藤崎詩織(中身オッサン)、平穏な独身ライフ所望します! ~伝説の樹の下で告白されても困るんですが!?~ 作:月影 流詩亜
私の記憶を頼りに書いているので、違和感がありましたらスミマセン。
あの
俺が演じた『森の賢者』は、なぜか校内外で「伝説の演技」として語り継がれ、俺、藤崎詩織(中身・山田一郎45歳、ただの疲れたオッサン)は、すっかり「ミステリアスでクール、運動も勉強もできて、おまけに文学的才能と演劇の才能まで兼ね備えた、底知れぬ魅力を持つ完璧超人」という、とんでもなくハードルの高いレッテルを貼られてしまった。
もう、どうしてこうなったのか、考えるのも面倒くさい。
当然、俺の周囲は以前にも増して騒がしくなった。廊下を歩けば好奇と尊敬の視線が突き刺さり、休み時間になれば俺の席の周りには「賢者の言葉の真意」を問いただそうとする文学青年や演劇少女たちが群がる。
俺の求める平穏なぼっちライフは、もはや蜃気楼の彼方に霞んで見えるぜ……
そんなある日の放課後。俺が文芸部の部室で、押し寄せるファン(?)から逃れるようにして窓の外を眺め、脳内で週末の競馬レースをシミュレーションしていると、遠慮がちに声をかけられた。
「あ、あの…藤崎詩織さん…… ?」
振り返ると、そこにいたのは他のクラスの虹野沙希だった。小柄で、大きな瞳が印象的な、いかにも健気で家庭的な雰囲気の少女だ。
手には可愛らしいラッピングが施された小箱を持っている。
「虹野さん、どうかしましたか ?」
できるだけ穏やかに、藤崎詩織らしい優等生の仮面を貼り付けて応対する。
「えっとね、これ…文化祭の時、藤崎さん、すごく頑張ってたから…よかったら、食べてください !」
そう言って彼女が差し出してきたのは、手作りのクッキーだった。ラッピングの隙間から、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
「(お、手作りか。律儀な子だなあ。だがな嬢ちゃん、俺は甘いもんより、どちらかというと塩っぱいもんの方が好みなんだが…特に酒の肴になるようなやつが……)」
そんなオッサン丸出しの本音は心の奥底に押し込め、俺はにっこりと微笑んで小箱を受け取った。
「まあ、ありがとうございます、虹野さん。
わざわざわたくしのために…嬉しいですわ」
「ううん ! 藤崎さんが喜んでくれたなら、私も嬉しいな !」
虹野は、はにかみながらも嬉しそうに笑う。
その純粋な笑顔に、ささくれ立った俺の心もほんの少しだけ癒されるような気がした。
……まあ、すぐに次の面倒事がやってくるんだろうがな、この世界では。
部室に戻り、早速クッキーを一枚頂いてみる。見た目は素朴な感じの、手作り感溢れるクッキーだ。一口かじると、優しい甘さが口の中に広がった。
「(ふむ…悪くはねえな。だが、ちょっと甘さがストレートすぎるか ?
もう少しバターを効かせてコクを出すとか、隠し味に塩をひとつまみ入れるとかすれば、もっと味が引き締まるんだがな…これは紅茶より、牛乳と一緒に食べたいタイプのクッキーだな)」
そんな、前世で数々のコンビニスイーツを食い散らかしてきたオッサンの、的確かつ余計な分析が頭をよぎる。
ちょうどそこへ、虹野が
「どうだったかな…?」
と不安そうな顔で俺の様子を
「(しまった、正直な感想を言ったら傷つけるか… ? いや、でもお世辞もなあ…)」
一瞬迷った末、俺はできるだけオブラートに包んだ(つもり)の表現を選んだ。
「ええ、とても…素朴な味わいで、虹野さんの温かいお気持ちが伝わってくるような、素敵なクッキーですわ」
我ながら、無難かつ当たり障りのないコメントだ。これなら角も立たまい。
しかし、虹野は俺の言葉を聞いて、一瞬きょとんとした後、なぜかパアッと顔を輝かせたのだ。
「そ、素朴…… !
そうか、私のクッキーはまだ、素朴なだけなのね… !
藤崎さん、ありがとう ! 私、もっともっと頑張って、藤崎さんに『本当に美味しい!』って心から言ってもらえるような、洗練されたお菓子を作れるようになるね !」
そう言って、彼女は新たな闘志に燃えたようなキラキラした瞳で、ぶんぶんと拳を握りしめている。
「(え… ? いや、そういう意味じゃなくてだな…… ? 素朴っていうのは、その、決して悪い意味じゃなくて、むしろ家庭的で良いねって褒めたつもりなんだが… ?
なんでそんなハングリー精神刺激しちゃってんの…… ?)」
俺の意図とは全く違う方向に、虹野の料理への情熱は加速してしまったらしい。
この調子だと、次は何やらとんでもない創作料理を差し入れられそうな嫌な予感がする。
俺の胃袋は、果たしてそれに耐えられるのだろうか……
また別の日。珍しく部活動もなく、早めに下校していた時のことだ。駅へ向かう道すがら、路地裏の方から何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「(ん…… ? なんだか騒がしいな…面倒事じゃなきゃいいが…)」
そう思いつつも、無視するわけにもいかず、恐る恐る路地裏を覗き込むと、そこには他のクラスの古式ゆかりが、見るからに柄の悪いチンピラ風の男二人に絡まれている姿があった。
古式は、おっとりとしたお嬢様で、見るからにこういうトラブルには慣れていなさそうだ。
顔面蒼白で、今にも泣き出しそうになっている。
「(うわあ…王道すぎるだろ、この展開…見て見ぬフリしたいのは山々だが、さすがにこの状況はマズいよな…藤崎詩織なら、どうする…… ?)」
一瞬逡巡したが、俺の中のなけなしの正義感(というより、後で面倒なことになりたくないという保身の気持ち)が勝った。
俺は、意を決してチンピラたちの前に立ちはだかった。
「そこの方々、わたくしの友人に何かご用でしょうか ?」
できるだけ冷静に、しかし有無を言わせぬ威圧感を込めて(つもりで)声をかける。
チンピラたちは、いきなり現れた美少女(俺)に一瞬面食らったようだが、すぐにニヤニヤと下品な笑みを浮かべてきた。
「おっと、なんだ嬢ちゃん。 このお嬢ちゃんのダチか ?
ちょっと遊んでるだけだよ、なあ ?」
「(遊びねぇ…どう見てもカツアゲかナンパだろうが、このクソガキどもが……)」
内心で毒づきながらも、俺は冷静に対処法を考える。
この藤崎詩織の身体は、運動神経こそ抜群だが、いかんせん
「(ここは、オッサンの知恵とハッタリで勝負だ !)」
俺は、前世で酔っ払った上司や、しつこい訪問販売員を撃退した時の経験を総動員した。
まず、相手の目を真っ直ぐに見据え、できるだけ低い声で(それでもソプラノだが)言い放つ。
「わたくしどもの行く手を阻むというのであれば、それ相応の覚悟がおありなのでしょうね ?
こちらとて、黙って引き下がるつもりはございませんことよ ?」
そして、詩織の長い手足を活かして、まるで武道の達人のように(見えなくもないような)構えを取ってみせる。
もちろん、ただのハッタリだ。実際には、ラジオ体操くらいしかまともにできない。
チンピラたちは、俺の予想外の啖呵と、妙な迫力に一瞬怯んだようだ。だが、すぐに「なんだ、口だけかよ、このアマ!」と息を吹き返してきた。
「(ちっ、ハッタリだけじゃダメか…… !
ならば、最終手段だ !)」
俺は、懐からスマホを取り出し、110番を押すフリをしながら大声で叫んだ。
「もしもし警察ですか !?
きらめき町の路地裏で、不審な男二名に女子高生が襲われています !
至急応援をお願いします !」
もちろん、実際にはまだ通話ボタンは押していない。 だが、この芝居がかった大声と、「警察」というワードは効果覿面だったらしい。
チンピラたちは「げっ!マズい!」「ずらかるぞ!」と慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「(ふう…なんとかなったか…我ながら、なかなかの演技力だったぜ…これも文化祭の成果か…… ?)」
安堵のため息をついていると、背後から古式が駆け寄ってきた。彼女は目に涙をいっぱい溜めて、俺の手を握りしめてきた。
「藤崎様… ! わたくしのために…… !
なんてお強く、お勇ましいのでしょう !
まるで、わたくしを守る騎士のようでしたわ…… !」
「(いやいやいや、騎士とか大袈裟だっての…ただ大声出して脅かしただけだから……)」
「わたくし、藤崎様のような立派なレディになるために、もっともっと強くならなければと、心に誓いましたわ !」
「(だから、強くなる方向性がちょっと違う気がするんだが…)」
俺は、感激で打ち震える古式に対し、できるだけ現実的な(つまりオッサン的な)アドバイスを送ることにした。
「古式さん、世の中、ああいう手合いは残念ながらゴロゴロいますからね。
自分の身は自分で守らないと。まずは防犯ブザーを常に携帯すること。 それから、いざという時のために、護身用の催涙スプレーとかスタンガンとか…まあ、スタンガンはちょっとやりすぎかもしれませんけど、とにかく油断大敵ですわよ ?」
俺のあまりにもガチな護身術講座に、古式は一瞬ポカンとした顔をしたが、すぐに…
「藤崎様は…わたくしの安全をそこまで真剣に考えてくださるのですね…… !
わかりましたわ ! 早速、護身用品を揃えますわ !」
と、なぜかさらに目を輝かせ、俺への崇拝の念を深めてしまったようだ。
……俺はただ、自分の身に降りかかる面倒事を減らしたいだけなんだがな。
そして、季節は少しずつ移り変わり、肌寒さを感じるようになった秋の日のこと。
俺は、校門の前で
彼女は、きらめき高校でも一二を争うセクシー系の美少女で、いつも周囲の男子生徒たちの熱い視線を集めている。
その日も、彼女は体にフィットした薄手のニットにミニスカートという、見ているこっちが風邪を引きそうな出で立ちで、
「(おいおい嬢ちゃん、いくら若いからって、そんな薄着で大丈夫かよ…芸術のためなら裸も厭わん、みたいな女優根性かもしれんが、見てるこっちが寒いわ……)」
俺の中のオッサン魂が、彼女の健康を本気で心配し始める。昔、オフクロが口を酸っぱくして言ってたもんだ。「女は体を冷やしちゃいけねえ」ってな。
気づけば俺は、自分の首に巻いていたマフラーを外し、鏡に近づいていた。
「鏡さん」
「……あら、藤崎さんじゃない。何か用かしら ?」
鏡は、少し意外そうな顔で俺を見た。
「いえ、別に用というわけではないのですが……
その格好、少し寒そうではありませんこと ?
風邪でも召されたら大変ですわ。よろしければ、これをお使いになって ?」
そう言って、俺は自分のマフラーを、有無を言わさず鏡の首に無造作に巻き付けた。香水の匂いと、俺のオッサン臭(詩織の体だから大丈夫だとは思うが)が混じらないことを祈るばかりだ。
鏡は、突然の俺の行動に一瞬固まっていたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「…フン、余計なお世話よ。 わたくしはこれくらい平気ですわ。……でも、まあ、せっかくですから、ありがたく使わせていただきますわ」
そう言いながらも、彼女の頬がほんのり赤らんでいるのを、俺は見逃さなかった。そして、ポツリと呟いた言葉も。
「……あなたのお母様は、良いことをおっしゃるのね」
「(え…? なんでオフクロの話だって分かったんだ… ? 俺、そんなこと一言も言ってねえぞ…?)」
どうやら俺のオッサン的気遣いは、鏡の心の奥深くにまで届いてしまったらしい。
というか、俺の思考がダダ漏れなのか、この世界は ?
こうして、俺の「良かれと思ってやっただけ」の行動は、ことごとくヒロインたちの心に、本人も意図しない形で様々な(そして主に好意的な)波紋を広げていくのだった。
虹野は俺の言葉を励みに(勘違いして)料理の腕を磨き、古式は俺の勇姿に(勘違いして)護身術への関心を高め、鏡は俺の気遣いに(勘違いして)新たな感情を抱き始めている。
「(俺はただ、普通に親切にしてるだけなんだが…なんでこんなに大袈裟に受け取られたり、深読みされたりするんだ… ?
女心ってのは、オッサンには難解すぎるぜ…)」
俺の知らないところで、彼女たちの俺に対する好感度メーターが、ぐんぐん上昇していることなど、今の俺には知る由もなかった。
ただ、なんとなく、俺の平穏な日々が、さらに遠のいていくような嫌な予感だけは、日に日に強くなっていくのだった。