伊作が不運で死なない理由   作:香枝ゆき

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(42)予算書がめちゃくちゃだった理由

伊作は乱太郎の横に伏木蔵を寝かせ、息を吐いた。

まずは伏木蔵を、次に狸寝入りをしている可能性が高い乱太郎を、秘伝の薬を使って眠らせた。

恐らく目が覚めた時にはすべてを忘れている。

急患が入らないことを願うしかない。

これは薬効が早いので、口当てがないと、訪問者も巻き添えをくってしまう。

部屋から薬が抜けるのは、もう少しかかりそうだ。

「――伊作先輩」

ぞわりと背中が粟立つ。部屋の中から声がする。まったく気配を感じなかった。

呼びかけがなければ知らない間に命をとられてしまうほどの、存在感のなさ。

しかし、聞き覚えのある声だ。

「……数馬?」

「はい」

問いかけに呼応するかのように、ふわりと姿が浮き上がる。

三反田数馬。伊作の次に年長の保健委員。

彼はしっかりと口当てをつけていた。

警戒レベルを下げ、伊作は問いかける。

「……いつからいたの?」

「すみません……最初からです」

困ったように笑ってみせた数馬からは、話を盗み聞きしてやろうと潜んでいたとはとても思えなかった。

故意ではなく、過失なのだ。

「伊作先輩に聞きたいことがあって、医務室に来たら、ちょうど伏木蔵と伊作先輩が話していたところで」

割って入れなかった結果がこれだ、ということなのだろう。

向こうが深く尋ねてこないのであれば、それで構わない。

彼はまじめで、口もかたい。

何事もなかったふりをするだけだ。様子見を兼ねて。

「それで、聞きたいことって?」

数馬は懐から、折りたたまれた書類を取り出す。

「保健委員会の予算書なんですけど」

差し出された書類は、努力の跡が見受けられた。

書いては消し、できるところは埋め、しかし空白も、間違っている部分も多い。

「そろそろ、予算書の書き方を教えてもらえませんか」

いつかはくると思っていた、後輩からのお願いだった。

「先日の予算会議で痛感しました。伊作先輩の体調不良で僕たち下級生だけで予算案をつくって、めちゃくちゃな申請になって、大変なことになってしまって。僕たちは伊作先輩に頼りすぎている。……いや、保健委員会の仕事において、明らかに役割分担が偏っている」

先日の予算会議では、保健委員会が要求した予算が全額承認された。しかし必要な薬などが計上されていなかった。

当たり前だ。伊作は後輩たちが探し出せる場所に、過去の予算書を保管していなかった。

それらはすべて、長屋の自室にしまいこんでいる。

「僕の知る限り、予算に関しての仕事は、伊作先輩が引き受けてきた。先輩が四年生だったときからずっとです。僕たちに予算関係の処理を触らせなかったのも、下級生だからと思っていましたが、さきほどの話を聞いて合点がいきました。先輩は、学外治療の予算について、僕たち保健委員でさえも知られたくなかった。恐らく、下級生には緘口令がしかれていたから」

伊作は黙って聞いていた。

見本もなにもない状態で、まがりなりにも予算書を形にしたのは褒めるべきことだ。

そして、数馬の推測は当たっていた。

予算書には、伊作の学外治療で使った薬の量や価格が書いている。

在庫管理も、予算も。

伊作が一人で行っているのは、知られたくなかったからだ。

「……そこまで知って、このまま帰れると思うのかい?」

すごんだ声に、後輩は動揺しなかった。

「先輩は、きっと僕の記憶を消さないでしょう」

「あいにく、僕は優しくないよ」

距離を詰め、伊作は数馬の背後から口当てに手を伸ばす。もちろん抵抗できないように、両腕は捻りあげている。

この口当てをずらすだけで、今までの記憶は消える。

それでも流れるような動作ができなかったのは。

「だけど、僕たちは同じ穴のむじなです」

腕をおさえている手が緩んだ。

「だから先輩は、きっと僕になにも言わないまま卒業したりなんかしないと、信じています」




■予算に関しての出典

「予算会議が終わったの段」【第17シリーズ第78話】
より

予算会議では、保健委員会が要求した予算が全額承認された。しかし必要な薬などが計上されていなかった。該当予算書は下級生が作った。

部分を参考にしています。
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