「――その年の春も、幻術使いの出前授業があった。当時一年生の五年三十人を、果報行者一人が受け持った。……結果、幻術の素養のある生徒はいないという判断だった。まあ、当たり前と言えば当たり前だね。幻術使いなんて、ぽんぽん見かけるわけではないんだから」
医務室では保健委員長の話が続く。
運ばれてくる急患も、体調が悪いと訪れる誰かもいない。
伏木蔵には、話の切れ目が全く見えなかった。
交代の時間は、まだらしい。
包帯はとっくに作り終えていた。
手が止まりがちな伏木蔵の分を、伊作がすいすいと処理していった。過去を話しながらも手の速さは全く落ちなかった。
今の伊作は、話しながら薬研をひいていた。
深緑色の口当てをしているため、表情が読みにくい。
手持無沙汰の伏木蔵は、少し居心地の悪さを感じていた。
「そしてまた、僕は学園長先生に呼ばれた。庵では、学園長先生の他、土井先生と、果報行者が待っていた」
「――君の不運に、ある法則性を見つけた」
果報行者の言葉に、学園長先生と土井先生が目を光らせる。
「伊作の不運は、自身の他、伊作と長く時間を過ごす者に降りかかる」
学園長先生は、無言で顔を横に向ける。
土井先生が、紙をぱらぱらとめくった。
そして息をつく。
「……新野先生の記録とも、一致しています。伊作に次いで怪我が多いのは、同室の留三郎。次いで二年は組、保健委員会の生徒です」
「対処法は」
「徳を積むことで変わりなし。しいて言うなら、いろいろな者と関わるほうがいいでしょうが……」
「前者はともかく、後者は難しいじゃろうな」
学園長先生の判断に、伊作は奈落に突き落とされたような気持ちになった。
保健委員会のメンバーは、伊作に比較的好意的だ。けれども同級生に至っては、遠巻きにされている。
自炊は同じ組の人としなくなって久しいし、放課後時間が空いた時も、留三郎の他に話したりするのは、い組の仙蔵と文次郎、ろ組の長次と小平太くらいだった。
むしろ組が違う彼ら四人とのほうが、留三郎を除くは組のメンバーよりも、親近感を感じていた。
誰かと関わるなんて、無理な話だ。伊作が話しかけても嫌がられ、避けられる。授業中だってそうだ。
留三郎が間に入ってくれているため、なんとかやり取りは成立しているものの、学級崩壊の兆候は出ている。
担任の先生はすでに何度も胃炎で医務室に駆け込んでいて、新野先生がよく対応されているのを記録で確認する日々だった。
だから今日もこの場には、担任ではなく土井先生がいる。
教科担当の先生も実技担当の先生も、伊作以外のみんなをどうにかするのに手いっぱいで。一人より多数を救うために動くことは、決して間違いなんかじゃない。
限りある手を誰に使うかは、手の持ち主が決めていい。
なによりまだ学園にいさせてくれている。だから伊作が心を痛めるのは、きっと違う。
同室の留三郎がいる。仲のいい四人もいる。土井先生だって気にかけてくれている。
自分は恵まれている。
けれどその大切な人たちに、不運が降りかかってしまったら?
「僕、留三郎と部屋を変われますか!?」
三人の目が一斉に伊作に向く。
「長く時間を過ごす者に不運が降りかかるなら、一番危険なのは留三郎です。僕は留三郎を危険にさらしたくありません!大事な、友達だから」
そばにいられなくなるのはつらい。
けれども取り返しがつかない事態になるのはもっと嫌だ。いつだって手を差し伸べてくれる友達を、伊作は決して失いたくなかった。
「学園長先生」
土井先生は、意向を汲んでくれている。
留三郎以外の誰かと同室になるなんて、望まない。自分もそうだし、は組の他のメンバーだって全力で拒否するだろう。
現実的なのは、部屋を一人で使うこと。一人部屋になるのは、同室が学園を去ったとき。ただ、まれに例外があると、噂で聞いたことがある。
忍術学園だって、不運で怪我をする生徒を出すのは避けたいはずだ。
「部屋はこのままとする」
目の前が真っ暗になったような気がした。
「こーちゃんが部屋にいるじゃろう?あれの効果は保証する。少なくとも、部屋にいる伊作と留三郎のことは、ある程度、守ってくれる」
伊作はほっとする。
根本的な解決にはいたっていないけれど。
「学園長、彼が保健委員として入る診察を増やすようにお願いします。彼ができる対処はどんどんまわしてあげてください。それが一番取り組みやすい方法です」
「うむ。さっそく新野先生と、保健委員長に伝えよう」
「――そして僕は、二年生ながらどんどん当番をこなすようになった。嫌ではなかったよ。やりがいもあった。新しく入った保健委員の後輩もかわいかった」
伏木蔵の口が乾く。
伊作先輩の一年下は五年生。
五年の保健委員はいない。
「……初めてできた後輩は、本当に、かわいかった」
彼らはもういないのだと、伏木蔵は理解してしまった。