動悸がする。
動揺を悟られないようにしろ。忍びであれば、簡単なことだろう。
喜八郎は己を鼓舞する。
願わくば、導き出した答えが間違いであるように。
そんな希望的観測を持ち、話の続きを待った。
やや間があった。仙蔵は後輩を慮るかのように。瞳はもうやめるかと言いたげだった。
喜八郎は沈黙をもって、降りないことを主張した。
息を吐き、吸い込む音がした。
「――その場は大混乱となった。幻術使いの師匠が、お得意の術を使った。学園長は伊作を担ぎ、幻術使いが試作品を回収し、骸骨を持ってその場から離脱した。学園に戻り、骸骨は間違いなく功徳行者であることを確認した。そして幻術使いの師匠と、学園長先生は、伊作の不運が制御不可能なものであると悟った」
仙蔵が目を閉じる。
言い難いことをいうように。
「喜八郎も薄々気付いているかもしれないが、伊作の部屋にあるこーちゃんが、骸骨になった功徳行者だ」
喜八郎も目を閉じた。
安直な名づけだなどと軽口をたたく雰囲気ではなかった。
骨格標本が長屋の部屋にある時点で、善法寺伊作の委員会活動の入れ込みようは、頭一つ抜けている。けれどまあ、学外で治療を行うような狂気の保健委員長であるからさもありなん。
忍術学園にはバレーボールやホイッスルをはじめ、学園の外では見ないような便利な道具がそこかしこで使われている。
骨格標本もそういったものの一部だろう。
少なくとも喜八郎はそう思っていたし、似たような見解だからこそ、誰もがこーちゃんのことを受け入れているのだと考えていた。
目を開けた時、すでに相対する先輩はいつもとかわらないような表情をつくっていた。
「人の骨を、自分の、部屋に置く?しかも同室がいるのに?」
忍者のたまごである以上、人の死に直面することはある。合戦場まで出向く場合は、死体のそばで食事をすることもある。
それでも、自分が関わって、死ぬことになった人の骨を、部屋に置くのは。
こーちゃんについて誰もなにも言わないのは、みんなが受け入れているのは。
「……どうして」
うつむきながら声を絞り出す。
わからない。わからない。あの先輩のことがわからない。
「喜八郎」
尊敬する先輩の声で、意識を戻す。
こちらを心配そうに見つめる瞳を見て、自分の感情は持ってもいいものだったのだと安堵する。
「伊作が功徳行者のことをこーちゃんと呼び、大事にしている理由は、実のところ我々にも分からない。少なくとも、こーちゃんが功徳行者であると伊作は認識していない。自分の不運が直接人を殺す場面を見て記憶が混濁したのか、あるいは死の間際に功徳行者が力を使ったのか。少なくとも、学園は伊作に功徳行者のことを説明するのはやめた。だから喜八郎、こーちゃんのことは、伊作には深く聞くな」
「……それにしたって、どうして置くことが許されてるんですか。幻術使いの師匠だって。弟子が死んだら骨くらい拾って埋葬するでしょうに」
「理由は二つある」
仙蔵は細長い指を二本立てた。
「一つは戒めのため。忍術学園に留め置くことで、二度と不運を利用して同じことを繰り返さないようにしたいということだ。
もう一つは現実的な理由として。果報行者の見立てによれば、こーちゃんはある程度、伊作の不運を抑え込んでくれる効果があるらしい。原理は不明だが、そういうことならと、骨格標本のこーちゃんとして長屋の伊作の部屋に置かれることになった」
忍たま長屋は相部屋が原則だ。一たび同じ組の誰かと同室になれば、滅多なことでは離れない。
「食満先輩は、嫌がらなかったんですか」
新学期に登校したら部屋に骨格標本がいるなんて、腰を抜かすだろう。いくら同室の私物と言っても、部屋は共同で使うのだ。限度がある。
夜に骨格標本と目が合うなんて心臓に悪い。
「留三郎も、大層驚いたようだが、受け入れた。まああいつは、何でもかんでも『同室だからな』で済ませる男だ。伊作と毛色は違うが留三郎も癖が強い。留三郎だからこそ受け入れられたというべきか。……今残っている我々は、正直受け入れるのに時間が必要だった。当時の先生方の『勉強熱心な保健委員だから』という理由も、分からないでもなかったが」
「……功徳行者は、事務員として働いていたんですよね。いきなり姿を消した後の説明は?」
「新学期に、『修行のため学園を去った』と軽く触れられたのみだ。みなそれで納得した。バレーボールをはじめとするいろいろな道具を残してくれたので、残念がる者も多かったがな。先生方が、こういったものに慣れると実戦の腕が鈍ると喝を入れ、それもそうかと飲み込んだ」
心臓の鼓動は、いつもどおりの速度になっていた。
夜は更けていった。