「私たちが入学したときは、委員会は年三回、学期ごとに改選する決まりだった。同じ委員会を選んでもいいが、下級生のうちは様々な委員会を経験し、いずれは自分が率いることになる委員会を選ぶという風潮だった。当時の委員会は七つ。学級、保健体育、用具、火薬、生物、図書、会計だった。――当時は保健と体育は一つだった。ただ、今の保健委員と体育委員が行う仕事に分かれていた。保健体育は保健係と体育係に分かれるので最低二名、用具は人が余れば優先的に二名選出することになっていた。私は体力的なことを考え、図書委員を選んだ。そこで同じく図書委員となった長次と仲良くなった。文次郎は保健体育委員会体育係を選び、そこで同じ委員に入った小平太や留三郎と接する機会を得た。伊作は保健体育委員会保健係。全員希望の委員会に入った。組は違うが、同室から話を聞くうちに興味がわいてきて、休みの日に共に遊びはじめた。委員会をきっかけに、私たちは六人でつるむようになった」
仙蔵は遠い目をしていた。
喜八郎は口を挟まず、黙って聞いていた。
「委員会活動をするようになってすぐ、保険体育委員会が軽い怪我をするようになった。穴に落ちたり、飛んできた物に当たったりする。一年生が中心だったが、先輩方も被害にあっているようだった。当時は保健体育委員会が注意力散漫であったと言われた。大事には至らなかったが、そんな不運は続いた。そのうちに、『保健体育委員会の不運』なんて言われるようになった。そのころから、文次郎と留三郎は、不運でこさえた怪我を互いに馬鹿にして、喧嘩をして、また怪我を増やして、先生や先輩によく怒られていたよ」
仙蔵は少しの間黙った。
「……今の体育委員会が、校外マラソンに繰り出しているのは知っているな?」
「はい。七松先輩にみんなついていくのが精いっぱいそうなやつですよね」
「そうだ。普通に考えれば、上級生と下級生で能力に差異がある。走るコースも、それぞれに見合ったものにするほうがいい。実際、私が一年生のときは、上級生と下級生でコースが違った」
「……今の運用になったのは、不運が関係しているとでも?」
「そうだ」
仙蔵は短く息を吐いた。
「『保健体育委員会校外マラソン事故』。一年生から三年生の保健体育委員会で行っていた校外マラソンにおいて、落石事故が発生した。ちょうど集団で走っていたところに直撃した。主に一年生が巻き込まれた。無事だった二年生と三年生は二班に別れ、救助・手当を担当する者は残り、救援要請をしにいく者は学園へと走った。
だが、救援要請班は道中で賊と接敵。一部が深手を負い、その後死亡した。なんとか学園にたどりついた者が呼んだ救援が来たが、手当が間に合わなかった者は死亡した。同級のい組保健と、ろ組保健はこのとき死んだ」
喜八郎がひゅっと息を吐いた。
「……四年生から六年生は」
「負荷をかけるためより遠い距離を走っていた。ちなみに当時の一から三年生が走っていたのは裏山や裏々山までだ。学園に近い場所で、賊が出るわけはないという認識だった。この件以降、体育委員の校外マラソンは全学年合同で行われることになった。なにかあれば、最上級生を中心に、下級生を守れるように」