「――私たちが五年生だった頃の春、幻術使いがやってきた。今の二年生は、『素養なし』の判断が下った。だが、そのときはいつもと違ってな。私は学園長先生の庵に呼ばれて、幻術使いが言ったんだ。『もう忍術学園には来られない』と」
喜八郎ははたと気付く。そういえば、今年は幻術使いの特別授業が行われた様子はない。
「上級生になって避けられない伊作の業、五年以上が行う任務の結果は、ある程度、こーちゃんが引き受けると言った。殺傷は最低限度。学外治療も欠かさずにして、三反田数馬と力を打ち消しあって、それで五年生の間は大丈夫だろうと言った」
「五年の間って、そんな無責任な」
「果報行者は、私たちが六年になったときに、状況を打破する人物が現れるといった」
喜八郎が目をしばたかせる。
誰だ。
今年になって現れた人物なんて限られている。タカ丸さんか?守一郎か?いや、彼らは伊作先輩とはそこまで関わりがない。
委員会も違う。
そこで思い至る。
忍術学園には、まとまった数の入学者が春にやってくる。
「――一年生の誰かとでも、言うのですか」
「そうだ」
仙蔵は大まじめに肯定した。
「果報行者は、伊作と対照的な能力の持ち主が入学してくると予言した。その人物が忍術学園にいる間は、誰も死ぬような目に合わないだろうとも言った」
まるで幸運の塊のようだ。
「――誰なんですか、それは」
「――一年は組の、乱太郎だ」
喜八郎は眉を寄せた。
彼が幸運だとは、とても思えない。
保健委員の一員として、不運には見舞われているし、大小さまざまな事態に巻き込まれたり、関わったりしている。
「私も確信を持てたのはつい最近だった。最初に気になったのは、一年は組が『実践に強いは組』と言われ始めた頃だ。調べてみると、乱・きり・しんを中心にいろいろと首を突っ込んでは大した怪我もせずに帰ってきていることがわかった。伊作の不運で怪我ばかりだった昔と比べて対照的だろう?あいつらの教科のテストの成績は目の検査らしい。小平太と同じような、考えるより先に体が動くタイプかと思ったが、それとはまた違うと感じた」
喜八郎が黙っていると、仙蔵が続ける。
「果報行者は名指しはしていなかった。私はこの三人のうち誰かが、果報行者の言う人物だと見当をつけ、調査を続けた。……決定的だったのは、保健委員会が薬草摘みに行ったときだった。今年、保健委員全員と留三郎が薬草を摘みに外出した。いつものように伊作が崖から落ちかけ、なんとかとどまったものの、駆け寄った保健委員と留三郎たちがいる地面が崩れた」
不運のスケールもここまでくるとまるで喜劇のようだ。
「……冗談ですよね?」
「冗談ではない。私はこの目でみた」
作法委員会の隠された仕事は、委員長一人で請け負っていた。とすれば、情報収集の一環で尾行し、様子を見ていたとしても不思議ではない。
そしてこの先輩は、冗談などいう人ではない。
「それなりの高さから落ちたにも関わらず、全員軽傷だった。その後、歩いて学園まで帰れるくらいにはな。不運といえばせっかく集めた薬草が散らばったくらいだ」
今までの傾向からすると、ありえない幸運だ。これまでの不運の数々を聞いていると、全員死んでいてもおかしくなかった。
「乱太郎の能力は、無意識に使われている『補正』のようなものだろう。恐らく、危険な場面になっても、死ぬような目には合わない。それは周囲の人間にも波及する」