伊作が不運で死なない理由   作:香枝ゆき

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第六章 六年生が五年生だった頃
(45)進級できた理由 


『伊作だけではなく、幻術やそれに類する能力を持った生徒の情報収集、観察の記録、それらの学園長先生への報告をしている』。

作法委員会委員長が明かした特別な仕事を、喜八郎はあえて流していた。

が、関係があるのなら、聞かないわけにはいかなくなった。

作法委員会が人知れず、幻術の類に特化した諜報活動を行っている理由。

「伊作先輩に加えて……三反田数馬のことを注視しなければいけなくなったからですか?」

「最初はそうだった。時限的な工作委員会では、伊作卒業後、三年生が宙に浮く。方向音痴コンビはひとまず富松作兵衛に任せるとしても、伊作がいなくなれば数馬の存在感がまた薄まってしまう可能性がある。そこで作法委員会の出番というわけだ。通常の活動のかたわら、喜八郎には引き続き穴を掘り、次は数馬をひっきりなしに罠にかけてもらう」

「それは、別にいいですけど……」

今までとやることが変わるわけではない。

「――喜八郎は、まだだったな」

空気が変わった。

目を細める。

言いたいことは分かった。

「僕らは、まだ、です」

口ごもりながらも、求められた答えを返す。

上級生からは、授業も実習も難度が上がる。

重たい任務を請け負うことだってある。

身を守るために敵を傷つけ、死に至らしめることだって、きっとある。

四年生の手は、喜八郎の知る限り、全員きれいなままだった。

そこではたと気付いた。

「待ってください……」

四年生までは、まだ大丈夫だ。

自分や下級生が襲われない限り、明確に他者の命を奪う機会はない。

「伊作先輩は、どうやって進級したんですか」

行儀見習いとして忍術学園に来る生徒は、三年生を終えて去っていく。そこからは、忍者を目指す生徒が残る。

だが、忍者を目指しながら、途中で辞めるチャンスは、もう一度だけある。

それが四年修了時だ。

四年までは、敵と遭遇しても逃げればよい。危ない目にあったとしても、自分や後輩が逃げる時間を稼ぐことができれば及第点だ。

だが五年以上は違う。

上級生の責務として、有事の際は忍術学園や下級生を守る。

そして、プロ忍になることを見据えて、いざというときに動ける訓練が行われる。

先輩方や先生方ははっきりと告げないが、五年からは、暗殺が授業内容に組み込まれる。

――ただ、いくらカリキュラムに含まれているといっても、無辜の人を手にかけるわけにはいかない。

対象は忍術学園が危険視した陣営の幹部、あるいは要注意人物、あるいは賊ということになるため、実行に移すのは、いつになるかはわからない。

だが、それをやりたくないのであれば学園を去らなければならない。

明確に線を踏み越えなければならないことを、喜八郎たち生え抜きの四年生三人はうっすらと感じ取っている。編入組には、五年の進級前に告げられるだろう。

学び舎にいる間、不殺を貫いたとしても、プロになってすぐに実行できるわけがない。

いつかくるかもしれないそのときに備えて、自分を、誰かを守れるように。

だから上級生の間に経験しておくことは、不思議ではない。

「学外治療で徳を積むことで不運をやり過ごしている人です。人なんて殺したら、一体どうなるんですか」

「跳ね返ってくるだろうな」

仙蔵が答えた。

喜八郎は息をのんだ。

「だから伊作は、一番最後だった。私と伊作は、どちらかといえば遠距離での戦法を得意とする。切った張ったの状況には陥りにくい。それでも身を守らねばならないときは、留三郎が手を下した」

不運は自分にだけ降りかかってくるとは限らない。だからこれは、忍術学園を守るためにも妥当な判断だ。

「だが、事情があるとはいえ、一人だけ進級要件を緩めるわけにもいかない。伊作は進級を望んだし、忍術学園も伊作が任務や実習で人を傷つけることを許可した。一人を害したら十人を救うようにして、慎重に慎重に、できるだけ誰も殺さないようにして。そうして実習をすすめていった。我々が五年生だったとき、幸いにして、忍術学園の生徒に死者は出なかった。……多少の不運の犠牲者はあったがな」

喜八郎の知る限り、いろは対抗試合の後は死人は出ていない。自主退学者は出たが、不運対策が功を奏した結果なのだろう。

試行錯誤を繰り返した結果、今がある。

善法寺伊作はきっと、特殊な能力を持った生徒が学園で過ごす試金石だった。

「……兵太夫が作法にいるのは、からくりがらみですか?」

「ああ。からくりや罠を活かせる委員会は、現状では、ない。作法委員会が実質的な受け皿になっている。加えて幻術やそれに類する能力を持つ者に、からくりや罠にかけることは一定の効果がある。喜八郎の卒業後は兵太夫が活躍できるようにしてほしい。そして、喜八郎や兵太夫のような能力をもつ後輩をどんどん入れろ。きっとこれからも必要になる」

「……わかりました」

 

 

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