「僕は対抗試合の後、学園長先生に退学届けを出しに行ったんだ。
は組が全滅したのは、さすがに堪えた。三年生に進級する前に、僕の不運が同窓から年下に伝染しやすい傾向があることがわかっていたからね。学外治療を一時停止しただけで、目も当てられないことになった。
当たり前だけど、僕が進級するほど僕より年下の子が増える。被害者になりえるかもしれない子が増える。学外治療を再開したら、その場はしのげるかもしれない。ただ、僕が学外へ治療に行けなくなってしまったら?四年生からは授業も任務も難度が上がる。出歩けない怪我をしてしまったら?長期の実習で治療ができず、不運が発動してしまったら?伏木蔵はこれが考えすぎだと思うかい?不運にあいすぎておかしくなった奴の戯言だと思うかい?……もう誰かが死ぬのはごめんだよ」
伏木蔵は以前、食満留三郎が言っていたことを思い出していた。
『伊作は生傷が絶えなかった』と。
その話をしたときは、ちょうど不運が発動して、伏木蔵をはじめ動ける保健委員が全員で治療にあたったのだった。
――あのときは、夜に自室で薬をつくっていた伊作がやけどを負った。部屋に水がなかったので留三郎とともに井戸に走った。しかし道中、綾部喜八郎の掘った穴に二人とも落ちてしまう。
脱出のため伊作がかぎなわを使うと、風邪を引いた池田三郎治のために雑炊を運んでいた川西左近に引っかかり、左近が二人がいる穴に落下。
結果として、三人は打撲、打ち身、やけどという状態で医務室の世話になった。
「考えすぎだとも、戯言だとも、思いません。ただ、伊作先輩がいてくれたから、保健委員として手当をしてくれたから、助かった人も多いと思います」
本心から答えると、伊作の目が比較的やわらかくなる。
「おまえは優しいね」
『伊作の場合は不運に対する勝負だ』
手当を受けながら言った、食満先輩の言葉を思い出す。
伊作はずっと、不運と戦っていた。
「――だからこそ、今まで話したことは、忘れてほしい」
ふわりと風がふく。
伊作が手元に扇を持っていて、つくっていた薬をあおいでいる。
――霞扇の術。
気付いて手ぬぐいを出そうにも、体が動かなかった。
薬効が早い。対処のしようがない。
伏木蔵は、すぐに意識を手放した。
「――学園長先生は、伊作の退学を認めなかった」
仙蔵が重い息を吐いた。
「……なぜ」
喜八郎の口から小さな声が漏れる。
それではまるで、優劣をつけているようではないか。
特殊な能力を持っている一握りと、その他大勢。
「幻術やそれに類する特殊な能力を持つ生徒を庇護し、生きる力を養うためと、学園長先生は言った」
絶句する喜八郎を横目に、仙蔵は淡々と続ける。
「忍術学園はその名の通り、忍者を養成するための場を標榜している。だが、忍びを目指さなくとも修学できる教育機関としても機能している。知る者ぞ知る場所だ。だから様々な背景を持つ人間が集まる。乱太郎のような忍びの家系、しんべヱのように家業がある者、きり丸のような戦災孤児。そのほか、事情があって厄介払いに近い形で入ってくる者。この厄介払いは、お家騒動かもしれないし、なんらかの特殊能力をもっていて、忌み嫌われて、というケースもある」
喜八郎が頭に思い浮かべたのは、方向音痴の二人組だった。
「……三年ろ組の二人」
つぶやいた喜八郎に、仙蔵はゆっくりうなずいた。
三年ろ組に在籍している、決断力のある方向音痴『神崎左門』と無自覚な方向音痴『次屋三之助』。
彼らは同じ組で、同室の富松作兵衛が面倒を見ることで生活できているといっても過言ではない。
忍術学園に入学した経緯は知らないが、あの二人は、ただの方向音痴で片づけてはいけない。
「迷子縄を付けた状態で川の字になって寝ているくらいだが、それが理由で学校を辞めることにはなっていないだろう」
思わず先輩をにらみつけてしまう。
「あの二人とは、比較にならないでしょう……!」
左門と三之助には、作兵衛がついている。世話を焼いてくれる人がいる。作兵衛の負担を脇に置いておけば、方向音痴で死ぬことはない。仮に死ぬことがあっても、方向音痴で遭難し、生還できない本人だけの可能性が高い。
一緒に任務や実習をするなかで、周りの人間が不都合を感じることはあるかもしれない。だが、危険な場面に陥った場合は、彼ら二人を見捨てれば他の人間は助かる公算がある。
「伊作先輩に関しては、人が、死んでるんですよっ……」
不運が
「学園長先生は、幻術や、特殊な能力を持つ人間を、優先するってことですか!」
仙蔵は答えなかった。
「どうして……」
返答はなかった。
仙蔵も、理由までは知らないのかもしれない。
ただ、あふれてきたものは止まらなかった。
「そんな危険で扱いに困る人間は、退学の意向を示した時点で、もろ手をあげて歓迎するべきだった!」
無礼を承知で口走った言葉は、どうやったって取り消せるわけがない。
先輩の仲間を悪く言ったのだ。頬をはられても、殴られても文句は言えない。
仙蔵が右手を大きく振り上げる。
喜八郎は衝撃に備えて強く目をつぶった。
しかし、予想されていた展開はいつまでたってもこなかった。 ぽすんと、優しく手が頭に置かれている。
喜八郎は目を開く。
「――だが、伊作が四年生になってからは、不運で人が死んでいないだろう」
仙蔵の顔はのっぺりとしていた。
■下記の描写、セリフは
アニメ30シリーズ第34話 同室の思い出の段より
自室で薬をつくっていた伊作がやけど。部屋に水がないので留三郎とともに井戸に走る。道中綾部喜八郎の掘った穴に二人とも落ちる。
脱出のため伊作がかぎなわを使うと、風邪を引いた三郎治のために雑炊を運んでいた川西左近に引っかかり、左近があなに落下。
打撲、打ち身、やけど。
「伊作は生傷が絶えなかった」(留三郎)
「伊作の場合は不運に対する勝負だ」(留三郎)