「――ただ、喜八郎の穴に落ちることで、どれだけ効果があるかはわからなかった。効果測定をするには、忍術学園は死者を出しすぎた。死人が出てからでは遅い。下級生が増えたこともあり、楽観的な行動はできなかった」
夜が更けていく。
六年い組の部屋で、灯明皿に乗っている灯芯がどんどん短くなっている。
話が終わる気配はない。
「僕が初めて学外の治療に出たのは三年生の一学期の時でね」
伏木蔵が問わずとも、伊作は話を続けていた。相槌を待つこともなく、淡々と話す様子は、精いっぱいの抵抗でもあるようだった。
今まで秘めていたものがせきを切ったようにあふれ出てくるのを、理性で必死に押しとどめているような。
「幻術使いから提案されたんだ。合戦上での治療はどうかとね。治療をすることで徳を積む必要があったのに、当時学園内で治療の機会が減っていた。場数の確保は重要だ。加えて学園外にいることで学園の生徒との接触も減らすことができる。断る理由はなかったよ」
今の三反田数馬先輩と同じ年で、保健委員としての練度が違う。
けれど忍たまとしては、どうか。
失礼な話ではあるが、善法寺伊作の評判として聞こえてくるのは『不運大魔王』という不名誉な称号ばかりで、凄腕だの優秀だのという噂は耳にしない。
しいて言うなら、六年生全体がプロ忍に近い実力を持っている、というくらいか。
三年生時点で学外治療を行うのであれば、当時から飛びぬけた実力を持っている必要がある。
が、不運がいつ発動するかわからないのに、合戦場での治療は可能なのだろうか。
「……危なくは、ないのですか?」
今現在の実力で、合戦場で身を守りながら治療を行うのはまだ理解できる。
ただ、三年生単独でこれら二つを両立できるとは思えない。合戦場で治療をしてくるのと、合戦場に行って無事に帰ってくるのと、どちらか一方なら可能かもしれないが。
伏木蔵の疑問に、伊作はにっこりと笑った。
「当時の上級生が護衛をしてくれた。成績不振者の補習という形でね。おかげで治療に集中させてもらえた。そのときは誰も死ななくてよかったよ」
根が深い。
学外治療には、忍術学園も関わっている。
保健委員会顧問の新野先生の専門は内科と小児科だ。
怪我をするともちろん適切な処置をしてもらえる。だが、この保健委員長はすでに金創医顔負けの腕前だ。
どれだけの経験を積んだのか。積まざるを得なかったのか。
呼吸をするのも忘れてしまいそうだ。
「――僕の不運が発動するのは、自分か、周囲の人間か、選ぶことはできない。そして不運に巻き込まれる人を選ぶこともできない。接触する時間から、ある程度絞り込むことはできるけれど、いつ、誰が不運に見舞われるかは僕だってわからない。当時の保健委員会に、僕の同級生や後輩はいなかったけど、その間に、何らかの対策はしなければならなかった。……幻術使いの見立ては、間違っていなかったと僕は思うよ」
「――学外での治療は、目に見えて効果があった。伊作が穴に落ちる以外の不運は、同室の留三郎以外はほぼ巻き込まれなくなった。よって、三年は組の態度は少しずつ軟化した。
もちろん私たちの働きかけもある程度影響はしただろう。
他の三年にも効果は波及し、ぎこちないものの、組での実習や学年での合同実習が成り立つようになった」
仙蔵は新しい灯芯を取り出した。