藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~ 作:月影 流詩亜
続けて投稿します。
登校初日の「ぶえっくしょい!事件」から一夜明け、俺、もとい藤崎詩織の学園生活二日目が始まった。
昨日の今日だ、教室に入った瞬間からクラス中の視線が俺に突き刺さる。
まあ、無理もない。あの完璧超人と名高い(らしい)藤崎詩織が、オッサン丸出しのくしゃみをかましたんだからな。
伝説の生き物が実は着ぐるみでした、くらいの衝撃はあったかもしれん。
「(ジロジロ見やがって…だが、ここで動揺を見せたら負けだ。あくまでクールに、あくまでミステリアスに…それが今の俺の処世術だ!)」
貼り付けたような優等生スマイルで自分の席に着く。
しかし、内心は戦々恐々だ。いつまたオッサン的言動がポロリと出てしまうか、自分でも予測がつかねえ。時限爆弾を抱えてるようなもんだ、まったく。
授業が始まっても、周囲の好奇の視線は収まらない。特に隣の席の女子生徒……確か、初日に「面白い方なんですね」とか言ってきた、鈴木さんだったかが、チラチラとこっちを見ては何かを期待しているような目をしている。
「(やめてくれ、そんなキラキラした目で見ないでくれ。俺はもう、これ以上やらかすつもりはないんだ…!)」
必死に完璧超人を演じようと、背筋を伸ばし、教科書を見つめる。だが、長年染みついたオッサンの習性というのは、そう簡単には消えてくれねえもんだ。
数学の授業中、無意識のうちに貧乏ゆすりを始めてしまった。これは前世からの癖で、集中したりイライラしたりすると、つい足が動いちまう。
「(あ、やべっ!)」
慌てて足を止めようとするが、この華奢な女子高生の足ではどうにも落ち着かない。
仕方なく足を組んで誤魔化そうとしたが、そういや俺は今、ひらひらのスカートを履いているんだった。組んだ足から覗く白い太もも(もちろん俺のものではない)が妙に目立ってしまい、余計に周囲の注目を集めてしまった気がする。
「(くそっ、なんてこった!スカートとかいう防御力皆無の装備で貧乏ゆすりは悪手すぎるだろ!)」
チラリと周囲を窺うと、何人かの男子生徒が顔を赤らめて視線を逸らし、女子生徒たちは「藤崎さん、何か落ち着かないご様子…?」「もしかして、何か悩み事でもあるのかしら…」とヒソヒソやっている。
違うんだ、ただ単に貧乏ゆすりしてただけなんだ! 悩みなんて、この女の体になったこと以外にはねえよ!
国語の授業では、教師が指名する生徒を待つ間、手持ち無沙汰でペンを回そうとした。これも前世からの癖だ。会議中とかによくやったもんだ。しかし、この藤崎詩織の指は、俺のゴツい指とは勝手が違う。思ったようにペンが回らず、カコン、と無様に机の上に落としてしまった。
「(ちっ、ドジっちまったか…)」
拾い上げて、もう一度挑戦。今度はなんとか回せたが、無意識のうちに、前世で得意だった演歌のこぶしを利かせるような、妙に粘っこい回し方になってしまった気がする。
「…ふふっ」
どこからか、小さな笑い声が聞こえた。見ると、斜め前の席の、いかにも芸術家肌っぽい女子生徒が俺の手元を見て微笑んでいる。
「藤崎さんのペン回し、個性的でアーティスティックだわ…なんだか、指先が踊っているみたい」
「(はあ!? アーティスティック!? ただ不器用にペンを弄んでただけなんだが!?)」
俺の頭の上には大量のクエスチョンマークが浮かぶ。どうやらこの世界では、オッサンの不器用な手遊びも芸術として評価されるらしい。わからん。女子高生の世界は本当にわからん。
教師に指名されて答える時も油断ならない。
「はい」と返事をするつもりが、つい声が裏返って「は、はいぃっ!」と妙に媚びたような声が出たり、「分かりました」と言うべきところを、無意識に「承知いたしました」と時代劇がかった言い回しになったり。
その度に、クラスの誰かしらが「藤崎さん、たまに言葉遣いが古風で素敵…」「なんだかお姫様みたい…」などと、とんでもない勘違いをしてくれる。
もう、いちいちツッコむ気力もねえよ…。
昼休みには、クラス全員の自己紹介タイムが設けられた。
「(げっ、マジかよ…何を話せってんだ…)」
部活の抱負を語る奴、好きなアイドルの話をする奴、面白い一発ギャグを披露してスベる奴。
まあ、十人十色だ。オッサン目線で見ると、どれもこれも微笑ましくもあり、若干痛々しくもある。
そして、ついに俺の番が来た。
「(やべえ、何も考えてなかった…!)」
スッと立ち上がり、教壇の前に立つ。クラス全員の視線が俺に集中する。昨日のくしゃみ事件のせいで、期待値が妙な方向に上がっているのを感じる。
「えー…藤崎詩織です」
まずは無難な入り。ここまではいい。問題は次だ。趣味とか特技とか、何か言わなきゃならんだろうが、藤崎詩織の趣味なんて知るか。
いや、原作ゲームでは確か…テニスとかピアノとか、いかにもお嬢様っぽいものだったか?
だが、今の俺がそんなことを言っても、すぐにボロが出るのは目に見えている。
「(くそっ、どうする…何か当たり障りのないことを…!)」
必死に頭をフル回転させる。前世の俺の趣味は競馬と晩酌とプロ野球観戦だが、そんなことを言えるわけがない。
「趣味は…その…」
言葉に詰まる。まずい、何か言わないと不審がられる。何か、何かそれっぽいことを…!
追い詰められた俺の口から、とっさに出た言葉はこうだった。
「…人間観察…です」
しーん、と教室が静まり返る。
「(ああああああ! やっちまったあああああ! なんでそんな意味深なこと言っちまったんだ俺はああああ!)」
頭の中で絶叫する。人間観察ってなんだよ! ただの覗き魔みてえじゃねえか!
もっとマシなことあっただろ!
読書とか! 音楽鑑賞とか!
だが、時すでに遅し。
静寂を破ったのは、またしても隣の席の鈴木さんだった。
「キャー! 藤崎さん、やっぱりミステリアス! 人間観察が趣味だなんて、知的ですぅ!」
その言葉を皮切りに、クラスのあちこちから
「へえ、人間観察かあ…なんか哲学的だね」
「詩織さんって、物事を深く考えてそう」
「達観してる感じがする…」などと、俺の意図とは真逆の、しかしどこか尊敬の念が込められたような声が上がり始めた。
「(いやいやいや! 全然哲学的でも知的でもねえから!
ただ単に、居酒屋で酔っ払ったオッサンが他の客の悪口言ってるの見てるのが好きだっただけだから!)」
俺の心の叫びは、もちろん誰にも届かない。
むしろ、俺の困惑した表情が「何か深遠な考え事をしている」とでも解釈されたのか、一部の生徒からはさらに熱っぽい視線が送られてくる始末。
こうして、俺の「ミステリアスでクール、かつ達観した才女」という、とんでもない勘違いキャラが、さらに強固なものとしてクラスに定着してしまったのだった。 もうどうにでもなれ。
そして放課後。今日こそは誰よりも早く教室を飛び出し、一人で静かに帰宅するつもりだった。
だが、そんな俺のささやかな願いは、あっさりと打ち砕かれる。
「詩織」
俺の席の前に、一人の男子生徒が立っていた。
スラリとした長身に、爽やかな笑顔。こいつは…確か、原作ゲームの主人公、御門武史じゃねえか!
「(げえっ! 出たな、最重要攻略対象! こいつだけは、こいつだけは絶対に惚れさせるわけにはいかねえ! 俺の平穏なぼっちライフ最大の敵だ!)」
心の中でレッドアラートが鳴り響く。顔は平静を装いつつも、警戒レベルはMAXだ。
「久しぶりだな、詩織。なんだか…綺麗になったな。それに、ちょっと雰囲気が変わった…ような気がする」
御門は、少し照れたように頬を掻きながらそう言った。
「(うわあ、いきなり口説き文句みてえなこと言いやがったぞこいつ! さすが主人公、手慣れてやがる! だが、俺は騙されねえぞ! その爽やかスマイルの裏に隠された下心、俺にはお見通しだ!)」
「そうかしら? 御門君こそ、なんだか逞しくなったんじゃない?」
口から出たのは、我ながら完璧な優等生ヒロインの返答だった。
内心とは裏腹に、こういうセリフはスラスラ出てくるのが我ながら腹立たしい。
「そうか? はは、そうだと嬉しいな」
御門は屈託なく笑う。その笑顔が、なぜか一部の女子生徒たちのハートを撃ち抜いているのが視界の端に入った。
「(ちっ、イケメンはこれだから…! だが、俺はなびかんぞ! 俺の心は鋼鉄の鎧でガチガチにガードされてるんだ! 特に恋愛フラグに対してはな!)」
「それで、詩織。もしよかったら、一緒に帰らないか?」
来た! やはり来たか、お約束の誘い文句!
「(断る! 断固として断る! お前なんかと帰ってたまるか! 俺は一人で夕焼け小焼けを口ずさみながら帰るんだ!)」
「ごめんなさい、御門君。今日はちょっと…野暮用が立て込んでまして…」
口から出たのは、またしても完璧な、しかしどこかオッサン臭の漂う断り文句だった。「野暮用」て。女子高生が使うか、そんな言葉。
「そっか…残念だな。じゃあ、また明日」
御門は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って手を振って去っていった。
「(ふう…危なかったぜ…なんとか第一関門は突破か…?)」
ホッと胸を撫で下ろす。だが、御門が去り際にポツリと呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「詩織…やっぱり何か、秘密を抱えているのか…?」
「(だから何も抱えてねえっての! ただ単にお前と関わりたくないだけなんだよ!)」
心の中で全力で否定するが、どうやら俺の必死の回避行動は、逆に御門の興味を引いてしまったらしい。前途多難とは、まさにこのことだ。
俺がそんな絶望的な気分で一人教室を出ようとした時、ふと、廊下の隅で誰かがコソコソと話しているのが聞こえた。
「なあ、聞いたか? 藤崎詩織、最近なんか面白いことになってるらしいぜ?」
声の主は…確か、クラスの情報屋みたいなポジションの、早乙女好雄だったか。
「ああ。なんでも、あの完璧超人の藤崎さんが、時々妙な言動をするって噂だ。俺の情報網でも、まだ全容は掴みきれてないんだよな…ミステリアスすぎるぜ、藤崎詩織…」
「(おいおいおい…! 早速面白おかしく噂されてんじゃねえか! しかも情報屋にまで目をつけられただと!? 俺の平穏はどこへ行ったんだよぉぉぉ!)」
俺は夕日に向かって(心の中で)叫びながら、重い足取りで帰路についた。
藤崎詩織(中身オッサン)の、受難の日々はまだ始まったばかりだ。