藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~ 作:月影 流詩亜
きらめき高校の校庭の片隅に、その古木はまるでこの学園の歴史の全てを見届けてきたかのように、堂々と、そしてどこか不気味な存在感を放ってそびえ立っていた。
通称「伝説の樹」。
卒業式の日に、この樹の下で女の子から告白されると永遠に結ばれる……そんな、少女漫画も真っ青のロマンチックな言い伝えを持つ、呪いの樹だ。
そして今、俺、藤崎詩織(中身・山田一郎45歳、もはやこの世の全ての面倒事を一身に背負ったかのような疲労困憊状態)は、その呪いの樹の下へと、まるで公開処刑場に引きずり出される罪人のように、とぼとぼと歩を進めていた。
樹の下には、既に先客がいた。
真剣な、いや、もはや鬼気迫るような表情で俺を待ち構える御門武史。
そして、その周囲を取り囲むようにして、それぞれが決意を秘めた瞳で俺を見つめる虹野沙希、古式ゆかり、鏡魅羅のヒロイン軍団。
遠巻きには、卒業式の喧騒から抜け出してきた他の生徒たちが、興味津々といった様子でこちらをヒソヒソと噂しながら見守っている。……完璧だ。完璧なまでの公開処刑シチュエーションじゃねえか。
「(誰か…誰か俺を助けてくれ…!
いっそのこと、この樹に雷でも落ちて、俺ごと燃やし尽くしてくれねえかな…!
そしたら、この面倒くさい現実から解放されるかもしれん…!)」
そんな、どこまでもネガティブな現実逃避を心の中で繰り返しながら、俺はついに運命の(と俺は微塵も思っていない)場所に足を踏み入れた。
最初に口火を切ったのは、やはりというか、あの朴念仁主人公、御門武史だった。
彼は、一歩俺の前に進み出ると、真っ直ぐな瞳で俺を見つめ、そして、まるで舞台俳優のような朗々とした声で(しかし、その声は真剣そのものだった)告げた。
「詩織! 俺は…俺は、ずっと前から、お前のことが…好きだったんだ!
この三年間、お前のそばにいられて、本当に楽しかった。
そして、これからも…ずっと一緒にいたいと思ってる。 俺と…付き合ってくれ! 」
ド直球。 あまりにもド直球すぎる告白。
これぞまさしく、乙女ゲームの王道中の王道。
だが、今の俺にとっては、回避不能の即死魔法のようなもんだ。
「(うわあああああ!
一番王道で、一番断りにくくて、そして一番面倒くさいやつが来たあああああ!
どうする!? どうやって断ればいいんだ!?
下手に断ったら、こいつ、泣き崩れたりしないだろうな!?
主人公が泣くとか、どんなバッドエンドだよ! )」
俺の頭の中は、瞬時にパニック状態に陥る。
しかし、外面だけは困ったような、しかしどこか儚げで美しい(と自分では思っている)微笑みを浮かべて、必死に言葉を絞り出した。
「み、御門君…その…お気持ちは、本当に、本当に嬉しいですの…でも…」
「(でも、なんだ!? 何かないか!? 何か決定的な、こいつが諦めてくれるような理由はないのか!? )」
「で、でもね、御門君みたいな、その、太陽みたいにキラキラしたナイスガイには…もっと、こう、フレッシュでピチピチした、可愛らしい女の子がお似合いだと思うのよ!
わたくしのような…その…もう色々としおれて、枯れかけた女じゃなくてですね…!
ほら、確か御門君には、熱烈なファンクラブの女の子とか、いっぱいいらっしゃるじゃありませんこと!? 」
我ながら、何を言っているのかサッパリ分からん。
しおれて枯れかけた女ってなんだよ。
まだピチピチの(死語)女子高生だろうが、この身体は。
だが、俺の魂は紛れもなく、賞味期限切れ間近のオッサンなのだ。
御門は、俺の支離滅裂な言葉に、一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに
「俺は、詩織がいいんだ!
他の誰でもない、詩織じゃなきゃダメなんだ!」
と、さらに熱っぽく訴えてくる。…ちっ、さすが主人公、打たれ強いぜ。
俺が御門の言葉に窮していると、今度は虹野沙希が、涙で潤んだ大きな瞳で俺の前に進み出てきた。
「藤崎さん…私も…私も、藤崎さんのことが、ずっと…ずっと好きでした…!」
「(うぐっ…! 今度は純粋無垢な涙目攻撃か…!
これはキツイ…! 良心が痛む…!
こんな良い子を振るなんて、俺は鬼か悪魔か何かか…!? )」
「藤崎さんと一緒にいられるなら、私、どんな努力もします!
藤崎さんのお弁当だって、毎日作ります!
藤崎さんが好きなもの、何でも作れるように、もっともっと料理の腕を磨きます!
だから…私じゃ…ダメ、かな…? 」
「(だあああ! もうやめてくれ!
俺が悪かったです! 俺が間違ってました!
だから、そんな悲しい顔するなよ、嬢ちゃん!)」
「い、いやいやいや!
虹野さんは、本当に素晴らしい女の子ですよ!
お料理も上手だし、いつも太陽みたいに明るくて、周りを元気にしてくれるし!
でもね、でもね! わたくしは…その…どちらかというと、日陰の存在でしてね…虹野さんのその太陽のような輝きが、眩しすぎて直視できないというか…もっとこう、じめっとした、薄暗い場所で、ひっそりと生きていたい性質(タチ)なんですのよ! 分かります?
この、年輪を重ねた古木のような、渋い魅力が…って、何を言ってるんでしょうかわたくしは! 」
もはや、自分でも何を言っているのか全く分からない。
だが、虹野は「藤崎さん…そんな……」と、さらに涙をポロポロとこぼし始めている。
……ああ、俺はとんでもない罪悪感を背負ってしまったようだ。
次に進み出てきたのは、古式ゆかりだった。
彼女は、いつものおっとりとした雰囲気とは裏腹に、どこか凛とした、真剣な眼差しで俺を見据えている。
「藤崎様! わたくし、この三年間、ずっと藤崎様のお姿を拝見し、そのお人柄に深く深く感銘を受けてまいりました!
どうか、このわたくしの全てを、詩織様に捧げさせてくださいまし!
藤崎様のお側でお仕えできるなら、わたくし、本望でございますわ! 」
「(捧げるとか! お仕えするとか!
重い! 重すぎるよ、お嬢ちゃん!
俺はただのしがないオッサンなんだ! そ
んな大層なもん、背負いきれねえっての! )」
「こ、古式さん…その、お気持ちは大変光栄に存じますが…わたくしのような未熟者には、古式さんのその純粋で献身的なお心遣いは、あまりにもったいのうございます……!
わたくしは、どちらかというと、誰にも気兼ねなく、自堕落でぐうたらな生活を送りたいと願う、ダメ人間なんですのよ……!」
「まあ! 詩織様がダメ人間などと、ご冗談が過ぎますわ!
むしろ、そのようにご自身を卑下なさる奥ゆかしさこそが、詩織様の最大の魅力でございますわ! 」
……ダメだ、こいつには何を言っても通じねえ。 むしろ、逆効果だ。
そして最後に、満を持して(?)登場したのが、あの鏡魅羅だった。
彼女は、腕を組み、不敵な笑みを浮かべながら、まるで獲物を品定めするかのような目で俺を見ている。
「フン、ようやくわたくしの番が来たようね、藤崎さん。
まあ、他の連中のくだらない告白ごっこには、正直うんざりしていたところよ」
「(お前も大概、人のこと言えねえと思うがな…)」
「いいこと? あんたみたいな女、そこらへんの男じゃ到底釣り合わないわ。
だから、このわたくしが、直々に本気にさせてあげるって言ってるのよ。光栄に思いなさい。
さあ、返事はどうなの?
わたくしのものになる覚悟はできたかしら?」
相変わらずの上から目線、そして自信満々な物言い。だが、その瞳の奥には、どこか不安げな色が揺らめいているような気もした。……いや、気のせいか。
「(勘弁してくれ! これ以上、面倒くさくてプライドの高い女を攻略する(される?)のは、俺のキャパシティを完全に超えてる!
俺はもう、疲れたんだよ…! )」
「か、鏡さん…その、お言葉は大変ありがたく存じますが…わたくしのような、その、場末のスナックのカウンターで、安酒をちびちび舐めるのがお似合いの女には、鏡さんのような、高級ブランドショップのショーウィンドウに飾られるべき、まばゆいばかりの宝石は、あまりにも不釣り合いかと……!
むしろ、わたくしが鏡さんの輝きを曇らせてしまうことになりかねませんわ! 」
俺は、オッサン的な比喩と、意味不明な人生訓(文化祭の賢者役で培った、苦し紛れの処世術だ)を駆使し、必死でこの四面楚歌の状況を打破しようと試みた。
だが、ヒロインたちの決意は固く、俺ののらりくらりとした話術は、もはや焼け石に水状態だった。
次から次へと繰り出される、純粋な好意、健気な想い、献身的な愛情、そして挑発的な誘惑……
その全てが、俺の貧弱な精神を容赦なく削り取っていく。
頭が真っ白になり、胃痛はもはやMAXを振り切り、目の前がチカチカしてきた。
「(ああ…もうダメだ…限界だ…俺は、俺は一体、どうすればいいんだ…! )」
その瞬間、俺の中で、何かがプツン、と音を立てて切れた。
まるで、張り詰めていた糸が限界を超えて断ち切られたかのように。
俺は天を仰ぎ、そして自分でも何を言っているのか分からないような、しかし魂の底からの叫びにも似た言葉を高らかに、そしてヤケクソ気味に宣言していた。
「ああもう! わかった! わかったよ!
皆さんの、その熱い想い、痛いほど伝わってきましたわ!
だがしかし! 今のわたくしには、皆さんのその尊いお気持ちに応えることよりも、もっともっと優先すべき、重大かつ緊急の使命があるのです! 」
一同が、固唾を飲んで俺の次の言葉を待っている。
「(えーっと…使命…使命ねぇ…なんだ?
何かないか!? 世界平和!?
いや、それはあまりにもありきたりすぎるな…宇宙の真理の探求!?
いやいや、それは胡散臭すぎる…もっとこう、身近で、誰も反論のしようがなくて、それでいて誰も興味を持たないような、そんな都合のいい使命は…!)」
俺の脳細胞が、かつてないほどの猛スピードで回転する。そして、閃いた!
「そ、それは…それはですね…! この、きらめき市の…きらめき市のですね…えーっと…用水路に生息する、ドブガイの生態系を守ることなんですうううううう!」
俺の、あまりにも斜め上を行く、そして誰がどう考えても苦し紛れとしか思えないカミングアウト(?)が、伝説の樹の下に、春の陽光と共にこだました。
その瞬間、御門も、虹野も、古式も、鏡も、そして遠巻きに見ていた他の生徒たちも、全員がポカーンとした顔で固まり、伝説の樹の下には、しばしの沈黙が、まるで時間が止まったかのように、重く、そして気まずく流れ始めたのだった。
「(…あれ? 俺、今、何て言った…? )」
後に引けなくなった俺は、ただただ冷や汗をダラダラと流しながら、固唾を飲んで一同の反応を待つしかなかった。