デイリー・デッド   作:松の犬

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夏の傀儡ー②

……見られた。

嫌な汗が首筋を伝う。ドクリと心臓が波打った。

こんな首なしの姿を見られておいて、『はいマジシャンのドッキリ大成功でしたー』なんていうドッキリが通用する筈もない。

ならばどうするか。どうすればいい?どうやって誤魔化せばいいというのだ!?

目の前でごちゃごちゃと言葉を交わす少年たちの声が耳に入らない。荒れる息にぐるぐると回り続ける思考の中で、脳裏をよぎったのはあくる日の光景。

 

『父ちゃん…………』

『……アンジ。その体質の事を人に言ってはいけないよ。…周りの子を怖がらせてしまうからね』

『…………………………私だって……怖いよ』

椅子の上で泣いている子供がいた。

机の角にぶつけ、ボロボロに崩れてしまった子供の右足にガムテープを巻く父親の姿が見えた。私だって怖いと、絞り出すように発した声は彼の耳まで届かなかったようである。

 

次に意識を取り戻した時には驚くほど心が冷えていた。

……口封じをするしかない。この廊下から、この三人組を生きて返すわけにはいかないのだ。

ジブンの平穏なる学校生活の為に。

右足を突き出し臨戦態勢を取った。

 

そんなことも素知らぬミハル達は、目の前の不思議生命体の考察で手一杯であった。科学者のフランに関しては目の前に広がるファンタジーを前にワクワク顔である。

「…………まるで夢でも見ているようだ。ネクロマンサーの類いか!?」

「いやいやホンモノの体なわけないじゃん!きっとあれだよ演劇部の自律型首なしマネキンロボットでしょー」

「マネキンを自律型にする意味ってあるか!!?」

 

「いやっそれはほら…………人生に一度くらいはあるでしょ?…首なしのマネキンに奉仕してもらいたい日とか」

「性癖が手首じゃ無くて首に行っちゃった世界線の吉良吉影!?」

タンタンタンタン。

「…おいミハル、飛んでるぞ」

「え?いやまぁ確かに我ながら飛躍し過ぎた考えだとは……」

横を向いてお互いに言い争う二人に対し、フランの静かな一言。それ故であろう、ミハルはフランの言葉の意味を理解できていなかったのだ。

彼女の瞳は穴が空きそうな程に正面を見据えている。

フランは再び、今度は大きく声を張り上げてこう叫んだ!

 

「首なし死体が飛んできてると言ってるんだミハル!!」

「「ハァ!!?」」

ミハルが視線を正面に据え直した瞬間。

そこにはとんでもない勢いで飛び蹴りをかましてくる首なしの姿があったのである。

 

「危なッ!!」

咄嗟に身体をかがませその攻撃を回避する三人組。首なしが勢いあまって床を派手に横転したのを確認し、三人は鋭い眼光で臨戦態勢を取る。

ミハルの仕込み刀が薄暗い廊下に妖しくきらめいた。

『…………ふぅん』

煙の上がった土ぼこりから、立ち上がった首なしが姿を現し声を発してみせた。

『つまり只者ではないということか』

「……喋れるんかい。貴様まさかウォーロックか!!」

(……ウォーロック?)

 

ウォーロック。ミハルがその名を警戒するのも不自然なことでは無かった。先日、彼の同居人である乙木守仁ならびに若月ニコが黒魔女に襲撃された事件も記憶には古くない。表には出さずともその襲撃者の存在にミハルは敏感となっている時期であったのだ。しかしながらに、ただの一般通過首なしには何の話か理解するべくも無かった。

(何の話かは分からねぇが…)

『答えは藪の中だ』

「あっそ」

 

談話終了。首なしは次の一手を繰り出そうと体を捻る。

『はーっ、目撃者よ死・ね!』

「目撃者ぁ??」

再び突進を繰り出してくる首なし。それを迎え撃とうと一歩前に出たのはフランである。

 

「私に任せろ”フラン拳”!!」

フランの掛け声に合わせ、彼女の左の拳からは凄まじい蒸気と共にロケットパンチが放たれたる。

拳を突き出したかと思えばものすごい勢いでその攻撃は首なしに近付いていき。

「やったか!?」

ただの人間であれば成すすべもなくやられたであろうが……

 

『怒らないで下さいね』

「えええぇぇグッロ!!」

なんと首なしは、ロケットパンチが当たる筈であった己の上半身を自らの手でもぎ取ったのだ。

まるで豆腐が箸で割られるように、いとも簡単に。分離させられた上半身は高く宙を舞う。

『ただの打撃でやられるなんて馬鹿みたいじゃないですか』

地を這うような冷たい声で首なしはそう言葉を発した。

続けざまの攻撃。首なしは宙を舞いながら右腕を千切りそして……

 

「ジキル避けて!!」

真っ直ぐ真下、ジキルの顔面に向けてそれを投擲したのである。

ミハルの咄嗟の呼びかけも無情ながら。機械を付けた下半身では即座に動くことも出来ずに攻撃を喰らってしまったのだ。

ジキルが力無く床に倒れ込むのを見てフランとミハルが駆け寄る。

「そんな…何で…!!」

「一緒に甲子園行こうって約束したじゃないかーーッッ!!」

「もしかして勝手に殺させようとしてる!?」

 

メチャクチャ元気であった。ハンカチ用意する暇があるのは余裕あり過ぎだろとジキルは内心ツッコむ。

しかしながら。ミハルがこうするのにもれっきとした理由があったのだ。

この時点でもう既に勝負はついていたのだから。

 

「馬鹿みたい、ね…………」

ミハルは地面に落とされた腕をゆっくりと拾う。

そして。

「その言葉そっくりそのままお返しするよ。”吸魂”!!」

『グッ……!!?』

ミハルが腕に触れたかと思えば、先程まで激しく暴れ回っていた腕も、上半身も下半身も一気に脱力した様にその生気を失った。

ミハル……吸血鬼の一族が受け継いできた吸血技その名を『吸魂』。人体の皮膚から生命エネルギーの吸収を行うというものである。

まあつまり有り体に言ってしまえば。

 

「勝負あり、ってところかな」

「教えてもらうぞお前の正体を」

(………………くそっ)

首なしとの戦闘は、ミハル達の完勝でその場を収められた。

 

 

***

「どうして俺たちに襲い掛かって来た。お前は何組の誰だ?」

『愚問を越えた愚問、個人情報の詮索はルールで禁止スよね?』

「何かくっそうざいなこの人の喋り方」

「…読み上げ音声だろう」

 

首なしを囲み尋問を行っていたその廊下で、ミハルの愚痴に回答を出したのはフランだ。

邂逅直後よりずっと左手に握って放さないスマホをひょいとひったくる。

「事前に読み上げのプリセットを設定しておき、台詞の一部を書き換えることで自由度の高い発声を可能にしているのだ」

「本当に喋っていたわけではないんだな」

「因みに音声の元ネタは『高校鉄拳伝タフ』と『うろんミラージュ』らしい」

「嫌だなぁリアルで語録話す同級生」

 

目の前に胡坐をかいて静かに座る首なしは、下は短パンのジャージに上も厚手の上着で覆われているため名前はおろか性別の認識すらも困難な状況であった。唯一分かるのは、その体格から自分達と同年代の学生であるということぐらいである。

『…お見事です科学者ボー。やはり私が睨んだ通り貴女は強い』

「初対面で睨めるものとか何もないだろ」

 

『……いきなり襲ったことは悪かったと思ってるのん』

戦闘を終え頭がクールダウンしたのか。

首なしは体を俯かせるようにして、ポツリと話し始めた。

『しゃあけど……この姿だけは誰にも見られたくないんやっ。まあ頭が見つからない限り解決しない問題ではあるんやけどなブへへへへ』

「元からその姿じゃないのか」

『さっき窓ガラスが割れて何かにぶつかったかと思えばこの姿だったッス。恐らくはその拍子にどっかへ転がってってしまったと思われるが……』

首なしはそこまで話したところで、背後に散乱している割れた窓ガラスを指差した。そしてその傍らに転がっているのは先程ジキルが蹴ったサッカーボールである。

それを見て三人は気まずい様に顔を見合わせて。

「…………すまん」

『えっ』

「お前の首を飛ばしたのは俺たちだ」

 

『はいっクズ確定ぶっ殺しますっ(怒)』

「わーっ待って待って!!」

先程までのしんみりした空気もどこへやら、今度は怒りで暴れ出す首なしを取り押さえるので滅茶苦茶だ。ジキルの胸倉を掴んで今にも殴り掛かりそうな勢いである。

「手伝う!頭捜すの手伝うから!」

もみくちゃになりながらも、ミハルの口から放たれた言葉に首なしはピクリと反応を見せた。

『…ふぅんつまり同盟というわけか』

「そ、そうそう」

 

ミハルは服に着いた埃をパタパタと払いながら首なしの方を一瞥。

「お互いに今の状況を知られるのは良くない、そうでしょ?」

『………………』

「あれ?もしもーし」

「恐らくは語録の中に素直に肯定できるフレーズがないのだろうな」

「メンドクサイな語録縛り!!!」

フランの推察通りである。首なしはその言葉をデータの中に持ち合わせていなかった。

ただ、沈黙を落としたのはそれだけの理由ではない。

 

(妙な連中だ……)

思い返せば廊下で出会った時も、騒ぎわめきこそすれ。怯え恐怖しこちらに負の感情を向けられた記憶は一切ない。

今まで会った奴らとは大違いだ。こいつらは一体……

 

「だがどうやって探すんだ」

「首なし君には大体の場所とか分かんないの?」

『………………』

「「………………」」

『…………ざっくりいこうぜ!』

「おいこれ本人も分かってないぞ」

「こういう時便利だな語録って」

『ククク………目も見えないしどこか暗所に幽閉されてると思われるが……』

「それだけじゃなぁ」

首なし含む、ジキルとミハル三人がうーんと腕を組んで考えていると。

「私にいい考えがあるぞ?ビビビビマンサーΩを使うんだ」

「ビービーを?」

 

そこで声を上げたのは例によってフラン。

「ふふふ脳から出される電気信号を追うのだよ。このデバイスに学内マップのオンラインデータを挿入して……」

「おおーすごい!!」

できたぞ、という声を聞き三人がモニターを覗き込む。そしてそこにはしっかりと頭の位置が記されていたようである。

…………のはいいのだが。

 

「しかし絵面がヤバいなこれ」

「下半身亀甲縛りの首なし死体とか見たことないんだけど」

『足がピクリとも動かなくて驚いてるのは俺なんだよね』

頭の所在が分かりいざ行こうとなったところで問題となったのは首なしの存在である。ただでさえ異形な様相に加え奇妙な装置まで着けていたとなれば、誰かに見られた時点で110番通報は免れない。

それを解決するためには。

「よしこれでオッケー」

「俺は保母さんか!!!」

ジキルの背中に首なしを背負い、さもマネキンを運んでいるかのように見せつけることであった。

苦肉の策で背中に張られた『割れ物注意』の張り紙には哀愁が漂うものの、体育館への道を急ぐ4人組であった。

 

***

「あら生徒会長。演劇部部長であるこの私に何か用かしら?」

「ああちょっと聞きたいことが……」

 

「…………まさか演劇部が体育館を使っていたとは」

「マネキンの首と間違えて持ってかれちゃったってことか……」

ところ変わって舞台は体育館。

館内にはパフォーマンスの練習をする学生に、靴を踏み込んだ時の振動がワックスいっぱいの木床にけたたましく反響し喧騒な雰囲気を醸し出している。

舞台の上には、20の数を超えるマネキンもずらりと並び立てられていて。

ミハルとフランの二人は苦笑いをしながらその光景を見ている所だ。

 

「首なし君にはまだ何も見えないんだよね?」

『うーん暗闇を越えた暗闇』

「であればこの体育館のどこかに保管されている可能性が高いな」

「今ジキルが聞いてくれてるけど……」

 

 

「マネキンの首を探してる、ですって?」

「そうだ!今から1時間前ぐらいに3階の廊下に転がってたと思うんだが……」

「1時間前……そうですわ、確か……」

ジキルの言葉を聞き顎に手をやる部長。

 

演劇部部長は1時間前の記憶を思い出していた。

『いっそげ、いっそげですわ』

それは部活に急ぐため、小道具の入った箱を抱え階段を駆け下りていた時のこと……

汗を垂らして重い小道具箱に腕を痛めながら、3階のフロアに足を着いた瞬間の出来事。

ガシャ―――ンッッ!!!

『!?』

 

窓ガラスの割れる音を耳に捉え、後ろを振り向いたかと思えば何か固いボールのような物が顔面目掛けて飛んできたのである。

その勢いを受け止め切れず部長はゴロゴロと階段を転がり落ちていく。

『おんぎゃーですわー!!……いてて』

『……はっ!!』

痛い腰をさすりながら、身体を起こしてみるとそこには。

 

『はわわわわ殺人現場みたいになってら』

床めいっぱいに広がるマネキンの首を慌てて黒袋に詰め込み、その場を離れたというのが事の顛末だったのである。

「まぁ逆光のせいでぶつかってきたのが何かよく分からなかったのですけれど」

((((絶対それだ))))

生首捜索隊の4名は内心でハモリつつ、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「なぁんだそれならもう大丈夫だね」

「ゆっくりマネキン袋を漁ればいいだけだからな」

「安心安心」

「あ、いやあの実は……」

生首の所在が確定すればもう安心であり、3人と一体の首なしはすっかり気が抜けて満面の笑みだ。首なしに至ってはリラックスするがあまりに休日のお父さんと化している。

しかしそのような団らんは部長の一言で破壊されることとなる。

 

「実はもう捨てちゃいましたの……」

『……え?』

「マネキン、もう捨てちゃいました。……てへぺろ?」

「「「「はぁーーーーーッッ!!!???」」」」

瞬間。

頭にコツンと手をやり、可愛らし気にそう言った部長に向けて絶叫が繰り出される。

その言圧まさに固いコンクリでできた体育館を揺るがしかねない程のものであった。

 

「何で!!?」

「階段で落とした時に漏れなくヒビが入ってしまって…………ね?」

「『ね?』じゃないよ!!?たった1時間前のことだよねそれ!!!」

「思い立ったら吉日が座右の銘なもので……」

「判断が早すぎて鱗滝さんも卒倒しちゃうだろうが!!!」

 

「まずいぞジキル、ミハル!!燃えるごみの回収時間は今日の17時ピッタリだ!!」

暫し言い争っていた二人だが、フランの言葉を聞きハッと我に返る。ジキルは自身の腕時計に目をやり……

その顔を真っ青に染めて見せた。

 

「……あと5分しかない……!!」

その言葉を聞いてか聞かずか。

いの一番にその場を駆け出したのは首なしであった。

「!!おい首なし!?」

「え!!?マネキンが自分で動いた!!?」

「やばっ」

 

当然ながらに、その異常な光景は事情も知らない部長の目に強く止まる。

瞳孔は猫のように大きく見開かれその驚嘆を隠し切れていないようであった。

「あ、あ~~!!フランちゃんお手製の自律型首なしマネキンロボットが暴走したぁ!!」

「俺たちにはアレを止める義務がある!!それではさらばだ演劇部部長!!」

しかしながら、このような状況でゆったりと諫めている暇もない三人組は苦し紛れの言い訳を立ててその場を後に走り去った。

そして、その場に取り残された部長はただ一人。

 

「……お、お気を付けあそばせ~……」

そう呟くしか出来ないのだった。

 

 

***

「うわっ!!」

「何だァ!!?」

早く。

速く、速く、速く!!!

首なしは全力を賭して学校を大爆走していた。ひとえに己の半身を取り戻すために。

時には植木に突っ込み、時には転んで土に塗れ。時に身体が砕け欠け落ちようとも、全てを捨てて全力を風にゆだねていた。

それほどまでに首なしは必死であったのだ。

そして、それを追跡する者が三名。

 

「首なし君走るのはっやー!!」

「このままでは追い付けないぞ……!!?」

「ふっふっふ、こんなこともあろうかと持ってきておいたぞジキル君の為にな!!」

「おお!!何か便利アイテムが!?」

全力疾走で足はベロベロ、汗はダラダラと垂らしながらもフランは己の制服内をごそごそと漁る。

そしてその中から出てきたのは!!

 

「気分爽快☆ガンギマリンDだ」

「それ飲んでも暴走野郎が2人に増えるだけでしょうがぁ!!!」

そんなやり取りをしながらも3人は土を蹴りコーナーを曲がりゴミ捨て場への道を急ぐ。

足を痛めながらも最短距離を走り、残り200メートル100メートル、そして…………

 

ブロロロロ、と遠くで重いエンジン音が聞こえるのをミハルの耳が捉えた。

「まさか……!!」

危機を感じ取ったミハル達が最後のコーナーを曲がり、ようやくたどり着いたゴミ捨て場にあったのは。

 

「間に合わなかった、のか……」

力無く座り込む首なしに、空っぽのゴミ捨て場の景色がそこにはあった。

まだ近い距離に、無情に走り去っていくトラックの姿が見える。無機質なエンジン音だけが地面を伝って冷たく響いていた。

…息を切らした三人は、それを黙って見送ることしか出来ないのだった。

 

「…首なし君……」

己の半身の消失。

そんな絶望感の凄まじい現実を突きつけられ、何と声を掛けたらいいのかも分からないミハルはただそう静かに名前を呼んだ。如何に眉を下げようともその気持ちは推し量れるようなものではない。

……皮肉にも、それに対する首なしの反応は明るいものであった。

 

『…………………………』

『…別に取り戻せなくたって、新しい頭は一週間もすれば生えるのん。忌憚のない意見ってやつッス』

『……ざっくりいこうぜ』

しかしその様子は、どう見ても気丈に振る舞っているだけのやせ我慢にしかミハルの目には映らなかった。

…どうすればいいのか。

話を切り上げて去って行こうとする寂しげな背中をどうしたら救ってやれるのか。

誰もがその解を見いだせずに顔を俯かせた。

そんな時だった。

 

「……『怒らないでくれよ』」

「『諦めるなんて馬鹿みたいじゃないか』」

そう言葉を零したのはジキルだった。

そして、誰が顔を上げるよりも早く。

誰が声を上げるよりも早く走り出したのだ。その右の手には、フランからひったくった『ガンギマリンD』を握り締めて。

「ぐ ぁ あ あ る るるブッシャアァァァーーーーーッッッ!!!!」

「「ジキル!!!!」」

フランが作成したこのエナジードリンクは、ジキルの破壊衝動を開放する鍵の一つであった。

破壊衝動MAXで解き放たれたジキルは人とは思えない超スピードでトラックを追跡していく。

 

「……まったく熱いんだから」

呆れたような溜め息をミハルは吐いて見せる。しかしその口元は、三日月形の笑顔を見せていた。

「追いかけるぞ!」

フランの掛け声に合わせ三人は再び走り出す。首なしも一歩下がって走りながら、自分の心に言葉を聞いていた。

(本当に、何なんだこいつらは)

 

思い返してみれば、首なしと彼らはそれほど頑強な絆で結ばれている訳ではない。

例えるならそれは紐。バトル漫画で良く見る、お互いに背中を預け合える程の力強い関係を鉄でできたワイヤーに例えるのだとしたら。

この同盟関係は、まるでタコ糸のようなものだ。細く儚く。風が吹いただけで千切れてしまいそうな程の柔い絆。

だというのに。

(……何でジブン以上にこいつらの方が必死なんだ)

(何でこいつらの背中がこんなに眩しく見えるんだよ)

今まで一人で生きてきた。一人でしか生きてこれなかった。

誰も頼らなかった。誰も頼れなかった。

こんな体に産まれたから。こんな体に産まれてしまったせいで。

気付けば目の前の景色には誰の背中も見えなくて。視界に飽和したオレンジ色の夕陽を、ジブンはー。

 

「ぐあ ああ あ ぁぁぁ ぁるるる るる!!!!!!」

「ヒィィ何だね君は!!!」

「「ジキル!!!」」

暫し走りトラックまで追い付くと、そこには路肩に止められた重量車に襲い掛かるバーサーカージキルの姿が。

目も当てられぬ光景を目の当たりにしミハルがジキルの首筋に手を触れる。

「”吸魂”!!!」

 

ズキュウウウウン!!!

「気分爽快☆!」

「爽やかな清涼感感じてる!!」

ミハルによる対症療法を施されシャキッとしたジキルであったが。

「な、何なんだい君たちは!!」

 

「っ、」

事態はこれで終わりではない。ジキルは立ち直った身体を運転手の方に改めて向け、対話を試みる。

「仕事の邪魔をしてしまい、誠に申し訳ありません」

ジキルは頭を下げた。知っていたからだ。

生徒会長という役職柄、己が今起こしているこの行動がどれだけ大勢の人間に迷惑をかけることなのかを。

この運転手さんにも今日1日の予定を定めたスケジュールというものがある。

ゴミの受け入れ先にも、その先の機関にもそれ相応の予定というものがあったはずだ。それを妨害しているのは、己の勝手な私情という他ない。

 

「間違って捨ててしまったものがあるんです」

「ちょっ……そんなこと言われてもこっちだって予定っていうもんがねぇ……」

ジキルの嘆願にも運転手は耳を貸す気はないようだ。当然のことである。面倒くさそうにバックミラーを確認しながら、如何にも早く会話を切り上げたそうだ。

しかし。

「ゴミの受け取りなら後日……」

「ゴミなんかではありません!!!!!」

「!!!!」

ジキルは大きく声を張り上げた。その振動は運転手の鼓膜はおろか、後ろに居たミハル達の鼓膜でさえもビリビリと鳴らしたのだ。

肝心のジキルはと言うと、熱が高まってしまったのか瞳孔が開ききってものすごい剣幕だ。

 

「ある人が言ってたんです。”絶対に見られたくない姿”なんだって」

ジキルは己の想いの丈を語り始めた。脳裏に思い浮かべるのは、彼がまだミハルに出会う前。

己の破壊衝動を抑えきれずに暴走して人に迷惑を掛けて。

誰にも知られたくないと蹲った体育館裏で過ごした日々のこと。

「……過ごした時間は短いかもしれないです。知ったような口で語れるような相手じゃないかもしれない」

でも。

 

「大切な友達なんです」

 

ジキルは大きく頭を下げた。ミハルも首なしもそれに慌てて追従する。

「友達が困ってるんです。返していただけませんか!!!」

……1秒。1分。短い沈黙がその場を支配した。

行き交う車の音すらも遠くなったような、この静かな空間で。

その沈黙を打ち破ったのは運転手のオヤジだった。

 

「………………この先に小さな空き地がある」

「…え」

「気が済むまで漁りな」

困ったように、顎髭をポリポリと掻く男の口には確かな優しさが滲んでいた。

「あ、ありがとうございます!!!」

 

その後は、運転手さんの案内で空き地まで移動し。

4人は埃に塗れながらマネキン袋を漁り回ったのだ。あれでもないこれでもないと10分は探したであろうその結果―

『……この袋の中ッスね。間違いないのん』

「本人には袋の上からでも分かるもんなんだね」

首なしが一つの袋を手に取った。その中からは、確かに人肌の暖かさが伝わってくる。

『忌憚のない意見を言うッス』

 

『ありがとう』

 

「……それはお互い様でしょ。じゃあ僕らは帰るよ」

素顔見られちゃまずいんだもんね、とミハルはそう言った。……袋を開ければ、久方振りに視界が眩しくなったのを感じ目が眩む。慣れたもんだ。

己の頭を両手に抱えたまま彼らの方を向けば、遠ざかっていく背中が見えた。

このまま黙ってればいつも通り。

……それで良いのか。

違うよな。

ジブンの心なんてものはとっくに決まっていたんだ。

 

「待てよ」

スマホを置いて立ち上がる。

首の上に頭をすげ直して正面を見据えた。……何だ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。ジブンの顔はそんなブサイクか?

 

「……良いのか、顔を晒して首なし」

ああ、良いんだ。お前たちだったらさ。

「……首なしじゃねーよ」

土出杏士(つちいであんじ)!!」

緑色に紫のインナーカラーが入った派手な髪を揺らして名乗る。

「信じられんだろうがゾンビの末裔さ」

手首の先をボロリともいで見せた。そう、ジブンはゾンビの末裔。映画で見るみたく噛んで感染するわけでも血だらけで唸るわけでもねーが。

この土クズのようにボロボロもげる体がその証。

「……霧生見晴。僕は吸血鬼の末裔さ」

 

ニヤリと笑い返された言葉に今度はこちらが豆鉄砲を喰らう。

……道理でビビらないわけだ。

「やれやれこれはお互い秘密を共有した方が良さそうだな」

「じゃあこれからよろしくってことで。アンジちゃん?」

「………………デッド」

「え?」

 

昔の友にはそう呼ばれていたんだ。『出』と『土』の読み方をいじって『デッド』。

 

「ジブンのことはデッドと呼んでくれ」

「分かった。よろしくデッド」

 

これから楽しくなりそうだ。

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