流詩亜

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第十五話:卒業式パニック!伝説の樹へのカウントダウン

 

昨夜、校門前で御門武史に「話があるんだ」などと、不吉極まりない宣戦布告(俺にとっては)を叩きつけられた俺、藤崎詩織(中身・山田一郎45歳、もはや座右の銘は「明日は明日の風が吹く…吹かねえかなあ…」)は、ろくに眠れないまま卒業式の朝を迎えていた。

 

「(今日だ…今日さえ乗り切れば…!

この忌まわしき高校生活とも、あの迷惑千万なリア充どもとも、きれいさっぱりおさらばできる…! 今日が俺の、最後の戦いだ…! )」

 

鏡の前で、卒業式用のコサージュをつけた制服姿の自分を見つめる。 我ながら、完璧な美少女だ。

 

だが、その瞳の奥に宿っているのは、幾多の修羅場(主に恋愛絡みの)をくぐり抜け、疲れ果てたオッサンの魂。

これが最後だ、この窮屈な制服とも、この重苦しい「藤崎詩織」という仮面とも、今日でおさらばだ!

 

体育館で行われる卒業式は、厳粛な雰囲気の中で粛々と進行していった。

校長先生の、ありがたいんだか眠気を誘うんだかよく分からない長々とした祝辞が続く。

 

「(話、なげーよ…!

もうちょっと手短にお願いできませんかね、校長先生…こっちは早くこの場から脱出して、自由の身になりたいんですよ…!

なんなら、俺が代わりに三行でまとめてやろうか? 「卒業おめでとう。頑張れよ。以上」で十分だろ!)」

 

そんな不謹慎極まりないことを内心で毒づいていると、今度は在校生代表とかいう、やけにハキハキした女子生徒の送辞が始まった。

 

その一言一句が、俺には「先輩、伝説の樹で待ってます!」という呪いの言葉に聞こえてくるから不思議だ。

 

卒業生代表の答辞は、クラス委員長の田中(あの真面目メガネ)が務めていた。

一時期、俺がその大役を押し付けられそうになったことがあったが、

 

「わたくしのような未熟者には、到底務まりませんわ!」

 

と、ありとあらゆる演技力とオッサン的処世術を駆使して全力で回避した経緯がある。

田中の、いかにも優等生らしい、感動的な(そして当たり障りのない)スピーチを聞きながら、俺は心底ホッとしていた。

 

「(危なかったぜ…あそこで俺が答辞なんか読んでたら、さらに注目度が上がって、伝説の樹への強制連行フラグがビンビンに立ってたところだ…)」

 

そして、いよいよ卒業証書授与。 一人一人名前を呼ばれ、壇上に上がっていくクラスメイトたち。

俺の名前「藤崎詩織」が呼ばれた瞬間、体育館中の視線が一斉に俺に集中するのが分かった。

 

「(ちっ…最後までこれかよ…!

まあいい、この紙切れ一枚のために、俺はどれだけの苦労と精神的苦痛を耐え忍んできたことか…! 味わって受け取ってやるぜ…! )」

 

完璧な礼儀作法で壇上に上がり、校長から卒業証書を受け取る。

その所作の美しさに、会場のあちこちからため息にも似た感嘆の声が漏れている。

しかし、俺の頭の中は「(ああ…長かった…本当に長かった…これでやっと、俺の肩の荷が少しは軽くなるってもんだ…主に、この藤崎詩織という重すぎる看板がな…)」という、疲労感と解放感が入り混じった複雑な感慨でいっぱいだった。

 

無事に卒業式が終わり、俺たちはそれぞれの教室へと戻った。

そこで待っていたのは、担任教師からの最後の言葉と、クラスメイトたちとの別れを惜しむ、涙と笑いの最後のホームルームだ。

……のはずだった。俺にとっては。

 

教室の中は、確かに卒業という一つの区切りを前にした、独特の感傷的な空気に包まれていた。

ハンカチで目頭を押さえる女子生徒、肩を組んで健闘を称え合う男子生徒。 微笑ましい光景だ。

 

だが、俺の周囲だけは、どうにも不穏な空気が漂っている。

 

「藤崎さん、あのね、式の後、少しだけお時間いただけるかしら……? 」

 

俺の席の隣に、いつの間にか虹野沙希が座っていた。

その瞳は潤み、頬は上気し、何か重大な決意を秘めているような、そんな表情だ。

 

「(うわあ…完全にロックオンされてる…!

これはまずい、まずいぞ…! )」

 

「あら、虹野さん。何か急ぎのご用件かしら? 」

 

俺は、できるだけ平静を装い、当たり障りのない笑顔で応対する。

 

「藤崎様、わたくしも、ぜひ卒業のお祝いを申し上げたく存じますの。式の後、少しだけお時間を頂戴できませんでしょうか? 」

 

今度は、古式ゆかりが、いつになく真剣な眼差しで俺に近づいてきた。

 

「フン、藤崎さん。あんたに言っておきたいことがあるのよ。式の後、ちょっとツラ貸しなさい」

 

鏡魅羅は、相変わらず不敵な笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、普段とは違う何かが宿っているように見えた。

 

「(だああああ! もう勘弁してくれ!

お前ら、全員で示し合わせたように俺を包囲するんじゃねえ!

俺はただ、静かに、誰にも気づかれずにこの教室から消え去りたいんだよ! )」

 

俺は、ヒロインたちの言葉を適当な相槌でかわしながら、必死で脱出のタイミングを窺っていた。 担任教師の最後の挨拶が終わり、クラスメイトたちが、

 

「また会おうな!」

 

「元気でな!」

 

と別れの言葉を交わし始めた、まさにその瞬間だった。

 

「(今だ!)」

 

俺は、誰よりも早く、誰にも気づかれないように、音もなく席を立ち、教室の扉へと向かってスルスルと移動を開始した。

気分はさながら、熟練のスパイか、あるいはゴーストだ。

 

「(よし! ここまでくれば大丈夫だ!

あとは廊下を駆け抜け、校門を突破すれば、俺の自由はすぐそこだ!

さらばきらめき高校!

さらば忌まわしき青春の日々よ!)」

 

しかし、俺のそんな甘い期待は、教室の扉を開けた瞬間に、無残にも打ち砕かれることになる。

 

「詩織」

 

そこに立っていたのは、やはりというか、あの御門武史だった。

彼は、まるで俺がこのタイミングで出てくることを見越していたかのように、穏やかな、しかし有無を言わせぬ力強い眼差しで、俺の行く手を阻んでいた。

 

「話があるんだ。…伝説の樹の下で待ってる」

 

その言葉は、まるで死刑宣告のように、俺の鼓膜に重く響いた。

顔から血の気が引き、膝から崩れ落ちそうになるのを、かろうじて堪える。

 

「(終わった…完全に終わった…俺の完璧なはずだった脱出計画が…開始0.5秒で木っ端微塵に…!)」

 

俺が絶望に打ちひしがれていると、追い打ちをかけるように、背後から声がかかった。

 

「藤崎さん、私も…待ってるからね!

絶対に来てね! 」(虹野、涙声で懇願)

 

「藤崎様、わたくしも、伝説の樹の下でお待ち申し上げておりますわ。

必ず、お越しくださいましね」(古式、真剣な眼差しで訴え)

 

「フン、あんたに言いたいことがあるのは、あいつだけじゃないみたいね。アタシもよ。

伝説の樹の下で、きっちりケリつけてやるから覚悟しなさい」(鏡、不敵な笑みで挑発的に)

 

次から次へと現れるヒロインたち。その誰もが、俺に「伝説の樹の下で待ってる」的な言葉を告げていく。

もはや、告白予約の大行列だ。

俺の顔面は、とっくに蒼白を通り越して、土気色になっているに違いない。

 

四面楚歌。絶体絶命。もはや、俺に逃げ場はなかった。

 

抵抗する気力も失せ、俺はまるで断頭台へと引かれていく罪人のように、ヒロインたち(あるいは御門に促されるまま)、とぼとぼと伝説の樹へと向かって歩き出した。

 

伝説の樹が、徐々にその姿を現し始める。

青い空の下、堂々とそびえ立つその姿は、どこか神々しくもあり、そして今の俺にとっては、不吉なオーラを撒き散らす呪いの象徴にも見えた。

 

「(ああ…俺の平穏な独身ライフが…あの忌まわしき樹の根元で、無残にも散り果てようとしている…! 誰か…誰か助けてくれえええええ! )」

 

俺の悲痛な心の叫びは、卒業式の喧騒にかき消され、誰にも届くことはなかった。

 

 

 

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