伊作が不運で死なない理由   作:香枝ゆき

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(24)部屋を変わらなかった理由

「――その年の春も、幻術使いの出前授業があった。当時一年生の五年三十人を、果報行者一人が受け持った。……結果、幻術の素養のある生徒はいないという判断だった。まあ、当たり前と言えば当たり前だね。幻術使いなんて、ぽんぽん見かけるわけではないんだから」

医務室では保健委員長の話が続く。

運ばれてくる急患も、体調が悪いと訪れる誰かもいない。

伏木蔵には、話の切れ目が全く見えなかった。

交代の時間は、まだらしい。

包帯はとっくに作り終えていた。

手が止まりがちな伏木蔵の分を、伊作がすいすいと処理していった。過去を話しながらも手の速さは全く落ちなかった。

今の伊作は、話しながら薬研をひいていた。

深緑色の口当てをしているため、表情が読みにくい。

手持無沙汰の伏木蔵は、少し居心地の悪さを感じていた。

「そしてまた、僕は学園長先生に呼ばれた。庵では、学園長先生の他、土井先生と、果報行者が待っていた」

 

 

「――君の不運に、ある法則性を見つけた」

果報行者の言葉に、学園長先生と土井先生が目を光らせる。

「伊作の不運は、自身の他、伊作と長く時間を過ごす者に降りかかる」

学園長先生は、無言で顔を横に向ける。

土井先生が、紙をぱらぱらとめくった。

そして息をつく。

「……新野先生の記録とも、一致しています。伊作に次いで怪我が多いのは、同室の留三郎。次いで二年は組、保健委員会の生徒です」

「対処法は」

「徳を積むことで変わりなし。しいて言うなら、いろいろな者と関わるほうがいいでしょうが……」

「前者はともかく、後者は難しいじゃろうな」

学園長先生の判断に、伊作は奈落に突き落とされたような気持ちになった。

保健委員会のメンバーは、伊作に比較的好意的だ。けれども同級生に至っては、遠巻きにされている。

自炊は同じ組の人としなくなって久しいし、放課後時間が空いた時も、留三郎の他に話したりするのは、い組の仙蔵と文次郎、ろ組の長次と小平太くらいだった。

むしろ組が違う彼ら四人とのほうが、留三郎を除くは組のメンバーよりも、親近感を感じていた。

誰かと関わるなんて、無理な話だ。伊作が話しかけても嫌がられ、避けられる。授業中だってそうだ。

留三郎が間に入ってくれているため、なんとかやり取りは成立しているものの、学級崩壊の兆候は出ている。

担任の先生はすでに何度も胃炎で医務室に駆け込んでいて、新野先生がよく対応されているのを記録で確認する日々だった。

だから今日もこの場には、担任ではなく土井先生がいる。

教科担当の先生も実技担当の先生も、伊作以外のみんなをどうにかするのに手いっぱいで。一人より多数を救うために動くことは、決して間違いなんかじゃない。

限りある手を誰に使うかは、手の持ち主が決めていい。

なによりまだ学園にいさせてくれている。だから伊作が心を痛めるのは、きっと違う。

同室の留三郎がいる。仲のいい四人もいる。土井先生だって気にかけてくれている。

自分は恵まれている。

けれどその大切な人たちに、不運が降りかかってしまったら?

「僕、留三郎と部屋を変われますか!?」

三人の目が一斉に伊作に向く。

「長く時間を過ごす者に不運が降りかかるなら、一番危険なのは留三郎です。僕は留三郎を危険にさらしたくありません!大事な、友達だから」

そばにいられなくなるのはつらい。

けれども取り返しがつかない事態になるのはもっと嫌だ。いつだって手を差し伸べてくれる友達を、伊作は決して失いたくなかった。

「学園長先生」

土井先生は、意向を汲んでくれている。

留三郎以外の誰かと同室になるなんて、望まない。自分もそうだし、は組の他のメンバーだって全力で拒否するだろう。

現実的なのは、部屋を一人で使うこと。一人部屋になるのは、同室が学園を去ったとき。ただ、まれに例外があると、噂で聞いたことがある。

忍術学園だって、不運で怪我をする生徒を出すのは避けたいはずだ。

「部屋はこのままとする」

目の前が真っ暗になったような気がした。

「こーちゃんが部屋にいるじゃろう?あれの効果は保証する。少なくとも、部屋にいる伊作と留三郎のことは、ある程度、守ってくれる」

伊作はほっとする。

根本的な解決にはいたっていないけれど。

「学園長、彼が保健委員として入る診察を増やすようにお願いします。彼ができる対処はどんどんまわしてあげてください。それが一番取り組みやすい方法です」

「うむ。さっそく新野先生と、保健委員長に伝えよう」

 

「――そして僕は、二年生ながらどんどん当番をこなすようになった。嫌ではなかったよ。やりがいもあった。新しく入った保健委員の後輩もかわいかった」

伏木蔵の口が乾く。

伊作先輩の一年下は五年生。

五年の保健委員はいない。

「……初めてできた後輩は、本当に、かわいかった」

彼らはもういないのだと、伏木蔵は理解してしまった。

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