デイリー・デッド   作:松の犬

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ZOMBIアンジャッシュ

「てな訳でなんかイイ感じに体が強くなる魔法とかないですかねー」

「随分急なのよ」

チュンチュンと小気味の良いさえずりが響く、とある静かな日曜日。晴れ渡る快晴に窓から射し込む柔らかな光が心地良く肌に染み渡る。そんな陽気を感じながら、とある家屋の一室にてそう同居人に問うたのは吸血鬼の少年ミハルである。ふわりと我慢しきれないような欠伸を漏らす少年の姿を見て、真正面のベッドに緩く腰掛ける少女はふふっと無邪気な笑みを零した。

 

「それでミハルくんのお友達……デッドちゃんだっけ?大変な生活送ってるのね」

「そうなんです。……本当に身体が弱くて。皆と一緒に満足に運動することも出来ないぐらい全身ボロボロで。だから……」

ぼくこと霧生見晴は、自慢じゃないが人付き合いが上手な人間じゃない。

気を抜けばついついカッコつけたがってやたらグロい言葉を使いたがってしまうし、学校では自己紹介でやらかした『ぼくの趣味はバラを愛でることです』発言を撤回することが出来ずに今でもキザな王子様キャラを演じている。家では甘えん坊の弟キャラなのに。

そんな感じで人との距離感を見誤った行いを頻発してしまっているのは偏に、ぼくが人との付き合いに慣れていないからなんだと思う。…幼い頃より吸血鬼として育った身故に陽を避け人を避け生きてきた。ぼくの力は人を傷付けてしまうものだから。

そうやって人付き合いを諦めてたぼくに手を差し伸べてくれたのが今ぼくの住まうこの乙木家の住人たちだ。

一緒に棲まないかとモリヒトさんが誘ってくれなければ、ジキルやフランちゃんとの出会いだってきっと無かった。

 

付き合いは浅いけどデッドも大切な友達だ。

本人はもう割り切ったと言っていたけど、力になれることがあるなら助けてあげたい。彼女の異常に脆い身体も、ニコさんの力があれば何とかなるかもしれないと思いこうして相談したのだ。

 

「魔女は人の役に立つことで一人前になっていくの。……ニコにお任せするのよ!」

「わあ、ありがとうございます!」

ニコからの気持ちいい返事を聞き、ミハルは破顔一笑。面を上げて嬉々としたように礼を述べた。そんな様子を見て、話しはおしまいとでも言わんばかりにニコは立ち上がる。それと同時に軽快なステップを刻みながら、まだ寝起きのミハルに笑顔でこう聞いた。

「そういえばミハルくんもうご飯食べた?」

「あ、いやまだです」

「今日はモイちゃんがクロワッサンサンド作ってってくれてとっても美味しかったのよー!本人は買い物で今いないんだけど」

「えーいいなー。ぼくもいただきます!」

 

先程までの静かな空気からからりと一変、ニコの自室にはいつものように明るくほのぼのとした陽気が流れる。ニコから発せられる花のような笑顔にミハルも笑いいつもの調子でそれに返した。

しかし二人は知らない。

今こうしてる間に、部屋の外では一匹の天狗と一匹の狼男による壮絶な勘違い合戦が繰り広げられていることを…………

部屋の朗らかな空気とは正反対に、廊下では重くどろりとした修羅場が繰り広げられているのであった。

 

***

話は数分前に遡る。

「ふんふふ~ん今日はさんさんサンデー太陽が笑っとる~♪」

廊下を愉快に闊歩するのは、これまた乙木家の同居人である風祭監志だった。肌に張り付いたTシャツには薄く汗が滲んでおり、どうやらちょうど散歩から帰ったところのようだ。アホみたいなオリジナルソングを口ずさんでご機嫌の様子である。

そんなカンシが二階の廊下に上がり、まず耳に入ってきたのはとある一室からの話し声だった。『NIKO』というプレートが掲げられたドアの隙間から静かに響く、恐らくは二人ばかしの小さな話し声。普段なら気にも留めないが、カンシは珍しいなと部屋の前で足を止めた。

不思議を感じたのは何も話し声が響いてきたからではない。カンシだって彼女の部屋で駄弁ることはあるし逆も然りだ。ただ、大抵の場合はケイゴやミハルのどっちかが一緒に居たため二人きりで話した記憶も遥か彼方である。そんな乙木家の状況で、二人きりで話すとなれば何か大切な話をしているに違いないだろうことは想像に難くないものである。漢ならばここで部屋凸などせず去るのが最善の一手。

 

しかし!!

「…………何の話しとんのか気になんなぁ」

風祭監志は盗み聞きをせずにはいられない性分だった!!

前かがみになり耳をドアに密着させれば準備は万端。無駄に高い行動力にはほとほと呆れるしかない。

どうすれば声が聞き取りやすいだろうか、そんなことを考えながら顔の位置を調整するカンシ。その胸の内では期待や欲望、そういった邪な類いのもので溢れ返っていた。

ーどんな話をしとるんやろか、もしかしてR-18的な話か?だったら後でからかってやろう、とか。

ー今夜みんなで見るって約束しとった映画抜け駆けで見とるんちゃうやろな。だったら許さへんでー!とか。

まぁそんな風に好き勝手、あることないこと妄想し口元をニヤつかせるカンシだったのだが。神様の天罰かはたまたただの偶然か、室内からは何とも絶望的な一声がカンシの耳に飛び込んで来た。

ーお友達……デッドちゃんだっけ?大変な生活送ってるのね』

『そうなんです。……本当に身体が弱くて。』

 

「ちょぉ待ってや」

瞬間的に冷たい気持ちがカンシの心を覆った。先ほどまでの高揚はどこへやら、聞いてはいけない場面に遭遇してしまったと彼の身体は固まる。その額には大粒の冷や汗が滲み、その行動に対する後悔がかくも分かりやすく表れていた。

そう風祭監志は思い立ったらすぐに行動してすぐ後悔するタイプだった!!

 

あかん、と。部屋の中から飛び出してきた静かな言葉を受け真っ先にそう感じた。何てことを聞いてしまったんやと。数秒前にタイムスリップしてワシの頭を思いっきりぶん殴ってまいたくなるような気持ちや。後悔先に立たずとはこういうことを言うんやなと、半ば現実逃避を始めた頭が考える。

しばし天井のシミを数えて正気に戻れば、深く息を吸ってまた吐いた。整理された己の心情を内心で吐露する。

病気やん。

病気の友達んこと健気に相談するごっつシリアスなシーンやんこれ。窓の外の葉っぱが全部落ちたら私死んじゃうのかなとか言い出すあれやん。

いやしかし、しかし待てよと。

そこまで考えたところで客観的な考察を講じドツボにハマる思考を何とか食い止める。

ワシは何か重大な勘違いをしとるんやないか?と。…うんそうだ、きっとそうに違いない!!

祈るような想いでワシは再びドアに耳をくっ付けた。今ならキリスト信者にだって負けないぐらいの気持ちや。

しかしこの耳を襲ったのは絶望と言う名のホールケーキに追加のホイップクリームを継ぎ足すような言葉であった。

 

『皆と一緒に満足に運動することも出来ないぐらい全身ボロボロで。』

「やっぱアカンなこれ」

え?ボロッ…………え?

ボロボロってあれか?内臓の方か?全身ボロボロってどんなレベルやねん。えちょ……これ洒落にならんタイプの話やん。

再びカンシはうずくまって頭を抱えた。

彼の脳内にはいよいよもって病院着でベッドに横たわる少女のイメージが具現化されてきた。同居人のとんでもない秘密話を聞いてしまったショック、その情報量の洪水に気圧されカンシの目からは今にも涙が溢れそうである。

 

『デッドはゾンビである』

 

なんと、たったこの前提を聞いているかいないかだけで室内のニコと廊下のカンシの間には凄まじい認識の乖離が存在してしまったのである!!

カンシはもはや泣いた。木製の床には鼻水と涙が混じり合ったような、よく分からない液体が落下しシミを作る。彼の心の内には、盗み聞きに対する申し訳なさ、重い身である彼の友へ向けた憐憫、数分前とは比べ物にならない程巨大な哀の感情が渦巻いていたのだ。

と、そんな所で階段からは再び誰かが上がってくる音が聞こえる。

 

「いやぁオレク・サイヨーさんのCD買いすぎちゃったかなぁ。や、別に?すげぇマイナーな歌手だし皆は知らないかもだけどおれ的にはそういうアーティストの作品が刺さるってゆーか……」

やたらと喧しいぶつくさとした独り言を呟きながら階段を上がってくるその男の名は真神ケイゴ。もっさりとしたウルフヘアーが特徴的な乙木家の住人の一人である。お目当てのグッズを購入出来てご満悦なのか、鼻歌を歌いながら階段を上り自室に向かうとそこには……

 

「……え?何やってんのカンシ?」

「…………ケイゴぉ…………!!」

「お前その顔面どうした!!?」

廊下にうずくまり大粒の涙を流すカンシの姿を目にし、ケイゴは驚嘆の大声を上げた。端から見れば訳の分からない光景である。

「な、何があったんだよ……」

「実は……」

ここからの展開は予想するに難しくはないだろう。

 

「えええぇぇミハルの友達が病気!?」

「ぐすっ…………ほんでもう全身ボロボロでぇ…………余命僅かな感じなんや」

「そんな…………」

お察しの通り、感情を一人で整理しきれなかったカンシは通りすがりの同居人に洗いざらいの情報を全てぶちまけた。これだけならまだいい。ただそこで害悪なのがカンシの認識である。すっかり病弱儚げ美女のイメージが定着してしまったカンシは『余命僅か』などと無自覚に脚色した言葉をケイゴに伝えてしまったのだ。そんなことを涙目で告げられては疑う余地などあるはずもなく、ケイゴはただ無条件に信じてしまう他なかった。

そうこれは!!

お調子者カンシを仲介役として採用することで発生してしまった、負の伝言デスゲームなのであった!!

 

カンシがひとしきり話したところで廊下にはお通夜のような空気が流れた。カンシは俯きケイゴは言葉も発せず立ち尽くしている。

気まずい沈黙が流れた。

時間にして数分にも満たない短いものだっただろうが、その光景は実に見るに堪えないものだった。

片方が沈黙に耐え切れず顔を上げれば、もう一方は慌てて目を逸らす。声にならない呻き声を発しては押し黙るそんな状況がしばらく続いた。その沈黙を打ち破ったのはケイゴである。

「…………でもミハルがニコにだけ相談してたってことは、それだけ大切な話なんだろ。おれ達はその意思を汲んで去るべきじゃないか」

くぐもっていながらも真っ直ぐに向けられたケイゴの言葉にカンシははっとしたような気持ちになった。…辛い気持ちだってミハルの方がこちらの何倍も大きいはずだ。それなのにいつまでも泣くことの情けなさったらありゃしない。

涙を拭って立ち上がると、その表情は晴れやかでいつもの調子のカンシがいた。

「…せやな。今回の事は胸に留めて、何かあったら力になったったらええ」

「…あぁ」

 

二人は力強く手を組み交わした。その表情には一点の曇りなく光が差しており。

乙木家の友情はこうして人知れず…………

 

「あれお二人とも何してるんですかこんな所で」

「「あばばばばばばばばばばば」」

そんな時、タイミング悪く目の前のドアノブが捻られ柔らかい金属音と共にドアが開かれる。

その中から出てきたのはお昼を食べようとリビングに向かうミハルとニコの姿だ。何とも間の悪い登場にカンシ達の心には狂騒が渦巻く。

 

「あっいやその…………!!」

まさか話を聞いていましたとは言えずにカンシは冷や汗を垂らしながら両手をわたわたと左右に振って言い訳探しをする。大してケイゴがとった選択は沈黙。回答権はカンシのその口一つに委ねられた。

「……ミハルまた新しく友達出来たんやなぁ」

(ぅおーーーーい!!!)

 

歪んだ笑顔でカンシが放った言葉は最悪の一言であった。先ほど黙っていようと交わした握手はどこへやら二人の友情は人知れず瓦解した。

ケイゴはあんぐりと口を開け内心でツッコむ。

「あー聞いてたんですか。そうです、苗字が出土だからそれをもじってデッド。面白い子ですよ」

「は、はは……因みにその~デッドちゃんっていうの?何かこう病院とかに通ってたりする?」

 

(ぅおいケイゴお前何を聞いとんねん!!!)

(どうせもうバレたし症状どんくらい重いのかとか気になるっちゃうだろ!!!)

カンシの失言により盗み聞きがバレてしまい、もうどうせならとケイゴが自棄になった。

もはや開き直る他になく、むしろ自分たちがその彼女に出会った際失礼がないよう情報共有をしておくのが先決だと考えたのである。

だがしかし、そう問われたミハルにとって『病院』というのは随分突飛なワードである。ケイゴの真意を測りかねたが、わざわざ問い質すことでもないと思うと疑問を口にすることも無く真顔で応えた。

 

「小さい頃は通ってたみたいなんですけどねぇ。手に負えないって匙投げられちゃったみたいです」

「「そんな重いの!!??」」

「え?」

「え?」

沈黙。

ミハルは思った。ゾンビの身体が医者に受け入れられないなんてそんな驚くような話か?と。

ケイゴは思った。まさか医者にも治療不可のそんな重い病気だったなんてと。

両者ともに違和感を感じながらもアンジャッシュは続いた。

 

「まぁそういう訳でニコが魔法で解決することになったのよ」

え、と乾いた驚嘆の声がケイゴとカンシ二人の口から洩れる。それもその筈、目の前の魔女は今何と言った?

「ばっかお前やめとけよ!!!」

「失敗したらニコお前責任取れるんか!!?」

「えぇ!!?」

ニコニコ顔で言葉を発したニコにとってこの二人の反応は予想外だ。唐突に飛んできた非難の言葉に困惑を露にする。

二人は知っている、自信満々に張り切る時のニコがどれ程に危うい存在なのかを。風祭監志は思い出していた。魔法の実験台にされてマイ●ラのモブとして過ごすこととなった辛い日々。一人だけ版画の世界に落とし込まれついぞ元に戻すのを忘れ去られた屈辱の日々を。

とにかくニコのドジっ子加減を甘く見てはいけないのである。

ましてや今回その魔法に晒されるのは後先短い病人少女。やめておけとカンシが声を荒げるのも無理はない話だった。

 

しかしその必死の想いもニコには届かない。このアンジャッシュ状態ではさしずめ地中のモグラが蒼天を舞うワカサギに声を掛けるようなものである。

「ま、まぁ失敗したらやり直せばいいだけだし」

「安楽的すぎるだろ!!!!!」

「失敗した所で精々身体がぶっ壊れるぐらいだろうし大丈夫ですよーそんな心配しなくても」

「いやお前仮にも友達に対してドライすぎやろが!!!!!」

あっはっはダイジョーブダイジョーブと軽く笑い飛ばす二人に対しカンシとケイゴは末恐ろしい感情を抱いた。病人の身体がぶっ壊れるリスクを負わせながらかの魔法を実行しようとは控えめに言っても倫理がぶっ壊れてしまったのではないのかと。まだ使ってもいない魔法の反動でお前らの精神が先にぶっ壊れてしまったのではないかとにわかな思いが脳裏をよぎった。

実際のところデッドは爆竹で四散させられたとしても復活できる強靭な身体を持っているのだがそれを知る由はない。

 

状況も把握できずツッコミ疲れをした男二人は説得を諦めただ傍観者になることを選んだ。その眼は淀み切っていて死んだ魚のようである。

そんな二人にとって明るく楽しく話すニコとミハルは真逆の存在であり一層眩く映ったと言う。

「もーミハルくんったら流石の私でもそこまで酷い失敗はしないのよー」

「いやぁでも本当にデッドの身体は脆いからなぁ」

 

「こないだだって、一回あの子の身体持ち上げさせて貰ったこともあるんですけど」

「持つ手に力入れ過ぎて体壊しちゃったこともありますし」

ピクリとカンシの身体が揺れた。

「えー大変!!それにしてもミハルくんって意外に力あるのね」

「あぁこれはデッドの身体が軽いんですよ」

 

「あの子の頭腐ってるんで(笑)」

 

「「いやさっきから言い過ぎだろお前ェ!!!!!!」」

「え?」

「ちょおまッ……!!それはライン越えだろ!!!」

「『え?』じゃないねんお前ェ!!さっきから黙って聞いてれば…………え?何?身体デストロイしただの頭腐ってるだの言い回しが完全にヴィランのそれなんよ」

「だって事実だし…………」

「猶更タチが悪いっちゅーねん!!!」

 

その後の光景が見るに堪えない醜いものだったのは言うまでもないと、後にニコはそう語る。

ケイゴとカンシの二人も、一旦は押し黙ろうと強く決意したものである。それはもうミホークに負けたゾロが不敗の誓いを立てる決意が如しだ。

しかしながら、十数秒の傍聴の末にその決意は長く持たなかった。

皮切りはへらりと笑うミハルの言葉だ。鳥の羽より更に薄いその口から飛び出た『頭腐ってるんで』発言を受けいの一番に食い掛ったのはケイゴ。被疑者は後に『あの時はどうかしていた。内なる野生の狼が目覚めたのだと思う』と罪を供述している。

ケイゴの行動に触発された天狗も立ち上がり鬼のような剣幕でミハルの言動を非難した、というのが事の顛末である。事件後には彼の部屋から『思い返せばあの頃は同居人の鬼から影響を受け過ぎていた。これからは鬼オーラの摂取量を10分の1以下に抑えられるよう努力していきたい』との記述があった謝罪文の発見が報告されている。

事件当日の現場は凄惨としか言い表せない惨状だった。

言葉による相互理解を諦めた魔獣たちは取っ組み掴み掛かられ、全容を理解できていないミハルも巻き込み埃を撒き散らしての大喧嘩。ただ一人巻き込まれを回避したニコは呆れたように溜め息を吐いた。

 

「男子って…………」

そんな時である。ピロンと、甲高いスマホの通知音が小さくその場に響いた。おや誰のだろうと辺りを見渡してみると、その発信源は床に落ちた一台のスマホ。喧嘩の拍子に落ちたのであろうミハルのそれを拾ってやれば、次の瞬間ニコの顔には花のような笑顔が咲いた。

 

「ねえねえミハルくん、デッドちゃん来週来るって!」

「あホントです?」

パンパンと手を払いながら土煙の中から姿を現したのはミハルただ一人であった。襲い掛かった魔獣二匹はというとどうやらエネルギーを吸われてしまったようで、力無く床に突っ伏せている。

乱闘の後とは思えぬ爽やかな笑顔でスマホをニコから受け取ると、ミハルは光る画面を覗き見て高く笑った。

「あはは、変なスタンプ」

 

次の休みよかったらウチ来ない?と送信した先程のメッセージの下に映るのは、新しく『新規』の文字が付属したメッセージ。

サッカーボールに手足が生えたような可愛らしいスタンプで、『あたぼうでい!!』と承諾の返事が来ていたのだ。キャラの癖強いなとミハルは堪え笑いを起こした。

「…おいでよデッド、乙木家にさ」

 

 

***

そして時は過ぎて一週間後の土曜日。

「……うおおミハルん家デケー……!!」

デッドは眼前を見上げ、感嘆するように言葉を漏らした。目の前にそびえるは青いペンキ屋根にベージュでシックに固められたコンクリ壁が特徴の立派な一軒家。

「かーウチの賃貸マンションが泣いちゃうぜ」

自宅との落差を嫌でも思い知らされデッドはガックシと項垂れ肩を落とした。そんな彼女の右手には『まんぷくや』とのロゴが入った菓子折り袋が掛けられている。コーティングされた特徴な和紙から推察されるに中身は饅頭だろう。何でもミハルによると今時の魔女はあんこが好物なんだとか。

木製の門を空いている左手で押し潜りって芝生が風そよぐ敷地内に入れば、デッドの訪問を歓迎するように一迅の風が吹いた。

 

「……うっし、お邪魔しまーす……」

備え付けのチャイムに手を掛け鳴らし、待つこと数十秒。

突然だが画面の前の皆さんにはこういう経験が無いだろうか。あれ?チャイムを押したのに誰も出てこねぇ。これ待ってる間の時間ちょっとヒマだな、と。

そう感じたことが一度くらいあるのではなかろうか。

そんな状況では各個人の性格がよく表れる。

ただ突っ立ってるのが気まずく持参した手鏡で己のヘアスタイルを確認し直す者、ほんの少しのヒマも今日出来ずにスマホの世界へゴートゥーサーフィンしてしまう者、誰も見てないからと油断して鼻唄を口ずさんでしまう者…………起こす行動は人によってさまざまだ。

通称『チャイム待ちの時間でついつい変なことやってしまう現象』はデッドにおいても例外では無かった。

 

「……流石にもう少しちゃんとした服着てくるんだったかな……」

待ち時間の間にデッドはふと己の服装に目を落とす。グレーのパーカーに黒の短パンという如何にもラフな格好してますとでも言わんばかりのこの軽装。

普段の外出では気にしないが、いざ人に会うとなると気になってしまうもんである。

服の端を引っ張ったりして気恥ずかしさを誤魔化してみるものの、チャイムを鳴らしてしまった現状ではもう手遅れ。

服装を気にしだして十数秒もすれば、突如として目の前のドアがガチャリと開かれる。

急な物音にビクリと肩を震わせるデッドであったが、そこから覗いたのが見知った顔であるのを確認するとホッと胸を撫で下ろした。

 

「おっすミハル」

「おーいらっしゃいデッド」

にこやかな笑顔で、級友であるミハルに招かれると軽い足取りでデッドは家の中へと入って行った。

それと同時に、一方乙木家のリビングでは。

 

「…………………………」

「…………………………」

一匹の天狗と一匹の狼男が落ち着きなくその体を揺らしているところだった。彼らの目は正面のテレビに映るお笑い番組を捉えているようだが、どうにもリラックスして楽しむぞという空気感ではなさそうだ。朝からずっとこんな調子なので、ニコは今日何回目になるか分からない心配の声を掛けた。

「もーカンちゃんにケイゴくんったら、そんな貧乏ゆすりしてなんか緊張でもしてるの?」

「え?は?え?」

「は?別にしてねーし」

平静を装いカッコつけてそう返すも、両者の目は泳ぎまくっており眼球という名の水槽を今にも飛び出しそうだ。

そんな様子を見て机でコーヒーを嗜むモリヒトは溜め息を吐いた。

 

「今日デッドちゃんが遊びに来るって聞いてからずっとこんな調子なのよ」

それもその筈である、何故なら彼らは未だにデッドのことを勘違いし続けているのだから。

その心の内は、病弱儚げ美少女相手にどう接していくか不安な感情でいっぱいなのである。誰にでも人懐っこくコミュ力お化けと称されるあのカンシであっても今回ばかりは鳴りを潜めていた。

しかしいくら不安に思っていても進む時は待ったをかけてくれやしない。

 

「お、来たか」

モリヒトの呟きに両者はバッと勢いよく顔を持ち上げた。

「目ぇ怖っ!」

耳をすませば木の床を叩いて廊下から迫ってくる足音が聞こえた。

こうなってしまえば後には引き下がれない。二人は覚悟を決めるように口を一文字にキュッと引き締めて眉を吊り上げた。

たとえどんな子が来ようとも受け入れる、そんな鋼のような決意を持って。

 

リビングのドアが勢いよく開かれる。

「わー!待ってたのよ」

そこにミハルと共に現れたのは、短く切りそろえた緑髪に紫のインナーを入れた少々風変わりな髪色を持った少女の姿。

しかしながら、服装も相まりその容姿はどちらかというと気の強い少年のようだ。

ニコに勢いよく距離を詰められた少女は一瞬身体を強張らせたが、すぐさま気を取り直して一声を発した。

その挨拶にカンシとケイゴの二人組は面食らったような顔をすることになる。

 

「押忍!真賀第二中学に在学、名前を土出杏士と申しやす!!友好の品にこちらをどうぞ!!」

「いやノリが昭和時代の運動部なのよ」

手土産の饅頭を差し出すデッドから挨拶と同時に繰り出されたのは、まあ何と見事な9直角0度の綺麗なお辞儀であった。

あまりに時代を錯誤し過ぎているその挨拶にはニコがすぐさまツッコミを入れる。

今はパワハラ体罰なんて御法度の令和時代なのだ。

 

「デッドはコーヒー飲めるか?」

「わぁどうも、いただきます!!」

癖の強い自己紹介に戸惑いながらも礼を言いお饅頭を受け取るモリヒトの後ろで、勘違い組の二人は静かに驚いていた。

「…なんか病弱ってタイプの女の子には見えないんだけど」

「…せやな」

「……………………」

「……………………」

「…………もしかしてカンシの早とちりだったのでは」

「………………そうかもしれん」

目の前で威勢よく挨拶をする少女が病弱かどうかなど、その声を聞けば一目瞭然だった。

実質的なホラを吹き込まれたのだと知ったケイゴによる冷ややかな視線がカンシの身一つに注ぎ込まれる。大して当の本人は、気まずさで今にも圧し潰されそうな可哀想な表情だ。

 

カンシに情状酌量の余地は無いのだが、まあそれでも。

「…いやでも良かったな。病気なんかじゃなくってさ」

「……カッカッカ!!健康が一番や!!」

いい意味で予想が外れたことで、二人はようやく一息を吐けるのだった。先ほどまでのナーバスな雰囲気も何処へやら、いつもの陽キャモードに戻ったカンシは元気いっぱいデッドの元へ駆け出していった。

ワイワイ談笑で和む集団に割り入りカンシはこう叫ぶ。同時にデッドの背中が力強く叩かれた。

「おうおう浪速の大天狗カンシ様のこと忘れんなや!!よう来たなーデッド!!」

 

しかし、しかしながらに。

「あ、ちょカンシさん!!」

「へ?」

カンシはここで再びやらかした。

デッドが病弱というのは確かに間違いだ。目の前の彼女の様子を見てもそれは明らかで、カンシの判断は否定される謂れが無い。ただもう少し、カンシはもう少し考慮すべきであった。『病気でなくとも』身体が脆い場合があるというケースがあることを。

 

ぐらりと何かが揺れる音がすれば、デッドの視界は下へ下へと落ちていく。デッドは直ぐ様に気付いた。身体を叩かれた衝撃で己の頭がもぎ取れたのだと。

ゴンっという重苦しい落下音が室内に響いた。その場のほぼ全員、ミハルを覗くほぼ全てがその衝撃的な光景を前に動きを止めていた。

そんな時が止まったような静の空間でデッドは一歩二歩前進し、頭を拾い直せば。

くっ付けたばかりの頭部にこつんと手をやり、可愛らしく言葉を口にした。

 

「…………身体の弱さは一級品、その名をゾンビ女のデッドっす。…………これからよろしく…………?」

「「身体が弱いってそういう意味かいーーーーッッッ!!!?」」

カンシとケイゴのW絶叫が響く乙木家なのであった。

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