(1)穴に落ちる理由
「うわああ!」
落とし穴に善法寺伊作が落ちる。
「伊作ー!」
食満留三郎が同室の伊作を助けに走る。
忍術学園では見慣れた光景だ。
「おやまあ、また伊作先輩ですか」
踏鋤を持った綾部喜八郎も、様子を見にやってきた。
「綾部喜八郎!落とし穴を掘るのはいい加減にしないか!伊作が穴に落ちるの、これで何回目だと思ってるんだ!」
「そんなこと言われましても、僕の穴掘りは禁止されていませんし」
「掘る数にも限度があると言っているんだ!誰が埋め戻してると思ってる!」
綾部に日頃の鬱憤をぶつけながら、留三郎は穴に手を差し入れる。
すぐに手は掴まれた。そして一気に引き上げる。
「ごめんよ留三郎、僕が不甲斐ないばかりに」
引き上げられた伊作は、土にまみれた顔で苦笑する。
「そんなことはない」
留三郎は伊作に笑いかけると、立っていた綾部に厳しい顔を向ける。
「綾部!百歩譲って落とし穴を掘るのはいい。だが、罠の目印を置いていないのはさすがに危険だ。今回は伊作だったが、下級生や来客が落ちたらどうする」
「お言葉ですけど、目印は置いてました」
留三郎と伊作はあたりを見回す。
伊作が運んでいた荷物が散らばっているが、それ以外の罠の目印はない。この期に及んで言い訳をするというのなら、許しがたい。
「ないじゃないか」
「昨日作ったときに葉っぱで作った目印を置いてたんですー。風で飛ばされちゃったのかもしれません」
綾部はまったく悪びれる様子がない。
「そんなすぐにどこかいくようなものを目印にするな!」
「でしたら目印がなくなる前に、誰か落ちて下さいよ。食満先輩でもいいですけど」
「誰が後輩の作った罠に落ちるか!」
「留三郎、それは僕に刺さるよ……」
「す、すまん伊作」
「なんの騒ぎだ」
一つに結んだ髪をなびかせて、立花仙蔵が姿を現した。
ふくれっ面の綾部、土汚れのついた伊作、散らばっている荷物に、憤りの表情の留三郎。
仙蔵は瞬時に状況を理解した。
「なにがあったかは察したが、一応それぞれの言い分を聞いておこう。喜八郎、申し開きは?」
「……昨日の夜は風が強かったので、葉っぱでできた目印は確かに飛んでしまって分からなくなりました。それは僕の誤算です」
「なるほど、伊作と留三郎の方は?」
「そんなに深くはなかったし、怪我もないよ。ただ、忍術学園の敷地に掘るなら、目印は風で飛びにくいものを使ってくれると嬉しいな」
「……伊作の意見と同じだ。こいつが怪我をしていないならいい。それに、こういう穴の埋め戻しは用具委員会での管轄でもあるから、早期に発見して対処できなかった俺の落ち度でもある。だが、目印がないと回避も対処もしようがない。ここはやっとくから、葉っぱの目印を置いた罠、今日中に目印を置き直すか、全部解除してこい」
「話はついたな」
仙蔵はつぶやくと、綾部の方を見やった。
「伊作と留三郎の要求は筋が通っていると私は思うが、どうする?」
「……新しい目印置きに行ってきます。今度は石にします」
「だそうだ。……うちのところの後輩が、悪かったな」
「立花先輩が謝ることではありません、僕が目印に気を回せなかっただけです」
「喜八郎、謝る相手が違うだろう」
「……伊作先輩、食満先輩、すみませんでした」
「ううん、いいよ。不運だったけど落ちたのは僕だけだし、幸運だった」
綾部は怪訝な顔をした。
だが意味を問う前に、仙蔵が綾部の肩を叩く。
「ほら、もう行け。喜八郎のことだ、相当な数の罠を設置しただろう。急がないと、明るいうちに対処できなくなるぞ」
「……はーい。それでは先輩方、失礼します」
ぺこりと頭を下げ、綾部はその場を小走りで去っていった。
「悪い伊作、用具倉庫に道具を取りに行ってくる」
「うん、埋め戻さないといけないもんね」
「……手伝おう」
仙蔵はその場に留まり、伊作の荷物を拾い始める。留三郎は安堵した表情で、その場を後にした。
「ありがとう、仙蔵」
伊作に変わった様子はない。
「……あまり、妙なことを口走るな」
仙蔵が作業を続けながら、伊作にだけ聞こえる声で、苦言を呈した。
伊作は手を止める。
「……でも、紛れもなく僕の本心だよ」
保健委員長の手の甲にはかすり傷があった。
「留三郎にも、他の誰にも、僕の不運に巻き込まれて欲しくはないからね」