伊作はぽかんとしていた。
山田先生と土井先生は絶句している。
学園長先生は落ち着き払っていた。
幻術使いたち二人は、無表情で座っていた。
「学園長!いきなりなにを言い出すんです!幻術使いの出前授業を入れたかと思えば、伊作に向かって呪いだなんて!」
抗議の声をあげた土井先生は、山田先生から静かにおさえられていた。
「半助、おさえろ!教えただろう、一年生を対象に果報行者殿に幻術の才がある者がいるかどうか、見立ててもらっていると」
「しかし、例年学年に一人いるかいないかで、いないことのほうが多いと!」
「果報行者はわしの古い知り合いじゃ。幻術の世界で右に出る者はおらん。土井先生も、果報行者の幻術が本物であるとわかってはいるだろう?」
土井先生は、言い返さなかった。
「果報行者殿、せめて、もう少し詳しく教えていただけませんか」
山田先生が、つとめて冷静に要請した。
「我々教職員に、幻術を得意としている者はおりません。今の在校生にも幻術使いはいない。我々には幻術に関しての知見が圧倒的に足りんのです」
「そうじゃな、山田先生の言うとうりじゃ」
学園長先生に促され、果報行者は口を開いた。
「我々は、大川平次渦正殿の依頼を受けて、一年生を対象に幻術の才がある者がいるかどうかを見立てている。該当者がいた場合は、持っている能力に応じて、力を鍛えるようにしている。しかし、彼の不運は、わしも今までみたことがない珍しいものだ。決して自然のものではないが、幻術であるとも言い切れない」
「伊作の不運が自然のものではないという根拠は」
「見る者が見れば分かります」
初めて幻術使いの弟子が口を開いた。
「強い力を持った幻術使いは、同胞の存在を感じ取ることができる。不肖ながら、私は一年生の中の誰かが力を持っているくらいしか感じ取れませんが、師匠は、誰がどんな力を持つか、ある程度まで把握することが可能です」
「……つまり、果報行者殿たちの主観であると」
「山田先生、客観的な判断材料もある。新野先生の記録じゃ」
学園長先生が口を挟んだ。
「一年は組の負傷率は、直近の一年生と比べて高い。そして気にかかるのが二年生以上の保健体育委員の怪我。個々人の医務室利用回数も、伊作が来てからは全員増えておる」
「……では、伊作の不運が特別なものだとしましょう。これはどのように向き合っていけばよいのですか」
「わしにもわからん」
さらりと答えた果報行者に、土井先生が立ち上がった。
弟子が無言で錫杖を向けた。
「やめんか馬鹿者」
「土井先生も、座って」
両者は素直に矛をおさめる。
「語弊があったことを詫びよう。わしが幻術を鍛えた者は、みな『力を使おうと思って使う』という共通点があった。一方で、伊作は無意識のうちに不運が発動している。この二つは全く違う。忍術で言えば、そうだな。手裏剣を打つ練習をするのと、勝手に動き回る手裏剣をどうにかするのとの違いといえばよい。勝手に動き回る手裏剣が君の不運というわけだ。手裏剣なら、上から箱をかぶせてしまえばよいが、不運はどうすればよいか。どうだろう、一緒に考えさせてはくれんか?」
伊作はゆっくりうなずいた。
自分の不運が、なにかを引き起こそうとするのは嫌だった。
「はい。……僕は、どうしたらいいですか」
「そうじゃなあ。不運に見舞われなかった日は、直前にどうしていたか、知りたいのう」
「……そういえば、長次の傷を治療した後は、しばらく不運がありませんでした。なんとなく、人にいいことをしたり、助けたりしたあとは転ぶことも少なかったんですけど、友達が鍛錬をしていて、顔によく傷をつくって、手当をしたらしばらくは不運がありませんでした」
「山田先生」
土井先生と山田先生の前には、いつのまにか記録があった。
医務室の利用記録と、授業の記録かもしれない。
「伊作の言うことは一致している。確かに長次の手当をした後は、は組もみんなも、伊作の手裏剣もしっかりと的に当たっている。怪我人もない」
「……徳を積むのがよいじゃろうな」
果報行者が言った。
「さきほどは手裏剣に例えたが、水がめと考えたほうがよいかもしれん。おそらくこの子の不運は、時間経過とともに力が溜まっていき、一定程度溜まったらあふれ、不運が発動するのじゃろう。現状推測できるのは、徳を積むことで力が溜まるのを遅らせる。つまり不運を先送りできる可能性がある、ということくらいじゃのお」
「そんな……」
「伊作、保健体育委員会の仕事はどうじゃ?」
「とても、やりがいがあります。誰かを助ける力になれる。こんなに嬉しいことはありません」
「本人のやる気もある。よっぽどの理由がなければ、医務室で手当てをさせたほうがいいでしょう。徳を積む、わかりやすい行いですから」
「……伊作、他の委員会に入れなくなるかもしれないが、いいか?」
土井先生が、最終確認をしてくれる。
伊作はためらわずに答えた。
「大丈夫、僕、ずっと保健体育委員で保健の仕事をしたいです!」
その言葉に嘘偽りはなかった。
いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしたかった。
ただそれだけだった。
「いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりに」は聖書の一節を参考にしています。