「伊作の学外治療は、一学期間の試験的実施だった」
仙蔵が口を開いた。
「必要な経費は、保健委員会の予算から出された。名目としては、次世代の保健委員長のスキルアップ。顧問の新野先生も、保健委員長も、他の保健委員の先輩方も、反対はしなかった。伊作の腕はよかったから、投資するのにも問題はないと判断されたんだろう」
仙蔵は文次郎の方のスペースを見た。喜八郎もつられてそちらを見た。
……この理屈が、当時の会計委員会に通用するだろうか。
「ただ、目に見えて効果が出るにつれ、伊作が治療に行く頻度は増えていった。休みのたびに外出し、夏休みも宿題として出されたこともあり、上級生と組んで合戦場へ出た。……いくら補習と言っても限度がある。学級委員長委員会や保健委員会の上級生と組んで行くことも増えていたが、そのころにはもう手遅れだった」
仙蔵は文机の引き出しを開け、書類を取り出す。
パラパラとめくると、喜八郎に差し出し、確認するように促した。
当時の保健委員会の経費に関する書類。
喜八郎が目を滑らせると同時に、仙蔵は話を再開した。
「私たちが三年生の時の二学期。夏休み明け。
上級生を中心に、伊作の学外での治療行為に疑問の声が上がった。すぐに会計委員の耳に入ることとなり、保健委員会の経費申請の書類が隅々まで調べ上げられた。……伊作の学外治療への経費はかなり大きくなっていた。保健委員会の繰り越し金は、半年もたたないうちに底をつきかけていた。会計委員長は、怒髪天を衝くように激怒した。新野先生の胸倉をつかんで、止めようとした保健委員を突き飛ばして怒鳴り、会計委員会顧問の安藤夏之丞先生がとりなしてなんとかその場はおさまった。
が、スキルアップなんて言葉で説明できないほど、学外の人間に忍術学園の保健委員会予算をつぎ込むことに、非難が続出した」
例えば、用具委員会が町の人の道具や建物を無料で修補するだろうか。図書委員会が本を学外の人間へ貸し出すだろうか。
答えは否だ。
しかし保健委員会は同等のことを行った。
なにも知らなければ、真っ当な会計委員は追及するだろう。
「……ほどなくして、会計委員長と保健委員長の間で予算をめぐる熾烈な争いがあった。保健委員の上級生は、なんとなく、伊作が不運大魔王なのかと予測しているようだった。だから全力で伊作をかばった。ただ、不運についてはうまく説明ができない。伊作本人も説明しようがない。ついに会計委員長は、伊作の学外治療をやめさせないと、保健委員会の予算を凍結すると宣告した。委員会で頭角を現していた文次郎が会計委員長に意見するも却下された」
「先生方は、なにもおっしゃらなかったんですか?」
「学園長先生から止められていて、言えなかったんだ」
仙蔵が悔しそうにする。
「確かに伊作の不運を説明すると手っ取り早い。が、分断は避けられないだろう」
まともな学級運営が成り立たないほどだったのだ。
ましてや彼の不運は当時の時点で完全には制御できないときている。
真相を話して状況が好転するか?いや、善法寺伊作の退学を求める声が出てもおかしくない。
「私たちが一年生のときの火薬委員への予算ゼロは、少なくとも授業に必要な火薬は学園が購入すると言われていた。だが、保健委員会の予算停止は、誰かが怪我をすると治療がままならなくなるほどのものだった。説明を求める会計委員長に、当時の保健委員長は、学園長先生からの指示だと伝えたが、それにしては使いすぎだ、そもそも委員会の予算を使うな、繰越金にまで手をつけるなと正論で返された。――会計委員長がどう見ても正しいこと、伊作の不運に関して様子を見る必要があることから、伊作の学外治療が二学期中は停止された」
喜八郎が顔を上げる。
仙蔵は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。