機動戦士ガンダムSEED DESTINY - Agnes Route-   作:カイト__

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世界の終わる時、月影の目撃者

第6話「世界の終わる時、月影の目撃者」

 

深紅の炎が大気を焦がし、絶望の星屑が地球へと降り注ぐ。ユニウスセブンの巨大な破片群は、大気圏との激しい摩擦で燃え上がりながら、地上へとその牙を剥いていた。それを追って、シン・アスカのインパルスガンダム、アスラン・ザラのザクファントム、レイ・ザ・バレルのブレイズザクファントム、そしてルナマリア・ホークのザクウォーリアもまた、機体を灼熱のプラズマに包まれながら、決死の降下を開始していた。彼らの任務はただ一つ、地上に到達する前に、この「死の星屑」を可能な限り破砕すること。しかし、それはあまりにも絶望的な戦いだった。

 

「くそっ、キリがないぞ!」

シンはインパルスのコックピットで叫びながら、ビームライフルを乱射し、迫り来る破片を撃ち砕いていく。しかし、破壊しても破壊しても、次から次へと新たな破片が視界を覆い尽くす。眼下には、刻一刻と近づいてくる青い地球。そして、その地表のあちこちで、迎撃をすり抜けた破片が炸裂し、巨大なクレーターを穿ち、衝撃波がキノコ雲となって立ち上るのが見えた。その光景は、シンの脳裏に焼き付いて離れない、オーブでの家族喪失の悪夢を強烈に呼び覚ました。

「(やめろ…やめろォォォッ!!こんなこと、絶対に繰り返させてたまるか!)」

彼のインパルスは、鬼気迫る、まるで何かに取り憑かれたかのような激しい操縦で破片に食らいつき、ビームサーベルで、ビームライフルで、そして時には機体ごと体当たりするかの勢いで、狂ったように破壊を続けた。しかし、それは焼け石に水であり、彼の焦燥感と無力感をただ増幅させるだけだった。その赤い瞳は、悲しみと怒り、そして抑えきれない絶望で、血のように赤黒く染まっていた。

 

同じ頃、アグネス・ギーベンラートの駆る白銀と紫のグフ・ルナリスもまた、灼熱の大気圏を単独で突破し、地球の重力圏へと到達していた。彼女のコックピットもまた、大気圏突入の激しいGと、機体表面を舐める灼熱のプラズマに晒されていた。しかし、アグネスは眉一つ動かさず、冷静沈着に機体を制御し、的確な判断で最も安全かつ迅速な降下ルートを選択していた。その卓越した操縦技術は、彼女が単なるエリートではなく、真の実力者であることを雄弁に物語っていた。

「(シン・アスカ…あの馬鹿、きっと無茶ばかりしているんでしょうけど、せいぜい生き残っていなさいよ…!あなたをこの私の手で打ち負かし、私の引き立て役として最高の舞台で踊らせるその日までは、勝手に死なせるわけにはいかないんだから!)」

彼女は強気な言葉を心の中で毒づいたが、その瞳の奥には、シンの身を案じるかのような、ほんの僅かな揺らぎが隠しきれずにいた。月からの長距離単独追跡は、彼女のプライドと野心だけでなく、シン・アスカという存在への無視できない執着と、自分でもまだ明確には気づいていない複雑な感情に突き動かされた結果だったのだ。

大気圏離脱後、通信回線は依然として激しいノイズで混乱しており、ミネルバの位置を正確に特定するのは困難を極めた。しかし、アグネスはインパルスが放つ特有のエネルギーパターンと、戦闘が予測される宙域の戦術データを冷静に照合し、グフ・ルナリスを迷いなく急行させた。その先にあるのが、新たな地獄だと知りながら。

 

ミネルバは辛くも大気圏降下を完了し、地球の広大な海洋上を航行していた。ユニウスセブン破片による地球各地の被害状況を確認しつつ、今後の行動を模索している、まさにその時だった。

突如として、艦橋のレーダーが複数の高速接近物体を捉えた。ネオ・ロアノーク率いる地球連合軍のウィンダム大隊と新型モビルアーマー部隊が、大気圏外縁部の厚い雨雲を隠れ蓑にして、ミネルバに奇襲を仕掛けてきたのだ。

「地球連合軍…!この未曾有の混乱に乗じて、まだ我々を叩くつもりか!許し難い暴挙だわ!」タリア艦長の怒声がブリッジに響く。

シンとレイが迎撃のためインパルスとブレイズザクファントムで緊急発進。アスランとルナマリアもそれぞれのザクで続いた。彼らは大気圏内での戦闘にまだ完全には順応しておらず、加えて敵の数はミネルバ隊を遥かに上回っていた。

その激しい戦闘が繰り広げられる宙域に、アグネスのグフ・ルナリスが絶妙なタイミングで到着した。彼女は即座に戦況を把握し、その美しい顔を不快そうに顰める。

「フン、ザフトの最新鋭艦も、大した護衛もつけられないほど人手不足なのかしら?それとも、パイロットの質が、この程度ということかしらね?」アグネスはミネルバのブリッジに向けて、あるいは独り言のように、通信回線にわざと聞こえるように呟いた。「仕方ないわね、少しだけ手を貸してあげるわ。ただし、これは借りは作らない主義だから、後でたっぷり利子をつけて返してもらうわよ、ミネルバ」

グフ・ルナリスは、ミネルバを攻撃しようと接近する数機のウィンダムを、その高い機動力と背部に装備された長距離ビームキャノン、そして腕部に内蔵された鞭のようにしなるヒートロッドを駆使し、まるで月光の下で舞うかのように次々と撃墜していく。その鮮やかで冷徹な手並みは、ミネルバのブリッジクルーや、戦闘中のシンたちをも一瞬驚かせた。

「あの機体は…月艦隊の新型か?なぜこんなところに!?」タリアは驚きを隠せない。

「なんだ、あのグフ…!?味方なのか…?それに、あの動き…どこかで見たような…」シンもまた、その紫と白銀の機体に既視感を覚えた。

しかし、ウィンダム部隊の派手な攻撃は、ネオ・ロアノークが仕掛けた巧妙な陽動作戦に過ぎなかった。ミネルバの護衛MS隊がウィンダム隊に引きつけられている隙に、本命であるアウル・ニーダの駆るアビスガンダムが、深海から音もなくミネルバの真下へと忍び寄っていたのだ。

突如、海面が大きく盛り上がり、アビスガンダムがその巨体を現した。水中からミネルバの脆弱な艦底目掛けて、高出力ビーム砲と魚雷を雨霰と斉射する。ミネルバは緊急回避行動を取るが、艦底に数発の直撃を受け、船体が大きく傾き、激しい水柱が上がった。艦内が激しく揺れ、赤い非常灯が点滅し、警報がけたたましく鳴り響く。

「タンホイザー、発射用意!目標、海中の敵影!何としても沈めるわよ!」タリアは叫ぶ。しかし、海中から再び浮上したアビスガンダムは、その機体表面に搭載された陽電子リフレクターを展開。ミネルバのタンホイザーの直撃を、まるで鏡のように弾き返し、逆に至近距離からの変形MA形態での強力な砲撃でミネルバをさらに追い詰めていく。

 

その頃、海岸線にステラ・ルーシェの駆るガイアガンダムが陽動として出現し、破壊活動を開始した。その獣のような俊敏な動きと、無邪気なようでいてどこか狂気を孕んだ瞳は、シン・アスカの怒りを的確に煽った。

「シン…シンはどこ…?遊ぼうよ、シン…!」ステラは、まるでシンを挑発するかのように、海岸の施設を破壊しながら呼びかける。

「あの犬っころガンダム…!またお前か!俺が相手になってやる!」シンは、レイの「シン、待て!それは陽動だ!ミネルバの護衛に戻れ!」という冷静な制止も聞かず、怒りに任せてインパルスでガイアを猛追し、単独で戦線を離脱してしまった。

ガイアを追って鬱蒼とした沿岸部のジャングル地帯に深く入り込んだシンは、偶然にも、地球軍によって秘密裏に建設が進められている大規模な基地施設と、そこで強制労働させられている多数の民間人の姿を発見した。監視兵による鞭や銃床による非道な暴力、飢えと極度の疲労で次々と倒れていく人々…その中には、プラントからの難民と思われる幼いコーディネイターの子供たちの姿も散見された。その光景は、シンの脳裏に焼き付いて離れない、オーブでの家族喪失の悲劇――炎上する街、助けを求める妹マユの絶叫、そして何もできなかった自分の無力な姿――を、まるで昨日のことのように、しかしより一層鮮明に蘇らせた。シンの赤い瞳が、怒りと絶望、そして激しい、抑えきれないほどの憎悪で再び赤黒く染まっていく。

 

一方、ミネルバは依然としてアビスガンダムの猛攻を受け続けていた。レイとルナマリアは慣れない水中戦とアビスの高性能に苦戦を強いられていた。アグネスもまた、グフ・ルナリスで空中から援護射撃を行うが、水中からの神出鬼没な攻撃には限界があり、有効なダメージを与えられずにいた。「(ちっ、水中戦は専門外だというのに…!あの赤い艦のパイロットたちは、一体何をしているのよ!)」

その時、アビスガンダムは、ミネルバに随伴し、対潜警戒を行っていたザフト軍の潜水艦ニーラゴンゴに対し、その強力な魚雷とビーム砲で容赦ない集中攻撃を加えた。ニーラゴンゴはなすすべもなく轟沈し、乗員たちの断末魔の叫びが、通信回線を通じてミネルバのブリッジ、そして戦闘中のMS隊のコックピットにまで悲痛に響き渡った。

その絶望的な報と、目の前で繰り広げられている強制労働の惨状が重なり、シンの心の中で最後の箍(たが)が、音を立てて決定的に外れた。

「許せない…絶対に許せないッ!!こんなこと、こんな理不尽なことが、あっていいはずがないんだ!!」

シンはインパルスのエクスカリバーレーザー対艦刀を抜き放ち、地球軍の監視兵だけでなく、基地施設、建設用重機、資材運搬車両、そしてまだ建設途中の砲台などを、まるで狂ったかのように手当たり次第に破壊し始めた。それは、捕らえられた民間人を「解放」するという大義名分のもとに行われる、あまりにも一方的で、無差別な破壊と虐殺にも近い、凄惨な光景だった。彼の絶叫は、怒りと悲しみと絶望が入り混じった、傷つき、追い詰められた獣の咆哮そのものだった。

 

シンを追ってその場に到着したアグネスは、彼のその常軌を逸した破壊行動を、グフ・ルナリスのコックピットから呆然と、そして戦慄しながら目の当たりにしていた。

「(シン…あなた、正気なの…!?これが…あなたの言う正義…?これはただの破壊じゃない…!あなたの瞳、まるで血に飢えた獣のようだわ…!)」

彼女はシンの怒りの深さと、彼が抱える心の闇の計り知れない大きさを改めて認識し、言葉を失った。彼の瞳に宿る、全てを焼き尽くさんばかりの狂気に、アグネスは恐怖に近いものを感じた。止めようとするが、今のシンにどんな言葉が届くというのか。彼女はただ、その凄惨な光景を、そして変わり果てたシンの姿を、月影のように静かに、しかしその目に焼き付けるように見つめることしかできなかった。

 

地球軍の沿岸基地は、シンのインパルスによって文字通り徹底的に壊滅させられた。ガーティ・ルーはアビスガンダムとガイアガンダムを回収し、当初の目的を達したとばかりに、悠々と戦場から撤退していく。ミネルバも深手を負い、これ以上の戦闘継続は不可能と判断され、戦闘は不完全な形で終結した。

ミネルバの格納庫に帰艦したシンは、自分の行いを「虐げられていた人々を救い出し、悪を討った正義の行為」と信じて疑わず、むしろ一種の高揚感すら覚えていた。「(これで、苦しんでいた人たちは解放されたんだ…!俺は、間違ってない!)」

しかし、そんな彼を待っていたのは、格納庫の出口で仁王立ちするアスラン・ザラの、氷のように冷たく、そして燃えるような怒りを宿した視線と、彼の渾身の力で振り抜かれた平手打ちだった。乾いた衝撃音が、静まり返ったデッキに響き渡り、シンの頬が赤く腫れ上がった。

「貴様、自分が一体何をしたかわかっているのか!」アスランの声は、怒りと失望で震えていた。「あれは虐殺だ!単なる破壊行為以外の何物でもない!力を持つ者は、その力の使い方を誰よりも自覚しなければならないんだ!お前はただ怒りに任せて、全てを破壊しただけじゃないか!そこに何の意味があるというんだ!答えろ、シン・アスカ!」

シンは殴られた頬を押さえ、憎悪に満ちた赤い瞳でアスランを睨み返した。「何が悪い!奴らは明らかに苦しんでいたんだぞ!俺はあいつらを、あの地獄から解放してやったんだ!あんたのような、何もできない、ただ見ているだけの傍観者に、俺の何がわかるっていうんだ!」アスランの正論に、シンは激しく反発する。彼の心の中では、アスランはもはや尊敬すべき先輩ではなく、自分の信じる正義を理解しようとしない、ただの邪魔な「敵」に成り果てていた。

二人の間の溝は、もはや修復不可能なほどに深く、そして暗いものとなっていた。

 

アスランに殴られ、なおも納得できない怒りと憎悪の表情で彼を睨みつけるシンの赤い瞳。その瞳の奥には、誰にも理解されないという深い孤独と、自分の信じる「正義」への揺るがない、しかしどこか歪んでしまった確信が、まるで業火のように宿っている。

その一連の凄絶な光景を、少し離れた場所から、ミネルバのデッキに降り立ったアグネスが、グフ・ルナリスのコックピットのハッチを開け、その美しい顔を覗かせながら、複雑な、そしてどこか冷めたような、しかしそれでいて熱を帯びたような、矛盾した表情で見つめている。

「(シン・アスカ…あなたのその濁りきった赤い瞳は、一体どこまで堕ちていくのかしら…それとも、その絶望の先に、何かを見つけ出すというの…?面白いわね、ますますあなたから目が離せなくなったわ。あなたは、私が手懐けるべき、最高の獲物かもしれないわね…)」

彼女は、先程シンを追跡している最中に、彼のインパルスから偶然吹き飛ばされ、戦闘の混乱の中で咄嗟にグフ・ルナリスのマニピュレーターで回収していた小さな「お守り」のようなもの――それはシンの妹マユの遺品である、古びたピンクの携帯電話のストラップからちぎれた、小さなガラス細工の星の飾りだった――を、無意識のうちにその白い手袋に包まれた指先で弄んでいた。彼女の心の中で、シン・アスカという存在への興味、軽蔑、そしてほんの僅かな憐憫と、それを超えた何か得体の知れない、しかし抗いがたい強い感情が、月影のように静かに、しかし確実に渦を巻き始めていたのだった。

その時、ミネルバの艦橋からタリア艦長がデッキに降りてきて、アグネスに声をかけた。「ギーベンラート少尉、だったかしら。あなたの援護、感謝するわ。見事な腕前だった。当艦はご覧の通り、損傷が激しく、近くのザフト基地で本格的な修理が必要になるでしょう。つきましては、あなたには、正式にミネルバへの編入を要請したいのだけれど…月の本国からの指示は、どうなっているのかしら?」

アグネスは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの不遜な、しかしどこか妖艶な笑みを浮かべた。「フフ、それは好都合ですわ、艦長。実は私も、この興味深い艦と、そして…さらに興味深いパイロットたちにもう少しだけお付き合い願いたいと思っておりましたの。本国からの指示は、すぐにでも取り付けてご覧にいれますわ。このアグネス・ギーベンラートの力をもってすれば、ね」

彼女の射るような視線が、アスランと睨み合うシンの背中に向かって、意味ありげに細められた。新たな嵐の予感が、ミネルバの傷ついたデッキに立ち込めていた。

 

 

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