「……それは、うまく説明できないな」
差し出された穴実録を、喜八郎は黙って受け取る。
涼しい顔の仙蔵に、喜八郎は引き下がらなかった。
「別に、一言で表していただけなくても構いません。立花先輩の言葉で、分かるだけのことを説明してほしいんです」
仙蔵は、ため息をついた。
「なぜそこまで知りたがる?おまえは基本的に他人に構うことをしない。自分が興味のあることにしか動かないだろう」
「興味があることですよ」
喜八郎はしれっと返答した。
「伊作先輩が卒業したら、僕は穴が掘れなくなるかもしれないという可能性に思い至りましたので」
仙蔵は目を細めた。
先輩の沈黙を、続きを促されていると判断し、喜八郎は話を続ける。
「伊作先輩の不運を、僕の穴に落ちることで消化させる――。これはあくまで推測ですが、僕の穴掘りは伊作先輩が落ちるために、都合がよかったから見逃されてきたのではないですか?僕はトシちゃんをたくさん作れて満足ですけど、伊作先輩が卒業して穴掘りを禁止されたら、場所探しからしなけりゃいけませんし、そうなると今後の穴掘り時間の捻出も考えないとだめですから、先輩が卒業される前に聞いておこうと思ったんです」
「不運を消化、か。なかなか面白い考えだな」
「質問に答えてください。三年前の規模の事件は、僕が知る限り起きていません。これは仮説が正しいことを証明しているのでは?」
仙蔵が懐に手を入れ、放つ。
喜八郎はとっさに穴実録を前に出した。
手裏剣が三つ、突き刺さっている。
「お前が穴掘りに関して誇りを持っているのは知っている。そして私も認めよう。喜八郎が天才トラパーであるということをな」
喜八郎にとって、仙蔵は委員会で苦楽を共にした直属の先輩だ。迷惑をかけたことは幾度もある。怒られたことだって体全部の指できかないほどにある。
けれどもここまで感情をあらわにした怒りは、見たことがない。
「だが笑わせるな。喜八郎の落とし穴で不運を消化しているだと?あれはそんな、生易しいものを背負っていない」
仙蔵はおもむろに、懐から武器を取り出し始めた。
手裏剣、宝禄火矢、苦無。
まるでさきほど喜八郎にしたことが誤りで、二度としないという決意の表れのように。
それらをそっと机に置いた。
「……すまなかった。私もまだまだだ」
「……いえ、ごめんなさい。僕はきっと、言ってしまってはいけないことを、言ってしまったのだと思います」
三年前。喜八郎が一年生だった頃、一年は組と二年は組が全滅した。同級生が一クラス分いきなりいなくなったことは、さすがの喜八郎も強烈に覚えている。表立って当時の出来事を言う者はいない。陰で言う者もいない。それほど影を落としている出来事だった。
それを現保健委員長の不運にからめてしまったことに、怒りを買ったのだと思った。
けれど。
「ただ、これだけは、確認させてください。……立花先輩は、三年前の出来事が伊作先輩の不運であることを、否定しないんですね」
仙蔵は、喜八郎の持っている本から、刺さっている手裏剣をゆっくりと抜き取った。
全てを回収し、背中を向けて机に置く。
振り返った仙蔵は、つとめてうまく笑おうとしているようだった。
「伊作が最高学年になってからは、『保健委員会は不運な人が集まるから、委員会の長は突出して不運なのだ』と、説明がしやすくなっていたんだがな」
仙蔵は喜八郎に、座るよう勧めた。
居住まいを正し、二人は向かい合う。
「忍術学園は、三年前の出来事を、伊作の不運が発動したからだと結論付けている。私も、伊作も。その見解が間違っているとは思わない」
「――僕の不運は、下手をしたら人が死ぬからね」
医務室でそう告げる伊作の目は、笑っていなかった。
伏木蔵の背中には、冷たい汗が一筋流れた。