TS転生ペルソナ使い 作:ジェネリックペルソナ
汝は我?
ふと気が付いたら、全く知らない場所に立っていた。
現代的な建築物が並んでいるが、日本では考えられないほどに荒れ果てている。壊れた建物の隙間から、見たことのない鉱石が顔を覗かせていた。
極め付けには、いつもと違う視界に体格。ご丁寧に、身に付けていた制服も女物になっている。どうやら性別すら変わってしまっているらしい。
異世界転生? それともタイムスリップだろうか。性転換ものも、今じゃ珍しくもない人気ジャンルだ。
今時流行らないようなベタベタの展開だが、当事者としてはたまったものじゃない。
状況が全くわからない心細さに座り込む。長くなった髪や制服が地面につくのも気にならなかった。
どうしてこうなった? 今日は確か、学校に行って、帰りに友達とスタバに寄り道して、それから、……。
自分がこれまで何をしていたか必死に思い出しても、こんな状況になっている理由はわからない。
建物は倒壊して、道路は割れている。どう見たってまともな環境じゃない。
「なんなんだよ、これ……」
不安に涙が出そうだった。というか、もはや出ていた。膝に顔を埋めて、ふと制服のポケットに何か入っていることに気がつく。
スマホでもあれば心の拠り所になる。そう思ってポケットに手を突っ込んだ。
ひやりとした感覚が指先を掠める。嫌な予感を覚えながらポケットから取り出して見ると、それは銃の形をしていた。
銀色のフォルムにS. E.E.S.の文字。俺はこれに見覚えがあった。
──S. E.E.S.制式召喚器。
ペルソナ3と呼ばれるゲームに出てくる、ある存在を呼び出すためのアイテムだった。
であればここはペルソナ3の世界なのだろうかと考え、すぐに違うと思い直す。少なくとも、あのゲームにこんな場所はなかった。同タイトルの他シリーズでも同様だ。
こんなものがあったところで、よくわからない状況がもっとよくわからなくなるだけだ。どうしてこうなったかを丁寧に書いた説明書の方が嬉しかったな。
どうするべきかもわからず、そのままぼんやりしていると──ふと、小さな生き物が視界に入った。
「ンナ? ンナナ!」
「………………うさぎ?」
黒と白の長い耳にまんまるのフォルム。小さな足で二足歩行している。俺の知るうさぎとは……ちょっと……いや、かなり異なるが、たぶんうさぎである、と思う。たぶん。だって耳長いし。
ぼろを纏ったうさぎは大きな目で俺を見上げていた。ンナンナと鳴き声をあげて、何やら身振り手振りしている。
「えっと……。なに、なんだ?」
「ンナ……。ナナンナ、ンナンナ!」
手招きのようなジェスチャー。うさぎはついて来いと言っているようだった。
大人しく後を追いかける。
そこらにあったよくわからない結晶も、草木も生えていない空き地に、ぽつんとあばら屋が建っていた。
案内されるまま、家の中に入る。
「これは……うさぎさん、の仲間か?」
「ンナ!」
うさぎによく似た生き物が数体、布と花で作られた寝床で寝かされていた。小さな体は微動だにしない。うさぎさんは埃を払ったり新たな花を飾ったり、彼らの寝床を丁寧に整えている。
横たわった彼らをよく見ると、耳が欠損していたり、体の表面が割れていたり──恐らくもう生きていないだろうことがわかる。
生き物特有の死臭がしないのは、ここが異世界だからだろうか?
うさぎさんはこのあばら屋でひとり、死んだ仲間の世話をしているらしかった。
部屋の一角は居住スペースになっているらしく、生活感を感じる作りになっていた。うさぎさんは隅に置かれていた荷物から布をかき集めると、せっせと何やら作業を始める。
「な、なあ、何やってるんだ? 手伝おうか?」
「ンナ? ンナンナ!」
恐る恐る声をかける。うさぎさんはおや?とこちらを見て、古ぼけた戸棚から何かを取り出して渡してきた。食べ物の缶詰だった。残念ながら印字されている文字が読めないため、なんの缶詰かはわからない。
「いや、腹が減ってるわけじゃなくて」
「ン〜〜ナ……。ンナナ!」
今度は箸を手渡される。
このうさぎさん、人間は食事に箸を使うと言うことを理解しているらしい。この街は日本とよく似た文化だったのだろうか。
うさぎさんはンナンナと作業に戻ってしまったので、大人しく缶詰を食べることにする。幸いなことに手で開けられるタイプだ。ぺりりと蓋を開ける。中身は魚の味噌煮だった。サバに見えるが、本当にそうかはわからない。
環境も環境なので、念のため匂いを確認する。……味噌のいい匂いだ。少なくとも腐っていそうな匂いはしない。
忙しなく動くうさぎさんを見ながら、ぱくりと一口。
推定異世界でも、味噌の香りは日本と変わらないらしい。口腔に広がる味に、無性に泣きたくなった。
*
うさぎさんはどうやら、俺の寝床を作っていたらしい。ありあわせの資材で作られたそれは、使う人が苦痛を感じないよう、ありったけの布が使われている。
「ンナナ!」
「い……いいのか?」
「ンナ!」
うさぎさんはンナンナと寝床を叩いて、俺に何やら促している。気がつけばすっかり夜になっていて、俺に寝ろと言いたいのだろう。ぼんやりと光る小さなランプだけがこの家の光源だった。
少し迷ったが、そっと横になる。角材と、布の感触。寝心地は抜群だ。それこそ泣きたくなるくらいには。
「ンナナ……」
うさぎさんは比較的清潔そうな布を俺に被せた。どうやら掛け布団のつもりらしい。
「あ、ありがとう……」
「ナナンナ!」
うさぎさんはお安いご用意、と言いたげに胸を叩いた。そしてくるりと振り返り、仲間の寝ている方に向かう。まだ明るいときに見たからわかる。仲間の寝床に並べるようにしてあった、布を1枚敷いただけの簡素な寝床。たぶん、そこに向かうんだろう。
俺はこんなにいいベッドを貰ったのに、うさぎさんは布1枚。なんだかそれが嫌で、気づけば声をかけていた。
「な、なあ。……その、一緒に寝ないか?」
「ンナナっ!?」
うさぎさんはもじもじしている。
「……さむいし、寂しいんだ。うさぎさんが嫌じゃなければ、一緒にいてほしい……」
うさぎさんは耳と手足を縮こませて、恥ずかしそうに小さくンナンナ鳴きながら、恐る恐る寝床に入ってきた。うさぎさんをそっと抱きしめるように布を被って、一息。
「…………ありがとう」
うさぎさんはほんのり暖かくて、それから、とっても柔らかかった。
*
うさぎさんと過ごすようになってから、たぶん1ヶ月ぐらい経った。
端切れを洗って、寝床の布を入れ替えたり、花を添えたり。うさぎさんと辺りを見回って、何か使えそうな物資がないか探したり。……家の水回りが生き残っていて本当に助かった。お湯こそ出ないが、飲み水やトイレに困ることはない。
そんな生活の中で、いくつかわかったことがある。
ひとつ。
ここが、かつて文明が栄えていた終末世界であること。
これはまぁ、深く考えなくてもわかることだが。倒壊した建物に、うさぎさんの体格には適さない、誰もいない街。そのどれもがかつて人間が存在していたであろうことを裏付けていた。
ふたつ。
なんかよくわからない化け物が存在すること。
遠巻きに見かけただけで、実際どんな生き物かはわからないが……。そのときのうさぎさんの反応で、かなり危ないものだということは理解できた。
以来、見かけたら見つからない内に逃げるようにしている。もしかしたら、こいつらが滅亡の原因かもしれない。
みっつ。
……何故だか俺が持っていた、S. E.E.S.の字が刻まれていたあの銃は、恐らく『本物』である可能性が高いこと。
……うさぎさんにも手伝ってもらって少し調べたのだが、あれには弾を入れるところ……弾倉と言うんだっけか? それがなかった。
その代わり、よくわからない構造していて、これが本当に
使わずに済むのであれば、それに越したことはない、と思う。なんで俺がこれを持っているかもわからないし。
うさぎさんはどうやら電力を食べるタイプのうさぎらしく、定期的にスタンドの来訪を必要としていた。
まだ電気が生きているスタンドは数少なく、どうしても遠出になってしまう。ついでに物資も探せるので悪いことではないのだが、化け物を見かけるたびにちょっぴり不安になっている。
とはいえ必要なことで、今日もうさぎさんのため、辺りを物色しながら電気スタンドに向かっていた。
「ンナ〜ナ〜〜」
「楽しそうだな……?」
「ンナナ!」
うさぎさんがピッ!と片手をあげた。
相変わらず何を言っているかはわからないが、ご機嫌であることはわかる。
「……?」
道中、何かが横切った気がして首を傾げる。うさぎさんも同じようで、ンナンナ言っていた。
影が走っていった先は俺たちの目的地の方向だ。あの化け物じゃなければいいけど……。そう思って進んだ先には、見慣れないうさぎが居た。
うさぎさんとは違い、しっかりとした服にオレンジ色のスカーフを身につけている。
見慣れぬうさぎは何やら忙しそうにちょこまかと動いていた。何をしているんだろうか。
あ、目が合った。
「……や、やあ。こんにちは」
────う、
「う、う、う、うさぎが喋った……!?」
「うさぎ? 僕はプロキシだよ。用があってここの調査をしてるんだ。……見たところ軽装だけど、君はどうしてここに?」
「えっと、気付いたらここに居たから、どうしてって言われても困るというか……」
「…………まさか、ずっとここに居るのかい? 最後にホロウから出たのはいつ?」
「ほ、ほろう……? 出たこと無い、んじゃないか……? たぶん」
この世界のうさぎはどうやら喋るらしい。
うさぎさんを見る。うさぎさんは「ンナ?」と不思議そうに体を揺らした。そう、そうだよな、うさぎの鳴き声ってこうだよな。……いや、本来俺の知るうさぎはンナともンナンナとも鳴かないけども。
「……たところ、けど……どんな問題……わか……ない……」
「──うん、そうだね、リン。特にここは安定しないから……」
「……? 他に誰かいるのか?」
プロキシと名乗ったうさぎは驚いたように飛び跳ねた。
「い、いや、なんでもないよ」
「ンナ?」
こほん、と小さな体で咳払い。どうやら仕切り直したいらしい。
「それよりも。ここは危ないから、すぐに離れたほうがいい」
「ンン……。でも、そろそろ電気を食べないと、うさぎさんが」
「……ボンプの充電をしたいのかい? 確かにこの先には電気スタンドがあるけれど……」
プロキシさんはただでさえ丸い目をもっとまるっこくして言った。少しの間、何かを考えるように目を閉じて頷いた。
「……うん。電気スタンドなら、もっと安全な場所がある。案内するから付いてきてくれ」
「ンナ!? ナナンナ!」
「あっ、え、ちょ、置いてかないでくれよ!」
うさぎさんは目を輝かせて駆け出した……と思ったら、プロキシさんを追い越したことに気が付いたらしくンナンナと戻ってきた。
*
「なんだって!? エーテリアス反応──みんな、走るんだ!」
「え、な、なに──ひっ」
「ンナナ!?」
和やかに目的地に向かっていた最中だったが──プロキシさんが焦るのもよくわかる。
いつの間にか、例の化け物が立っていたのだから。
明らかにこちらを捕捉していて、……もしかして、これからこいつと追いかけっこしなきゃいけない感じ?
「なん、なんだよあれ! なんかいつものよりすっごい危なそうだけど、あんなの見たことないぞ……!」
「予測データにも出現の兆候はなかった、どうして急に……? いや、とにかく走るしかない。次の角を右に曲がってくれ!」
プロキシさんのナビに従って走り出す。
路地裏を縫うように走るが、一向に化け物を引き離せない。
「念の為確認だけど、戦闘経験は!?」
「そんな物騒なものあるわけないだろ!」
「ンナンナ!」
走り続けているせいで身体が暑い。酸素も足りなくて、どうにかなりそうだった。
日頃の運動不足のせいか、それとも追いつかれたら死ぬという恐怖心のせいか。
「あっ」
「ンナ!?」
──べしゃ、と。段差につまづいてすっ転んだ。
どうやら盛大に擦ったらしく、膝がひどく熱かった。絶対グロいことになっている……とか、そんなことを思っている場合ではない。
よろよろと立ち上がる。数メートル先にうさぎさんとプロキシさん。そして、俺の数メートル後ろには化け物がいて、立ちあがろうとしている間にも距離を詰めているんだろう。
「ふ、ふたりとも。さきに逃げてくれ……。できれば、その、振り返らずに」
確実に終わった、と思った。
恐怖はとっくに許容値を超えていて、ぼたぼたと涙が出てくる。
俺が鈍臭いのが悪いのだ。むしろ俺が囮になれば、ふたりは助かってハッピーじゃなかろうか。出来るだけ時間をかけて俺を甚振ってくれ、化け物よ。……サクッと息の根を止めた後で。
そんなことをつらつら考えるが、もちろん背後を振り返るなんて出来はしない。怖いので。ただの現実逃避だ。
その現実逃避で、助けを求めようとする心を落ち着けて、どうにかふたりを見送ろうとしていたのだが──おかしいな。うさぎさんとの距離が離れない……というか、むしろ近づいてないか?
「────ンナナッ!!」
ものすごい勢いで、うさぎさんが化け物に体当たりした。
反動で化け物はいくらか後退したが──すぐに振り払い、うさぎさんは吹き飛ばされる。何度かバウンドしたあと壁にぶつかって、うさぎさんは動かなくなった。
「………………え?」
あたまが、まっしろになった。
すぐ近くに横たわる小さな体を抱き起こす。柔らかさは変わらないのに、うさぎさんは「ンナ」とも「ンナンナ」とも鳴かなかった。はやく、はやく手当しないと。──化け物がすぐそこにいるのに、どうやって?
「──はやく逃げないと!」
プロキシさんも戻ってきてしまったらしい。逃げる。逃げなきゃ。
うさぎさんが稼いでくれた時間も距離も無駄になる。……そう思っているのに、足が震えて上手く歩けない。
プロキシさんではうさぎさんを運べないから、俺がうさぎさんを運ばなきゃいけないのに。
どうしよう。逃げなきゃ。足が動かない。どうしよう。
「………………あっ」
震える手でポケットの中を漁る。目当てのものはすぐに見つかった。冷たいそれを取り出して、構える。
ごつ、と。かたい感触がこめかみをおさえた。
「な、何を…………っ。馬鹿なマネはよすんだ!」
「ぷ、プロキシさん。安心してくれ。だいじょうぶ、だから」
ヤケになって自殺しようとしている風に見えるのだろう、プロキシさんは止めるように飛び跳ねた。
エーテリアス、と言うらしい化け物はもうすぐそこにいる。
ぴくりともしないうさぎさんとプロキシさんを背に、俺は銃を握っていた。うさぎさんは俺を庇ってこうなった。であれば俺が、うさぎさんを助けないと。
歯が震えて、ガチガチと音が鳴る。実弾のない銃であるとわかっていてなお、怖くてたまらない。失敗したら、俺と、うさぎさんと、プロキシさんの死が確定する。
「だい、だいじょうぶ。うさぎさんはもう、たくさん助けてくれた。今度は、おれ、俺が……助ける、から」
「────ッダメだ、撃つな!!」
震える指先に、思いっきり力を入れた。
「────、
銃声。悲鳴。
影からずるりと異形が這い出た。
よかった、成功だ。
*
──その異形が現れたとき、パエトーンと呼ばれる彼は絶望した。ただでさえ状況は悪いのに、新たなエーテリアスが加わるのだから無理もない。
けたたましい銃声が何かの間違いであってほしくて、意識を少女に向け──息を呑んだ。
銃声と共に崩れ落ちた少女からは一切の出血がなかった。その体はひどく震えていて、間違いなく生きている。……今し方、自ら脳天を撃ち抜いたのに?
棺を纏ったエーテリアスが少女に手を伸ばす。今度こそ終わりかと、反射的にそう思った。
「やめ────ッ、え……?」
エーテリアスは壊れ物を扱うような手つきで少女を抱き起こすと、そっと倒れたボンプの隣に座らせた。少女を害することはなく、むしろ守るような行動だった。
ノイズがかかったような不思議な声が頭の内に響く。
……状況は全くわからないが、タナトスと名乗ったそのエーテリアスは、どうやら味方らしかった。
エーテリアスは突如現れた存在を警戒するように距離を保っている。タナトスが手を掲げ、エーテリアスへ向けた。闇を彷彿とさせるような黒がエーテリアスに纏わり付き、エーテリアスが苦しむようにもがき出す。
そして──数秒もしないうちに、エーテリアスはエーテルに還った。
タナトスは見たことのない力を以って迫り来るエーテリアスを始末すると、影に溶け込むように消えていった。
「エーテリアスが、消えた……?」
『……ううん。エーテル反応はなかった。今の、エーテリアスじゃないよ』
「──なんだって!? それじゃあ、一体……」
『それよりあの子たちが心配だよ、お兄ちゃん! はやく助けないと!』
「そうだ、ふたりは……」
少女とボンプに駆け寄って、容体を確認する。
少女は気力を使い果たしたのか気絶していた。転倒した際にひどく膝を擦ったらしく、火傷のようになっていて非常に痛々しいが、それ以外に外傷はない。
うさぎさんと呼ばれていたボンプは……跳ね飛ばされた衝撃で回路の接続が切れてしまっているが、この程度であれば設備があれば修復可能だろう。
命に別状はなく安心する。
このまま一息……と言いたいところだが、意識不明の少女とボンプをこのままにするわけにもいかない。
かといって、この体ではふたりを安全なところへ運ぶことも出来ず、パエトーンは頭を抱えた。
「……背に腹は変えられない。人命優先だ。リン、ホロウレイダーに連絡しよう」
銃を持っているなら、何故エーテリアスに使わなかった?
脳天を撃ち抜いたのに、何故少女は生きている?
こんな軽装でホロウの奥底に居た理由は?
────そして、あのエーテリアスは何者なのか。
疑問は尽きないが、少女が善人であることはわかる。
……あのとき、死を前にして恐怖に怯えながらも「先に逃げろ」と訴えたことを思えば、彼女を見捨てることは出来なかった。