「…………学外で治療されるのは、保健委員としての技術を高めるためですか?」
少なくとも、伏木蔵たち保健委員は、薬草を摘みにいくことはあっても、委員会活動として合戦場での治療を求められたことはない。
三年の数馬先輩のすぐ上が伊作先輩なので、上級生限定の活動なのかもしれない。
「いや、これは僕がやりたくてやっていることだよ。だから他に保健委員を連れていくことはないし、伏木蔵達も僕の真似をする必要はない。安全とは言えないからね」
ではなぜそんなことをするのか。
その言葉を飲み込んだ。
「……怒られたりしないんですか〜?」
「先生方も承知しているからね」
ひやりとした。
伏木蔵が学園外の人間を治療したのは、タソガレドキの雑渡昆奈門が医務室にやってきたときと、忍術学園が園田村で攻防を繰り広げた時だ。
雑渡昆奈門は来客扱いとして、園田村は忍術学園の方針として、治療を行った。
では伊作先輩が個人で治療をしているのは、なぜだろう。
まだ立ち入ってはいけない気がして、伏木蔵は他の気になる点を問う。
「ちなみに予算は……?」
地獄の会計委員長がこれを知ったら、ただではすまないのではないだろうか。
伊作先輩の趣味(仮)に学園の備品を使っているわけなのだから、その分予算を圧迫する。
「半分は保健委員の予算から、もう半分は僕が出してるよ」
「――潮江先輩、確認してほしいことがあるんですけど」
加藤団蔵が会計委員会の部屋で発言した。
会計委員は夜を徹して、各委員会の予算請求や使途報告書を確認し、無駄がないかの確認を行っている。
「ちょっと待て」
潮江文次郎はキリのいいところで算盤を弾くのを止めた。
「なんだ、団蔵」
「僕、保健委員会の書類を見てたんですけど、計上されているもので、通していいかわからないものがあるんです」
「どうした、火薬委員会みたいに、甘酒でもあげてきたか?」
文次郎が持ってくるように言うと、団蔵は従った。
「これなんです。その他経費なんですけど、前回よりも増えていて……」
四年の田村三木ヱ門がぴくりと反応した。が、すぐに何事もなかったように、作業に戻る。
「消耗品費が、医務室で使う包帯とか薬代だってのは分かるんです。雑費も、医務室で使われる文房具とかで。だったらその他経費ってなんなんですか?その他経費にも消耗品費と同じく包帯とか薬とか書かれますし、二重計上なんでしょうか?」
文次郎は書類を素早く確認すると、団蔵の顔を見た。
「いや、これは二重計上じゃない。保健委員会のその他経費は、伊作が合戦場で治療した時に掛かった医薬品代だ。かかった金額の一部は伊作が負担している。伊作の負担金額はこっちに書いてある。ここの数字とその他経費の数字を見てみろ」
団蔵が示された数字を見ると、数字はきれいに同じ数値だった。折半しているということだ。
「この二つの金額が同額か、収入欄にある雑収入――伊作の負担金額の方が高ければ、その他経費の部分は通していい。保健委員長としての技術向上のため、学園から許可も出ている。ここは削れん」
団蔵は目を丸くした。
予算の無駄遣いにあれほど厳しい会計委員長が、削れないと言った。
「ええ、保健委員会だけそんな……!」
「やめないか、団蔵」
三木ヱ門がぴしゃりと言い放つ。
「どうせ、伊作先輩が卒業するまでだ。来年以降はその他経費の分、予算を他にまわせる。それまでは保健委員会を優先してやれ」
団蔵が助けを求めるように室内を見渡すと、三年の神崎左門、同級生の任暁左吉も唖然としていた。
「失礼ながら、潮江先輩は、保健委員になにか弱みでも握られているのですか……?」
左吉がおずおずと問いかける。
文次郎が口を開く前に、三木ヱ門が豪快に笑った。
「ははは、さすが佐吉はかしこいな!当たらずとも遠からずだ。潮江先輩が用具委員会委員長の食満先輩とよく手合わせをしているのは知っているだろう?」
「え、ええ」
左吉は首肯する。
「詳細は省くが、昔、激しい手合わせでそれはそれは大きな怪我をされた。そして、伊作先輩に助けてもらったことがあった。伊作先輩の治療技術の研鑽と、個人的に作っていた包帯や薬が役に立ったんだ。潮江先輩は、そのときの恩を返さねばと思っているんだよ」
「よせ三木ヱ門。あまり話したいことじゃない。贔屓しているととられかねんしな。お前たち、今聞いたことは誰にも言うなよ。漏れれば次の予算会議に影響しかねん」
「はい!」
「このその他経費は時限的なものだ。保健委員にも言うんじゃないぞ」
「分かりました」
「と、だが伊作が合戦場に行った時の外出届けの写しが出ていないな。添付漏れか。それがないと書類不備だが、俺の方から伊作に言っとく。他には――不備はなさそうだ。ひとまず保健委員会の書類は俺が預かる」
「ありがとうございます」
「もう遅い。お前らきりのいいところで帰れ。残りは明日だ」
「はい」
下級生の三人は、片付けを始める。
「三木ヱ門は?」
「もう少しだけ」
「わかった。俺たちは少しだけ残るが、こっちは気にするな。早く帰って寝ろ」
文次郎の言葉に、片付けを終えた三人がぺこりと礼をして去っていった。
足音が遠のき、気配もないことを確認して、文次郎が口を開く。
「……さっきは助かった。おまえが機転の利くやつで良かった」
「下級生に、本当のこと、言えるわけないでしょう。あんな恐慌状態は、もうごめんです」
文次郎と三木ヱ門は押し黙り、かつて伊作の不運が巻き起こしたことを思い返していた。
「……私だって、人が死ななくて済むなら、予算位いくらだって出しますよ」
困惑する伏木蔵に、伊作は笑みを浮かべていた。
「僕は、誰も死なせたくないんだよ。助けられるかもしれない誰かも、僕の周りの人も、もちろん、僕も」