藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~ 作:月影 流詩亜
忌まわしき自己紹介タイムから数日後、きらめき高校は部活動紹介週間とかいう、これまた面倒くさいイベントに突入していた。
新入生はどこかの部活に所属することが推奨されているらしく、放課後の校内は、新入部員を勧誘しようと目の色を変えた上級生たちでごった返している。
「(帰宅部一択だろ、こんなもん…)」
俺、藤崎詩織(中身:山田一郎45歳)の心は、初めから決まっていた。
部活動なんぞに現を抜かしている暇があったら、一秒でも早く家に帰って脳内晩酌の準備をしたい。それが今の俺の偽らざる本音だ。
しかし、世の中そんなに甘くねえ。「完璧超人・藤崎詩織」というブランドイメージは、俺が思っている以上に強固らしい。
ホームルームで担任の教師が、
「藤崎さんは、何か考えている部活動はありますか ?
あなたほどの才能なら、どこの部でも大活躍間違いなしでしょうねえ」
なんて、プレッシャー丸出しの期待をかけてくる。クラスメイトたちも、
「詩織ちゃんなら運動部かな?」
「いや、知的なイメージだから文化部も似合うよね!」
などと、勝手に盛り上がっている。
「(うるせえ! 俺の意思を尊重しろ! 人には「何もしない」という権利があるんだぞ!)」
そんな心の叫びも虚しく、俺は半ば強制的に、各部活動の見学に連れ回される羽目になった。
まさに地獄の部活巡りだ。
まず連れて行かれたのは、体育館。バスケットボール部とバレーボール部が、汗臭い熱気を撒き散らしながら練習に励んでいる。
「藤崎さん ! 君ほどの身長と運動神経なら、うちのバスケ部で即戦力間違いなしだ !
全国制覇も夢じゃないぞ !」
筋肉ムキムキの、いかにも体育会系といった風情の先輩(男子)が、キラキラした目で俺に迫ってくる。
「(全国制覇ねぇ…俺はもう、人生の勝ち負けとかどうでもいいんだが…それより、その有り余る体力で俺の肩でも揉んでくれねえか…)」
「いえ、わたくしのような者では、皆さんにご迷惑をおかけするばかりですので…」
外面はあくまで謙虚に、しかし内心では全力で拒否の姿勢を示す。
次に女子バレー部のキャプテンらしき先輩がやってきた。
「詩織ちゃん! あなたのそのジャンプ力と反射神経、バレーに活かさない手はないわ !
一緒にアタックNo.1目指しましょ!」
「(アタックNo.1ねぇ…俺が今一番アタックしたいのは、この面倒くさい状況から一刻も早く脱出することなんだが…)」
「わたくし、球技は少々苦手でして…おほほ…」
その後も、テニス部からは
「その華麗な身のこなし、コートで見てみたいわ!」
と誘われ(内心:炎天下で走り回るとか罰ゲームかよ)、陸上部からは
「君のそのバネなら、間違いなくインターハイ記録を更新できる!」と口説かれ(内心:もうこれ以上記録とかプレッシャーとか勘弁してくれ)、俺の疲労ゲージはガンガン上昇していく。
運動部なんて、どこもかしこも熱血と根性の塊みてえな連中ばかりだ。
俺のような省エネ第一のオッサンには、眩しすぎる世界だよ。
「(もういい…もうたくさんだ…文化部だ! 文化部なら、もっとこう、日陰でひっそりと活動できるに違いねえ!)」
疲労困憊の体を引きずり、俺は文化部の見学へと向かった。吹奏楽部、美術部、写真部…どれもこれも、それなりに真面目に活動しているようだ。だが、俺が求めているのは「楽してサボれる」ことだ。
そんな俺の目に飛び込んできたのが、「文芸部」の看板だった。ひっそりとした特別教室の片隅で、数人の生徒が静かに本を読んだり、何かを書きつけたりしている。
「(ここだ…! ここなら間違いない!
いかにも地味で、活動内容も楽そうだ!
うまくいけば幽霊部員として籍だけ置いて、あとは完全スルーできるかもしれん !)」
俺は光明を見出した気分で、文芸部の扉を叩いた。応対してくれたのは、メガネをかけた文学少女風の先輩だった。
「あら、新入生の方? ご見学ですか? どうぞ、お入りになって」
物静かで、いかにも文芸部員といった雰囲気だ。俺は内心でガッツポーズした。
「(よし! ここに決めた!)」
「あの、わたくし…こちらに入部させていただきたいのですが…」
俺がそう申し出ると、先輩は少し驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔で頷いた。
「まあ、藤崎詩織さんね。 あなたが文芸部を選んでくれるなんて、とても嬉しいわ。 歓迎するわよ」
こうして俺は、半ば逃げ込むような形で文芸部に入部することになった。
他の運動部からの熱烈なラブコールを振り切って、あえて地味な文芸部を選んだ俺の行動は、周囲からは……
「藤崎さんは、やはり内面的な豊かさを求める知的な方なのね…」
「見かけの華やかさだけじゃない、深い魅力があるわ…」
などと、またしても盛大な勘違いを呼んだらしいが、もはやどうでもいい。俺は自分の平穏を守るのに必死なんだ。
文芸部での活動は、俺の予想通り、至って静かで平和なものだった。部員は俺を含めても数えるほどしかおらず、皆それぞれ自分のペースで読書をしたり、創作活動に勤しんだりしている。
これなら、俺も適当に本でも読んで時間を潰し、存在感を消して幽霊部員への道を突き進めるだろう。
…と、高を括っていた俺が馬鹿だった。
入部して数日後、部長である例の文学少女風の先輩から、思いもよらない言葉を告げられたのだ。
「藤崎さん、そろそろ部誌の原稿をお願いしたいのだけれど」
「…は? ぶし…? げんこう…?」
思わず素っ頓狂な声が出た。何言ってんだこの先輩は。俺はただ静かに本を読んでいたいだけなんだが。
「ええ。うちの部は年に数回、部誌を発行しているの。部員は全員、何かしらの作品を寄稿するのが決まりになっているのよ。詩でも、小説でも、エッセイでも、形式は自由だから」
「(聞いてねえぞそんな話いいいいい!)」
心の中で絶叫する。完全に油断していた。まさかこんな地味な部活に、そんなノルマがあったとは。
「あの…わたくし、文章を書くのはあまり得意ではなくて…」
何とか辞退しようと試みるが、先輩はにこやかに(しかし有無を言わさぬ圧力で)首を横に振った。
「大丈夫よ、藤崎さんならきっと素晴らしい作品が書けるわ。あなたの感性で、自由に表現してみて。楽しみにしているわね」
「(無茶言うなあああ ! 俺の感性なんて、安酒と競馬新聞と加齢臭で構成されてんだぞ ! そんなもんで何を書けってんだよ !)」
しかし、もはや逃げ場はない。締切は一週間後。俺は生まれて初めて、「原稿のプレッシャー」というものを味わうことになった。
それからの数日間、俺は放課後になると図書室に籠り、ウンウン唸りながら原稿用紙と格闘した。 だが、何を書けばいいのか皆目見当もつかない。
恋愛ポエム ? 無理だ。
ファンタジー小説? 柄じゃねえ。
エッセイ? 書くような高尚な体験なんぞ、俺の人生には皆無だ。
「(くそっ…こうなったらヤケクソだ…! どうせ誰もまともに読まねえだろうし、俺の魂の叫びでも叩きつけてやるか…!)」
締切前夜、俺はついに開き直った。
そして、前世の山田一郎として生きてきた45年間の悲哀、やるせなさ、理不尽な社会への怒り、そしてしがないサラリーマンの日常に転がる小さな絶望を、ありったけの言葉で原稿用紙にぶちまけた。
タイトルは、『リーマン哀歌 ~終電に揺られて~』。
内容は推して知るべしだ。
満員電車に揺られる日々の徒労感、理不尽な上司への呪詛、安月給への嘆き、居酒屋のカウンターで一人飲む安酒の侘しさ、そして週末の競馬だけが唯一の生き甲斐であるという、どこまでも救いのない、しかし俺にとっては紛れもない真実の叫びだった。
「(ふう…書きなぐったら少しスッキリしたぜ…まあ、こんなもん、誰も褒めやしねえだろうが、提出しないよりはマシか…)」
翌日、俺は半ば投げやりな気分で、その『リーマン哀歌』を部長の先輩に提出した。 先輩は
「ありがとう、藤崎さん。早速読ませていただくわね」
と、いつも通りの穏やかな笑顔で受け取ってくれた。
そして、その数日後。俺は文芸部の部室に呼び出された。
「(なんだ…? やっぱりあのポエム、内容が酷すぎて怒られるのか…?)」
戦々恐々としながら部室の扉を開けると、そこには部長の先輩だけでなく、顧問である国語教師の白髪の先生(確か、吉田先生とか言ったか)までいるではないか。
しかも、二人とも何やら神妙な顔つきで俺を見つめている。
「(終わった…完全に終わった…俺の高校生活、部活動追放でジ・エンドか…?)」
観念して席に着くと、吉田先生が重々しく口を開いた。
「藤崎君…君の、この『リーマン哀歌』だがね…」
ゴクリ、と俺は唾を飲み込む。
「…素晴らしいじゃないか!!」
「…へ?」
予想外の言葉に、俺は間抜けな声を漏らした。
吉田先生は、まるで秘宝でも発見したかのように目を輝かせ、俺のポエムが書かれた原稿用紙を手に興奮気味に語り始めた。
「この、現代社会に生きる人間の孤独と疎外感 ! 魂の奥底からの叫びにも似た言葉の連なり !
そして、その絶望の中に垣間見える、ささやかな日常への愛着と、人間存在そのものへの根源的な問いかけ !
藤崎君、君は天才だ !
若くしてこれほどの深淵を覗き、それを言葉として表現できるとは…!」
「(は…はああああ !?
何言ってんのこの先生 !?
ただのオッサンの愚痴と嘆き節なんだが!?
孤独と疎外感は確かに感じてるけど、それはこの女の体になったせいで、人間存在への問いかけなんて高尚なもんじゃねえ !
ただ単に、給料上げてくれって言いてえだけなんだよ !)」
俺が呆気に取られていると、隣の部長の先輩も、目に涙を浮かべながら口を開いた。
「そうなの、藤崎さん…あなたの詩を読んで、私、涙が止まらなかったわ…この、どうしようもない閉塞感の中で、それでも必死に生きようとする人間の姿…胸を打たれたわ… !
あなたの言葉は、多くの人の心を救う力を持っているわ !」
「(救う力 !? こんな後ろ向きでネガティブなポエムが !? あんたたち、さては相当疲れてるな… ?)」
俺の頭の中は「?」で埋め尽くされる。
どうやら、俺のヤケクソの産物である『リーマン哀歌』は、この文学的感性の豊かな二人にとっては、とんでもない傑作として受け止められてしまったらしい。
その噂は瞬く間に文芸部内、いや、文化系の生徒たちの間に広まった。
「一年生の藤崎詩織が、とんでもない詩を書いたらしい」
「現代文学の新たな才能が現れた」
「彼女の言葉には魂が宿っている」
などと、尾ひれ背びれがつきまくって、俺はいつの間にか「若き天才詩人」として崇められる存在になっていた。
放課後、文芸部の部室には、俺の詩を一目読もうと、他の文化部(演劇部とか美術部とか)の生徒たちまで押しかけてくる始末。
そして、その誰もが俺の『リーマン哀歌』を読んで感涙し、「藤崎先生!」「師匠!」などと俺を呼び始め、しまいにはサインまで求められるようになった。
「(だーかーらー ! ただのオッサンの愚痴なんだって ! サインとか書けるか ! 俺のサインは領収書の走り書きみてえなんだぞ!)」
俺の平穏な学園生活は、もはや風前の灯火どころか、完全に崩壊しつつあった。
そんなある日の放課後、俺が文芸部の部室で、群がるファン(?)から逃れるようにして窓の外を眺めていると、教室の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「へえ、詩織が詩をねえ…どんな詩なんだろうな。ちょっと読んでみたいな」
その声の主は…御門武史だった。どうやら彼も、俺の「天才詩人」としての噂を耳にしたらしい。
「(やめてくれええええ ! お前だけは、お前だけには絶対にあんなオッサン臭いポエムを読まれたくねえええええ!)」
俺の心の叫びは、春の陽気に吸い込まれていく。もはや、俺に安息の地はないのだろうか…。