デイリー・デッド   作:松の犬

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夏の傀儡ー①

「……ふっ」

じりじりとした暑い夏日の差し掛かる今日この頃。放課後の真賀第二中学では、窓から飛び込んでくる運動部生徒の掛け声が途絶えない。

やれパスだの、やれナイスシュートだの喧騒が響き渡り各々の青春を謳歌しているようだ。

グラウンド中央に陣取る派手な赤ユニフォームはサッカー部だな。文武両道、成績優秀エースの戸田君は推薦をもらい都内への進学を決めたそうだ。

群青色の汗が飛び交い、チームの肩が組み交わされる。

……あぁ。

その様子を見て羨望の念を抱かない訳ではない。が、しばし噛んでいた唇が鮮血を垂らすより早く。

一杯の茶を啜って微笑をつくった。

サッカー部の活躍を、こうして三階の窓際から眺めドクダミ茶を嗜むのもまたいいものである。

言い表すなら、そうだな。

「…湖虎の嗜み、鏡面に還らず……と言ったところか」

目を瞑り、そうして再びティーポットの茶を流し込んだその瞬間である。

「退いた退いた退いた~~ッッ!!!」

左肩に強烈な刺激が迸った。

急激に軽くなった半身の感覚を覚えたのも束の間、ごとりと重苦しい肉の落下音が聞こえた。

 

「ぎいやああああぁぁぁマイレフトアームがあぁぁぁぁ!!!!!!」

「ぉうわ、すまん土出!」

 

重そうな書類ファイルが入った段ボールをぶつけられ、被害を被ったのは勿論ジブンの左肩だ。

前方不注意で激突してきたその男子生徒はこちらを一瞥することすらなく足早でその場を去っていく。その背中を無言で見送り、バレなかった安堵からなのか。それとも肩をぶつけられた苛立ちからくるのか分からぬため息をこぼし、足元の床に目を向ける。

再び静寂の灯った廊下にてジブンは裸の足で静かにしゃがみ、慣れた手つきでソレを身体にくっつけ始めたのだった。

 

「…面倒くせぇんだわな。片腕落とすとよ」

 

肉と肉が完全に接着しきるには、まだもう少し時間がかかりそうだ。

短く切り揃えた緑髪を垂らして少女はそう内心呟いた。

 

***

時同じくして。

それは、一人の吸血鬼と一人のモンスターと一人の科学者が集うようになり暫く経ったとある昼下がりのこと。

一人の男が言葉を放ったのが契機であった。ローファーの裏から伝わる柔らかい土を踏みしめドクダミの臭い匂いが漂うこの体育館裏で、残りの二人はその者に静かな視線を向けた。

「サッカーを覚えたい」

「ふむそうか」

「がんばー」

「…少しも興味持ってないなお前たち!!」

 

「はぁー今週号のうろミラここで終わりかぁ!」

「ザックの過去に何があったのかが気になるな」

「やっぱ過去編ある漫画ってハズレないよねー」

「頼むからジキルの現代編にも興味を持ってくれ!!」

神妙な面立ちでジキルこと藤木累が話し出したのも束の間。友としてそれに返すべきであるミハルとフランは、毎週月曜掲載『うろんミラージュ』の購読に二人仲良く勤しんでいるところであった。

己を粗雑に扱うその態度にはジキルも憤慨である。先程エネルギーを吸ってもらったばかりなのにハイドの面が今にも出てきそうだ。

 

「で、何?サッカー部の助っ人頼まれたの?」

「勢いで引き受けてしまってな……」

「しかしその身体能力があれば余裕ではないか?」

ジャンプの冊子を閉じ、何てことの無い様にフランがそう問うた時だった。ジキルは心なしか顔を下に傾け神妙な面立ちをしながら言葉を繰り出す。

 

「……知っての通り俺はハイドだろう?」

「違うけどね?」

ミハルのズバッとしたツッコミとは対照的に、ジキルの様子はどこか煮え切らない。

生まれ持っての破壊衝動。ジキルの頭をいつも悩ませるのは、この世に生まれてより10数年常に付き纏って離れないその難儀な体質にあった。

ミハルの助けも相まりようやく抑えが効くようになったその衝動だが……

 

「試合当日は孤立無援。90分間の試合時間の中でもし俺が……」

「……ハイドになって力が抑えられなくなんのが嫌ってわけね」

「…あぁ」

みなまで語らずともジキルの言い分を理解したミハルによって会話が打ち切られる。だからといって何かの解決策を持ち合わせている訳でもない二人の間には僅かな沈黙がもたらされた。

 

……するとそこで。

「私にいい考えがある」

ピーンと何か閃いたような顔をし、石段から勢いよく腰を離したのは天才科学少女のフランだ。

「何?」

「今のジキルの課題をまとめると『過剰パワーによる試合の崩壊ならびにチーム内に出来上がる不和の阻止』……つまりは、一時的にでもハイドを抑えられれば良いのだろう?」

「「ふむふむ」」

男子2人が腕を組みフランの話に集中する。

「ならばそれを解決してやればいい。この『ビビビビマンサーΩ』を使ってな!」

「何だこれ」

「細かい説明は後だ。いいから早く使ってみろ!」

 

フランによる自信満々な説明と共に突き出された発明品は、まるで細い紐が連なったようなものであった。疑問を抱きつつも素直にそれを受け取り、身体に粗着していくことおよそ5分。

「……何か淫らじゃないか?」

「みだら?」

「いやらしい(R-18方面)って意味だよフランちゃん」

「抽象化した語彙を言語化するなぁ!」

ジキルがそういった感情を抱くのも無理はない。何故ならば、足のつま先から横腹にかけて取り付けられたその細いゴムワイヤーのような装置により出来上がった彼の様相はまるで……

「あぁなるほどな」

そこで、ミハルから受けた解説に合点がいったようなフラン。

「「亀甲縛りみたいでウケる(笑)」」

「とうとう言ったぞコイツら!!」

二人してジキルの現状を見て笑った。嗤ったのではない、笑ったのだ。

ただただその現状が面白おかしく笑ったのである。そこには何の邪気も籠もらない。

そんな茶番は置いておきいざ実践である。

 

「この『ビビビビマンサーΩ』はそうだな……まぁ簡単に外付けのモビルスーツとでも思ってもらえばいい」

「指示で動かすということか?」

「そうだ。心の中で思うだけでいい、軽く歩いてみろ」

 

「……分かった。………………よし、『歩く』!!」

 

……10秒。

………30秒。

…………1分。

待てど暮らせど、足元のモビルスーツはぴくりとも動く気配を見せない。

沈黙に耐え切れずジキルが声を発した。

 

「……あのなんか動かないんだが」

「そんな指示では駄目に決まっているだろう」

「「そんな指示では駄目に決まっているだろう!!??」」

さも当然だと言わんばかりのフランに対し、ジキルとミハルはオウム返しで言葉を跳ね返す。

 

「歩きたかったら『まず右足を0.4m前方向に突き出し設地後に左足を0.4mマッシュがウイニングランを走るように突き出す』と脳内で命令するんだ」

「いやシステムがおかしいだろ!!」

「英文の再翻訳みたいな面倒くささになってるじゃないか!!」

無駄の多いマシーンの出来に対し愚痴を垂れるも、それでも愚直に問題解決へ向けて取り組もうとするのは真面目な性格のジキルらしいものである。

 

「右足0.38m前進!手を横に!左足0.36m前進!」

ウイーン、ガシャン。ウイーン、ガシャン。

その場には機械の静かな稼働音が響く。

「見てる分には面白いなこの光景」

真面目に練習をするジキルを横目にミハルは笑いをこらえるのに必死なようである。上がる口角を抑えきれずににやけ笑いが漏れ出ている。

「……このマシーンは言ってしまえば脳から身体に伝わる神経回路へと介入する特殊な外付け筋肉回路だ」

「人体とは違い、受信対象は言語化されているもののみ。明確な指示しか受け付けない」

ジキルには届かぬぐらいの声量で伝えられたその情報を受け、ミハルはどこか聡いような目付きへと表情を変えた。

 

「……あーそれなら。理性ぶっ飛んじゃうハイドを抑えとくのに最適任だ」

「ふむ。デバイスを見る限り、ジキルとマシーンのシンクロ率はじき50%を超えるな」

「なんかエヴァみたいなこと言い出したぞ」

聞き慣れない単語に驚きを隠せずミハルは目を丸くした。

「内部には極細のAI端子を組み込んであるからな。ジキルの行動パターンを勉強中というわけだ」

「ほえー」

 

それからさらに10数分が経ち。

「シュートの練習に挑戦してみようと思う」

「いきなり!?」

「大丈夫だコツは掴んだ。なぁビービー」

「ビ………っ?」

「……はっはっはそうかそうか、可愛い奴め」

ワイヤーを優しく撫でては、ジキルは慈しむような笑顔を作った。当たり前のことだが、声掛けをされてもその機械はうんともすんとも音を上げない。

意気揚々とボールのセットアップを進める男の様子を見てミハルはドン引きである。

「この数分の間に友情芽生えさせちゃってんだけど…」

「そぅっとしておいてやれ」

そうミハルの肩を優しく叩くフランの目は何処か遠い場所を見据えていたそうな。

 

「……行くぞ」

「………………!!」

準備が整ったようで、腰をかがめた前傾姿勢をジキルは取った。

先程の朗らかな態度とは打って変わり精悍な面立ちを見せるジキルの姿を目にし、周囲の二人にも緊張が走る。

ゴクリ、と誰かが生唾を飲み込んだ瞬間。

 

「万が一壁を破壊したら嫌だから空に向けて蹴ろうと思う」

「いや蹴ろよ!!」

「無駄に意味深な溜めを作るな!!」

ずこっと昭和のギャグマンガのようなずっこけ方をした二人はそうツッコんだ。

今から正に特大シュート決めてやりますよという空気感からしてみればとんでもない肩透かしである。

「す、すまん……では今度こそ」

 

ジキルはそう謝ると再び身を引きシュートの体勢を整えた。そして、脳内で実行指示を伝え終わったのであろう。

次の瞬間、一迅の風と共に。

「ジキルシュゥゥーーーッット!!!!」

「技名だっさ」

「何だと!?」

取り繕いすらないミハルの無垢な批判を受けショックを受けたようなジキルであったが。

 

「おおー凄いな!」

掛け声のダサさとは裏腹にボールが勢いよく空への階段を駆け上がっていく様子が見て取れた。

その姿まさに鯉の滝登り。斜め75度の角度で蹴り上げられたボールはあっという間に校舎二階の高さにまで到達した。

「何だすごいじゃんジキル!」

「いやぁそれほどでも…………」

上がる上がるサッカーボール。勢いは緩むことなく空へと登ってゆき徐々に緩やかなカーブを描き始める。

滞空時間は30秒を越えただろうか。

 

「………………」

「………………なんか」

「…………うん…」

「「全然落ちてこないな」」

そこまできてようやく違和感に気付いたものの既に時遅し。

 

ガシャァァーーーーンンッッッ!!!!!

「ぎいやああああぁぁーーーッッッ!!!」

何とサッカーボールは直角90度に曲がり校舎三階の窓ガラスに突っ込んだではないか!

ガラスの派手な破壊音と共に校舎内からは誰かの悲鳴が聞こえた。

 

「「…………フランさん?」」

その場には冷や汗をダラダラと垂らし、顔面蒼白で今にも倒れそうな男子生徒が2人残った。

「恐らくは画像認識AIがガラスに映った空を本物と間違えたのだろうな」

「ふざけんな!!」

「欠陥プログラムじゃねーか!!」

 

悪びれもせずに淡々とした説明をするマッドサイエンティストにミハルとジキルは総ツッコミを入れた。

AIに支配されたジキルの下半身からは何とも言えないもの悲しさが漂っているのであった。

しかしだからといって思考停止している場合ではない。

 

「今すぐ悲鳴の主を助けに行かなくては!ビービー最短ルートで行くぞ!」

すぐさまに立ち直ったジキルの先導で3人は体育館裏を疾走するのだった。

 

***

同時刻、校舎の三階にて。床に力無く横たわるその者は焦っていた。

(……何があった?)

ありのまま今起こったことを説明するぜ!ようやく腕もくっつき帰路を辿ろうと廊下を歩いていたら突如目の前のガラスが割れて…………

次に目を覚ました時、ジブンの身体は首から上が千切れていた!!

頭が物理的になくても知能は同じ、その名は…………

(ってやっとる場合かッ!!)

 

思わずセルフツッコミを入れる。ふざけた態度で現状把握をし落ち着こうとしても全然気がまぎれないようだ。

端から見ればこの状況は奇妙なんてもんじゃない。

首なしの死体が体をあたふたさせて動いているように周りからは見えるのだろう。目が無いから分からないけど。

バクバクと動く心臓を落ち着けようと軽く息を吐く。口も無いけど。

(ひとまずは、どっかにぶっ飛んで行ってしまった頭部を探さなくては)

幸い今の時間帯は人が少ない。急いで探せばこの姿を人に見られる前に…………!

 

……そう、考えてしまったのが運の尽きなのだろう。

俗に言うフラグというやつだ。今から1秒後、ジブンはこうして動いてしまったことを後悔することになる。暫くは死体のフリでもしてやりすごすべきであったのだ。

…何故かって?

「「「し、死体が動いてる~~ッッッ!!!??」」」

「…………!!」

 

一人は体に亀甲縛りを施し。

一人は紅白色の奇抜な髪を持ち。

一人は男に似合わぬ耽美な容姿を持ち合わせた。

そんな奇妙な三人組と、鉢合わせてしまったのだから。

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