「――今の三年生が入学してきたとき、恒例の、幻術使いの授業があった。伊作以来、『素養のある生徒なし』が二年続いたが、この年は『要注意』の生徒が三人出た。……方向音痴コンビ二人と、三反田数馬。特に三反田数馬の方は、早急に対処しないと、本人の命に関わるとの判断が降りた」
仙蔵が話を続けようとする。
頭が追い付かない。
「待ってください立花先輩」
喜八郎は、善法寺伊作のことについて話を聞きに来た。
思ってもいなかったところまで話が広がってしまって、処理が追い付かない。
「それは、伊作先輩のことについて、関係ありますか?」
ないのであれば、正直日を改めてほしかった。眠くはない。ただ、飲み込むまでに、時間がかかる。
「関係がある」
期待はあっけなく崩れ去った。
「三反田数馬は、あまりにも影が薄い。入学手続きも、早くから来ていたのに、気付かれなかったので一番最後に手続きが完了した。自己の存在感を薄め、目の前にいても気付かれないほど気配を断つ。それが数馬の能力だ。だが、力がコントロールできていない状態だった。昔は今以上に、視認されなかった。
このままでは誰からも認識されず、しまいには消えてしまうと果報行者は判断した。存在感を示すことが対応策であるとして、治療という、確かに他者がいた証をつくれる保健委員会に入るように伝えた。そこで数馬は保健委員会に入った。……その後、数馬は視認されることが増え、こころなしか、伊作も不運の頻度や深刻度に改善が見られた」
喜八郎は頭をフル回転させる。
「……数馬の状態が改善したのは腑に落ちます。人と関わることで認知される。それは分かるんですけど、どうして伊作先輩まで?」
「『幻術に幻術をぶつけると相殺される』と、果報行者は言った」
仙蔵は思い返すように言った。
「幻術使いの特別授業では、幻術を使う敵と出会ったら逃げろと教わった。私は気になって聞いたんだ。戦える方法は存在するのかと。知識として教えられたのは、幻術を使われたら幻術で対抗する、というものだった」
幻術で虎を出されたら、龍を出して対抗する。おおざっぱな策だが、分からなくはない。
「幻術やそれに類する能力は、基本的には使い手の意思に応じて使用可能である。だが、自分の意思に反して勝手にでてしまうものもある。伊作や数馬がそのパターンだ。無意識のうちに互いの能力が干渉しあい、反発することで力が薄まっているのではないか。これが果報行者の見立てだった。ただ、あくまで推測の域を出ていない」
「……互いのためにもなっているから、数馬もずっと保健委員なんですか」
「そうだ」
仙蔵は息を吐く。
「数馬は幻術使いから、自分の存在を消さないためにはずっと保健委員会で活動をしていたほうがいいとすすめられた。先生方も同意見だった。数馬は了承した。……が、伊作も、数馬も、互いの事情を知らないはずだ。せいぜいが『すごく影が薄い』『とても不運』と理解している程度だろう」
「……この事情を、知っているのは」
「幻術使い、先生方、作法委員会委員長である私と、今この事実を知った喜八郎」
「本人たちにも互いのことを知らせていないのは」
「知らせてどうする」
声は冷え冷えとしていた。
「数馬はやろうと思えば上級生を闇討ちできる。伊作はやろうと思えば、数馬に仕事をまわさず存在感を薄めさせてしまうことができる。同じような難儀な力をもつ者同士、互いを支えあうかもしれない。だが相手を危険視し、傷つけあう結果にならないと断言できるか」
喜八郎は、答えられなかった。
善法寺伊作の不運に巻き込まれる可能性が高いのは、彼より年下で、委員会が同じ三反田数馬だ。もし不運についての諸々を知らされたとする。その結果、自分が死ぬ前にどうにかする。そんな手段をとらないなんて、誰も保証できない。
一方で、善法寺伊作の側から考える。自分の身近に気配を殺す才能を持った後輩がいることに、裏がないと、どうやって思えるだろうか。
彼の不運は人を殺し過ぎた。遺族が仇討ちのために暗殺者をよこす、なんて考えをしてもおかしくはない。
少なくとも、二年前の時点では、知らせるにはリスクが高すぎることは明らかだった。
「それに、私たちにできるのは、あくまで対処療法なんだ。事情を知ってもどうすることもできない辛さまで、背負わせたくない」
唇をぐっと噛みしめた。