TS転生ペルソナ使い 作:ジェネリックペルソナ
メリークリスマス!(大遅刻)
キュ、とカップを拭きあげて棚に並べる。カウンターからよく見えるように設置された食器棚は、マスターが選りすぐったティーカップ達を魅せるのによく適していた。
雰囲気も茶器も味もいいのになんでこんなに客が居ないんだろうな……。立地のせいだろうな……。立地って本当に大事なんだな…………。
トン、と指先で机を叩く音がする。カウンターの方に視線を向けると、2色の双眸が俺を見ていた。例の声帯ジョーカーなお客さんである。
「近頃、労働に精を出しているようだな?」
「週1ぐらいの頻度でしか来てないのになんでわかんの?」
怖いよ。なんなんだよ。
仕事の名義がなくなってしまったらしいリンとアキラと、あと大喰らいの新しい家族のため、確かにシフトの時間を増やしてもらったけども。
お客さん相手だというのに思わず敬語も取れてしまった。コーヒーを銘柄別に仕分けていたマスターにめっ! と怒られる。ナマ言ってすみませんでした。
しかしそんな俺の態度を気にする様子もなく、青年はしれっとした顔で続けた。
「情報収拾は基本中の基本だろう。君はあまりにも平和に毒されているようだ」
「これ、もしかして平和ボケしたバカって言われてるか?」
「まさか。君の美点のひとつだと思っているとも」
「ほんとかなぁ」
褒められてるっぽいけど、このひと、結構遠回しに言ってくるタイプなんだよな。皮肉か褒め言葉か微妙に判断がつかないので素直に喜べない。
「その平和ボケに免じてひとつ忠告しよう。郊外には近寄らないことをオススメする」
「コウガイ?」
「ふむ。街の外、と言えば理解できるかね?」
「外……あ、郊外か。えっ、新エリー都の外なんてあるんすか?」
「…………ああ。無論だ」
ちょっとびっくりする事実だった。
新エリー都は人類最後の都市と聞いていたので。まぁそりゃそうか、ホロウになったとしても土地がまるきり消えるわけじゃないもんな。
「へぇ〜〜。郊外ってそんなに治安悪いんすか?」
「まぁ、文化レベルで言えば間違いなく都内よりは劣るだろうな」
日本から見た諸外国みたいなイメージだろうか。
日々平穏なのであまり実感はないが、ここは終末世界なのだ。都内が安全なのは治安官をはじめとしたいろんな人のおかげなわけで、そりゃ管理の行き届いていなさそうな郊外なら治安も多少は悪くなるよな。
「でも、郊外に用事とかないし。行くことはないですよ、きっと」
「そうだといいがね。君が足を踏み入れれば、瞬きする間もなく頭から丸齧りだろう。気を付けることだ」
「えっ、そんなに?」
俺がナメられやすいのか、郊外がそれほどヤバいのか。微妙に判断つかないな。
とりあえず神妙な顔つきで頷いておいた。忠告はしかと胸に届いたぜ……!
そんなこんなで、声帯ジョーカーなお客さんとはそれなりに雑談する仲になってしまった。いや、別に駄目とかでは全然ないんだけど。
言葉のチョイスに癖はあるが、彼の話は聞いていて楽しいし。以前、素直にそれを伝えたら、片手で顔を覆って天を仰いでいた。
どういう感情なんだそれ、と突っ込んだら、「あまり関わりのない眩しさだった故に……」とかなんとか言っていた。……結局どういう感情だったんだ?
話が広がってくうちに職種について話題が移る。
俺はアルバイター、マスターはカフェのオーナー。お客さんは画廊を経営しているらしい。うーん、名前よりも先に職業を知ってしまった。
「画廊っていうと、美術館みたいな感じ?」
「そうとも。興味があるなら招待するのもやぶさかではないが……」
「あ、芸術とかあんまりよくわかんないからいいっす。ピカソぐらいしか知らないし」
「……………………そうか」
青年はちょっと悲しそうな顔をした。ごめんて。
あの……機会があればアキラとかリンとか誘って行くから……。ふたりなら俺より芸術とかそういうのもわかるだろうし……。
「ショウちゃんって旧文明時代に詳しいよね。ピカソとか、この間もギリシャ神話かなんかの話してなかった?」
ぎくり。
のんびりした様子のマスターに、これまたのんびりとした声で痛い腹を突かれた。
い、いや、別に隠すようなことでもないんだけど。旧文明時代の人間と見せかけた異世界人とか、かなりややこしい実情なわけで。うまく説明できる自信もないうえ、バカ正直に説明したら頭が可笑しいと思われかねない。
嘘を吐くのは心苦しいが、ここは誤魔化させてもらう……!
「え〜〜、そのぉ……居候先がビデオ屋さんなんでぇ……レトロ系にも詳しくなるって言うか……」
「ビデオ屋さんって言っても、ショウちゃん、アストラは知らなかったじゃない」
「か、顔と名前が一致してなかっただけっすよ! 見たらわかったし!」
「あー、そうね」
もともとそこまで関心はなかったのか、それ以上の追及はなかった。誤魔化せたようでなによりである。流石マスター、器も懐もデカい男。
残る目撃者はひとりだ。話を聞いていた青年の様子を伺ってみる。その様はまさに挙動不審であったが、「ん?」と胡散臭いほど輝かしい笑顔を向けられた。
………………。特に何も言われなかったのでヨシ!
仮に誤魔化せてなくても、旧文明時代に詳しいレトロボーイと思われるだけだ。いや、今はレトロガールか? ……どっちでもいいか!
とにかく、本当のことを言わなければいいだけなわけで。なんだ、全然焦るようなことじゃなかったな。ガハハ!!
…………それでもなんかちょっと不安なのは青年のCVのせいだと思う。大丈夫だよな、知らないうちに絶対遵守の命令とか使ってあることないことゲロゲロさせられないよな……?
*
今日は週に2日の貴重な休日である。
工房に籠ってビデオの在庫整理をしようとしたところ、リンがやって来た。
「ショウ、ずっとバイト三昧じゃん。お休みの日もビデオ屋の手伝いとか家のこととかやってくれてるし……。たまには遊ばなきゃ!」
…………ちょっぴり怒られてしまった。ので、今日は素直に遊びに出ることにした。
言われてみれば、確かにあまり遊びに行くなんてことしてなかったもんな。
迷惑をかけたくない……というか、出来るだけ恩を返したい一心だったが、逆に心配をかけてしまっていたのかもしれない。
話を聞いていたアキラに「車を出そうか?」と言われたが、丁重に断っておいた。ふたりとも、かなり忙しそうなので……。
というわけで、地下鉄を駆使してルミナスクエアに到着した。
うーん。言われるがまま家を出たが、どうしよう。リンおすすめの店に行くも良し、映画館に行くも良し、ショッピングするも良しだが、特にこれといって目的は決まってないんだよな。
……とりあえず、お昼ご飯か?
「ねえちょっと、そこの君!」
「…………ん? 俺か?」
美味しそうな店を探して歩いていたところ、見知らぬ人に話しかけられた。
見たことのない白い制服に包んだ男3人組だ。耳にはインカムが付いていて、どこかの職員さんっぽい装いをしている。
「…………と接触。オーダーを開始する」
うちひとりがインカムに手を当てて何やらボソボソ喋っている。
なんだろう。そんな風には見えないけど、迷子だろうか?
なんか様子が変だし、まさかナンパなんてことはないだろうが──
「君、可愛いね。今から一緒にお茶しない?」
──ナンパだったわ。それもベタベタの。
なに? ナンパのことオーダーって呼んでるタイプの界隈なのか? 聞いたことねえよそんな界隈。
「え、い、いや……」
「ね、いいじゃん。ずっと可愛いな〜〜って見てたんだよね」
人を見た目で判断しちゃいけないが、どうもナンパして女の子と遊ぼうという風にも見えない。少なくとも女の子と遊びたい人達の着こなしではないだろ、制服って。
いや、男の動作はチャラ男そのものなんだが……なんていうか、「仮にチャラ男の教科書があったらこんな感じだろう」みたいな感じのぎこちなさを感じる。模範的というか、形式的というか。模範的なチャラ男ってなんだ?
どうしよう。完全なる不審者である。
これが常ならスパッと断って去るのだが、状況が意味不明すぎて困惑の方が勝っていた。110番すべきか?
悩んで周囲を見ても、こんな時に限って誰も居ない。いつもなら路地裏でも不良とかサボりのサラリーマンとか、誰かしら居るのに。
万が一、彼らが善良な一般ナンパであったなら申し訳ないが──いや、ナンパである時点であんまり善良では無いな。ヨシ、適当に切り上げて撒こう。そんでもって治安官に不審者情報としてチクろう。
「スイマセン、ちょっと急いでるんで!」
「…………ちょっとちょっと、行かないでよ。困るんだよね、無視されちゃ」
「え、うわっ」
踵を返そうとした瞬間、ガッと手首を掴まれそのまま捻り上げられる。
流石にヤバいと思ったが、押しても引いても微動だにしない。残りのふたりが、取り囲むようにじりじりと近寄ってきている。
不審者だろうがナンパだろうが完全アウトな所業である。恐怖でちょっぴり泣きそうだ。
薄々わかっていたことだが、随分と非力になってしまったらしい。……男の体ならもっとマシな抵抗が出来ただろうに、なんて思わなくもない。
どうしよう、とんでもない声量の大声を出すか? 周囲に人影はないけど、爆音の悲鳴が聞こえたら流石に誰かしら来てくれるだろ。
…………それとも、召喚器を出してみるか。ペルソナを呼び出せないとしても、見た目は拳銃だ。右腕は掴まれて動かせそうにないけど、左腕は自由だし、威嚇ぐらいにはなるかもしれない。ハッタリとバレた時が怖いけども。
腕を伸ばしたらもう届いちゃうんじゃないか、って距離まできたとき。
ふと、男達の向こうに人影が見えた。
長い銀髪の、ふわふわしたシルエットの女の子だった。
「…………貴方達、何をしているのですか?」
女の子が、酷く冷めた声でそう言った。
ゴスロリ風の衣装がよく似合う少女は、厚底パンプスのヒールを鳴らしながらこちらに近づいて来る。
日傘の影から覗く瞳は、赤くて冷たい。
「お、女の子……!? ヤバいって、コイツらちょっとおかしそうだし逃げた方がいいぞ!」
「は? 何を言って……、貴女には聞いてないのです」
女の子が日傘を下ろす。紫がかった銀髪が日光に晒さられて光を反射していた。ま、マジで可愛い女の子だ。どうしよう、こんな子が俺のせいで巻き添え喰らったら後悔どころの騒ぎじゃないぞ。
タナトスさーん! タナトスさーん!? 今すっごく出番ですよー!!
当たり前だがそんなので喚べるわけもなく。現実逃避で脳内はかなり愉快なことになってしまっていた。
「…………チッ。民間人による邪魔が入った。……了解。オーダーを続行する」
「……ふぅん。やはり下っ端ですか」
チャラ男が舌打ちをして、インカムに向かってなにやら喋っている。
ナンパのことオーダーって呼ぶのやめろよ。いや、結局コイツらナンパじゃないのか?
どことなくピリついた雰囲気が漂う中、男達のひとりが何やら腕を振り下ろそうとした──瞬間。
ドガッッ! と、「何と何をぶつけたらそんな音が出るの?」って聞きたくなるような打撃音。
動きが早くてよくわからなかったが、音の発生源は──察するに、女の子の持つ日傘と、男の右腕だろう。女の子はたった今傘を振り下ろしました、みたいな体勢だし、男は右腕──どころか右半身を痛みから庇うような格好で転がっている。
…………………………マジで?
女の子はそのまま日傘を巧みに操って、男たちをあっという間にのしてしまった。
ぽかんと口を開けて見ていることしかできない。そんな俺の腕を柔らかく掴むと、蹲る男達の合間を縫って人通りのある道まで連れて行ってくれた。
お姫様みたいな女の子に王子様みたいなことされてしまった。俺の脳みそもグチャグチャである。
「ほ、本当にありがとう……! マジで連れてかれると思った……!」
「かなり詰め寄られていたようでしたが、怪我はありませんか?」
「うん、無いぞ! 心配してくれてありがとう!」
「べ、べつに……私ではなくヒューゴが──、いえ、なんでもないのです」
「ひゅーご?」
人の名前っぽいが、聞いたことない名前だな。
首を傾げる俺に、少女は気にするなと言いたげに手のひらを振る。こっちの話、ってやつだろうか。
彼女はビビアンさん、と言うらしい。簡単に自己紹介を済ませ、もう一度お礼を言う。
あまりお礼を言われてないのか、ビビアンさんは居心地悪そうにしていたけど。どうしてもお礼がしたくて、無理を言ってお昼ご飯に付き合ってもらった。
ルミナスクエアの駅近くの通りにあるラーメン屋は、俺のお気に入りのひとつである。
連絡先が知りたい……というか、あわよくば友達になりたかったが、流石にキモいかと思って自重した。
こうしてその日は解散したのだが────数日後。バイト先にて。
「いらっしゃいま──え、ビビアンさん!?」
「…………奇遇なのです。ショウさんはここで働かれているのですね。とても驚きました。ビビアン、びっくりー」
「えっと、あんまりびっくりしてるようには見えないけど……」
「とっっっても、驚きました」
「あ、はい」
ちょっぴり圧を感じたので素直に頷いた。
「でもまた会えて嬉しいよ。この間は本当にありがとう! そうだ、よかったらコーヒーでも──」
「もう既にラーメンをご馳走になりましたし、これ以上のお礼は不要なのです」
そう言われてしまってはこれ以上何も言えないな。切り替えて接客に入ることにする。
カウンターに座る彼女にメニューとお冷、ほかほかのおしぼりを出した。任せてくれ、鍛えに鍛えたバイト力を発揮するときが来たな……!!
個人的なオススメはこれ! 1番人気はこれ! とウキウキしながらメニューを紹介すると、ビビアンさんはきょとんと目を丸くしてから、可笑しそうに微笑んだ。すごい、とんでもない美少女力だ。
「それでは、ショウさんのオススメにするのです」
「! マスター! オーダー、ハニーラテ!」
「はいよ。ショウちゃんも飲む? せっかくだし、休憩しなさいな」
「マジ!? 飲みます! あざす!」
「休憩……なら、よければこちらでお話しませんか」
「え、いいのか!? へへ、お邪魔しまーす」
なんてことだ、マスターお手製のハニーラテが飲めるうえにビビアンさんとお喋りできるなんてラッキー過ぎるぞ。
お言葉に甘えてビビアンさんの隣に移動する。座り心地の良い椅子に、美味しい飲み物まであるんだから、それはもう話が弾んだ。俺はお喋りな質である。
ビビアンさんは読書が好きらしい。どんな本を読むのか聞いてみたら、言葉を濁されてしまったが。もっとこの世界の文字が読めるようになったら、ビビアンさんのオススメも読んでみたいな。
「ショウちゃんのお友達のおかげで最近はお店も賑やかだなぁ」
微笑ましげな顔で俺たちを見守っていたマスターがぽつりと呟いた。この店、最初は本当にお客さん居なかったもんな……。
「……と、と…………ッ!!」
「? ビビアンさん、顔色すごいけど大丈夫か?」
「も、問題ないのです。ええ。……と、と……も…………問題ないのです!」
なんかめっちゃ動揺してるけど、触れない方が良さそうだな。
にしても、友達かぁ。マスターから見てそう見えてるなら嬉しいけど、ビビアンさんの迷惑じゃないかな?
こっちに来てから、あまり年の近い人と接する機会が少ないから、ビビアンさんと友達になれたら本当に嬉しいんだが。カリンちゃんと、あとはたまに顔を出してくれるエレンさんぐらいだろうか?
いちばん身近な人達──リンもアキラも気さくで親しみやすいが、ふたりもあれで成人しているのである。
そして、それからというもの。
ビビアンさんも定期的に店に顔を出してくれるようになった。さすがマスター、結構なお手前である。
でも、不思議と他にお客さんがいる時は来ないんだよな。声帯ジョーカーな例のお客さんもそうだし、最近はそういうのが流行ってるのか?