機動戦士ガンダムSEED DESTINY - Agnes Route-   作:カイト__

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予兆の砲火、月下の策謀

漆黒の宇宙空間に、一条の閃光が奔った。ザフトの新造戦艦ミネルバの艦首に搭載された陽電子衝撃砲「タンホイザー」が、その恐るべき威力を初めて戦場に示した瞬間だった。目標は、シン・アスカのインパルスとレイ・ザ・バレルのブレイズザクファントムを翻弄していた、ネオ・ロアノークの駆る黒きモビルアーマー「エグザス」。

 

「ほう、威勢のいい挨拶だな。だが、当たらなければどうということはない!」

仮面の男、ネオ・ロアノークは不敵な笑みを浮かべ、エグザスを驚異的な反射神経で操る。タンホイザーの極太のビームはエグザスの機体を掠め、後方のデブリを蒸発させたが、直撃には至らない。しかし、その衝撃波と閃光はエグザスの体勢を僅かに崩した。

「今だ、シン!」

レイの冷静な声が飛ぶ。シンはインパルスのシルエットを、高機動戦闘用のフォースから近接格闘用のソードへと瞬時に換装。巨大なエクスカリバーレーザー対艦刀を構え、エグザスへと猛然と斬りかかる。レイのブレイズザクファントムもまた、背部のミサイルポッドから誘導ミサイルを斉射し、シンの突撃を援護する。

「まだまだ子供だな、お前たち。戦場の厳しさを教えてやろう」

ネオは嘲るように呟き、エグザスを巧みに操ってインパルスの大剣を紙一重で回避。同時に、分離した四基のガンバレルから変幻自在のビームの雨を降らせ、インパルスとザクファントムを再び翻弄する。インパルスのシールドが数発のビームを受け止め、シンのコックピットが激しい衝撃に揺れた。

「くそっ、なんて奴だ…!」シンは歯噛みする。初陣の勢いだけではどうにもならない、圧倒的な技量の差を痛感させられていた。

その時、戦闘宙域に急速に接近してきた地球連合軍の母艦ガーティ・ルーが、艦体から無数の煙幕弾を射出。辺り一面が濃密な粒子で覆われ、レーダーやセンサーが著しく阻害される。

「ちぃっ、逃げる気か!」

シンが追撃しようとするが、タリア・グラディスの冷静な声がそれを制した。「深追いは危険よ、シン!敵の罠かもしれないわ!」

煙幕が晴れた時には、エグザスと強奪された三機のガンダム、そしてガーティ・ルーの姿は、レーダーからも完全に消え失せていた。

「追撃は困難か…やむを得ないわね。本艦はこれより、アーモリーワンの救援及び生存者の救助活動に入る!各員、周辺警戒を厳とせよ!」

ミネルバのブリッジで、タリアは苦渋の表情を浮かべながら、次なる指示を発した。

 

遠く離れた月面基地、ザフト月艦隊司令部の管制室。アグネス・ギーベンラートは、アーモリーワンから送られてくる戦闘データを、まるで渇いた喉で水を求めるかのように貪欲に分析していた。ミネルバの戦闘参加、規格外の威力を見せたタンホイザー、そしてインパルスとレイ機の連携、さらにはエグザスという未知の高性能機との息詰まるような戦闘記録。その全てが、彼女の知的好奇心と、燻っていた野心を激しく刺激していた。

「あれがザフトの最新鋭戦艦ミネルバ…素晴らしいわ。陽電子砲の出力も、これまでの艦とは比較にならない。そして、あの黒いモビルアーマー、エグザス…パイロットは相当の手練れね。シン・アスカもレイ・ザ・バレルも、赤子同然にあしらわれていたわ」

アグネスの白い指が、コンソールの上を踊るように動き、複雑な戦闘データを多角的に解析していく。彼女は特に、インパルスの換装システム「シルエット」と、シン・アスカのSEED発現の兆候を示す生体データに強い興味を示した。

「シルエットシステム…戦況に応じて機体特性を瞬時に変化させる、面白いコンセプトだわ。プラントの技術者も、なかなか柔軟な発想をするじゃない。そしてシン・アスカ…あの土壇場での爆発的な反応速度、感情の起伏がそのまま戦闘力に直結するような、ひどく不安定で危険な魅力。だが、それが時として常識を超えた力を生み出す…なるほど、非常に興味深いサンプルよ」

彼女は集めた膨大な戦闘データを元に、自身のグフ・ルナリスの戦闘プログラムを密かにアップデートしていく。仮想敵としてインパルス、ブレイズザクファントム、そしてエグザスを設定し、より高度で複雑な戦闘シミュレーションを、月の静寂の中で夜通し繰り返した。

「(月(ここ)でシミュレーションを繰り返しているだけでは、彼らに追いつけない…!私にはもっと生々しい情報が、そして何よりも、血の匂いのする実戦経験が必要だわ!)」アグネスの瞳には、焦燥と渇望の炎が揺らめいていた。

 

戦闘が小康状態となった後、ミネルバはアーモリーワンの被害状況を確認し、破壊された居住ブロックやドックに取り残された生存者の救助活動を開始した。炎と煙が立ち上る残骸の中、ザフト兵たちは懸命に救助にあたっていた。

その中で、オーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハと護衛のアスラン・ザラ、そしてプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルとその側近たちが、幸いにも大きな怪我はなく、無事救助され、ミネルバの艦内へと収容された。

ミネルバの広大なハンガーデッキ。アスランは、戦闘で損傷したザクウォーリアから静かに降り立った。彼はまずカガリの安否を気遣い、彼女が待機しているであろう医務室へと足を早める。カガリは、目の前で繰り広げられた破壊と戦闘の光景、そして多くの人命が失われたであろう現実に強いショックを受け、医務室のベッドの端に座り込み、顔面蒼白で微かに震えていた。

「カガリ、大丈夫か」アスランは彼女の肩にそっと手を置き、力づけるように声をかける。

「アスラン…なぜ、こんなことが…」カガリの声は弱々しく、その瞳は潤んでいた。

一方、デュランダル議長は、その冷静沈着な態度を少しも崩さず、タリア艦長に丁重な感謝の言葉を述べると共に、事態の収拾とプラント本国への正確な報告を指示した。その言葉遣いはあくまで紳士的だったが、その瞳の奥には、この未曾有の混乱すらも計算に入れているかのような、底知れない深謀遠慮が感じられた。

「議長、お怪我はございませんか」タリアが問う。

「ああ、私は問題ない。それよりも、カガリ代表のご心痛はいかばかりか…」デュランダルはカガリに視線を移し、心からの同情を示すかのような表情を浮かべた。「残念ながら、カガリ代表。平和を望まぬ者たちがいるのもまた、厳然たる事実なのです。我々は、その理不尽な暴力と脅威に、断固として立ち向かわねばなりません」

その言葉は、カガリの心に深く突き刺さった。彼女は顔を上げ、デュランダルを真っ直ぐに見つめ返した。「しかし、力には力で応えるだけでは、憎しみの連鎖は断ち切れません!プラントは、本当に平和を望んでいるのではなかったのですか!?」

カガリの悲痛な叫びに対し、デュランダルは静かに、しかし揺るぎない意志を込めて答えた。「もちろんです。我々は誰よりも平和を渇望しています。ですが、その平和を守るためには、時として断固たる力も必要なのです」

 

インパルスの戦闘で左腕に軽い火傷を負ったシンは、ミネルバの医務室で手当てを受けていた。初陣の高揚感と、敵を取り逃がしたことへの不満、そして何よりも、目の前で繰り広げられた破壊と殺戮の記憶が、彼の心を掻き乱し、落ち着かない様子だった。医務室の壁に設置されたモニターには、アーモリーワンの被害状況を伝えるニュース映像が繰り返し流されている。炎上する居住区、破壊されたドック、そして負傷者の数…。

そこへ、艦内を視察し、負傷者を見舞っていたカガリが、アスランに付き添われて通りかかった。彼女は、シンの着ているザフトの赤い軍服と、彼のまだ幼さの残る顔、そしてモニターに映る無残な破壊の爪痕を見て、抑えきれない感情が堰を切ったように込み上げてきた。

「また戦争が始まるというのか…なぜあなたたちは、そうまでして戦うことをやめられないのだ!力で何かを奪い合い、傷つけ合うことの虚しさを、まだ理解できないのか!」カガリの声は怒りと悲しみで震えていた。彼女の純粋な平和への願いが、目の前の「戦士」であるシンに向けられたのだ。

シンは、カガリの言葉に含まれる、まるで自分たちザフトだけが戦いを望んでいるかのような響きと、彼女がオーブの代表であるという事実に、瞬時に激しい反発を覚えた。オーブの戦火で家族を無残に失ったあの日の記憶が、鮮血のように彼の脳裏に蘇る。

「あんただって、オーブの代表なんだろうが!」シンの声が、医務室に鋭く響いた。「あんたたちオーブが、中立だなんて聞こえのいい綺麗事を並べて、地球連合にもプラントにもいい顔をして、どっちつかずの態度を取り続けているから、いつまで経っても戦争が終わらないんじゃないか!あの時、オーブがさっさと地球連合に降伏していれば、俺の家族は…俺の妹は、死なずに済んだんだぞッ!!」

シンの赤い瞳が、抑えきれない憎悪と深い悲しみで赤黒く燃え上がった。その言葉は、カガリの胸を鋭く抉った。

「な…何を言うか!オーブは、オーブの崇高な理念を守るために戦ったのだ!お前のような、何も知らない子供に、何がわかるというのだ!」カガリもまた、自国の誇りを傷つけられた怒りで声を荒らげた。

「カガリ!シン君も、そこまでだ!」アスランが二人の間に割って入り、必死に制止する。しかし、シンとカガリの間には、互いの譲れない正義と癒えない痛みが激しく衝突し、修復困難なほどの深い溝が生じてしまっていた。その瞬間、二人の運命の歯車は、皮肉にも再び同じ戦場へと引き寄せられていく予感を孕んでいた。

 

月面基地。アグネスは、独自の諜報ルート――それは父であるギーベンラート評議員の持つ広範な情報ネットワークの一部や、時には非合法なハッキングに近い手段さえも駆使して――アーモリーワン事件の詳細な報告書や、ミネルバ艦内の情報を断片的にだが、着々と入手していた。その中には、シン・アスカという若いパイロットと、オーブ代表カガリ・ユラ・アスハの間で激しい口論があったという情報も含まれていた。

「シン・アスカ…オーブに対し、個人的なものも含め、深い憎しみを抱いているのね。感情的で単純な男だと思っていたけれど、その激情の根源は、やはりあのオーブでの悲劇にあるというわけか…」アグネスの唇に、怜悧な笑みが浮かぶ。「フフ、ますます面白いわ。その純粋なまでの憎しみは、使い方によっては非常に強力な武器になるかもしれない。彼を上手く手駒にできれば、私の野望の実現も早まるかもしれないわね…」

彼女は父親であるギーベンラート評議員に、改めて正式な暗号化通信回線で連絡を入れた。

「お父様、先日の件ですが、月での新型MSグフ・ルナリスの基礎データ収集はほぼ完了いたしました。現状のシミュレーションでは、これ以上の有益なデータは望めません。次の段階として、より実戦に近い流動的な環境下での運用データ、特にアーモリーワンで多大な戦果を上げたインパルスガンダムとの連携、あるいは対抗評価が不可欠であると判断いたします。つきましては、私のグフ・ルナリスと共に、ミネルバへの一時的な転属、あるいは共同作戦へのオブザーバーとしての参加を、ギーベンラート家の名誉とザフト全体の戦力向上のため、強く具申いたします。これは私の個人的なキャリアのためだけではございません。お父様の期待に応えるための、最も効率的かつ効果的なステップであると確信しておりますわ」

アグネスは冷静沈着な口調で、しかしその瞳の奥には計算高い野心の光を宿らせて、父親を巧みに説得しようと試みる。電話の向こうの父親は、娘の野心と能力を認めつつも、その奔放さを危惧し、「…評議会で検討しよう。だが、ギーベンラート家の娘として、軽挙妄動は決して許さんぞ」と、含みを持たせた返答をするに留めた。

アグネスは通信を切った後、不敵な笑みを深めた。「(お父様も、私の才能を利用したいはず…時間の問題ね。待っていなさい、シン・アスカ。月下の女神が、あなたのその赤い運命を、そしてこの退屈極まりない戦場の盤面を、華麗に弄んであげるわ…!)」彼女の視線は、モニターに映し出されたインパルスの戦闘データ――特に、シン・アスカの感情の起伏とSEED発現の兆候を示すグラフに、蛇のような執拗さで注がれていた。

 

ミネルバの艦橋。デュランダル議長は、カガリとアスランに対し、オーブへ安全に送り届けるまでの間、ミネルバの客室で保護することを丁重に提案した。カガリは反発の色を見せたが、現状他に選択肢はなく、不本意ながらもそれを受け入れざるを得なかった。

タリア艦長は、強奪された3機のガンダムと母艦ガーティ・ルーの追撃を最優先事項として決定。長距離索敵レーダーが、敵艦隊のものと思われる微弱なエネルギー反応を、ユニウスセブン近傍のデブリ帯で捉えたとの報告が入る。

「全クルーに通達!本艦はこれより、ユニウスセブン近傍デブリ帯へ進路を取る!目標、敵性艦隊の補足及び撃滅!各員、第一戦闘配備を維持!ミネルバ、最大船速!」

タリアの凛とした号令が、艦橋に響き渡る。ミネルバは、その巨大な艦体を宇宙の闇へと滑らせていく。艦内には、先の戦闘の興奮の余韻と、次なる未知の戦いへの重い緊張感が、まるで磁場のように漂っていた。

 

無数の宇宙の残骸(デブリ)が、静寂の中でゆっくりと漂う暗黒のデブリ帯を、ザフトの新鋭戦艦ミネルバは、獲物を追う孤高の狼のように、静かに、しかし確かな意志を持って進んでいく。

その艦内で、シン・アスカは、オーブへの消えない怒りと、カガリ・ユラ・アスハへの激しい反発を胸に、インパルスのコックピットで唇を固く噛み締めていた。彼の赤い瞳は、次なる戦いに向けて、決意を新たにするかのように鋭く輝いている。

そして、遠く離れた月では、アグネス・ギーベンラートが、シン・アスカの戦闘データと心理プロファイルを映し出す複数のモニターに囲まれ、まるで複雑な詰将棋の次の一手を読むかのように、静かに、そして冷徹に次の戦略を練っていた。彼女の細く美しい指先が、インパルスガンダムの三次元モデルに、まるで愛撫するかのようにそっと触れる。その口元には、全てを見透かすような、不敵で妖艶な笑みが浮かんでいた。

「さあ、始めましょうか、シン・アスカ。私たち二人の、本当のゲームを…この退屈な月夜を終わらせるための、ね」

 

 

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