藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~   作:月影 流詩亜

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第五話:体育祭は戦場だ!オッサン的根性論が奇跡を呼ぶ(本意ではない奇跡を)

 

御門武史との地獄の(と俺だけが思っている)初デートから数週間。 俺の心身には未だにあの日の疲労感が色濃く残っていた。

 

もう二度とあんな目に遭うものか、と固く誓ったはずなのに、世の中ってのはどうしてこうも俺に厳しいのかね。

 

五月晴れの空の下、きらめき高校は体育祭シーズンとかいう、これまたリア充どもがハシャギ倒すイベントに突入していた。

朝練だの放課後練だの、ただでさえ貴重な俺の平穏な時間が、汗臭い練習と掛け声で無慈悲に奪われていく。

 

「(体育祭ねぇ…どうせならスタンドの日陰で、競馬新聞でも広げて赤鉛筆舐めながら予想に耽っていたいもんだが…)」

 

もちろん、そんなささやかな願いが叶うはずもない。この藤崎詩織という女は、悲しいかな、運動神経まで抜群らしいのだ。

中学時代にはテニスで県大会上位入賞、陸上でも短距離なら敵なしだったとかいう、絵に描いたようなスポーツ万能美少女。

当然、クラスの期待は俺(の身体)に集中する。

 

「藤崎さんなら、リレーのアンカーは鉄板だよね!」

 

「女子の騎馬戦の大将も、詩織ちゃんしかいないでしょ!」

 

「100メートル走も、大会記録更新狙えるんじゃない?」

 

クラスメイトたちの無邪気な(そして無責任な)期待の声が、俺の鼓膜をガンガン刺激する。

 

「(やめてくれ…俺はもう、これ以上目立ちたくないんだよ…!

俺の理想は、応援席の隅っこで麦茶でもすすりながら、日向ぼっこしてることなんだ!)」

 

体育祭の出場種目を決めるホームルーム。 俺は決死の覚悟で、地味な競技へのエントリーを申し出た。

 

「あの…わたくし、玉入れの玉を数える係とか、ライン引きのお手伝いとか、そういう裏方のお仕事でクラスに貢献させて頂きたいのですが…」

 

必死に(しかし外面はあくまで控えめに)アピールする俺。

しかし、クラス委員長の田中(真面目なメガネ男子)は、困ったような顔で首を横に振った。

 

「藤崎さん、気持ちは嬉しいけど、君ほどの運動能力を裏方に回すのは、クラスの戦力としてあまりにもったいないよ。 みんな、君の活躍を期待してるんだ」

 

体育教師のゴリ先生(あだ名)までもが、

 

「そうだぞ藤崎 !

お前のそのバネとスピードは、まさにダイヤモンドの原石だ !

磨けば光るどころか、オリンピックも夢じゃないぞ !」

 

などと、暑苦しいほどの熱弁を振るってくる。

 

「(オリンピックとか、スケールでかすぎんだろ !

俺はただ、平穏な余生を…いや、平穏な高校生活を送りたいだけなんだよ !)」

 

俺のささやかな抵抗も虚しく、結局、100メートル走、障害物競走、そしてクラス対抗リレーのアンカーという、花形種目オンパレードの出場リストが完成してしまった。

俺の意見はどこ行ったんだよ、おい。これじゃあ人権侵害だろ、まったく。

 

そして迎えた体育祭当日。雲一つない、絶好の体育祭日和。俺にとっては絶好のサボり日和でもあるんだが、残念ながらそんな選択肢は与えられていない。

 

開会式が終わり、競技が始まっても、俺のやる気は相変わらずゼロに近い。クラスメイトたちが必死に競技に打ち込む姿を、応援席から気だるそうに眺める。

 

「(若いってのは、いいもんだねえ…あんなに走り回って、よく疲れねえもんだ…)」

 

そんなオッサン丸出しの感想を抱いていると、隣に座っていた文学少女風のクラスメイト(確か、如月さんとか言ったか)が、俺に話しかけてきた。

 

「藤崎さん…なんだか、とても冷静に戦況を見つめていらっしゃるのですね…まるで、戦場を俯瞰(ふかん)する軍師のようですね」

 

「(はあ!? 軍師 !?

ただ単に、早く終わんねえかなあって思ってただけなんだが !?)」

 

どうやら俺の気だるげな態度は、彼女には「内に秘めた闘志の現れ」とか「冷静沈着な勝負師の風格」とか、そういう風に見えているらしい。

もう、この勘違いの連鎖には慣れてきたぜ、ちくしょう。

 

クラスメイトの男子が二人三脚で盛大に転倒したのを見た時、俺はつい、

 

「(あーあー、そこの若い衆 !

もっと息合わせねえとダメだろ !

足の運びがバラバラじゃねえか !

もっとこう、腰入れて !)」

 

と、前世で町内会の運動会で酔っ払いながら飛ばしていたようなオッサン的野次が、喉まで出かかった。

慌てて口を押さえ、代わりに

 

「あらあら、お怪我はございませんでしたこと ?

どうか最後まで諦めずに、頑張って下さいましね」

 

などと、取ってつけたようなお嬢様言葉で取り繕う。

その不自然なまでの切り替えと、一瞬見せた鋭い(ように見えたらしい)眼光が周囲には、

 

「藤崎さんは、勝負に対しては誰よりも真剣なんだな…… !」

 

「あの冷静な分析眼、そして仲間を思いやる温かい言葉…さすがだわ…… !」

 

と、またしても盛大な誤解を生んだようだ。

もう勝手にしてくれ !

 

そして、ついに俺の出番、クラス対抗リレーのアンカーがやってきた。各クラスの最終走者がトラックに並ぶ。

俺の胃は、プレッシャーでキリキリと痛み始めている。

 

「(なんで俺がこんな大役を… !

目立ちたくないって、あれほど言ったじゃねえか !

こうなったら、バトン受け取った瞬間に盛大に転んで、棄権してやろうか……いや、それはそれで別の意味で目立ちそうだな……)」

 

逡巡しているうちに、第一走者がスタートした。場内のボルテージが一気に上がる。各クラスの応援にも熱が入る。

 

「詩織ー! 頼んだぞー !」

 

「藤崎さーん! 絶対勝ってー !」

 

クラスメイトたちの声援が、嫌でも耳に入ってくる。

 

「(ああ、もう、どうにでもなれ !)」

 

第三走者からバトンを受け取った瞬間、俺は半ばヤケクソで走り出した。

藤崎詩織の身体は、俺の意思とは関係なく、驚くほど軽やかに、そして力強く地面を蹴る。

 

「(な…なんだこの身体能力は !?

勝手に足が前に出るぞ !?

しかも、速えええええ !)」

 

まるで高性能エンジンを積んだスポーツカーにでもなった気分だ。

あっという間に前を走る選手たちに追いつき、そして次々と抜き去っていく。

風を切る音が心地いい…なんて思ってる余裕はねえ !

 

「(やべえ ! やべえぞこれ !

目立ちすぎてる !

俺の平穏な高校生活が、この爆走のせいで音を立てて崩れていくのが見える !)」

 

しかし、一度火がついた競争心(というより、早く終わらせたいという一心)は、そう簡単には消えてくれない。

前世で培った「負けず嫌い」というオッサン的意地が、ここで顔を覗かせやがった。

 

ゴールテープが目前に迫る。俺は、ほとんど無意識のうちに、心の底からの叫びを上げそうになっていた。

 

「(どけええええええ ! 俺の邪魔をすんじゃねえええええ !

早く終わらせて、冷たいビール(脳内)が飲みたいんだよおおおおお !)」

 

もちろん、そんな本音を口に出せるはずもなく、かろうじて最後の力を振り絞り、完璧な美少女スマイルを顔に貼り付けて、一位でゴールテープを切った。

 

「わああああああああ !!」

 

「詩織(ちゃん/様)ーーー!! やったあああああ!!」

 

ゴールした瞬間、クラスメイトたちが雪崩を打って俺に殺到してきた。

もみくちゃにされ、肩を叩かれ、中には感極まって泣き出す女子までいる始末。

 

「(おいおいおい ! 落ち着けお前ら !

俺はただ走っただけだぞ !

しかも、ほとんどこの身体の性能のおかげだ !)」

 

そして、誰かが叫んだ。

 

「詩織を胴上げだー !」

 

「(やめろおおおおお ! 俺の腰が !

ただでさえ最近ギックリ腰気味なんだぞ !

こんなところで悪化してたまるかああああ !)」

 

俺の悲痛な叫びも虚しく、数人の男子生徒によって俺の体は軽々と宙に持ち上げられた。上下に揺さぶられながら、俺は青い空を見上げて思った。

 

「(ああ…俺の平穏な日々は、完全に終わったな…)」

 

その日の夕食(もちろん脳内)は、祝杯のビール(ノンアルコール、気分だけ)と枝豆、そして冷奴に決定した。 ささやかな、しかし確実な幸せだ。

だが、体育祭の熱狂はそう簡単には冷めやらず、俺の「完璧超人ヒロイン、しかもリレーのアンカーで奇跡の逆転優勝」という伝説は、さらに校内に広まることになった。

 

御門武史は、尊敬と好意が入り混じったような熱い視線を俺に送り続け、虹野沙希や古式ゆかりといった他のヒロインたちも、俺を見る目が明らかに変わってきている。

 

俺の平穏への道は、ますます険しく、そして遠くなっていくばかりだった。

 

やれやれだぜ、まったく……

 

 

 

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