藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~   作:月影 流詩亜

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第七話:文化祭狂騒曲(後編)~賢者の言葉はオッサンの魂の叫び~

 

文化祭当日。きらめき高校の校内は、朝から異様な熱気に包まれていた。

各クラスの模擬店からは食欲をそそる匂いが漂い、中庭の特設ステージでは有志バンドがやかましい演奏を繰り広げている。

まさに青春の一ページ、ってやつか。

 

「(ああ…早く終わってくれ…そして俺を解放してくれ…)」

 

そんな喧騒とは裏腹に、俺、藤崎詩織(中身・山田一郎45歳、現在『森の賢者』役という名の生贄)は、体育館の片隅に設けられた薄暗い楽屋で、ただひたすらに公演の終わりを願っていた。

 

胃は相変わらずキリキリと痛み、手のひらにはじっとりと汗が滲んでいる。

クラスメイトたちは、初めての本格的な演劇に緊張と興奮が入り混じったような表情で、最後のセリフ合わせや衣装のチェックに余念がない。

主役の『眠り姫』を演じるのは、クラスでも一二を争う美少女の鈴木さん。

王子様役は、やはりというか、あの爽やかイケメン野郎、御門武史だ。ちっ、お似合いじゃねえか、クソっ。

 

「藤崎さん、大丈夫ですか ? 顔色が少し優れないようですが……」

 

演出担当の小早川さんが、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 

「(大丈夫なわけねえだろ! セリフ忘れたらどうしようとか、演技が下手だったらどうしようとか、そんな高尚な悩みじゃねえんだよ! 俺の緊張の原因はただ一つ! 舞台の上でオッサン臭が漏れたらどうしよう、だ!)」

 

「いえ、少し…武者震いですわ。最高の舞台にするために、精神を集中させていただけですので…おほほ…」

 

口から出まかせを並べながら、俺は内心で必死にオッサン的リラックス法を試みていた。

例えば、脳内で明日の競馬の出走馬を検討したり、今夜の晩酌の献立(もちろん脳内)を考えたり、あるいは深呼吸の代わりに「チッ、面倒くせえな、この茶番も早く終わらせてえぜ」と心の底で毒づいたり。

これが意外と効果があるんだから、人間の精神構造ってのは不思議なもんだ。

 

いよいよ開演時間が迫り、舞台袖へと移動する。 他の役者たちの緊張感がビリビリと伝わってきて、俺の胃痛はさらに悪化する。小早川さんが、

 

「皆さん、いよいよです ! 私たちの全てを、この舞台にぶつけましょう !」

 

なんて熱い檄を飛ばしているが、俺の耳にはもはや馬の耳に念仏だ。

出番直前、俺の賢者風のローブの裾が、なぜか大道具の木の枝に引っかかってしまった。

 

「(うおっ ! 危ねえ !

こんなところで衣装破損とか、洒落にならんぞ!)」

 

慌てて引き抜こうとするが、妙に頑丈に絡みついている。 焦る俺。

しかし、その様子を見ていた小早川さんは、なぜか感動したように目を潤ませていた。

 

「藤崎さん…あなたという人は…出番直前まで、森の木々と対話し、一体化しようとなさっているのですね… !

その役への没入感、本当に素晴らしいです !」

 

「(だから違うって ! ただ単に引っかかっただけだっての !)」

 

結局、衣装係のクラスメイトに助けられて事なきを得たが、俺の精神的疲労は開演前からクライマックスに達していた。

 

そして、ついに薄暗い舞台袖から、スポットライトの当たるステージへと足を踏み出す時が来た。

 

「(ああ…まな板の上の鯉とは、まさにこのことだな…なるようになれ…いや、なるべく目立たず、早くこの茶番を終わらせたい…!)」

 

俺が演じる『森の賢者』は、物語の冒頭と中盤、そしてクライマックスに登場し、悩める主人公たちに深遠な(と脚本には書かれている)言葉を投げかける、という役どころだ。

動きはほとんどなく、ただそこに佇んでいるだけでいい、というのが唯一の救いか。

舞台中央に立ち、ゆっくりと客席を見渡す。体育館は満員で、保護者らしき大人たちや、他校の制服を着た生徒たちの姿も見える。その全ての視線が、今、俺(の演じる賢者)に注がれている。

 

「(うわあ…プレッシャーで吐きそうだ…)」

 

だが、俺はプロのオッサンだ(意味不明)。

ここで動揺を見せるわけにはいかない。

俺は、長年培ってきた「人生に疲れた中間管理職の風格」を全身全霊で醸し出し、ただ黙ってそこに立っていた。

すると、客席から何やら「おお…」というどよめきが起こった。

 

「(なんだ… ? 俺、何かやらかしたか… ?)」

 

後で聞いた話によると、その俺の「ただ立っているだけの姿」が、観客には「悠久の時を生きてきた賢者の、言葉では言い表せないほどの深みと風格」として映っていたらしい。

…俺はただ、早く終わんねえかなあって思ってただけなんだがな。

 

物語は進み、御門演じる王子が、愛する眠り姫を救うために様々な困難に立ち向かう。その熱演っぷりは、さすが主人公といったところか。

 

「(若いな…青臭いな…だが、その真っ直ぐさは、少しだけ眩しいぜ……)」

 

そんなオッサン的感想を抱きながら、俺は自分のセリフの番を待つ。

そして、王子が「真実の愛とは何か」と悩み、森の賢者である俺に問いかけるシーンがやってきた。俺のセリフは、例のやつだ。

 

「……愛とは…時にほろ苦く、時にしょっぱいものよ…そして、最後には自分自身で見つけるものだ」

 

「(よし、言えた…… ! 噛まずに言えたぞ !

さあ、これで俺の出番はしばらくないはずだ ! 早くビール(脳内)飲みたい !)」

 

内心でガッツポーズする俺。しかし、その瞬間、客席から、抑えきれないような嗚咽や、鼻をすする音が聞こえてきたのだ。

 

「(え… ? なんで泣いてんの… ?

俺、何か感動的なこと言ったか… ?

ただ単に、恋愛なんて面倒くせえから自分で何とかしろ、って意味で適当に言っただけなんだが…)」

 

特に、客席の前の方に座っていた、人生経験豊富そうなおば様方や、何やら深刻な悩みを抱えていそうな女子高生たちが、ハンカチで目頭を押さえている。

 

「(まさか…あのオッサン臭い、投げやりな一言が、そんなに深く突き刺さったとでも言うのか…… ?)」

 

俺の理解を超えたところで、どうやら俺のセリフは、観客の心の琴線に触れまくってしまったらしい。

その後も、俺の出番は数えるほどしかなかったが、その度に俺の口から発せられる「適当にそれっぽく言っただけ」のセリフが、なぜか観客の心を鷲掴みにし、会場は異様な感動の渦に包まれていった。

俺がただ黙って立っているだけでも、「あの賢者の佇まいには、言葉以上のメッセージが込められている…… !」などと深読みされ、称賛の声が上がる始末。

 

そして、物語はクライマックスを迎え、王子と眠り姫はめでたく結ばれ、大団円。会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 

カーテンコール。

 

役者全員が舞台上に並び、観客の拍手に応える。 クラスメイトたちは皆、達成感に満ちた晴れやかな表情だ。

 

俺だけが、一人疲労困憊で、早くこの場から消え去りたいと願っていた。

 

しかし、なぜか、俺(賢者役)への拍手が一番大きい気がする。 主役の二人よりも、だ。

 

「(なんでだよ !?

俺、ほとんど仕事してねえぞ !?

ただ突っ立って、適当なこと呟いてただけだぞ!?)」

 

スポットライトを浴びながら、俺は顔を引きつらせるしかなかった。

終演後、楽屋は興奮の坩堝と化していた。

 

「藤崎さん ! あなたが賢者役で本当に良かった !

あなたの言葉があったから、この劇はただのおとぎ話じゃなく、深いテーマ性を持った作品になったのよ !」

 

小早川さんが、涙ながらに俺の手を握りしめて絶賛する。

 

「詩織、すごかったよ !

あの賢者のセリフ、俺、なんかすごく心に響いたんだ !」

 

御門も、興奮冷めやらぬ様子で俺に話しかけてくる。

 

「(だから、あれはただのオッサンの魂の叫びだっての…… !)」

 

さらに、どこで聞きつけたのか、他校の演劇部の生徒らしき集団が楽屋に押しかけてきて、

 

「あなたの演技に魂を揺さぶられました !

ぜひ我が校の演劇部にもご指導を !」

 

「あの深遠なる賢者の役作りについて、ぜひお話を伺いたいのですが !」

 

などと、熱烈なラブコールを送ってくる。

中には、色紙とペンを取り出し、俺にサインを求める猛者まで現れた。

 

「(勘弁してくれええええええ !

俺はただのしがないオッサンなんだ !

指導とか無理だし、サインなんて書いたことねえよ !)」

 

文化祭は終わった。

しかし、俺の「伝説の賢者」としての名声は、きらめき高校のみならず、近隣の高校にまで轟き渡ることになってしまったらしい。

 

「(もう俺の平穏はズタボロだ…完全に再起不能だ…)」

 

疲労困憊で家に帰り着いた俺は、ベッドに倒れ込みながら、深く深くため息をついた。

 

そして、今回の「名演」により、藤崎詩織の多才ぶり(と周囲は勘違いしている)に、御門や他のヒロインたちがさらに惹かれていくであろうことを予感し、新たな頭痛の種にうんざりするのだった。

 

 

俺の明日は、一体どっちなんだ……

 

 

 

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