伊作が不運で死なない理由   作:香枝ゆき

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(18)荒れた予算会議の理由

「……一年の冬休み後、三学期。委員会改選があった。私は引き続き火薬に入った。小平太も引き続き体育委員。長次は火薬に、文次郎と留三郎は用具に入った。

三学期になっても火薬庫再建作業は続いていた。火薬委員会は相変わらず火薬庫再建作業が主業務だった。勉強会はかろうじて許可されていたが、再建作業を最優先する以上、火薬の在庫管理ぐらいしか仕事がなかった。それしか許されなかったし、手を出せる範囲としてもそこまでしか無理だった。

……自分で言うのもなんだが、私は特に火薬に詳しい先輩にかわいがられた。得難い経験をさせてもらったよ。……他の奴らが委員会を決めた理由だが。長次は火薬庫の再建に力を貸したいと思ったからだそうだ。文次郎、留三郎も火薬庫の再建が早くされれば伊作への後ろ指もなくなると思い、立候補したと言っていた。文次郎は、火薬庫再建は力仕事になると予想されたので鍛錬にもなる、という考えも持っていたらしいがな。伊作は相変わらず保健委員だった」

仙蔵は部屋の空いた部分を見やる。地獄の会計委員長、潮江文次郎のスペースだ。

委員会が長引いているのか、戻ってくる気配はない。

「三学期前半、相変わらず、小さな不運は伊作や留三郎や保健委員にかかった。だが、目立つものはなかった。だからあれは不運と言っていいか分からないのだが」

仙蔵は、一旦言葉を切る。そして喜八郎から目をそらしたまま言った。

「私たちが初めて経験した予算会議は、それはもうひどいものだった」

愁いを帯びた横顔は、話の内容に見合わず、ひどく美しかった。

 

「……十年に一度起きるかどうかの『大荒れの予算会議』だった。私たちが一年生のときの三学期。予算会議で火薬委員会の予算がゼロとなった。火薬委員長が理由を問いただすも、会計委員長からはゼロ回答だった。

『火薬自体は授業で使うから、学園の経費で購入はされる。授業に支障はない。よって問題はない』。会計委員会の主張は到底受け入れられなかった。折衝終了を告げられ、退席を求められたが、我々は拒否した。

火薬委員会は委員会活動の一環として、火器・火薬の研究開発を行うんだが、そのための費用を削られた。授業で使う火薬と研究開発するための火薬は完全に別口だ。予算がないと研究開発はできない。委員会活動の柱が絶たれる。ましてや火薬庫は一度爆発したから、今までの試作品は残っていない。先輩方が覚えている限りの調合や設計図を改めて書き残したが、ああいうのは現物を作って分かることもある。机上の空論では火薬委員会の意義がない。火薬委員会は一丸となって主張した。私と長次もだ。

火薬委員の話を黙って聞いていた会計委員長は、改めて、予算ゼロを突き付けてきた。

「『あえて控えていたが、おまえたちは言われないと分からないようだから理由を言う。二学期に火薬庫爆発事件が起き、再建費用で臨時の支出があった。発端は当時の火薬委員が持っていた火種。よって再建費用の一部として、火薬委員会に支払われるはずだった予算を充てる』。その言葉を聞いた途端、火薬委員長は激高した」

仙蔵は目を閉じた。

「あまりにもひどい言葉だったのだろう。私と長次の耳を、年の近い先輩たちがふさいだ。ここまでのやりとりは舌戦だったが、ついに火薬委員会の上級生が抗議を示すため武力行使に出た。会計委員も応戦した。私たちについていた先輩たちも加勢に入った。……そのとき会計委員長が言った。『文句は火薬庫を爆発させた奴に言え』と。恐らくその言葉で、火薬委員長と、火薬委員長の座を引き継ぐはずだった先輩の堪忍袋の緒が切れた」

そこまで言って、仙蔵は喜八郎の目を見据えた。

「火薬委員会委員長は『発端は一年は組の保健委員が転んだせいだ』と主張した。そのときも、予算会議は生徒総出で参加していた。火薬委員長が言及したのが誰か分かる者は、反射的に伊作の方を見た。それで十分だった」

喜八郎は、次の瞬間なにが起きたか予想はできていた。それでも、聞かねばならないと思った。

立花先輩は、伝えると同時にどうにもならない過去を吐き出している。

「――次期火薬委員長となるはずだった先輩が、伊作に向かって宝禄火矢を投げた」

仙蔵は淡々と続ける。

「その先輩は当時五年生で、得意武器は火器・火薬だった。翌年からの火薬委員会の決まりに引っかかり、火薬委員長にはなれなくなった。自主退学した一年の火薬委員のこともかわいがっていた。……当時の保健委員はあまりにも飛んできた物に当たるから、回避能力が上がっていてな。投げられた宝禄火矢を視認した瞬間、全員ばらばらに逃げた。伊作は一瞬遅れて、逃げようとして、転んだ」

善法寺伊作は今六年生として在籍している。

この現実がある以上無事だったのだろうが、不運に付きまとわれている先輩はどうやって切り抜けたのか。

「用具委員として参加していた留三郎が、走って伊作のそばまで行った。一緒に逃げようとしたが到底間に合わない。そんなときに、小平太が、持っていたバレーボールを宝禄火矢に当てた。寸前のところで軌道がそれ、宝禄火矢は空中で爆発した。

爆風が消え、誰もが動けないでいるなか、宝禄火矢を投げた先輩は言った。

『あいつが火薬庫の前で転ばなければ火薬委員会はこんなことにならなかった』と。その言葉で、火薬委員の自制心が壊れた」

仙蔵は顔を喜八郎に向けた。二人の目が合った。

「火薬委員会は私と長次を除き、伊作に向かって攻撃を始めた。幸いにも、二人に怪我はなかった。が、伊作は先輩から言葉を投げつけられて、打ちのめされたようで動けないようだった。先に留三郎が動けるようになり、持っていた飛び道具で応戦し始めた。小平太、文次郎も留三郎の援護にまわった。――火薬庫爆発事件のことは、在学生には知れ渡っていた。大多数の人間が、火薬委員会に同情的だった。その証拠として、一年生を攻撃するというあるまじき行為があったというのに、その場にいた上級生たちの誰もが判断を迷い、遅れた」

仙蔵は自嘲気味に笑った。

「……かくいう私も判断が遅れた一人だ。伊作が悪いわけではない。不運が発動したのが悪い。それでも、どこかで火薬委員の仲間をなくし、委員会の枠組みが変わり、今後の活動に軌道修正が必要になった原因は、伊作であるという考えをしてしまっていた。

それなりに仲が良かった私でさえこうなのだ。同じ組である一年は組は、留三郎以外、誰も伊作を助けにいかなかった。なかには火薬委員と共に伊作に攻撃する奴だっていた。私は長次に肩を叩かれ、我に返り、長次と一緒に伊作のそばに駆け寄った。私と長次は泣きながら、共に活動した委員会の先輩に向かって、やめてほしいと言い、それでもやまない攻撃に対して宝禄火矢を投げた」

ゆらゆらと部屋の明かりが揺れる。

「そのとき火薬委員会に向かって、思い切り水がぶちまけられた。――予算会議は生徒主体だ。有事の際は学級委員長委員会が場をおさめる。だが自分たちでできる範囲を超えていたからだろう。いち早く正気になった学級委員長委員会が、助けを求めに職員室へ走った。その年の予算会議は教職員が介入し、一旦停止。後日改めて、会計委員と各委員会の上級生のみで再度予算会議が行われた。そこからもいろいろあったが、正直この予算会議の件は、これ以上話したくない。」

 

 

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