「伊作先輩、聞きたいことがあるんですけど〜」
「なんだい、伏木蔵」
夜の医務室で、鶴町伏木蔵は保健委員長に声をかけた。
現在は、夜間の保健委員当番中。
暗がりの中でともる火を頼りに、二人は包帯づくりに勤しんでいた。
上級生が夜間実習を行う際、保健委員は万一に備えて医務室に詰めておく。
基本は実習に当たっていない保健委員の上級生が詰めるが、保健委員会は上級生の層が薄い。伊作の次に指揮をとれるのは三年生の三反田数馬。次に二年の川西左近。そして一年の鶴町伏木蔵と猪名寺乱太郎が続く。
伊作は将来のため、下級生にも夜間当番を経験してもらっていた。
今日は伏木蔵と乱太郎の番だった。
「伊作先輩は、どうして六年連続保健委員に立候補したんですかー?」
乱太郎は部屋の隅で寝息を立てている。
まだ十歳の一年生に、通しでの夜間当番をさせると次の日に差し支える。
片方が起きている間もう片方は寝てもらうことにして、徐々に慣れて貰おうという腹だった。
起きている伏木蔵は眠そうな様子を全く見せず、むしろ好奇心ゆえに目が冴えているようだ。
「どうしてそんなこと聞くんだい?」
「だって、委員会は一度入ったら六年間固定ってわけじゃないんですよね?他の委員会を選ばなかったのはどうしてかな〜って、ふと思ったんですー」
「はは、伏木蔵が保健委員に嫌気がさして、他の委員会に行きたくなったんじゃないかって焦ったよ」
「そういうわけではないんです〜。保健委員の仕事、気に入ってますし。でも、保健委員会は不運委員会って言われてるのに、そこに六年いる理由はなにかな〜って、すっごく気になります」
伏木蔵がどこまで知っているかはわからないが、保健委員はほぼ生え抜きだ。
忍術学園で所属する委員会は、定期的に所属希望を決めることができる。委員会を変わることは可能だが、保健委員に中途で入ってくる生徒はほぼいない。
現実問題として、保健委員は他の委員会よりシビアな一面がある。医療知識を求められるため、下級生のうちに経験を積んでおかないと生え抜きの後輩よりも処置がうまくできず、上級生の面子がつぶれやすい。
上下関係がしっかりしている忍術学園において、高学年になってから初めて保健委員を務めるのは他の委員会に比べてハードルが高い。
保健委員会から出る者はいても、入る者がいないのだ。
恐らく新入生が入らない限り、新しい保健委員は来ない。
ありがたいことに、三年の数馬も、二年の左近も、ずっと保険委員を続けている。
次の春には数馬が保健委員長代理になるだろう。
彼らの心の内はわからないが、伊作が保健委員を続けているのには理由がある。
「僕に向いているからだよ」
笑顔で言うと、伏木蔵は首を傾げた。
「伊作先輩って、家族にお医者さんがいるんですかー?」
「そういうわけではないけどね」
いつの間にか止まっていた手を動かす。
「さあ、医務室が平和なうちに、たくさん包帯を作っておこう!五年生の実習、きっとうまくいくけど万が一のことが起きないとは限らないからね」
伏木蔵はゆっくりと手を動かす。
――包帯の在庫の減りが、早かった。
医務室の利用者記録を確認しても、計算が合わない。
「伊作先輩って、もしかして不運が重なって、自分の手当に包帯を使いましたー?」
保健委員会は不運な生徒が集まってくる、という俗説も昔からある。穴に落ちたり飛んできた物に当たったりすることは、保健委員なら委員長を筆頭に誰もが経験している。
そういう時は、自前で処置をするので、利用者記録には残らない。
「いや、今日も穴に落ちたけど、包帯を使うほどじゃなかったよ。どうして?」
「……包帯の減りが早くてー。みんなが補充したんですかね〜」
また、保健委員は各自応急処置セットを携帯している。自分が不運で怪我をしたら、大体はそこから必要数を出して、減ったら医務室の在庫から補充する。
みんなが一斉に補充した可能性。可能性は低いが、なくはない。
「いや、最近補充しに来た子はいないよ?」
伏木蔵はぞくりとした。
スリルとサスペンス。
「伊作先輩ー。ではどうして、包帯がこんなに早くなくなるんですか?このまえ作ったばかりなのに、数が合いませんー」
「あれ、留三郎と文次郎のいつもの勝負に使ったやつが抜けてるのかな?」
「食満先輩と潮江先輩の記録は特にきっちりとつけるようにと新野先生に厳命されてますー。勝負の度にあのお二人に使われる医務室の備品量を可視化しなければならない、と会計委員会顧問の安藤夏之丞先生から言われましたしー。……それに、在庫確認は保健委員長の伊作先輩がチェックされてるじゃないですかー」
二人の手は止まっていた。
部屋には乱太郎の寝息がかすかに聞こえていた。
「包帯、どこにいったんですか?」
伏木蔵の目を、伊作はしっかりと見据えた。
「このまえの休みに、合戦場で使ったんだ」